参 その5
無我夢中でユメを抱いた。堰が切れちまった俺のユメへの思いが溢れて流れ、その全てをあいつに注いだ。
雪の夜っていうのに、俺は汗びっしょりだ。隣では何事もなかったかのように、ユメが規則正しい寝息を立てている。
俺の無作法な仕業にこいつはずっと付いてきてくれた。ちゃんと、感じてくれたか。乱暴すぎはしなかったか。俺にしがみつくおまえの淫靡な姿を思い出す。胸がまた苦しくなった。
――――はあ……。まるで筆おろしみたいな気分だ。いや、まあある意味そうなんだが。
に、しても綺麗だな。肌なんか艶々だ。寝顔も可愛い。俺は片肘をついて、ユメの寝顔を眺めていた。
雪はもう止んだのか、うっすらと月明かりが部屋に漏れ出ている。
「うふふ……」
「お……なんだっ」
ユメの表情が突然揺らめいた。まずは片目を開け、口角を上げる。
「穴が開きそうだよ」
「なんだよ。目が覚めてたのか」
俺は片肘を解き、再び布団に身を伏せた。恥ずかしさも手伝って首元まで埋まる。
「うんん。忠親様」
ユメが俺の腕の中に潜り込んできた。いつも思うがまんま三毛だ。そういやいつも邪魔しにくるあいつは姿を見せなかったな。大方この寒さだ。誰かの布団の中に潜り込んでいるに違いないが。
ユメは腕枕よろしく俺の肩口に頭を乗せる。あいつの温かい体が肌に触れ、いい匂いが鼻腔から脳へと流れた。
「こっちの腕は大丈夫だよね?」
「怪我した方なら、飛び上がってるよ」
俺はそっちの腕を伸ばし、指であいつの髪を撫で梳く。どうしようもなく愛しい思いが溢れてくる。あきれるほど、こいつに惚れてたことを思い知った。
「一度だけとか言ってたな。どうするんだ」
それなのに、俺は馬鹿なことを聞いてみる。
「後戻り出来ないって言ったのは忠親様じゃないか……俺をここから出さないんじゃないのかい?」
「言ったな。確かに」
「俺は……ここから出ていかない。ずっと、忠親様と八丁堀にいる」
しがみつくようにして、ユメは言う。
「おまえ、それで本当にいいのか」
「いいに決まってる。最初にここに来た時から、俺は決めていた。どっかにやられてたまるかって」
「だから、執拗に俺に迫ってたのか。全く、油断も隙もない」
「言い過ぎだよ、それは……まあ、認めるけど」
俺は鼻で笑ってユメの頭をぽんぽんと叩く。まんまとやられたよ。別に怒ってやしないけど。
「でも、忠親様はいいの? 俺は……桜花や、録治の気持ちのこと、黙ってた」
「そうだなぁ。おまえはとんでもない奴だよ……。でも、本当のところは誰もわからねえんだ。人の心の中にあるものは誰にも覗けない。
それでも俺たちは、一つの真実を見つけ、犯人にたどり着けた。それも間違ってはいなかったさ」
俺の腕の中で、ユメが小さく頷いた。俺はその小さな頭を再び抱き寄せる。
「だがな、もう御館様に頼るのはよせ。二本差しを貸してもらったのは助かったけれど、そういうことももうやるな。おまえは市村に居た時みたいな特別な立場じゃない。おまえは、俺の……」
「俺の、なに?」
なんだろう。こういうのを愛人というのか? いや、なんか違う。俺はこいつを囲うつもりはないし。
「俺の、家族だ。うん、そうだ」
「家族……忠親様の……家族」
「そうだ。嫌か?」
今度は、首を激しく振ったと思うと、両腕を伸ばして抱きついた。
「嫌なわけがない。俺……ずっと一人だったから……家族とか、もう、一生関係ないって思ってた。なのに、忠親様の家族って言われて……」
「なんだ。泣いてるのか。それこそおまえが来た時から、俺は家族を迎える気持ちだった。今とは、少し違うが。家族ってのはおんなじだ」
うまく言えないけど、嫁でもないし、愛人でもない。もちろん弟でもない。俺の大切な人だよ。おまえは。
「もう、御館様に頼らないよ。困ったことがあっても知らせたりしない」
「ああ、そうしてくれ。これからは俺を頼ればいいからな」
「それは……ちょっと頼りないかな」
「なんだとっ。あほっ」
俺は抱きついているユメを剥す。すると、涙に濡れるユメの顔が俺の目の前にあった。
「ユメ……そんなに泣いて。どうしたんだ。もう泣かなくていいからな。俺がいるから。何も心配するな」
「忠親様。これって、桜花が俺のために置いていってくれた縁なのかなって。そう思ったら、泣けてきて……俺……」
俺はユメを抱きしめる。腕のなかで赤子のように泣きじゃくるユメ。今まで、こんな姿を見たことがない。鼻っ柱が強くて、頭も切れる。憎まれ口を叩いたり、わがままを言ったり、俺を振り回すばかりだった。
――――だが、本当はずっと泣きたかったんじゃないか。
生を受けた武家は厳格であってもご両親や兄弟の愛に包まれていただろう。だが、取り潰しのために地位も家も奪われた。貧しい暮らしのなかで両親が亡くなり、後に残されたのはまだ十二になったばかりのユメと弟妹たち。
ユメは幼い弟妹のためにその身を売った。賢く剣技も優れたこいつは、将来を嘱望されていただろうに。苦界に身を置くことになったのだ。
文字通り、その身を削って生きてきた。そこでも唯一の友人であった桜花が、幸せをつかんだと見えた途端にこの世を去った。
――――その失意のさなか、俺とユメの時が重なった。
「そうだな。おまえの言う通りかもしれないな。もう、泣けるだけ泣いていいぞ」
「どっちだよ。泣かなくていいのか、泣いていいのか」
涙にくれながら、またそんな減らず口を叩きやがる。
「好きにしろってことだよ。ったくしょうがねえなあ」
「好きにする……忠親様……好きだよ……ひっく」
出来るだけ優しく背中をさすってやる。俺も釣られて目頭が熱くなった。
しばらく肩を揺らして嗚咽を漏らしていたユメだったが、少しずつ落ち着きを取り戻した。呼吸もいつしか静かになって、俺の胸に顔を埋めている。
「落ち着いたか?」
「うん。このまま、眠ってもいい?」
「もちろん……まだ、朝までは時間があるだろう」
雪が積もってれば、朝稽古もないかな。しかし、この有様をおまつや十一郎が見たら、いや、それよりも佐之助だ。
俺はユメを抱きしめながら、背中がうっすらと寒くなるのを感じた。
――――まあいい。どうにでもするさ。
気が付けば、ユメはまた可愛い寝息を立てて眠りだしている。俺ももうひと眠りするか。いろいろ疲れたよ。




