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21話 関澤ゆりか(1) 2/5

「…………………………………………」


僕は考えられないし認識できない頭でぼんやりしていた。


このときの僕には分からなかったんだろうし……そもそも自分の顔なんて普段は見えないんだから、もうちょっとしっかりできていたとしたって分からなかったんだろう。


でも、このときの僕の目はまっくろになっていた。


真っ白な肌なのに真っ黒な目になっていた僕は考える。


……テレビの前の◇◇◇◇◇◇のふたり。


この体になって少ししたころ。

たしか暑い日差しから逃げようとぬいぬいしていたころのこと。


◇◇◇が飛んできたころ。


ハサミさん。


それで思い出すんだ。


萩村さんに送迎されていた子たち。


遠くから見た姿と車の中に残っていた良い匂い。

僕のほうから一方的に知っているだけの子たち。


かがりのおかげで今ならあの子たちのが香水で、よく彼女に連れられてデパートの1階とかで試させられることがある匂いの中のどれかに似てるんだって分かる。


「ただいまご紹介にあずかりました◇◇◇◇ と」「◇◇◇◇ですっ!」

「私たちは◇◇◇◇を受けて私が」「私は◇◇◇◇したんですにゃっ◇」


へー、そうなんだ。


そう思ってるのに認識できてない不思議。

まるで夢みたいだよね、こう言うの。


おかしいのに気がつけない辺りが特に。


でも「にゃ」とか……こんなまじめな会見でもさすが芸能人、いやアイドルさんだからかキャラを守っているらしい。


それが「けしからん」って言われない程度にはこの子たちが必要らしい会見っていうお堅い場。

大変だなぁ……◇◇◇◇って。


でも。


「……ん――――………………………………?」


頭がくらくらする。


テレビの画面がなんだか◇◇◇◇している。


「あー……。 すみませんですにゃ、ごめんなさいですにゃ! ……え。 つ、続けていいんですにゃ? あ、はいですにゃ。 ……マジですかにゃ、天下の◇◇局なのに……あ、今のはカットお願いしますにゃ。 で、これは◇のせいなので今のはキャラ付けとはふだんの私のキャラクターとはなんの関係も」


あ、なんかこの子たち的にもダメなんだ。


「まじめな場なのでできるだけ抑えようとはしているんですけどちょっとでも」

「…………あぁぁ、写真は!! 写真は……そんなに撮ったらダメですにゃああ! 今は、今はダメですのにゃぁぁん!!! ◇えている今は恥ずかしいですにゃんっ!!!」


なんか悶えてる。


……顔も真っ赤だし声もうわずってるしで正直こっちの方がやばいんじゃない?


「え、えーっと……相方が騒がしくなってごめんなさい。 キャラ付けもあるんですけどそれ以上に急にこんな大舞台は予想外だったのでどうか大目に見ていただけると。 この子、まだ◇◇ですし。 …………と、見ていただいたとおりに」


「そのとおりです。 ……と同じように、……に繋がる◇◇でしたっけ? ……はい、これまで公表が伸ばされていた理由」


そんな大ごとになってたんだ。

でもなんで僕はそれを全然知らなかったんだろう。



「…………や、…………じゃないと、そもそも当の本人ですら気がつかないことも。 ◇◇◇◇◇◇ということだそうです」


◇◇   ◇ ◇◇◇


「にゃっ、にゃぁぁぁぁん!!! ……ちゃん、助けてですにゃっ!!!」

「あ、これはカンペ、◇り書きみたいな感じそのままなので、そんな感じで書いてあるまましかなので、これ以上のことは今の私たちには」


◇ ◇


「それでは質問もどうぞ! 枠は充分にあるので、っていうか、たぶんそのうちに各局スタジオの方に」

「私たちもさっきここに連れてこられて強制的に知らされて諦めたばかりなので詳しいことは、ですけど。 まぁ、◇の半分くらいはまちがってはいないという感じでしょうか」


「……あ、やーっぱり聞かれますよねぇ、これ。 ◇◇◇◇。 あはは、急に怖い人たちに囲まれて着替える時間も余裕もなかったので…………あのときは、なにかに◇◇◇まれたのかと。 もー終わりかと思いました」

「これですかにゃ? これは相当集中していないと難しいのです……にゃ。 やっぱりですにゃ? む◇◇――――……」


夢の中は素敵な場所。


「………………………………」


僕は独りぼっち。


「………………………………」


でも今はそうじゃなくなってる。


「………………………………」


その関係って言うのはぜんぶ、僕が言いだした嘘っぱち。


「………………………………」


……僕は、◇◇◇◇◇◇◇◇。



◇ ◇◇



◇◇◇◇◇



映画館って独特の雰囲気だよね。


滅多に行かないけど僕は好き。


行くって言っても月に1回程度が上限だろうけど。

だってほら、普段は高いし……。


あ、でも、そっか……レディースデー。

僕は肉体的には女なんだし、来ようって思えば結構お安く……?


ああいやでも子供ってことで安くなることは確かか。

ああいやいやでもでも学生証って言う切り札がないんだ。


「さっすがに封切りしてすぐだから人でいっぱいだねぇ。 普段はがらがらなのにさ?」


僕の次にちっちゃい子が言う。


「いちばん見やすい席くらいしか埋まらないことのほうが多いのよねー、最近は。 最近はって言っても私が産まれる前からこうだってお父さんが言ってたけど」


「確かに混んでいるな。 ゆりかが取っておいてくれなかったら見づらい席でも取れたかどうかだ」


彼女が言うくらいには混んでるのにびっくりしたもん。

こんなの僕が子供のころくらいが最後じゃない?


ホール的なところにみんなで立って待つとかすごい人気なのかな。


「でしょっ。 私、期間限定グッズの購入とかで慣れてるからさー、こういうの得意なんだよ! ほめてほめて響ほめて超褒めて! 私を褒め称えよ!!」

「あぁ、ゆりかはすごいな。 助かった」


ぴょんぴょんしてるゆりかがほほえましい。


わず頭をよしよししてあげたくなるけど僕の方が背が低くなっている悲しさで手が引っ込んだ。


「むふーっ! あ、そだ、響響、私の頭も撫で……ムリか。 背、ひっくいもんねぇ」

「それ、君自身にも返ってこないか?」


この子、低身長がコンプレックスだって言ってる割にはその話でよくいじってくる気がする。


僕くらいにしか言えないのかもね……ほら、多分「小学校高学年の子供に負けない」って言えない身長だし……。


「……すっごく返ってきた。 ぅぁー。 ……牛乳、ちゃんと飲んでるのになぁ……なんでだろ」

「体格は遺伝と幼少の食事が大きいらしいね。 ……君は、いや君も、きっと……もう」


中学とか高校でいきなり背が伸びるって言う子も少なくない。


けどなぁ……平均よりずっと低いこの子にその希望があるかって聞かれたら……。


「言わないでぇぇぇ――……」


床は絨毯で色合いは高級感を醸し出している空間。

歩くとぼふぼふとかぽふぽふって感じの足音が返って来る。


そうしてポップコーンの匂いで包まれている独特の空間。


僕はゆりかとその隅っこで、ほんの十数分の時間をつぶすために普段以上に中身のない会話をしている。


だって今日はミニマム級ふたりだ。

この人混みに飲まれたら息苦しくて仕方ないので意見が一致しているんだ。


「今から観る映画。 評判もかなりいいみたいだね」


何日か前に「観ない?」って誘われた映画館での映画。

「観ない」って言おうとしたけどなんだかんだで来てる僕。


だってほら……かがりの相手に比べたらすっごく楽だし……。


「みたいだねー、だからこそなるたけ早くって思ったんだけどね? せっかくだし? この監督の作品も外れは少なくてヒットも多めだしさー、特に最近は。 書き込みとかざっと見た感じ今回も期待できるみたいだよ? PVとか観たでしょ?」


「まぁね……なかなかおもしろそうだな。 僕も普段は来ないけどたまには映画館で観るというのも雰囲気があるからいいね」

「そだねぇ。 映画館には映画館の魅力があるよねー。 まー、本来映画ってそういうものだったはずなんだけどさ? 私たちが生まれるずーっと前の話らしいけど」


「いつの話になるだ、それ」

「んにゃ、先代のかな?」


ゆりかってよく適当なことを言う。

それで分からなくなったり飽きたりするとまた適当な返事でごまかす。


でもそれは嘘じゃなくてただの冗談なんだって分かる形になってるから不快にならない。


すごいな、そういうのって。

僕にはできないだろうテクニックだ。


とりとめもない会話をしながら壁により掛かって周りの人をぼーっと見る。


この雰囲気、ほんとうに懐かしいな。


最後にこうして誰かと映画館に来たのって、たしか……中学生のとき家族で。

そうだ、寒い夜に父さんの運転する車で……だったっけ。


10年も前のことで今まで忘れていたことも何かの拍子で思い出す。

記憶って不思議だな。


「………………………………」

「ほよ?」


ふと目を上げると黙った僕を見ていたらしいレモンさんと視線が合う。


だいぶ伸びてるなぁ、前髪。


もはやぱっつんと呼べなくなりつつある。

いちど定着したからたぶん呼び続けるだろうけど。


「…………………………………………」

「やーん、ねつれつー」


あと、今日は冷房が寒いかもって言ったおかげでいつもより露出が少ないから安心だ。


僕は別にこの子の肩とか二の腕とかおへそとか太ももが見えてたってなんとも思わないけど……でもやっぱり中身が男なもんだから、どうしたって視線が引き寄せられる。


それをごまかすのが大変なんだ。


「…………………………………………」

「…………………………………………」


どうやら何十秒か顔を見たままにしちゃってたらしい。


顔が赤くなっちゃってるゆりか。

人と目がじーっと合うと誰だってそうなるよね。


僕って目からの信号とかより考えてることを優先するおかしな脳みそしてるからなぁ……。


動物にとって目を合わせ続けるのは「ちょっと面貸して?」っていう意味になるらしいし、良くない癖も治したいところだ。


「おぅ…………………………。 ん、んーっ。 そ、そうだ響! ポップコーンとか食べるよね? せっかくだし映画館だし! たぶんゆっくり食べても序盤で食べ切っちゃうだろうけどさ!」

「ん? ひとりじゃそんなもったいないことはしないけど……そうだね」


その点、家で食べると格安でドリンクまで付く。

多分10分の1の値段で味わえる。


でもこの雰囲気は味わえない。

世の中ってよくできてるよね。


「だったらでっかいの頼んで分け合わない? その方がお得でしょ?」

「うん……そうだな」


学生的にはここに来るのだって結構お高いもんな。

僕の金銭感覚と彼女たちのそれとは違うんだから。


「胃袋私の半分な響でもポップコーンなら見た目よりはお腹にたまらないしたくさん食べられるし? お昼軽くすれば大丈夫じゃない?」

「……それならたぶん大丈夫かな」


いざとなれば残ったら全部あげちゃえばいいし。

こういうときにこういう食べものは便利だ。


「こういうときの定番な炭酸が受けつけないのは残念だけど……仕方ない」


この体、味の感じ方とか特には変わってないんだけど、ただただ炭酸が苦手なのが不思議。


なんでだろうね。


「あ――……ポップコーンにはププシだもんねぇ。 響、炭酸は気が抜けてきたのじゃないとダメだっけ」

「咳き込んでしまうんだ。 映画館でそれは悪いだろう」


「そだねぇ……炭酸自体は好きだって言うのが残念だね。 私もちっちゃいころはダメだったなぁーそーいえば」


僕、そのちっちゃい頃に戻ってるからね。


「ま、ダメなもんはしょうがないよね」


人のあいだをふたりでぬいぬいしながら売り場へと向かう。


駅とか繁華街とかと違って、人の流れがほとんどないのがこれほど楽だって感激してる僕。

いつもこうして楽に、前みたいにぬえるといいんだけどなぁ。


人って無意識で他人を避ける生き物。


でも目線より低いと悪意がなくても、たとえスマホに意識を吸い取られていなくって視界に入らない。

視界に入らないと避けることもできないわけだからみんなは僕の方へぶつかりに来る形になるんだ。


だから子供が人とぶつかるって言うのがあるんだろう。


子供自身も物理的な視野が狭くって、大人もそんな子供を見る方向な下へなんて視線を向けてないんだからな。


存在を認識していないものに気をつけるなんてできないもんな。

こっちのちっこいほうがぶつかられないように警戒する必要がある。


まっすぐ歩いていたはずなのにいきなり方向を変えたり止まっていたのに歩き出す人とか、思っていたよりもずっと多いしなぁ。


悪意がないからこそ予測ができないんだ。


「…………………………………………」

「ひびきー、ちゃんと前見てー」


せめて普通の人の視界に入るくらいには背が伸びてほしい。


最低でも普通の中高生くらいの身長。

理想は前とおんなじくらいだけど……どうなんだろう。


「あ、ダメだこりゃ。 いつもの響になっとるわい。 すいませーん、私たち並んでまーす」


この体。

幼女。


成長にはあと数年は待たないといけなくって、場合によってはそれすら危ういのが悩みどころ。

でも、たとえ体が戻らなかったとしてもせめてもうちょっと大きくなりたいって魔法さんにお願いしたいところだ。


横を歩いていたはずがいつの間にか前を歩いていた関澤さんの後ろの髪の毛の先っぽが、歩くのに合わせて肩に乗っかってはぴょんぴょんと跳ねている。


なんかこの子もかがりもそうなんだけど女の子ってせっかちだよね。

この子は小さいのにいちいち動きが大きいから余計に幼く見える。


……それならこの子よりちっこいけどゆったり動く僕はどうなんだろうね。


「並んでもちっちゃいねぇ私たち」


元ぱっつんさんに誘われて来た映画館は記憶にあるよりも綺麗になっていて、ATMみたいな機械とスマホだけですいすいとパスできるハイテクさに満ちた空間。


ずっと長いあいだこういうところに来なかったからちょっとしたウラシマ効果だな。

元の意味は違うけど僕の頭の中だけだから好きに呼ぶ。


「ひびきー、このセットなんだけどさー、安いからー」


関澤さんが迷わずにスマホを使ってさっさとスマートに手続きを済ませているのが余計にジェネレーションを感じさせていて、年を取ったと自覚してダメージを受けたのはほんの少し前のこと。


僕ひとりで来たってそもそもとして一緒に観る人は居ないんだからひとりで無言で待ってひとりで無言で観てひとりで無言で帰るだけ。


「聞いてない……い、良いよね? あの、私たち……」


それだったら値段が何分の1、しかも気に入ったら繰り返し観ることができて途中で休憩しても平気なレンタルに、そしてオンライン。


……ゆりかたちの世代にしてみれば映画館こそが特別な場所。


時間の流れって残酷だ。


だけどこうして誰かと話しながら歩いて、隣で座って体温を感じつつ一緒に観る時間を過ごすっていうの。

映画を観るのと同時に体験を共有するというか雰囲気を共感するって感じで……これもまたいいものって思う。


「はぁぁ――……はずい。 けど本気で聞いてない響、ある意味すげぇ」


中学生まではよく来ていたなぁ。


母さんか父さんとくればもちろんだけど、その頃の友だちと「一緒に行きたい」って言えばおこづかいとは別に、映画館と飲み食いするお金まで出してくれていたしな。


少なめのおこづかいな代わりにそういうシステムになっていた。

今は家のお金丸ごと預けられた代わりに父さんも母さんも居なくって、僕が全部決めるシステム。


「…………………………………………」

「お、戻って来そう」


……ん。


なんだかノスタルジックになっていたら……いつのまにかゆりかが身の丈に合わない大きさのトレイに顔まで隠れる大きさのポップコーンを抱えていた。


なんかサイズ感違くない……?


なんかアリス症候群的なの再発しそうでやなんだけど……?


「でかい」


ちっこいのがでっかいのを抱えている。

そりゃあ重くなくてもでかいよね。


「持とうか?」

「嬉しいけど……でも響が持ったらこけたりしない?」


うん、僕もそう思う。


「響、私より腕の力とかないじゃん……いいよ、私のほうが大きいから。 少しだけど、でもマシだから。 ほら、10センチって言ったらちょうどこのポップコーンの上の端っこがはみ出るかどうかっていう超重要なとこで!!」


「………………………………」

「……ごめん」


「ん?」


「今の、さっきの軽ーい仕返しのつもりだったんだけど……怒った? よね?」

「いや? 別に」


なんか急にしゅんってしてるって思ったら僕たちの背丈って言う真理について揶揄していたらしい。

いやまあ僕も今君がちっちゃいなって思ってたから別に平気だよ?


でもなんか珍しい表情をみていたら、ふと……なるほど、これが嗜虐心っていうやつ。


「どんぐりだなと思っていただけだよ」

「どんぐり。 ……たいして変わらないってこと!? それ怒ってるでしょ!?」

「いや?」


あー、こういうのゆりかにはちゃんと通じて楽だ。


かがり相手にこうすると「それはどう言う意味なのかしら?」って聞いてくるから解説しなきゃならないっていう泥沼になるし。


「……ひびきー? 感情はちゃーんと顔に出さないと伝わらないよー?」

「だから怒ってないんだ」


「いいのいいの、私も分かるからその気持ち。 体育とか身体測定でみんなから『1番前に並ぶんでしょ?』って目で見られて私が先頭の基準になる悲しさよ……先生とかも自然私の前に立ってくるしぃ……よよよよ……」


怒ってないってのになんか自爆してる。


小さいのにはもう諦めているし怒るはずがないじゃない。

だって僕の真の姿って言うのは君よりずっと大きいんだから。


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