すごいおやつとうちの女王様
商品名を書くのはなんかダメらしいので書かないけれど、最近買った猫用のおやつがおいしかったらしく、うちの猫にとっても喜んでもらえた。
このおやつのことは前から知っていた。
インターネットで何回か、「これすごいよ! 猫がすごい喜ぶよ!」という動画や画像が流れてきていたのだ。あまりにも喜ぶので麻薬でも入っているんじゃないかという噂まであるらしい。
そんなにすごいのなら見かけたときに買ってみようかと考えていたのだけど、買い物に行くとそういうことは頭から完全に抜け落ちてしまうので、なかなか買うことができなかった。
今回はドラッグストアの棚にそれを見つけて気づいた。
普段とは違うお店だったから、店の中をきょろきょろしながら歩き回ったのが良かったんだと思う。
棚にぶら下がっていたのはチューブ型のおやつだ。
スティックコーヒーよりも少し大きいくらいのチューブに入っている。
かつお味やマグロ味など、いくつか種類があって、その中からかつお味を買ってみることにした。
普段、うちの猫が食べているのは普通のカリカリだ。
それ以外のものはほとんど食べない。
カリカリを食べるときも、ちょっぴり口をつけてどこかへ行ってしまうことがよくある。お皿に残っていても、途中で食べるのをやめてしまうのだ。
こう考えてみると、うちの猫は食にあまり興味がないタイプの猫のようだった。
おやつを買ってきて、すぐに食べさせてみたかったから、猫を抱えてエサ入れの前に連れて行った。
カリカリのにおいをかいで、ふんっと鼻を鳴らしている。
どうやらお腹がすいていないようだった。
もともと食に興味がなくて、しかもお腹がすいていない様子。
――でも、これならどうですか!
僕がおやつを取り出しすと、「なによ? それ?」と、うちの猫は冷ややかな目をしていた。まだチューブから出していないのだから、この反応は仕方がない。
だが、チューブの口をあけると、空気が一変した。
うちの猫の目が大きくなり、一点を見つめている。その視線の先には僕が手にしたおやつのチューブがあった。臭いに反応しているようだ。
「これは、いったい……!?」という台詞が似合いそうな表情だった。
チューブの底のほうから押し上げるようにして、エサ入れに中身を出していく。
おやつはドロリとした液状のもので、見た目はおいしそうなものではなかった。しかし、うちの猫の目には、そう映らなかったようだ。
僕が全部中身を出すのを待たずに、押しのけるようにして、エサ入れに顔を突っ込んでいる。食べる勢いも、普段のカリカリとは違う。液状なのに、がつがつとかきこんでいた。
「おいしいですかー?」
僕が尋ねても見向きもしない。食べるのを邪魔してやろうかと思ったけれど、食事中は本気で怒るのでやめておいた。
食べ終わったあとも延々と口の周りをなめて、余韻を味わっているようだった。
「いい子にしてたら、また食べられますよ」
と言うと、「ふうーん」と甘えた声を出しながら体をこすり付けていた。うちの猫は、こういうときは素直に甘えてくる猫だ。
尻尾をピンと立てて、プルプルと体を震わせていたから、よっぽどうれしかったんだと思う。
梅雨に入ったからか雨が多くなり、うちの猫が外で遊べる日も少なくなってきた。
たまたま晴れた日に庭を眺めると、うちの猫は木の枝に登って寝そべっていた。
「危なくないですかー?」
いちおう声をかけたものの、うちの猫の本当の身体能力を知っているので、それほど心配はしていなかった。
しばらくするとうちの猫の様子が変わった。
目を大きく見開き、耳をピンと立てて、必死に周りを見回している。
あたりからは小鳥のさえずりが聞こえていた。どうやらそれを聞いて、いてもたってもいられなくなっているらしい。
左を向いて、キュッキュッ! すぐに振り返って、別の小鳥に向かって、キュッキュッ!
一生懸命鳴いているけれど、小鳥にはまったく相手にされていない。じれったくなってきたのか、少し腰を浮かせて、いまにも飛び掛りそうな姿勢になっていた。
――そこから飛び掛っても無理ですよ……あなたは空を飛べませんよ……。
さすがにそれはわかっているのか、空中に飛び出すことはなかった。それでもあきらめきれずに、うちの猫は木の枝でキュッキュッと鳴き続けていた。
少しはなれたところではボスとポッチャリがくつろいでいた。ボスは地面に寝転んでいて、ポッチャリはうろうろしながら臭いをかぎまわっている。
「見てくださいよ。小鳥がほしいみたいですよ。捕まえてあげたらどうですか?」
と言っても、二匹が動く様子はなかった。どうやら小鳥に興味があるのはうちの猫だけのようだった。
ボスとポッチャリ、それに木の上のうちの猫が視界に入る位置に座って、僕はぼんやりとしていた。今日は晴れているし、少し草でも刈っておこうか、などと考えていた。
そのうちにボスがのそのそと歩いてきて、僕の目の前の地面に横になった。
からだを撫でてほしいらしい。こちらにおなかを見せている。
「小鳥を捕まえてきてくれなかったのに、自分は撫でてもらおうと思ってるんですかー? そんな都合のいい話が通ると思ってるんですかー?」
「なうん……」
「えー、どうしようかなー」
とボスとしゃべっていると、ドスンと何かが落ちた音が聞こえた。
ボスが飛び起きて、物音のほうを見つめている。
視線の先にはうちの猫がいた。ドスンというのはうちの猫が木から飛び降りた音だったようだ。
小鳥を捕まえられなかったせいなのか、いつもと比べて目が据わっているような気がする。ゆっくりとこちらに向かっていた。
ボスが道をあけるように後ずさりをして、地面におなかをつけて、ぺたりと座り込んだ。首を縮めて、ギュッと目を閉じている。
うちの猫はボスの目の前で一度立ち止まると、顔面をはたいて、何事もなかったかのように、またゆっくりと歩いていった。
……まあ、これはよくある光景だ。驚くほどのことではない。
だが、その後のボスの様子を見て、僕は衝撃を受けた。
ボスは目を瞑って、地面に座り込んだままだった。さきほどはピンと立っていた尻尾が、いまはプルプルと震えていた。尻尾だけでなく、おしりまで震えている。
――これ、喜んでますよね……!?
おやつをもらったときのうちの猫とまったく同じ反応だった。
うちの猫にパンチをされて喜んでいる、と考えると、なんだか胸がざわざわしてくる光景だ。
――怒って反撃するよりはいいんですけど……。なんで特殊なことばっかりしちゃうんですか……。
僕の想いなど知らずに、ボスはしばらくの間、余韻を味わうようにプルプルと震えていた。




