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 兄のカルロのところへ持って行く食料を背負って、ヴァレリアは実家の庭先で、ぴりっと冷えた冬の朝の空気を吸った。兄と同じ濃い青の瞳で、海の方を見る。ここから眺める海峡の水の色が最近なんとなく柔らかくなって、春が近づいてきた予兆を感じる。


 カルロは造船所の近くの実家を離れて徒歩で1時間以上離れた山のほうに移り住んだばかりで、時折ヴァレリアが面倒をみにでかけている。しばらく前に雪が積もった日があって、道路がぬかるんでしまった。それが凍りついている間のほうが足を取られないからと、ヴァレリアは、朝早く家を出たのだ。ミトンをはめた手をポンと打ち鳴らし、元気をつけて歩きだす。


 造船所へ仕事に向かう人々はヴァレリアとは顔見知りなので、挨拶を交わすたびに、お互いの口から、吐く息が朝日に照らされて白くたちのぼった。材木のツンとした匂いがする製材所を過ぎて、フィノーネの港に近づくと、さすがに知らない人が交じるようになる。港の事務所のまえで、道におが屑を撒いていた知らない人がヴァレリアに手を振った。


「おおい、ラメッラの子!」


「おはようございます」


相手はヴァレリアのことを知っているようなので、挨拶を返した。


「カルロに用があるんだけど、あいつ今どこにいるんだ?」


「山のほうへ移ったの。ちょうど、今から会いにいくけど、一緒に行きます?」

 

港の用事なら馬車が出たりしないかと、下心を込めてヴァレリアは尋ねた。港の男は首を左右にふった。


「カルロの組に来客があってな、昨夜の船で東から着いて」


事務所を示した。


「泊まらせたから、迎えに来るようにカルロに伝えてもらえるかね」


ヴァレリアは思い出した。


「東の国から人が来るって兄が言ってたっけ。じやあ、あたしがその人を案内すればよくない?」


港の男は首をかしげて、


「ちょっと手続きがあってな、病気の子がいて、俺がカルロに来てほしいんだ、確認のためさ」


という。ヴァレリアはミトンの手をあげて承諾をしめした。


「カルロに、なるべく早く顔出させるわね」


 小さな港を囲む小さな町は、どの家の煙突からも薄く煙が立ち上っている。ヴァレリアは、町並みをはずれて、山から材木を運んでくる緩やかな上り道に入った。道の両側は針葉樹林で、落葉の上に先日の雪がまだ少し溶け残っていた。緑の木々に混じって、時折裸木が心細げに生えているが、その梢には、新しい芽がつき始めている。


 カルロの家は、この道を途中で離れた細道の先にあった。雑木に囲まれた新しい丸木小屋である。昨年のカルロは、雑木林を手に入れ、木を伐採してその隅に家をたてるのにかかりきりだった。やっと移り住んだものの、まだあちこち手を入れている。この日も、家の裏で物音がしたので、ヴァレリアが覗き込むとカルロが小屋を作っていた。鶏を飼うつもりなのだ。


「おはよ」


「おはよう、ヴァレリア、寒かったろ」


「うん、でも風がなかったからまし。それより、港の事務所の人がカルロに来てほしいって。東の国の人が来たから」


「アラトロが着いたのかな?思ったより早かったな」


カルロ・ラメッラは、東の国の学校に留学して、ベニヤミーノ・アラトロと知り合い、彼を西の国に招いた人物である。年はカルロの方が2つ3つ上になる。


「病気の子がどうとか言ってたわよ」


というヴァレリアの言葉にカルロは首をかしげた。


「何の話かよくわからんな、行って見るしかないか」


カルロは道具を片付けると裏口から家に入った。ヴァレリアもついて入る。ヴァレリアが荷物を解いて実家から運んできた食料を片付けたりしている間に、カルロは隣の部屋に置いてあった帽子と外套を身につけて出て来た。


「港まで出掛けて来る、入れ違いですまん」


「それはいいけど、夕食はどうするの?」


「日暮れには戻るから、用意しておいてくれ、恩に着る」


カルロは真剣な口調で言った。ヴァレリアは


「よっぽど自炊が面倒なんだ」


と笑ってから、


「気を付けて」


と兄を送り出した。カルロは運良く、町へ向かう荷牛車に便乗することができたのだが、その車は町の手前でぬかるみに車輪を取られてしまい、結局降りて後ろから押す破目になったので、損とも得とも言えなかった。それでも朝のうちに到着できたのを良しとして、カルロは港の事務所に来訪を告げた。


 事務所の二階の一角は、細かく仕切られて扉だらけになっていた。そんな扉の一つを事務員が叩くと、ベニヤミーノが顔を出し、カルロを認めて破顔した。


「やあ、来てくれてありがとう」


二人とも同じようなことを口に出して、手を握り合う。


「誰が病気だって?」


カルロに尋ねられ、ベニヤミーノは何でもないというように片手を降った。


「女中が船に酔って弱っているだけだよ」


「ああ、使用人を連れて来たというわけか」


「こちらの関所の人には、家族だろうと言われて、うまく通じないんだが」


「ここの法だとオレの組に入れることになるかな、それでオレが呼ばれたんだな」


カルロは、事務員を見た。相手は、


「しかし見るからに未成年でね」


と注意した。カルロはちょっと考えた。


「説明が長くなりそうだ、どこか落ち着いて話せる場所はないか?」

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