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陰間由夢乃丞と八丁堀  作者: 紫紺
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最終章 雑煮 その1


 火浦家の新年は、例年になく賑やかに執り行われた。大みそかの餅つきから始まり、初詣、年始の挨拶まで。ユメの道場や学問所の友人たちも含めたたくさんの人々が集い、活気と喜びに包まれた。

 なかでもユメは始終大張り切りで、はち切れんばかりの笑顔で訪れたみなを魅了し続けた。

 その幸せそうな姿を見て、俺はこれで良かったのだと確信し、あいつが周囲に受け入れられ、愛されていることに安堵した。


「火浦殿」


 中庭に面する縁側、ユメ達が羽子板に興じる姿を見ていた俺に、珍しい男が声をかけてきた。


「なんだ、佐之助。突っ立ってないで座れ」


 新年というのに、相も変わらない仏頂面の佐之助は、俺に言われるまま隣に座った。もちろん、間隔はそれなりに空けている。


「私は、本心ではここに来るのに反対だった。その……」

「いいよ。わかってたよ」

「いや、多分貴殿は、誤解してると思うので」


 誤解? どう俺がおまえのことを誤解してるってんだ。


「知っての通り、私は御館様、水谷盛之の家臣の一人だった。そう、まだ若く、お役目も下っ端だったけれど。これでも野心の一つも持っていた」


 佐之助は三十代半ばだろうか。ユメとともに市村に入ったのは六年前だから、今の俺と同じくらいの歳だったか。そうだよな。水谷は老中に王手がかかった頃だ。出世も望めただろう。


「それが、まさか子供の護衛を仰せつかるとは。しかも相手は陰間。私の落胆もわかるだろう」


 若くて腕が立つ者。ついでに言うと、あまり見目麗しくない方がいい。そんな条件で、白羽の矢が当時番方だった佐之助に立ったらしい。いろいろと思うところがあったのは想像がつく。


「だが、ユメと共にいるうちに、私の心内は変わっていった。あいつが辿った道に同情したのもあった。ユメは自分の境遇に一度も弱音を吐かなかった。まだ十二かそこらなのに、全てを受け入れ、しかも凛としていた。それが逆に哀れで、見ていて辛かった」


 俺は、あの夜、ユメが泣きじゃくったことを思い出した。あいつはずっと耐えていた。涙を見せることなく。多分自分でも気付かぬうちに、ありったけの虚勢を張って生きてきたのだろう。


「おまえは、わかってたんだな。ユメの本当の心を」

「いや、まさか。本当の心根は、本人だってわからないものだ」


 あっさりと躱されてしまった。だが、確かにそうだ。ムカつくが、無駄に歳は取ってない。


「私は、ユメを守ろうと決心した。こいつには自分が必要だと思ったのだ。心の拠り所にはなれなくても、ユメには一緒にいてやる奴がいると。

 いずれ御館様はユメを手放す。それがどのような形であっても、ユメに従っていこうと思っていた。あいつが芳町で事件を解決したのは知っておるだろう?」

「連続殺人のことだな。ああ。そうだろうとは思っていた」

「それは凄まじい洞察力だったよ。まだ十五かそこらの子供だ。市村の親父さんが聞く耳を持っていたからこそだけれど、ユメがいなければ、犯人は捕まらなかっただろう。

 だが、私はその能力を逆に危ういと感じていた。抜き身の刀身のようだったから……私は己の決意を深めた」


 確かに隠した真実を暴きだされるのは、暴かれる側から見れば脅威だ。それがいかに見事であろうと。いや、見事であればあるほどか。足を掬われ、場合によっては命を狙われることも……。


「そこに、貴殿が現れた。本当に、なんの因果か……」


 佐之助は俺を横目で見る。例の通りの冷ややかな視線だ。それももう慣れっこだ。俺は平然としてそれを受け流した。


「貴殿を見て、私は悪い予感がした。そしてそれはすぐに的中してしまった。火浦殿に惹かれていくユメを、私はどうすることもできなかった」

「それは……その」


 なんだ。おかしな具合になってきた。


「貴殿は私がユメに惚れてると勘違いしてるようだが、そうではない。もしそうなら、とっくに逃げ出していただろう。私はそれほど忍耐強くもないのでね」


 え……そうなのか。俺はてっきり。


「全く。ぬしは誰でも男色道にはまると思っておるのか?」


 今度は小馬鹿にした目つきで俺を見る。まあ、そうか……そうだよな。てか、なんかおまえには言われたくない


「じゃあ、どう思ってたんだよ」

「私は、ユメを子供のように思っていた。子供か、弟か。ユメにその気はなくても、庇護者のつもりだった。だから、あいつが傷つけられるのが嫌だった。それだけは許せなかった」


 歓声に追われるよう、羽根が俺の足元に飛んできた。それを拾い、駆け寄ってきたユメに手渡す。


「あれ、珍しい。佐之助、忠親様に難癖付けるんじゃないよ」


 白い息とともに軽口をたたくユメ。佐之助はさすがにムッとした。


「心配すんな。おまえは向こうで遊んでな」

「相変わらず、ガキ扱いだな」

「ガキだろうが」


 口をへの字に曲げたままの佐之助に代わり、俺が応じる。ユメはまた、ニヤリと笑みを作ると、仲間のもとへと走って行った。


「ユメがここに来て、俺が傷つけるとでも思ってたのか?」


 俺は黙ってしまった佐之助にそう尋ねた。あいつは一つ咳ばらいをする。


「貴殿がユメを受け入れるかどうか、私にとっては賭けだった。あんたはユメを立派な武士に育てて、養子か婿養子に出すつもりだったはずだ。違うか?」


 ムム。ぐうの音も出ねえ。確かに、表向きの俺の心はそう考えていた。なんていうか、下心のほうが本心なんて、認めたくなかったんだ。


「だが、それはユメが望んでいることじゃない。それどころか、最も恐れていたことだ。同時にあいつが一番傷つくことだったんだ」








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