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第8話「あんたは照れてる!」第四部

(なぜだ?なぜ彼女は僕を追いかける?)


 その問いが彼の心に響いたが、すぐに、より鋭い別の問いに取って代わられた。


(いや…違う。正しい問いは…なぜ『僕』は逃げているんだ?)


 その気づきは、まるで殴られたかのように彼を打ちのめした。彼は追跡の受動的な犠牲者ではなく、積極的な参加者、一人の逃亡者だった。そして、なぜ?自分の平穏のため?自分の学校で身を隠し、すべての廊下を敵地のように扱わなければならないような平穏とは、一体どんなものだ?


(いっそ…転校するか)その思考は、戦うことを諦めた者の最後の解決策として、唐突に、そして卑劣に浮かび上がった。


 彼は建物の裏手にあるロビーに戻っていた。今や侵害された彼の聖域に、危険なほど近い。腹が減っていた。もしかしたら、彼の弁当はまだそこに、地面に落ちているかもしれない。


 音はいつもと同じだった。外の蝉の催眠的なジージーという鳴き声。他の生徒たちの会話や笑い声の遠い反響。そして、時折聞こえる、ワックスがけされた床を靴がキュッと軋ませる音。


 足音。一組以上。


 彼は俯いて歩き、その目は床に映る天井の歪んだ反射に固定されていた。一足の黒い靴が彼の進路を遮り、彼の目の前にドンと根を下ろした。


 竜斗はゆっくりと顔を上げた。また、佐藤だった。同じ真剣で苛立った表情。彼を見て怒りに燃える同じ目。トイレの時のように、二人は重苦しい沈黙の中で見つめ合った。一瞬、光景が繰り返されるかに見えた。緊迫した膠着状態、それに続く、互いの無言の撤退。


 二人は互いを無視して、横に一歩踏み出した。だが今回、彼らの肩が並んだ瞬間、スッと伸びた手が彼の制服を掴んだ。その引きは、以前よりも強く、より乱暴だった。


 しかし、竜斗は佐藤の正面に投げ出されたのではなかった。彼は横へ、彼を掴んだ者の方向へと引きずられた。金髪に染めた少年が彼をぐいと引き寄せ、その顔を数センチの距離まで近づけた。彼の眼差しは、ただ怒りだけだった佐藤とは違った。この少年は、憎悪の目で彼を見ていた。純粋で、理不尽な憎悪。


「よう、クソ野郎」少年は唸り、その声には不浄な怒りが込められ、嫌悪の響きが明らかだった。「健太にちょっかい出してんのはテメェだって聞いてっけどな」


「僕は何も―」


「黙れや、クソが!」金髪の叫び声がロビーに響き渡り、いくつかの顔がハッと振り向いた。


「あんまりきつく当たるなよ、涼平」三人目の少年が、からかうような笑みを浮かべて言った。佐藤と先ほど一緒にいた茶髪の少年だ。「怖くてションベンちびらせたいわけじゃねーだろ?」


 しかし、佐藤はただ腕を組み、不快そうな表情で観察しているだけだった。彼はこれを望んでいなかった。「おい…」


「テメェの鼻、へし折ってやろうか、ああ?」涼平は佐藤を無視し、竜斗の襟をギリギリと締め上げながら言った。


 だが、竜斗は反応しなかった。彼の眼差しは虚ろで、意志がなかった。その表情は恐怖を示すどころか、苛立ちさえ見せなかった。それは虚無だった。彼に向けられる全ての敵意を飲み込んでしまうかのような、無関心の井戸。


 彼は…関心がなかった。


 首筋に食い込む襟の力。あの二人の少年からの憎悪と軽蔑の眼差し。彼らの怒りに歪む表情。蝉の鳴き声…鳴き声が…彼が…


 音は歪み始め、遠ざかり始めた。まるで水中に沈められていくかのようだ。世界が無音になっていく。


 初めてではなかった。耳に綿が詰められていく、この馴染み深い感覚。涼平ともう一人の少年の口が動き、嘲笑しているのが見えたが、もはや彼らの声は聞こえなかった。他の生徒たちの遠い笑い声が消えた。そして最後に、単調で心地よかった蝉の鳴き声が…沈黙した。


 彼の顎が、制御不能にガクガクと震え始めた。彼の手は、まるで自らの意志を持つかのように、ゆっくりと、スルスルと上がり、もはや存在しない音を遮断しようとする無駄な試みで、両耳を覆った。


 以前はただ虚ろだった彼の眼差しが、ますます…生気を失っていく。彼はシャットダウンしていた。彼らが決して届かない唯一の場所へと、後退していた。


(ただ…早く、終わってほしい)


「もうやめなさい!」


 一つの叫び。一つの声。沈黙を突き破った最初の音。鮮明で、怒りに満ちていた。


「あ、あ、秋山さん!?」佐藤はどもり、その声には明らかなパニックがあった。


 真琴は数メートル離れたところに立ち、拳を体の横で固く握りしめ、正義の怒りでそのグループを睨みつけていた。「あなたたち、何してるつもり?」


「俺たちは…ていうか、オレらは…」涼平は正当化しようとしたが、その声から傲慢さが消え失せていた。


「ただコイツと遊んでただけだよな、三浦?」金髪は最後の悪あがきで、無理やりの笑みを浮かべて竜斗に振り返った。「あれ?」彼の表情は、竜斗の顔、その目に宿る完全な生気のなさを目にして、ぐにゃりと歪んだ。


「…うん…」竜斗の声は、いかなる感情も意志も欠いた、ただの吐息として漏れた。


「今すぐやめないと先生を呼ぶから!」真琴は一歩前に出て、脅した。


「チッ!」涼平は舌打ちした。彼は竜斗をドンッと突き飛ばして解放し、不機嫌で敗北した様子で歩き去った。もう一人の少年は、真琴に怯えた一瞥を投げかけ、彼に続いた。佐藤は、顔に恐怖を貼り付けたまま、麻痺してその場に残った。


 真琴は怒りの視線を彼に突き刺した。「あなたも、行きなさい!」


「俺は、別に…」


「行きなさい!」彼女は、反論の余地を与えないほど固い声で、宣言した。


「来いよ、佐藤!あんなアマ、放っとけ!」涼平が遠くから叫んだ。


 佐藤は真琴を見て、それから、頭を下げ、まだ耳の近くに手を置いたまま、沈黙している竜斗を見た。悔しさの波が彼の体を駆け上った。彼は拳を握りしめ、何も言わずに友人たちの後を追った。


 再び沈黙が訪れたが、今回は違う沈黙だった。竜斗はゆっくりと手を下ろした。


「…どうして?」彼の声は、静かな避難所から現れて最初に発した問いとして、か細い囁きのように漏れた。


 真琴は近づき、彼女の怒りは消散し、優しく、ほとんど悲しげな表情に変わっていた。


「三浦くんは、あたしの友達だから」彼女は、問いではなく、事実として宣言した。


 彼がそれを処理する前に、彼女は彼の手を取った。彼女の感触は温かく、しっかりしていた。彼を現実へ、音のある世界へと引き戻す、錨となる仕草。


「ちょっと、あたしに付き合って」


 彼女の手の感触は温かかった。


 彼女の手はしっかりとしていて、驚くほど小さく、彼を現実へと引き戻し、彼が溺れていた静寂の奈落から引き上げる一点の熱源だった。


 彼女は彼を引っぱっているのではなかった。導いていた。そして、初めて、彼は抵抗しなかった。竜斗は導かれるままに、熱源に従うオートマトンのように、学校の廊下から連れ出された。廊下の音は、ゆっくりと意味を取り戻し始めていた。


 目的地は、彼の聖域だった。あの古いコンクリートのベンチ。彼女はついに彼の手を離し、突然の冷たさがその場所を占めた。


「まだ食べてないでしょ?」彼女は、先ほどの怒りが完全に消え去った、優しい声で言った。


「…うん」竜斗は、言葉が吐息のように漏れて、答えた。


「あたしもまだ」彼女は小さく微笑んで認めた。彼女はバッグから、購買で買ったメロンパンと、それから、彼の弁当箱を取り出した。


 彼は躊躇い、自分の食べ物と彼女の顔を交互に見た。


「ほら、早く取って。後悔してあたしが食べちゃう前に」彼女は彼の前で容器をフリフリと揺らしながら、からかった。


 彼が弁当箱を受け取ったとき、その指が彼女の指に一瞬触れた。竜斗が座ると、彼女も彼の隣に座り、二人の間に少しスペースを空けた。しばらくの間、唯一の音は、単調で、心地よく、そして絶え間ない蝉の鳴き声だけだった。


「あのね…」一口飲み込んだ後、彼女が口火を切った。「今日、すっごく大変だったんだから。休憩中、ずっとあなたを探してたんだよ」彼女の声には非難の色があったが、それは軽く、ほとんど拗ねているようだった。


「…ごめん」少年の防御メカニズムは、彼が抑える前に作動した。


「どうして三浦くんは、いつも謝るの?」彼女は、長くて少し芝居がかったため息をついた。


「僕には…分からない」彼は答えたが、それは紛れもない真実だった。(ただの…反射なんだ。他に何を言えばいい?)


 沈黙が戻り、蝉のシンフォニーに満たされた。「三浦くん」彼女は、今度は真剣な声で呼んだ。「どうしてあたしから逃げたの?」


 彼は咀嚼を止めた。その問いは、重く、避けがたく、宙に漂った。竜斗は答えることができなかった。


(言えない。彼女のせいだと言えば、彼女を責めることになるし、それはフェアじゃない。他の連中のせいだと言えば、僕は哀れな臆病者に見えるだろう…まあ、別にどう思われても構わないけど…)


 彼は沈黙したまま、存在しない出口を探して心が駆け巡った。


 彼女は彼の沈黙を観察し、その眼差しは和らいだ。パズルのピースがはまったようだった。


「…そっか。…ごめんね」


 彼女から発せられたその言葉は、どこか間違っているように聞こえた。


「君が謝る必要なんて、何もない」


 彼女は顔を上げ、真剣な表情が悪戯っぽい笑みに変わった。「当たり前じゃん!謝るべきは、こんなに非社交的な闇の王の方なんだから!」彼女は彼の腕をツンツンとつついた。「ううううう…」


 秋山は、水晶のようで純粋な笑い声を上げた。彼は、いつものように、反応しなかった。だが、内側で、何かが動いた。頑固な思考が、頭の中でガンガンと鳴り響いていた。


(秋山さんは…こんな、何者でもない僕に、一生懸命話しかけてくれる。僕は…僕は、試さなきゃいけない)


 それは、か細い決意だった。だが彼は、少なくとも一度は、試してみることにした。


「秋山さん…」

「三浦くん…」


 二人はピタッと止まった。気まずさが一瞬、空中に漂った。


「お先にどうぞ」二人はユニゾンで言った。


 彼女は再び笑い、手で口を覆った。そして竜斗は、胸に奇妙な締め付けを感じた。悪いものではなかった。ただ…奇妙だった。


「分かった、じゃああたしからね」彼女は落ち着きを取り戻し、彼の方に向き直り、その目をじっと見つめて言った。「三浦くんは、あたしを見てどう思う?何が見える?」


 その問いは、彼を不意打ちした。彼が見るもの?誰もが見るイメージだ。「君は…クラスで一番人気がある女子だ。綺麗で、エネルギッシュで、いつも笑っていて、友達に囲まれてる。注目の中心。少し戸惑うくらいで、正直、空気が読めないところもあると思う…」彼の返事は表面的で、事実の報告書だった。


 彼女は顔をしかめ、彼の肩をポンッと軽く叩いた。「ひどい!それだけ?なんか、あたしの個人ファイルでも読んでるみたいじゃん」


 しかし、会話を続けようとする意図で、彼は言った。「じゃあ、秋山さんは?僕に何が見える?」


 彼女は躊躇わなかった。


「変な人」彼女は、残酷なほどの正直さで言った。「それに、すっごく無口」


(間違ってはいない。少しチクリときた。でも、人から言われて気持ちのいいものじゃないな…)


「…でも、優しいよ!」彼女は、前の言葉の厳しさを完全に打ち消すほど晴れやかな笑顔で、そう締めくくった。


「優しくない」彼は瞬きし、言葉を処理した。優しい?


「優しいよ!」彼女は、さらに身を乗り出して主張した。「あたしをあの人から、影でこっそり助けてくれた。それに…それに、今日は…あたしのせいで、一人であんなの耐えてた。それって…すごく、優しいことだよ」


 竜斗は息が詰まるようだった。彼が気づかないうちに、プレッシャーから生まれた反射として、その仕草が出た。彼の左手がゆっくりと上がり、左耳の上に置かれると同時に、彼の視線は左へ、虚空へと逸れた。


「別に…君に優しく見られたいわけじゃ…ない」


「三浦くん」彼女の声は、優しかったが、しっかりしていた。「あたしを見て」


 彼はゆっくりと彼女の方に顔を向けた。そして、彼女がそこにいた。彼女の顔が、彼の数センチ前に。彼女の大きくて好奇心旺盛な目が彼を分析し、その唇には小さく自信に満ちた笑みが浮かんでいた。


「あのね…」彼女は囁いた。その声は、彼が彼女の呼吸の温かさを感じるほど近かった。「あんたが嘘つくとき…耳に手をやる癖、あるよね」


 竜斗の目はカッと見開かれた。衝撃が彼の体を走り、彼は本能的に後ずさった。


 真琴の笑みが広がった。「嘘つくの下手すぎ。本当は、あたしに優しいって思われたかったんでしょ」


「僕は…いや…それは…」言葉が彼の口の中で絡まり、意味をなさない否定の混乱となった。


 そして彼女は笑った。甘く、愛らしく、勝利に満ちた笑い声。彼女の笑顔は無邪気で、同時に、信じられないほど抜け目がなかった。彼女は、楽しそうに目を輝かせながら、彼を見た。


「三浦くん、照れてる!」

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