参 その4
俺のもとに長行がやってきたのは、図らずも老中が訪ねてきたのと同じ日だった。あいつは俺の見舞いがてら、報告に来たのだ。
「しのがようやく嫁に行けることになったよ」
「そうなのか!? それはめでたい。ああ、何か祝いをしなけりゃな」
俺は心底嬉しかった。おしのの気持ちを直接聞いたことはなかったが、長行から俺のことが好きなのだと聞いてから、自然と遠ざけるようになった。
嫁に行くという話も聞けず、申し訳なく思っていたんた。だが、俺と一緒になっても双方が苦しむだけなのは明らかだった。
「あいつな、ずっとおまえのことが諦められなかったんだよ」
「長行、その話は……」
「いや、聞いてくれ」
長行は俺の目の前に座り、真面目な顔をして続けた。
「あいつの諦めがついたのは、ユメが来たからだ。ユメのおかげで、おまえの気持ちがわかったんだな」
「ユメが……どういうことだ」
「私は、おまえが何故、しのを嫁にもらってくれないのか。ずっとわからなかった。始めは恨みもしたよ。
どんどん年を取ってしまうあいつを見て、不憫にも感じていた。おまえだって、憎からず思っていたはずだ。一体どこが気に入らないんだって」
「す……すまん」
「いや、いいんだ。ユメを連れておまえが久しぶりに道場に訪れた時、それに気づいたのはしのだった。
最初はな、ユメだけがおまえに好意を持ってるのかと思ったんだ。見回りの時の、あの艶やかさを見ても、そういう筋なんだろうと想像できたし」
辻斬り騒動の時、ユメは女装して囮になった。その時の華やかさは、そこらにいる女性に恥をかかせるほどだった。長行はその時のことを言っているのだ。
「だが、おまえのユメに対する言動を見聞きしていたら、そうでないと思うようになったよ。
おまえも、ユメに惹かれていた。私にわかるぐらいだ。しのはとうに気づいてたようだ。先日、ようやく他の男のところに嫁に行く決心をしてくれた」
「俺は、おしのを本当の妹のように思っていたから。俺と一緒になっても幸せにはなれない。そう、思っていて。ユメのことは、その……」
「わかってるよ。安心しろ。もらってくれるのは、あいつの幼馴染だよ。ずっと待っててくれたみたいなんだ。おしのの気持ちに踏ん切りがつくのを」
「ああ、そうか。それは……よかった。本当に良かった」
長行はうんうんと何度も頷いた。腕を組み、顔には笑みを浮かべている。
「おまえがユメをどう思っているのかはいいとしても、ユメはおまえにぞっこんだな。今度こそ、おまえがそれを受け入れるのか。私は高みの見物させてもらうよ」
「なんだと、人のことだと思って」
「素直になれよ。ユメを幸せにできるのはおまえだけだし、逆もそうだと、私は思うよ」
長行は持って生まれた爽やかな笑みを残して帰って行った。俺はその背中を見ながら小さくため息を吐く。
もしかしたら、ガキのころの俺の気持ちを知ったのかもしれない。それでも、それを知らん顔してくれるのであれば、俺はありがたく思うよ。
――――ユメを幸せにできるのは俺だけ。
そうだ、その通りだよ。だから俺はこれほどに悩んでいるんだ。俺といるより、ちゃんとした家の家督を継いだ方が幸せじゃないと、誰が言えるのだろう。
その時の俺は、まだ迷っていた。




