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 煉瓦造の似たような家が並ぶ、新しいが安っぽい通りに到着し、女中は建物の番号を何度も確認して、1軒を選んだ。玄関の呼び鈴を鳴らすと女中らしい若い女が出た。

「アラトロの旦那様はおいででしょうか、フォンテから参りました」


「お留守ですよ」


こちらの女中は、言い負けない。


「じゃあお戻りまで待たせてください」


すると若い女は引っ込んで、中年の婦人が出て来た。

こちらの女中の身なりを検分するように眺めてから


「あんたがグリエルマ・フォンテ?お嬢さんが来たら帰ってもらえと聞いてたんだけど」


と尋ねた。


「あたしじゃないですね」


女中は後ろのエルマを引き寄せ、


「グリエルマって?」


と確認する。エルマがうなずいたので、婦人の前へ押しだした。


「この子です、フォンテの旦那様のお嬢さんですわ」


「あら、まあ、これは」


婦人は手で口元を覆って嫌悪の表情を隠した。


「アラトロのお家で引き取られるということでお連れしました」


「言ったでしょ、お留守だって」


「じゃあ待たせてといてくださいな、呼び付けたのはそっちでしょうが。これ、アラトロ様からのお手紙です。女中頭がアラトロの旦那様だけに渡せってさ。ヘマして戻されんじゃないよ」


女中はポケットから手紙を取り出してエルマに持たせた。


「じや、あたしはこれで」


女中は素早く身を翻して玄関をぬけだし、扉を力任せに閉じてしまう。


「お待ちなさい」


婦人はエルマを押しのけて扉を引いたが、もう女中は姿をくらましたあとだった。


「憎らしいこと」


ため息をついた婦人は、エルマに向かって、


「聞いたとおり、アラトロ様はお留守だから、フォンテへお帰り」


と言い聞かせた。エルマはうつむいた。もし戻ったら女中頭にひどく叱られるということは予想がついた。そして、この靴も、服も、他所へやるために与えられたものだから、戻ったりしたら取り上げられてしまう。そもそも帰りたくても来た道順は禄に覚えておらず、帰りようがなかった。


「さあ、出ていきなさい」


 婦人はエルマの肩を押して玄関から出し、扉を閉めた。エルマは、渋々道に出たが、行きどころがない。離れるとどの家だったかわからなくなりそうで、家の窓から見えないように、隣との境あたりの壁際に身を潜めた。


 じっとしていればお腹も空くまいとエルマは自分に言い聞かせたが、日が陰ると否応なく空腹になってきた。女中に買ってもらった薄い菓子の効果はとうにない。ショールを引っ張って身体に巻きつけても、寒さが身にしみた。どの家かわからないが、煮炊きする匂いがして、エルマは厨房を思い出した。


 そんなときに勝手口から使用人が出てきて、薄暗いところで座っているエルマに気づくと、驚いたような声をあげた。しばらくして、さきほどの婦人が使用人と玄関から出てエルマをとがめた。


「お前、ずっとそこにいたの?」


婦人に尋ねられて、エルマは立ち上がって


「はい」


と答えた。


「困ったわねえ、そんなところでしゃがみこまれてちや、家の評判が悪くなるわ」


婦人は根負けし、


「アラトロ様が帰ったらどうにかしてもらうから、それまでよ」


と、エルマを半地下の勝手口に通してくれた。エルマはほっとしてあたりを見回した。「お店」よりずっと小さくて明るい厨房で、エルマに気づいた使用人の女が、料理人だった。料理人は置いてあった木の踏み台にエルマを座らせ、


「腹減ってんだろ」


とパンの端っこに脂を塗ってくれた。


「ありがと」


エルマは目を輝かせた。脂があると、古いパンでも喉を楽に滑り落ちると、かねてより思ってていたのだ。料理人はエルマが食べるにまかせて、竈に火をおこしはじめた。エルマは急いでパンを食べてしまって、


「あたしが」


とふいごに手を伸ばした。「お店」ではエルマがやることになっていたからだ。


「そうかい」


料理人にふいごを任されたエルマは、それが小さくて軽いのに驚いた。これなら火を起こすのにたいした苦労もいらない。


「お前、厨房にいたんだね。なら、魚の腹を頼めるかい」


エルマの掌くらいの魚が手桶に一杯、そして包丁とエプロンが渡され、そのままなし崩しにエルマは厨房の仕事に巻きこれていった。しかし彼女はそれが当然の日常であったし、むしろ普段より楽なくらいだった。


 主人一家の夕食を下げ終わると、使用人の賄になる。厨房にある食卓に、男と若い女の使用人がついた。「お店」では男女の食卓は厳しく分けられていたうえに、厄介者のエルマは使用人と別にされていたので、エルマがまごついていると、料理人は例の踏み台を持って来て座るように指図した。


 エルマはとまどいながら、使用人たちの詮索に答えることになった。しかし、「お店」が主人の姓からフォンテと呼ばれていることをやっと理解したくらいの彼女のことだ、物事がよくわかっていないので、あまり答えようがなかった。使用人たちは彼女から情報を得ることをあきらめ、彼女のことをフォンテの誰かの妾腹だろうと推測するに止めた。


 後片付の後は、若い女の使用人がエルマに毛布を持ってきて、厨房の隅に寝床を作ってくれた。エルマには祈る習慣がなかったが、もしあったとしたら、明日もこの幸運が続くように祈ったことだろう。


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