参 その3
ユメは俺が金魚鉢を見ていたときに、初めて録治が知っていたかもと思いついた。
だがそんなはずはないと、その時は浮かんだ疑念を一蹴する。俺の話から怪しいと踏んだ太一郎に迫り、解決へと導いた。
「あいつが打ち首にならなかったのは俺も意外だったんだ。御館様は、何もしてないと思う。得にも損にもならないこと、彼には興味ないから。
小野繁慶の銘刀だって、崎前藩の力を削ぎたかったから手を貸してくれたんだよ。だから、太一郎のことは、何か、別の力が働いたんじゃないかな。よくわからないけど」
「え……ああ、そうか。そういうことか……」
老中にとって、税も納めず私腹を肥やす藩は目の上のたん瘤だ。それは気が付かなった。と考えれば、ユメの言う通り、あの義弟の減刑を願ったのは別の誰かかもしれん。
俺と同じことを考えた者。奉行にそれを注進し、袖の下をくぐらせた。
――――惣十郎……それとも惣兵衛か? 何かに、気付いていたのかもしれん。ただ、後妻のおりくを不憫に思っただけかもしれないが。
いや、それもこれも俺やユメの憶測に過ぎない。与謝野の一件と同じだ。誰も答えてはくれない。
「はあ。隠してたこと、しゃべったら気持ちが軽くなったよ。ね、忠親様、ここに来たんだって、御館様」
重たい空気を払うように、ユメは少し声を張った。気持ちが軽くなった、ね。その分俺は重たくなった気がするよ。
「ああ、知ってたのか」
「おまつさんに聞いたよ。見たこともないほど立派な乗物駕籠が付けられ、お供を何人も連れた殿様みたいなのが現れたって。馬鹿でもわかるよ」
言って肩を聳やかす。そうだな。隠すことなどできないだろう。たとえおまつに黙ってろと言ったところで、出入りの者は他にもいるんだ。俺も隠すつもりはなかった。
「あの手紙。御館様宛だろ? なんて書くの」
流し目のように机の上に置かれた文を眺め見る。もちろんそこには白紙が置かれているだけだが、既にお見通しだったわけか。
「さあな……って、てめえ、何してる!」
ユメはいきなり立ち上がると、押し入れを開け、布団を引きずり出した。
「なにって、布団引くんだよ。寒いだろ?」
「布団って……。じゃ、じゃあ、引いたら出ていけ。ありがたくその布団に寝かせてもらうよ」
「馬鹿じゃないの?」
ユメは手早く布団を引くと、俺の手を掴んだ。
「なんでこんな時間に来たと思ってるんだよ」
俺の顔に自分の顔を近づけ、ユメが言う。あいつの長い睫毛と艶めいた唇が俺の目の前で妖しく動く。
「忠親様。俺を抱いて」
ば……。
「馬鹿言うなっ。ど、どうかしちまったんじゃねえのか」
あいつが俺に近づくと同じくらい、俺は後ずさる。あんまり後ろに下がったので、壁に当たり、追い詰められる格好になった。
「忠親様は、俺を養子に出すの? まさか婿養子なんて考えてないよね?」
「そ、そうするのが一番だろう」
俺は、そのようにすると、文に書いていた。立派な武士に育て、それなりの家へ養子か婿養子に出すと。それが……それが一番だと答えを出した。
「俺に、桜花と同じことをさせるの?」
「え……」
「自分の気持ちを隠して、俺にどこかへ行けと言うの? 誰のためさ。自分の世間体のためか?」
「ち、違う、俺はおまえの……」
「なぜ、それが俺のためだって言えるんだよ。忠親様は何もわかってない。それなら、何故、忠親様はおしのさんを嫁にもらわなかったんだよ」
「そ、それは……」
おしのを大切に思っていたからだ。好きでもないのに、俺に嫁いで、寂しい思いをさせたくない。そう思ったからだ。俺は、そう、長行に言った。
「忠親様。一度だけでもいいんだ。俺を抱いて。俺が好きになったのは、忠親様だけだ。御館様は悪人ではなかったけど、好きだと思ったことは一度もないんだ。好きな人に抱かれたい。そう思ってはいけないのか? 旦那だって、俺を抱きたいはずだ」
「ユメ……」
厄介払いをしたいんじゃない。おまえの将来のことを思えば、俺の気持ちなんてねじ伏せていい。
おまえだって、きっと理解してくれる。どこかのちゃんとした家の養子に入れば、そこで家督を継げる。
ここにいたら、一生居候だ。後ろ指だって刺されるだろう。おかしな噂も立つかもしれない。だから、こうすることが正しいと信じてたんだ。だけど……。
「おまえはいいのか? 触れたら後戻りできない。そう言ったのはおまえだ。俺は一度で終わりなんてできないかもしれない。おまえを……ここから一歩も出さないかもしれない。それでもいいのか?」
俺はユメの両肩を掴む。あいつの大きな瞳から、涙が零れていく。
「忠親様が望むなら、構わない。俺は自分の気持ちに嘘を吐くのはいやだ」
ユメの唇が俺のそれに目掛けて突進してきた。俺はそれを拒否することはもうできない。
一気に俺の体は沸騰したかのように熱くなる。細いあいつの腰を抱くと、布団まで運び、そのまま二人折り重なった。
乱暴に衣服を剥ぐ。同じようにユメが俺の着物を脱がしにかかる。生まれたままの姿になっておのれの腕に抱きしめた。
あいつの肌は俺の肌に吸い付くように艶やかだ。俺はずっととどめていた堰が崩れ落ちていくのを感じた。もう止めるものは何もない。俺はユメの中へと深く深く入り込んでいった。




