29話 「お姉ちゃん/姉さん」 2/3
「……こほんっ! とにかく何かイヤなことあったのね? 会ったときからなんとなくそう思っていたの! いいわ、しょーがないから私が相談に乗ってあげるんだから!」
噛み噛みだったのは不幸な事故としてお互いの記憶から消してそのいっこ前の会話に戻ったアメリさん。
「うん。 まぁ、……嫌なことというか何と言えば良いのか……その」
ずいっと顔を近づけてきた彼女から距離を置きながらどう話せば良いのかなって考える。
だって今の僕の状況ってとってもややこしいことになっててさくっと説明できなさそうだし。
細かくいちいち説明するのはめんどくさいし……だいたいこの子って僕が作り出した対話をするためだけの幻みたいなものだし別に「やっぱいいや」って言えば良いんだけど。
でもいつか来るかもしれないときのためにシミュレートはしておいたほうがいいかもしれない。
こういう頭を使う会話って普段から口に出して……今は脳内だけど……何回も練習しないと上手に話せないって知ってるし。
――僕がこの体になったこと。
魔法さんが確かに存在すること。
人の認識まで変えられること。
日記帳を見せながら時間をかけて話せば納得はできなくても理解はしてもらえるように説明できるだろうって思っていたんだけど、お隣さんにばったりしちゃったときのあの慌てようを考えるに動揺していたりしたらムリっぽいし。
僕は突発的なことに弱いからまた同じようなハプニングがあったとして、はたして次はちゃんと口を動かせるのかどうか非常に不安になってきたし。
「ふむ……」
「あ、おんなじクセね! 難しいの考えてるのね!」
けど今は相手がエミュレートされたこの子だからどうせ「事情を知らない人物」っていう設定だけど全部知っているんだろうし、だったら簡単にざっくりと……ちょっともやもやして寝落ちしたくなった気持ちを伝えるだけでいいかな。
ちゃんと説明するときのこととかはまた後でだ。
大丈夫、ただの練習。
今は真っ黒な目になったりしないから大丈夫……。
「……僕がついてしまった嘘についてなんだけど」
「ふんふんっ」
「ずっと前からついている嘘を……止められなくて今でもつき続けているっていうのが、ここのところ辛くなってきたんだ。 でも今さら嘘だって言えないし言ったらどうなるか分からなくて……それでどうしたものか、迷っているんだ」
口を動かしながらついて出てきたような……けど、昨日の僕がああなったのは突き詰めればそういうことだったんだって、すとんと来るようなものだった。
……やっぱり夢の中だからちゃんと口が動くんだろうか。
「ウソ……ウソ、ねぇ?」
なんだか軽いニュアンスしか込められていない「ウソ」ってのを何回も繰り返すアメリさん。
いや、僕が言ったのは悪い「嘘」の方なんだけどなぁ。
「くわしいこと聞かないとよく分かんないけど、そのウソって『ごめん! あれウソだったの!』って言えない感じのものかしらね?」
「……………………………………」
「……『響』がそんな顔するくらいなんだから、お菓子をこっそりひとくちのつもりでぜんぶ食べちゃったとかみたいな昨日私がした……おっとと」
うん、ほほえましいウソで羨ましい限り。
「……じゃなくて、そういう軽いものじゃなさそうねぇ」
「君は昨日盗み食いを?」
「そ。 昨日ね、私、ソニアが隠してたとびきりのを…………って! わっ、私のことじゃなくて今は『響』のことなんだからどうでもいいでしょっ」
どうやら黒髪な僕は、夢の中ではそういう人格と過去を持っているらしい。
……この体があんまり食べられないの、もしかしてこれもまたストレスになってたり?
なんとかして解決策を見つけないとな。
ストレスって自覚ないの多いみたいだし。
そういう意味でも新鮮な自己対話だ。
「……いや、言おうと思えば言うことはできるんだ。 できるんだけど……なんというか」
「なんていうか?」
近いところにあっておんなじようなところの毛がぴょんと跳ねている黒髪を見ているうちに、さっきみたいにまた言葉が出てくる。
「……そうだ、これはで僕は多分…………」
――顔が浮かんでくる。
ゆりか、かがり、さよ、りさ。
本来なら僕との接点がなかったはずの子たちの、顔。
「……本当のことを言って。 言ったとして」
その子たちの……怒ったり泣いたりしている顔。
「僕が嘘つきで、今までのことが……なにもかもが嘘だったっていうのを知ったときの……知り合いの顔や、言われるだろう非難の声を聞くこと。 それが、恐ろしくて怖い。 ……そうなんだと思う」
「……わかるわっ! 私もわかるっ、その気持ちっ!!」
「近い」
両手で、僕よりちょっとだけ大きいけど僕とおなじくらいぷにぷにしているほっぺたを押しのけようとする。
僕がせっかく思っていたのを言葉にできたのにこの子はもう……。
「辛いわよねっ、苦しいわよねっ! 分かるのよ!」
「だから近い」
柔らかいほっぺたじゃ彼女の体重を支えきれず、もう少しでおでこか鼻か口がごっつんしそうでひやひやする。
どうして女の子っていうのはこう、興奮するとすぐに顔をセンチ単位まで近づけてこようとするのか……男である僕にはついぞ理解が届かない感覚だ。
「少し離れてくれ」
「ひょっほひひひ」
しばらくむにむにしてやったりしてにらみ合いが続いていたけど、ふと目と目が合って彼女がフリーズする。
そうしてさすがに気がついたのか一気に顔が赤くなってきて、それからそろそろと手でガードしないで済むけどまだまだ充分に至近距離なところへ下がってくれた。
「な、なんだか暑いわねぇここ」
「そうだね」
僕は空気が読めるからそう頷いておく。
落ちついたからさっき口をついて出たことばを反芻してみてなんだかするっと自己分析がうまくいって「あぁ僕はそれで昨日はなんだか情緒不安定だったんだ……」って感慨深くなっていたら、もう少しでおでこがごつんしそうな距離までまたぐいって来てたアメリさんのまつげまでが黒くなっていて目も明るく……あれ、こんな色◆◆だったっけこの子?
ともかくびっくりさせられたしジュースの匂いがあいかわらず鼻と口から漏れているから、あと髪の毛がひたいにかかってくすぐったいからさっさと離れてほしいところ。
「落ちついたか? なら離れて」
「私も分かるのよ『響』っ!」
聞いていない。
僕の相談じゃなかったの?
あ、多分目的忘れてるやつだこれ。
そしてすっと息を吸うアメリをみて「あ、これうるさいやつだ」って身構える。
「私もよくウソついて怒られるんだけどね? でもね、ばれて叱られているときよりも叱られるのってすっごくイヤなんだけど、でもでも逆に! 逆になのよね! 逆にばれていないときのほうがずーっとどきどきして不安なのよね! だけど本当のこと言ってもまた怒られるだけだし、でも言わないでいるのももやもやしてイヤだしって感じでほんと、どっちにしても辛くて苦しいのよねっ!!」
「う、うん、まぁ……?」
ヒートアップするしてる人を見ると落ち着いちゃうあれ。
「やっぱりそうよね! 『響』なら分かってくれるって信じてたわ! そうよ、あのときもあのときもいっつも……」
ウソをしょっちゅうついているらしい。
そしてだいたいすぐにばれているらしい。
それくらいのウソならきっとみんなも分かってるから軽いんだろうな。
だってこの子、アメリさんはウソをつくって言ったって……つまみ食いを隠すとかいたずらを黙っているとか忘れ物とかをごまかすとか……そういう感じで人を傷つけないウソしかつかなさそうだし。
つけなさそうっていうのは、かがり成分が多分に含まれているからだろう、たぶん。
あんまり深く考えることがなさそうなのも。
僕とは対極的な存在だ。
「…………………………でもね? 『響』」
うつうつしているときの僕とおんなじ表情をしていたアメリはいつのまにか元気を取り戻していて、ふたたび目の前にどアップになっていた。
両手を突き出すしぐさで今度はちょっとだけ引いてくれたけど相対位置は変わらないままで。
「そんなときはね、なるべく早く謝っちゃえばいいのよ! いさぎよく! 思い切って!」
「うん、でもそれができたら」
「『ずっと』っていうのがどのくらいなのかわかんないけど、でも今の私たちにとっては今がいちばん早いのよ! ソニアがそう言ってたわ!! 『過去は変えられないけど未来は選べるんだ』って! それにいくらうまく隠せたり、たまたま気がつかれていなかっただけだったって、どうせいつかはバレて怒られるんだもの! それにそれに怒られればすっきりするし! 怒られたくないけど」
しょげている黒髪。
「怒られるあいだはとっても怖いし泣いちゃうし、後で何度かちくちく言われるけど……だからね! 私、問い詰められたりする前に白状しちゃったほうがいいの! 自分からごめんなさいするのって思いついたの! どう? これが私が編み出した鉄則よ!」
どやっとしているアメリさん。
そもそもそういうウソをつかないようにすればいいんじゃ?
というかそういう怒られるようなことしなければ怒られる原因がないんじゃ。
そう思うけど、横道をちゃんと修正してあげるとこれは僕の嘘についての会話なんだ。
だからウソを……嘘をついたらできるだけ早くにばらしちゃうのがいいっていうこの子のいう鉄則っていうのは、きっと僕が気持ちの上でも頭の中でも分かっていたことのはず。
半年。
最初の出会いからっていうのは……ちょっと長すぎたから迷っていたんだ。
さすがに初めっからぜんぶまるごと嘘っていうのは、白状するにはいささか勇気が要りすぎる。
けど――――今がいちばん早い……か。
「……………………………………!!!」
「?」
「……『響』がちゃあんと聞いてくれるから感動してるの! 嬉しいわっ!」
なんかぷるぷるしてるって思ってたら感動してたらしい。
……もう少し人の話も聞くようにしよう……。
「ソニアだったらそんなに素直に聞いてくれないもの。 あ、忘れるところだったわ、この鉄則なんだけどごめんなさいするのにはコツがあるのよっ」
「コツ?」
さっきからちらちらと「ソニア」とかいう人の名前が出て来て気になるけどどうせ覚えられないし気にしないでおこう。
「そう! 怒る予定の人がとても嬉しそうにしていたりぼーっとのんびりしているときだったり? おいしいものとかお酒とか飲んでるときとかもいいわね! そんな感じのときを狙ってうまーくごめんなさいするとね? …………泣きたくなるくらいまでには怒られないで済むのよ!!」
さっきよりもさらにどやってるアメリさん。
ということはどっちにしろ怒られるというわけか。
まぁ非は僕らにあるし避けられないことではあるんだけど。
あとこの子なら怒られて毎回泣いているような気がするな。
なんとなくだけど。
「……『響』ならきっと軽いウソをつくような子じゃないだろうし、だからごめんなさいするっていうの、慣れていない……よね? ……そ。 それならせめて、怒っているときとか悩んでいそうな顔をしているときに言いさえしなければいいのよ。 とにかくタイミングよ! タイミングが大切なの! 命なのよ!」
どんどんと自説もとい僕の本心を語ってくれる自称お姉さん。
この子を見ているとなんだか……そう、よく小さい子の面倒を押しつけられていたときのいたずらっ子とかをお世話していたときを何年ぶりに思い出すな。
そのときはまだ、父さんと母さんがいたときで。
………………懐かしいな。
「……ふふっ……」
なんだか目の前でがいがい言っているアメリの話を聞き流しつつ昔のことを思い出していたら、なんだか、僕にしては珍しいことに自然と笑いっていうものがこみ上げてきた。
「…………あっ!! 『響』、ようやく笑ってくれたっ!」
なぜか両手でほっぺたをぐにぐにとされつつ確かに今日ここで笑ったのは初めてかなって思う。
唇をつつーっと端っこまで撫でられると、僕の口がほんの少しだけ笑っている感じになっているのが確認できる。
……ここまではっきりなってるのってそうそうない気がする。
「今日久しぶりに……いえ、初めて! 会ってからようやく見たけどいい笑顔ね! 私の鉄則を伝授したかいがあるってものよ! だてに怒られ慣れてないんだから! ……怒られるの怖いけど……」
喜んでいたと思ったら落ち込んでいる黒アメさん。
よくわからないことで勝手に喜んでは落ち込むのってやっぱ女の子だよなぁ。
この年になって知った女の子……女性というものの生態だ。
もう遅いか?
いや、元の僕の年齢でもまだまだだし、きっと男にさえ戻れたらなんとかしてお仕事を探せたら、なんとかなるはず。
僕で妥協してくれるお相手がいるかどうかはわからないけどな。
そもそも僕は◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆だしな。
……む、また変な感覚。
でも目の前で落ち込んでいる飴飴さんを見ていたらちょっと気が楽になってきた。
それにしても、見た目だけとは言っても僕の一部とはいっても子どもに諭されるなんてなんだかダサい気がする。
ここに来てからのぜんぶの会話はみんな僕の意識というか脳みその産物ではあると思うけど、それでも……誰かに相談するっていうのは、うじうじしそうなときには効果的なんだな。
したことなかったから初めて知った。
悲しいけど事実だからしょうがない。
◆◆ ◆けどその有効性は身をもって知った。
だって、たったこれだけ話をしただけで魔法さんの本領を知ってからずっとぐるぐるしていたのよりよっぽど早く気分がすっきりしているし。
「…………あぁ、ありがとう…………………………『姉さん』」 ◆
なんだか意識がぼんやりしてきたしそろそろようやくいい加減に夢が覚めるらしい。
だから僕はいつもよりも口が軽くなっていたのか、口がぽつりとなにかを漏らしてから「?」ってなる。
姉さん?
いや、僕はひとりっ子だしそんな関係の年上の子とかも居なかったはずなのに?
……まぁ夢だし、変なこと考えることもあるか。




