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第20話「恋の雑音」第一部

 竜斗の即席サンドイッチによる短い中断は、その場の空気を和らげる一時的な絆創膏に過ぎなかった。夏川由美の皿から最後のパン屑が消えた瞬間、現実は再びリビングルームに重くのしかかった。


 シーン……


 全員が再びふかふかのラグの上に座り込む。ゲーム再開だ。


 だが今回、空気は変わっていた。空気の密度が増し、竜斗の鼓膜を圧迫するようだった。誰も口を開かず、不安という名の透明な怪物が、輪の中心に居座っている。


 ゴクリ……


 誰かが唾を飲み込む音。震えるため息。ブゥゥン……静寂に抗うように響く、キッチンの冷蔵庫の低いモーター音。竜斗自身の血液が流れる音さえも、骨に反響して不快なリズムを刻んでいるように感じられた。


(僕の番か……)


 竜斗は喉の渇きを覚え、ゴクリと唾を飲み込んだ。円の中心へと伸ばした手は、わずかに震えている。無表情を装っても隠しきれない、情けない震えだった。


 指先が生温かいプラスチックに触れる。彼は回した。


 コロ……コロ……


 力のない回転だった。精神的な重圧が体力を奪っていたのだ。ボトルは頼りなくよろめき、ラグを擦る乾いた音を立てて、二、三回回って止まった。


 ピタッ。


 黒い飲み口は、残酷なほどの正確さで、彼と同じ苗字を持つ少年を指していた。


 三浦武たける


 沈黙が深まる。竜斗は首筋に冷や汗が滲み、背中をゆっくりと伝うのを感じた。


「真実か、挑戦か……三浦くん?」


 彼の声は引きずられるように低く、意志が抜け落ちていた。そんな言葉を口にすること自体が、彼の孤独な性質に対する冒涜のように思えた。


 彼は次に何が来るか分かっていた。武の目が細められ、そこに悪戯な期待の光が宿る。キラッ……人気者の彼は、勝利の笑みを必死に噛み殺していた。


(どうせ『挑戦』を選ぶに決まってる……こいつらは、僕にキューピッド役をやらせたいんだ)


 武と颯太の頭の中では、今こそがその時なのだ。彼らは竜斗が究極の「引き立て役」として動くことを期待している。女子の誰かを巻き込むような、ふざけた命令を。


「挑戦!」武は即答した。その声には自信が溢れていた。


(やっぱりな……これであいつに馬鹿げた命令をしなきゃいけない……なんで僕はここに来るのを承諾したんだ?)


 颯太の目は見開かれ、瞳孔は期待で開いている。武は前のめりになり、今にも飛び出しそうに震えていた。ズズズ……彼らの視線圧は物理的な重さとなって、竜斗を崖っぷちへと追いやっていた。


「それじゃあ、君は……」


 竜斗の声が震え、掠れた。全員が息を呑む。南は指の隙間から覗き見し、真琴は下唇を噛み、由美は眉を上げて挑発的に見ている。


(言え!言えよ!いい命令を出せよ、竜斗!!!)武の心の叫びが聞こえてくるようだった。


 竜斗は深く息を吸い、感情の渦の中で冷徹な論理を探した。この状況から抜け出さなければならない。手を汚さずに、この契約を果たす方法を。


「……君は……」


 間を置く。時間が凍りついたようだった。


「……次の番に当たった人の言うことを、聞くこと」


 その言葉は、まるで事務的な通告のように響いた。


(完璧だ。僕は何も命令していない。手を洗ったんだ)


 それは完全な逃げ道だった。直接的な命令は何もしていない。フィギュアに関する颯太との約束も破っていない。ただ責任を外注しただけだ。もし次の回で颯太に当たれば、彼がその汚い命令を下せばいい。


「えっ?」


 パリン!


 武の顔が凍りついた。勝利の表情が崩れ落ち、純粋な混乱の仮面に変わる。颯太は信じられないといった様子で口をあんぐりと開けた。ロスタイムで逆転ゴールを許したサポーターのような顔だ。


 南は眼鏡の奥でパチパチと瞬きをし、竜斗が編み出した複雑なルールを処理しようとしている。


 そして、爆笑が弾けた。


 ドッ!


 真琴と由美が声を上げて笑った。「影の王」の拍子抜けな一手に対する、安堵と面白さが混じった笑いだった。


「なによその挑戦、竜斗くん!?ただのバケツリレーじゃない!」真琴は目尻の涙を拭いながら笑った。


 竜斗は顔を伏せ、表情を隠した。(とにかく終わった。僕は助かったんだ)


「チッ……」武は舌打ちをして、体勢を直した。竜斗に苛立ちの視線を一瞬投げかけたが、すぐにリーダーとしてのポーズを取り戻した。「いいだろう、竜斗。汚い手を使うな……だが、『俺』はその挑戦を受ける。『俺』は、次に当たった奴に従う」


 彼はボトルを掴んだ。


 新たな緊張が走る。武の運命は、今や運任せだ。彼は力を込め、鬱憤を晴らすかのように回した。


 ギュンッ!


 プラスチックが唸りを上げ、ラグの中心で残像となる。


 全員が見つめる。颯太は手を組み、自分に当たるように祈っている。武は回転する物体を凝視している。


 ボトルが減速し始める。ゆっくりと、不可避に。


 ボトルの口は南を過ぎ……颯太を過ぎ(彼から苦悶の呻きが漏れた)……竜斗を過ぎ……


 そして止まった。


 ピタッ。


 夏川由美の白い靴下を、真っ直ぐに指していた。


 シーン……


 異質な沈黙が部屋に落ちた。電気を帯びたような沈黙が。


 由美はボトルを見た。次に武を見た。そして、ゆっくりと、捕食者のような、それでいて眩しいほどの笑顔が彼女の顔に広がった。


 ニヤリ……


「ルールは絶対だよね、武くん?」彼女の声は甘く、だが危険な重みを孕んでいた。「あんたは、あたしの命令に従わなきゃいけない」


 ゴクリ……


 武は唾を飲み込んだ。傲慢さは消え失せていた。彼は彼女の手の平の上だった。「あ、ああ。な……何が望みだ?」


 由美は躊躇わなかった。迷いもなかった。恥じらって視線を逸らすこともしなかった。ただ前のめりになり、彼のパーソナルスペースを侵略した。その瞳は、竜斗が見たこともないような決意で輝いていた。


「あたしに、キスして」


 世界が停止した。


 ドクン!


 南は「ひゃっ」と悲鳴を上げて目を覆った。颯太は顎が外れんばかりだ。竜斗は胃が裏返るような感覚を覚えた。


「い、今?」武が顔を真っ赤にしてどもった。


「今」


 彼女は待たなかった。武が何か言う前に、由美は両手で彼の顔を包み込み、距離をゼロにした。


 チュ……


 衝突音はなく、ただ二つの呼吸が重なる静寂だけがあった。


 竜斗は硬直していた。目の前一メートル以内で起こっている現実。由美の手が武のシャツを掴み、武が降伏するように目を閉じる。生々しい親密さが、リビングの真ん中で晒されている。


 竜斗の頭の中のノイズが爆発した。ガンガン!あの無気力な壁が揺らいだ。


 見ちゃいけない。あまりに強烈で、直接的すぎる。本能的に、彼の目は逃げ道を探した。キスをしている二人から視線を逸らし、円の反対側へと走らせた。


 そして、緑と出会った。


 秋山真琴がそこにいた。両手で口を覆い、目を見開き、顔を真っ赤に染めていた。


 だが、彼女は由美と武を見ていなかった。


 彼女は、竜斗を見ていた。


 バチッ!


 視線が、部屋の中央で衝突した。


 グニャリ……


 時間が歪む。背景で颯太が始めた拍手や冷やかしの声が、まるで水中の出来事のように、くぐもって遠く聞こえる。


 竜斗にとって唯一鮮明な音は、自身の心臓が打つ狂ったような鼓動だけだった。


 ドクン!ドクン!


 彼は彼女の目に、自分の衝撃が反射しているのを見た。羞恥を見た。そして何か別のもの……彼と同じような、恐ろしい罪悪感を含んだ無言の問いかけを。


 視線を逸らすべきだった。安全な無関心の世界へ戻り、何も感じていない振りをすべきだった。


 だが、できなかった。竜斗は真琴を見つめ続け、その宙吊りの瞬間に囚われていた。世界のノイズが再び部屋に雪崩れ込んでくる中で。


 彼の沈黙の平穏は、取り返しがつかないほど粉々に砕かれていた。


 パチパチパチ!ヒューヒュー!


 颯太の過剰な拍手が徐々に止み、気まずい沈黙がラグの上に降りた。


 由美はゆっくりと離れ、唇に恥ずかしげだが勝利の笑みを浮かべていた。一方の武は、頭を殴られたような顔をしていた。ポカン……彼は瞬きをし、呆然としながら、頬を鮮やかな深紅色に染め、無意識に口元に手をやった。


 竜斗は首を強引に動かし、真琴から視線を外した。視線はラグの幾何学模様に固定された。あのアイコンタクトは、あまりに親密すぎた。


(終わった。頼むから、終わったと言ってくれ。もう帰りたい……)


 心臓はまだ早鐘を打っていた。バクバク……そのリズムは耳元で響き、冷蔵庫の音をかき消していた。部屋の空気は不可逆的に変わってしまった。重く、思春期のホルモンと衝動的な決断で飽和した静電気を帯びている。


 南はまだ指の隙間から覗き見し、小さな衝撃の吐息を漏らしている。真琴は床を見つめ、手で顔を扇いで熱を冷まそうとしていた。


「そ、その……」武が口を開いたが、声は無残に裏返った。彼は咳払いをし、いつものリーダーシップの欠片をかき集めようとした。「予想外……だったな」


「挑戦だったでしょ」由美は即答し、オレンジ色の髪を耳にかけた。その瞳の輝きとは裏腹に、平静を装っていた。「で、あんたはそれを果たした」


(もう帰っていいか?一年分のクライマックスはもう十分味わった)


「あたしの番!」由美が宣言し、トランス状態を破った。


 ガバッ!


 彼女のエネルギーは最高潮だった。キスは彼女の血管に純粋なアドレナリンを注入したようだった。彼女は独占欲を露わにして、中央のボトルを掴んだ。


「武くんが誰に命令するか決めるために回したんだから……次はあたしが回す番よね?」


 彼女は返事を待たなかった。力強く回した。


 ギュルルルル!


 ボトルが激しく回転し、ラグの上で跳ねる。減速し、竜斗を通り過ぎ(彼は震える安堵の息を吐いた)、真琴を過ぎ、そして揺れながら止まった。


 ピタッ。


 山本颯太の目の前で。


「山本くん!」由美は獲物を弄ぶ猫のように前のめりになり、歌うように言った。「真実か、挑戦か?」


 ビクッ!


 颯太が凍りついた。


 顔から血の気が引く。保とうとしていた穏やかな笑みが激しく引きつった。彼の脳裏に、前回の屈辱的な記憶が鮮明に蘇る。彼が膝をつき、由美の足が突き出され、その白い靴下が鼻先数センチにあったあの瞬間。


(こいつはイカれてる。サディストだ)


 彼は由美の輝く目を見た。もし再び「挑戦」を選べば、屈辱はさらに酷いものになるという無言の約束があった。床を舐めさせられるか、ベランダで犬の真似をさせられるか。


 颯太は唾を飲み込んだ。喉仏が苦しげに上下する。残された尊厳を賭けるわけにはいかなかった。皆の前では。


「真実……」彼は掠れた声で囁いた。予防的な敗北宣言だ。「『俺』は、真実を選ぶ」


「チッ」由美は舌打ちをし、明らかに落胆した。サディスティックな輝きが消える。「つまんない男。腰抜け」


「痛いとこ突くなよ……!」


 彼女は目を回し、退屈そうなため息をついて質問を投げた。「あんた、武くんと同じ身長に見せるために、靴の中にインソール入れてるって本当?」


 シーン……


 部屋の沈黙を破ったのは、武が笑いを堪える音だけだった。プクク……颯太は目を閉じ、敗北を顔に刻んだ。


「……ああ」


「やっぱり!」由美は満足げに笑った。


 颯太は笑わなかった。彼は深く息を吸い、エゴへの打撃を受け止めたが、生き残った。彼は生きている。そして今……今度は、彼の番だ。


「俺の番だ」


 颯太の声がワントーン下がった。真剣味を帯びる。部屋の空気が瞬時に変わった。


 ズズズ……


 由美による屈辱は過去のものだ。今、支配権は彼にある。


 颯太は、他の時のように適当にボトルを回さなかった。中心を慎重に押さえ、位置を定め、そして明確な殺意を持って弾いた。


 シュッ!キリキリキリ……


 乾いた音が響く。ボトルは黄色い明かりの下で残像となった。


 竜斗は背筋に悪寒が走るのを感じた。颯太のあの目を知っている。それは、自らの駒を犠牲にした後、ついに敵の王を追い詰めた策士の目だ。


 ボトルが止まり始める。ゆっくりと、不可避に。


 由美を過ぎ。南を過ぎ。竜斗を過ぎ。


 そして止まった。微動だにせず。


 ピタッ。


 再び、三浦武を指していた。


(またか。宇宙が共謀している)


 武は瞬きをした。由美とのキスと、颯太の身長の暴露で、まだふわふわとしていた。彼は友を見て、ニカっと笑った。またふざけ合える、笑えるチャンスだと思ったのだ。


「オーケー、颯太。言えよ。もちろん、『挑戦』だ」


 彼はガードを下げた。友を信じた。由美のキスとお祭り騒ぎに酔いしれ、当初の「計画」を完全に忘却していた。


 致命的なミス。


 颯太は笑い返さなかった。彼は膝に肘をつき、指を組んで前のめりになった。彼の目は由美を完全に無視していた。その視線は、外科手術のような冷徹さで武に固定されていた。


 颯太の頭の中では、さっきのキスも自身の屈辱も関係なかった。真の目的、キッチンで交わした約束、この茶番劇の理由そのものが、まだ果たされていないのだ。


 彼はゆっくりと視線を動かし、円を横切り、隅で気配を消そうとしている赤茶色の髪の少女に止まった。


「お前は挑戦を選んだな、武」


「ああ、相棒。早く言えよ」


 颯太は指を差した。


 ビシッ!


 その動作はゆっくりで、重く、まるで判決を下すかのようだった。


「秋山さんに、キスしろ」

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