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 事務員はカルロとベニヤミーノを階下の大きな事務室に案内した。小さく区切ったガラス窓から外の明かりが差し込んではいるものの、それでは不足するので個々の机にもランプが点っている。部屋の中央にはストーブが焚かれ、その他にいくつか火鉢が用意されていた。事務員は火鉢の一つの周りに椅子を集めて、3人で腰を下ろす。カルロはまず、ベニヤミーノに向かって、


「お前の女中というのは未成年なんだな」


と確認した。相手がうなずくと、


「この国じゃ地方ごとに制度がまちまちなんだが、ここらは未成年は働けないから、そのままでは入国が認められない。働ける誰かの子として届けることになる」


と説明した。ベニヤミーノはうなずいた。カルロは続けて、


「アラトロが連れてきたんだ、お前の子とするのが普通だな」


と提案する。


「しかし、歳が近すぎるだろう」


ベニヤミーノの反論にカルロはちょっと首をひねったが、すぐ彼の懸念に思い当たって、


「ここでいう子というのは親が生んだ子のことじゃないから、歳はどうでも。ただの制度さ」


と説明した。


「血の繋がりはなくてもいいですよ」


と事務員が口添する。


「わかった。では、そういう形でお願いする」


べニヤミーノか承諾し、事務員は書類を作りに机に戻った。残された二人はわずかな間、黙って火鉢で燃える炭に見入った。やがてカルロは火鋏を採りあげながら、


「東と違って、使用人とか主人とか、そういう働き方自体がない、というのが、お前には難しいかもな」


とゆっくりした口調で言った。ベニヤミーノは顔をあげて、不思議なものを見るような目で、カルロをみつめた。


「オレは向こうに行ったことがあるから知ってるが、女中ていう言葉が分からなかったのさ、連中」


カルロは手にした火鋏の頭で、事務員たちを示した。


「そんなことが、あるんだろうか」


ベニヤミーノは半信半疑の口ぶりだ。


「昔から、この辺りは本当に人が少なくて、その上だれもが貧しかったから、人を雇うのも無理なら、奉公に出す余裕もなかった、今でもそうだ」


カルロはベニヤミーノにむかって微笑んでみせる。


「オレはアラトロを雇うんじゃない。オレとお前は同じ組で働く仲間なんだ」


「それは光栄な」


ベニヤミーノはカルロの手を握って、頭を下げてみせる。そんなベニヤミーノに、カルロは、


「光栄とかじやなくて、これがこちらの普通の感覚だから、慣れてもらうしかないぜ」


ともう一度言い聞かせた。


 事務員は、ベニヤミーノに2枚の書類を渡した。


「カルロ・ラメッラの組員 ベニヤミーノ・アラトロ」

「ベニヤミーノ・アラトロの子 グリエルマ・フォンテ」

それぞれについて、東の国からフィノーネの港を経由して入国したことが記載されている。


「身分を証明するものですから、紛失しないでくださいよ」


と事務員に注意され、ベニヤミーノは大切に財布にしまった。


「お前の住む家は手配してある。来るのは来月だと思っていたから、薪なんかがまだなんだ。あとで頼みに行こう」


カルロは立ち上がった。ベニヤミーノは事務室に預けてあったトランクを請出し、運んでくれる人がいないかと尋ねて、カルロに脇腹を突かれた。


「自分でやるのさ」


カルロはトランクをちょっと持ち上げてみて、


「大の男が二人もいるんだ、提げて行こう」


と、事務員に紐をもらって2つの持ち手を作った。


「女中を」


といいかけたベニヤミーノは、カルロが口を挟もうとしていることを察して


「…うちの子を呼んで来る」


と言い直し、二階へあがった。


 エルマは船が海峡に出て本格的に帆走するとすぐに酔ってしまい、昨夜上陸してからは吐いてこそいないが、目眩が治まらず、入国手続きもそこそこに、二階へやられて寝棚に横になったのだ。


「起きられるかい?」


とベニヤミーノに尋ねられ、エルマは


「はい」


と答えて寝棚の上に座り直し、靴を履いた。


「ここを出る。家はこの近くだそうだ」


ベニヤミーノはエルマが立ち上がる様子を見て、昨日よりずっと調子がよさそうなのに安心した。


 階段の下で待っていたカルロは、エルマを見て話しかけることにした。


「こんにちは、君の名前は?」


エルマは、ぼんやりと、


「エルマ」 


と答えてから、


「グリエルマ・フォンテ、です」

と正しく言い直した。


「そうか。グリエルマ、オレはカルロだ。カルロ・ラメッラといって、アラトロの仕事仲間だ」


カルロはエルマに手を伸ばした。エルマはその手とカルロの顔を見比べた。カルロが青い目をパチりと目配せして、やっとエルマはその手を握った。

 

 カルロとベニヤミーノはトランクを二人がかりで持ち上げ、エルマはそのあとに続いて町の通りを歩いた。木造に煙突だけが石組みの建物が、1軒ずつ立木に囲まれている。人通りはまばらだった。時折強く向かい風が吹くと、三人は立ち止まって顔を伏せてやり過ごした。


 途中に薪の店があり、カルロが足を止めて薪を注文したところ、店の爺さんが、手押し車を貸してくれた。ベニヤミーノはそれにトランクを載せて押し、カルロは当座の薪を一束ずつ、両手に提げてゆくことになった。カルロはその束で町のあちこちを示そうとしてはふらついた。


エルマが空を見上げると、弱い日差しの中を、大きな鳥が高いところに飛んでいた。西の国は、随分寂しいところだとエルマは考えた。その寂しさを打ち破るようにカルロが声をあげた。


「あの家だ、ジャンナの家の隣」




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