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第12話「坂道を上る喧騒」第二部

 キッチンの空気に、包丁がまな板を叩く音が響き渡る。トントン、トントン、と。それは鍋のお湯がコトコトと沸騰する聞き慣れた音や、リビングから遠くに聞こえるテレビのガヤガヤとした音と混じり合う、一定のリズムを刻んでいた。竜斗にとって、それは彼の日常のシンフォニーであり、彼の心を繋ぎ止め、虚しさを埋めてくれる、単調で平凡な音の集まりだった。


 だが、その日の夕方、彼のシンフォニーは、あるメロディーに侵された。


 それらの音、彼の音は、隣から聞こえる女性の柔らかなハミングによって、一瞬にして飲み込まれてしまった。ふふふん〜、と。彼女自身の喉から紡がれる歌に合わせて、体がゆらゆらと微かに揺れる。窓から差し込むオレンジ色の光を捕らえるかのように、彼女の服や赤みがかった髪がサラサラと動く。


 そして彼は、いつもの無感動に包まれたまま、夕食の準備をしていた。しかし、今日は食卓に一人分の食事が増えており、彼の頭の中は、たった一つの、執拗な問いでいっぱいだった――なぜ、こいつはまだここにいるんだ?


 秋山真琴は、手伝いは要らないという彼のこれまでの拒絶をすべて無視して、今や彼の隣で皿を拭いていた。そして、リビングから、壁の陰に隠れて、好奇心に満ちた一対の目がその光景をうかがっていた。自分の縄張りに侵入してきた鳥を狙う猫のように、顔の半分だけを覗かせた小さな女の子が、キッチンでのやり取りをじーっと見つめている。


 咲にとって、兄が誰かを――しかも女の子を――家に連れてくるというのは、ありえないに近いほど珍しい出来事だった。竜斗は口を開かない。彼にとって料理は、ほとんど自動的なトランス状態に近い、唯一無二の儀式だった。野菜を刻み、魚に味をつけ、米を洗う。呼吸をするのと同じくらい自然な行為だ。一方、真琴もまた言葉を発さず、ただ歌声だけでその空間を満たしていた。初めて、二人は一緒に料理をし、咲には理解できない奇妙なハーモニーが、彼らの間に生まれていた。


 竜斗は片手にパセリの細く湿った茎を、もう片方の手には樹脂で磨かれた木製の、しっかりとした包丁の柄を感じた。まな板の上を素早く、正確に叩く音だけが、彼が生み出す唯一の音だった。


「うわー!三浦くん、すごい上手!」均一な切り口を見て、真琴の声が純粋な感心に満ちて弾んだ。


「別に、大したことじゃない…」彼の声は、いつものように空っぽだった。


 外面的な無関心さにもかかわらず、彼の内側で何かが変わっていた。彼女が勝手に家に上がり込んできたことは、もはやどうでもよくなっていた。実のところ、竜斗は彼女の存在を心地よく感じ始めているのではないかと疑っていた。もしかしたら、その「友情」という、彼の心がまだ奇妙に感じる言葉も、それほど悪いものではないのかもしれない。彼女が生み出す背景雑音は、蝉の声ほど予測可能ではなかったが、どういうわけか…心地よくなりつつあった。


「なあ、秋山さん」彼は自らの沈黙を破って言った。


「うん?」彼女は、すでに笑みを浮かべて振り向いた。


「本当にここにいて大丈夫なのか?問題にならないか?」竜斗は彼女に視線を上げた。その口調は心配しているかのようだったが、彼の顔は相変わらず感情の読めない仮面を貼り付けたままだった。(これは純粋に事務的な問題だ)と、彼は自分に言い聞かせた。管理すべき、もう一つの問題に過ぎない、と。


「大丈夫だよ!」彼女は、キッチンを照らすかのような笑顔で答えた。「学校の課題だって、ちゃんと家に言ってきたもん」彼女はコンロの方を向き、シチューがコトコトと煮えるのを見た。「それに、あたしたちが来たのはそのためでしょ?」


「でも…他のメンバーと一緒じゃないと…」


「誰かが君の家を知らないとダメでしょ!」彼女は、わざとらしい憤りを浮かべて彼の方へ向き直った。


「バス停まで迎えに行くって言っただろ…」


 真琴は、ふわりと、謎めいた笑みを浮かべた。彼女は顔をそらし、彼の視線から隠れた。竜斗も反射的に同じように、まな板へと注意を戻した。「ちょっと、確かめたいことがあっただけだから…」と、彼女はほとんど独り言のように、低い声で言った。


 その言葉は、彼が解読できない意味をたたえて、宙に浮いた。


「そうか…」彼は、何も理解しないまま答えた。


 刻まれたパセリが彼の指から落ち、静かに煮立つソースに混ざり合う中、竜斗は再び沈黙を破った。


「それで、テーマは何にするんだ?」その問いは驚くほど自然に聞こえた。まるで、このキッチンで彼女と話すことが、世界で最も当たり前のことであるかのように。


「うーん、あたしは密教の発展が面白そうかなって…」真琴は、人差し指をあごに当てて考え込むポーズで答えた。彼女の目は純粋な好奇心で輝いていた。「三浦くんはどう思う?」


 竜斗はシンクの方へ向き、蛇口をひねってまな板の上に冷たい水を流した。「確かに、いいテーマだな」彼は一瞬、天井を見上げ、先ほどの記憶が心に蘇った。「確か、南さんもそれがいいって…」彼はまな板をすすぎ終え、向き直って真琴の方へ差し出した。「ほら…」


 彼の言葉は、目にした表情によって中断された。秋山真琴の笑顔が変わっていた。もはや以前のような輝く笑顔ではない。今は歪んで、無理やりで、かろうじてその場に留まっているしかめっ面に近いものだった。彼女の活気あるエネルギーが、ぐらりと揺らいだ。


「秋山さん?」竜斗は、わずかに首を傾げて尋ねた。


「あ、うん!ごめん。へへへ…」彼女の笑い声はぎこちなかった。真琴は彼の手からまな板を受け取ると、不必要な速さでそれを拭き始め、顔を反対側へ向けた。今や自分自身への不信感に歪む表情を隠そうとする、あからさまな試みだった。(バカ!バカ!バカ!なによ、この反応!)


 その時、彼女は感じた。空気の微かな変化、すぐ後ろに形成される気配を。ゆっくりと、真琴は頭を後ろに向けた。


 ドアの角から、顔の半分だけを覗かせているのは、咲の猫のような目だった。だが、以前の好奇心は、悪魔のような、「全部知ってるんだから」とでも言うような笑みに取って代わられていた。小さな音がか細く、少女の唇から漏れた。


「へっ。」


 その音は低かったが、真琴にとっては、雷鳴のように響いた。


「『へっ』ってどういう意味よ!?」彼女は、バッと振り返って叫んだ。


「どうしたんだ?」突然の叫び声に驚いて、竜斗が尋ねた。


「なんでもない!なんでもないってば!」真琴はパニックでぶんぶんと手を振りながらどもった。その間に咲は、任務完了とばかりにリビングへと姿を消した。必死に注意をそらそうと、彼女はコンロの鍋を指差した。「できた!夕飯できたよね、三浦くん!?」


 小さな混乱が収まった後、キッチンは再び家庭的な静けさに包まれた。夕食の準備は整った。古い木製のテーブルの上に陶器の皿が並べられていく中、真琴は何かに気づいた。三枚の皿。三組のカトラリー。三つのグラス。


「ご両親の分は並べないの?」彼女の無邪気な好奇心が声になった。


 竜斗はポケットから携帯電話を取り出し、その画面が彼の無表情な顔を照らした。「まだ六時前だ。賢進が帰ってくるのは八時か九時ごろだ…」彼の声には何の感情もなく、ただ事実を述べているだけだった。


「お母さんは?」彼女は、鍋敷きの上に熱い鍋を置きながら、重ねて尋ねた。


 雰囲気が変わった。コンロの暖かさがすーっと引き、家の音――冷蔵庫のブーンという唸り、遠くのテレビの音――が、くぐもって遠くに聞こえるようになった。


「母さんは夕飯には来ない」竜斗は、皿の一つの横にグラスを置きながら答えた。彼の視線はテーブルに固定され、顔は遠く、声からは完全に感情が抜け落ちていた。「入院してるからな、一応」


 真琴は彼を見つめ、いつもの笑顔は顔から消えていた。その代わりに、彼女が処理できないほどの衝撃と混乱が入り混じった表情が浮かんだ。そして、そのすべての下に、最悪の感情が――竜斗が彼女に感じられていると知ったら最も嫌がるであろう感情が――声を上げた。哀れみだ。


「ごめんね、三浦くん…」彼女は、自分の手に視線を落として、囁いた。


「いい。君のせいじゃない」彼は彼女に視線を上げたが、その顔は虚ろで、意志がなかった。「気にしないでくれ、頼むから」最後の言葉は、静かな、しかし確固とした響きで言われた。彼女にその一線を越えるなという命令だった。彼は背を向け、彼女をキッチンに残し、その声が廊下に響いた。「咲!ご飯できたぞ!」


 彼らが戻ってきた時も、緊張はまだ肌で感じられた。咲はテレビ番組を見逃したことに不満を漏らし、竜斗は食事の場所はテーブルだと譲らなかった。真琴は、まだ俯いたまま、黙って彼らの後についてきた。


 三人は席に着いた。竜斗はいつもの単調な表情。小さな女の子は、自分自身の子供じみたドラマに腹を立て、ぷくっと頬を膨らませている。そして、緋色の髪の少女は、自分が存在すら知らなかった傷のことで、罪悪感を感じていた。


「いただきます…」全員が言ったが、それぞれの声は異なる重みを帯びていた。竜斗の言葉がまだ真琴の心に響いていることに、彼が気づくのに時間はかからなかった。彼女の沈黙は、彼が無視できない騒音だった。


「秋山さん、君は―」


「大丈夫!本当に!」真琴は、いつもの快活さを安っぽく模倣した笑顔を無理やり浮かべて、彼を遮った。「あたしはただ―」


 バーン!


 玄関のドアが壁にぶつかる音が、家中に爆発した。その轟音に、テーブルにいた三人はびくりと飛び上がった。ドタドタと重く急いだ足音が廊下を駆け抜け、キッチンの入り口で止まった。そこに、森林警備隊の制服を着た男が、汗だくで息を切らしながら膝に手をつき、肺にある限りの空気で叫んだ。


「竜斗!彼女を家に連れてきたというのは本当か!?」


 賢進の叫びが、魔法を打ち破った。


「か、か、か、彼女!?」真琴はどもり、顔が一瞬で完熟トマトのように真っ赤になった。


「勘違いするな、賢進―」竜斗は落ち着いた、しかし毅然とした声で説明しようとした。


「それに、夕飯作りながらイチャイチャもしてたんだから!」隣の椅子から咲が叫び、非難の指を劇的に兄に向けた。


 真琴は、どこに顔を隠せばいいのか分からず、ますます赤くなるばかり。パニックで口が開くが、音は出なかった。


「おい!勘違いするなと言っただろ!」竜斗の声が、普段より高く、鋭く出た。それが真琴の注意を引いた。彼女が彼を見ると、初めて、彼の顔に別の感情が浮かんでいた。怒りだ。「この人は秋山真琴さんだ。学校の課題で来ただけだ。お前らの子供じみた妄想に付き合うな!」


 説教の後に訪れた沈黙は重かった。賢進は、罪悪感に満ちた犬のような顔で義理の息子から視線をそらし、テーブルに着いた。咲はむっとしながら、彼のために皿を一枚置いた。竜斗は立ったまま彼を見つめていた。その眼差しはまだ半分死んでいたが、今やその下に怒りの炎が燃えていた。


 その沈黙は、予期せぬ音によって破られた。くすくす、という笑い声。


 真琴だった。全員が驚いて彼女を見た。


「どうしたんだ、秋山さん?」竜斗は、純粋に戸惑って尋ねた。


「ごめん!」彼女は笑いをこらえながら言った。「本当に、心配することなんて何もないよ、三浦くん!」今度は、心からの笑顔だった。


 賢進の唇に、安堵の笑みが浮かんだ。彼は箸を取ったが、食べ始める前に、我慢できなかった。「私は本当に何も心配していない…」


 咲以外の全員が、戸惑って彼を見た。「どういう意味だ?」と竜斗が尋ねた。


 賢進は魚を一切れ飲み込み、誇らしげに目を閉じ、そして言った。「その言葉が、直接私に向けられたものでない限りはな!」彼は身を乗り出し、腕をテーブルにつき、いたずらっぽい笑みを浮かべて真琴を見つめた。「何しろ…ここにいるのは全員三浦だからな…」


「おい、やめろよ…」と竜斗が抗議した。


 だが、真琴はすでに再び震え、顔は燃えるようだった。「し、し、し、心配しなくても…」


「秋山さん、本当に…」


「りゅ、りゅ、りゅ、りゅ、りゅ…竜斗くん!」


 その名前が、叫び声となって彼女の唇から爆発した。


 咲はわっと笑い出した。賢進もこらえきれなかった。「そんなに難しくなかっただろう?」と、彼は娘と一緒に笑いながらからかった。ただ真琴だけが、目の前の皿を見つめて固まり、顔を真っ赤にして、何をすべきか、何を感じるべきかも分からずにいた。

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