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47話 01/01→06→ 2/6

「ふぅ」


お風呂は良いよね。

体があったかくなって臭いがなくなって匂いになってさらさらして。


僕はお風呂が好き。


どれくらいかって言うと男のときから夏は朝晩に入ったりするし、温泉じゃあ1日に5回とか6回入るくらい。


けど病院のって言うから身構えたけど予想以上に良いものだった。


浴槽は普通だったけど、僕の体に対しては大きすぎるっていうのは変わらなかったんだけどもあちこちに手すりがある。


おかげで踏み台いらずで、お湯は結構抜かないと厳しかったけど……それでもなんとか気持ちよく浸かることができた。


「むふん」


すっごく満足。

今なら大抵のことにはYESって言っちゃいそうなくらいに。


そして服は渡されたのを着ている。

映画とかドラマで入院している人がよく着ているあれだ。


名前は知らない青っぽいやつ。


まぁ着る機会なんてそうそうに無いんだしせっかくだし。

こういう特別な服とかってちょっとわくわくするよね。


着た感覚としては温泉に行ったときとかによく着ている浴衣と大差ないもの。

ただ、前の僕で浴衣を着たときには感じなかったふとももが擦れる感覚っていうのが気になるといえば気になる。


なんでだろ?


あ、腰のところできゅっと締めていないからどっちかっていうとワンピースを着ているときの感覚に近いから?


それにふとももがつるつるだもんね、今の僕ってば。


けども今の僕でもきちんと着られるものが常備してあるってすごいね。

丈が合っているから、きっと今の僕の肉体年齢に近い子供用のはず。


まぁ病院なら子供も入院とかするだろうし当然かもね。

そうじゃなかったらだぼだぼで身動き取れなくなるもん。


お風呂から上がって髪の毛を乾かしたりしていたら、いつもよりも長く……気が付いたら1時間くらいかかって体をきれいにして、きちんと髪の毛もできるかぎりのケアっていうものをして。


途中で何回も外から「大丈夫ですかー」って聞かれて「がんこな汚れ落としてるのでー」って言ってたから大丈夫だって思う。


それで出たところで待っていた看護師さんに案内されて、またこうしてベッドに戻されたわけだけど……さっきのベッドが綺麗になってる。


さすがにそうだよね……残っていた血とかで汚れていたシーツとか枕とかが変えられているのがなんとなくわかる。


こういうところでも迷惑を……って、もう今さらだね。

ここまでお世話になってるんだから大した違いじゃない。


まぁ臭いのは勘弁だしありがたいんだけど。


……臭かったんだろうなぁ、僕。

やだなぁ。


「!」


そんなことを考えながら周りの設備とかに目を向けていたら、かちゃんと開いたドアからマリアさんが顔を出してきた。


あ、頭がドアの上の枠すれすれだ。


2メートルあるんだろうか……あるんだろうね。

僕と1メートルくらいの身長差だもんね……すごいね、人間って。


「……ふむ。 風呂が好きかな?」

「あ、はい」


「サウナも良いものだが湯に浸かるのも良いものだからね。 分かるよ。 血色も良くなっているし安心した」


おばさんはずいずいと入って来る。

……身長と体格とですごい威圧感。


でもさっきまでよりは怖いって感覚は薄い。


この程度で単純だね、僕って。


と、お礼だ、お礼……言い逃しちゃうとなかなか言えないものだから先に言っておかないと。


「はい。 ありがとうございます。 おかげでとっても……生き返った心地です」

「そうかね。 それはよかった」


「それで、僕の体は。 ……半日も寝ていて申し訳ないですが、聞いてもいいでしょうか。 その……『変異』での『反動』……は、大丈夫だったんでしょうか」


ここに連れて来られるときに聞いた単語を使ってみる。


僕は知ったかぶりは得意なんだ。

良くないってことばかりが得意なんだ。


「ああ、心配はないそうだ。 まずはそれが聞きたかったのだろう?」

「はい、ありがとうございます」


多分「変異」ってのは魔法さんっぽい何かで「反動」ってのはげぼげぼ血を吐くことなんだろうね。


問題はどれだけ近いものなのかだ。


「あの検査は簡易のものだったが、逆に言えば十数時間前の君が本当に危ないのかどうかを調べたということ。 そして君には健康上の問題は無いと判明したそうだから安心するといい」

「そうですか」


あんなに瀕死になったりはするけど僕は死んだりはしないらしい。

なんか不思議。

まぁ魔法さんだし。


「……だが、あくまでそれは応急的なものに過ぎない。 明日からは……さすがにこの後すぐということもないか。 今夜は休んで貰い、明日からは何日か掛けて負担をかけないよう詳細な検査も受けてもらう予定だよ」


「ぽーん」って音がして……聞き取れないけどなにかのアナウンスが聞こえて「あぁここは本物の病院なんだな」って実感する。


「けど、やっぱりそこまでは」

「頼むよ、響くん」


ベッドに座っている僕に向かってのしかかって……じゃない、屈んできて両肩に手を置いてきてのぞき込んでくるおばさん。


「心配なんだ」


怖いけど表情はどう見ても心配しているもので、声音もまたものすごく真剣。


……こういうのを演技だって思いたくない僕が居る。


「本当は……本当はね、君の保護者の方々の立ち会い、あるいは君たちが世話になっている機関……いや、呼び方は違うのかもしれないのだけれども、とにかくそちらでしてもらうほうが良い。 君の機密を守る、我々に知られないで済むという理由からも良いはずなのは理解しているのだよ。 ……しかし君を連れて来たときにも言っただろう? なんらかの事情があって君はそれを、そちらのほうで今現在は受けられない状態にある。 そうなんだろう?」


ゆっくりと諭すように語りかけられる。


それは父さんたちが居なくなってからいつも大人たちに、クラスの委員長みたいな子たちから言われていた感覚。


トラウマを負っている病人の僕を気遣う雰囲気。


僕の直感は「今は知ったふりをして通したほうが良いんじゃない?」って言っている気がする。


「……えぇ、はい」


何となく気まずくって目を逸らしながら。


嘘はいけない。

それはさんざん理解してきた。


けど、僕の中のよく分からない感覚――それこそ今井さんみたいな「勘」が告げている。


この人たちのことは信用し過ぎちゃいけないって。

じゃあ誰を信用したら良いんだろうね。


けども同時にこの人たちは僕に危害を加える気はないんじゃないかとも。


「君の髪は本当に綺麗だね……羨ましいよ。 映画などに出たいかね?」


「断固として拒否します」

「ははっ……まぁ私たちは表舞台に立ってはいけないからね。 冗談だよ」


でも僕は知るって決めたんだ。


前の僕から今の僕になってから半年……もうすぐ1年か……だらだらとした結果がこれなんだから、もういい加減に警戒が過ぎるのは止めなんだ。


それに、この人たちは……少なくとも今までのところ完全な善意で僕を、ここまで手助けしてくれている。


善意っていう貴重なものを与えられているんだから、少なくともこの人たちが僕のことをうざったいって思うまでのあいだは甘えておく。


今まではそう言うのを全部、気がつかないフリをして差し出された手をぺしって振り払っていたから。


「それでは明日から順に君の負担にならない程度で頼んでおく。 うむ……とりあえずは風呂に入ったことで疲れも眠気も襲ってくるだろう。 少し早いが寝たほうがいい」


そういえば、ぼーっとマリアさんを見ているうちになんだか眠くなってきた。


「そうだ、食事は必要かね?」

「いえ、食べなくても平気です。 僕はもともと食が細いですし、むしろ今は眠気が勝っていますし」


「ならばゆっくり寝るといい。 明日から別の部屋に移動してもらう予定だからここで我慢してくれ。 ドアさえ閉めたら静かなはずだしな……なにかあればそこのボタンを押してくれれば人を寄こす」


あ、ここで寝るんだ……狭くって保健室っぽい雰囲気な部屋だけど。


「あぁもちろん、君がここに居るのはイワンや私、事情を知っている者だけだから安心するといい。 この部屋の入り口にも目立たぬよう警護を立たせておく。 いざというときには大声を上げてくれ」


え?


いざってときが来る可能性あるの?


なにそれこわい。


「明日からの詳しいことはまた顔を合わせたときにしよう」


そうしてマリアさんが出ていって、ひとりになって。


……「いざって例えばどんなときですか」って聞き損ねたなぁ。

体も頭もベッドに預けてぼーっとしていると眠気と疲れが襲ってくる。


疲れ。

それはもちろん精神的なものが大半。


「ふぅ……」


もそもそと布団の中に潜る。

部屋の電気はつけっぱなしで、でももう起き上がるのがだるいからって。


僕の呼吸の音と温かさだけを感じながら、ただただぼーっとする。


漂ってくるいい匂い。


……ここのシャンプーとかトリートメントの匂い、好きだな。

明日にでも聞いてみよう。


そんなことをぼーっと考える。

自然な眠気っていうものを感じながら。


こういう眠気ってとっても気持ちがいい。


……お酒、飲んでいないしな。

今夜は……いや、昨日から珍しく。


そういえばこうやってお酒を飲みたいっていう気持ちがない日もそれなりにあるんだよね。

やっぱり酒浸りってただの習慣で、止めようって思うよりもそれ以外のなにか別のことがあるうちには自然と収まるんだろう。


だんだんと思考にノイズが入ってきて途切れ途切れになってきている。

頭の芯から白くなっていく感じ。


だっておおみそかで「嘘を告白するんだ」って緊張して行って、タイミングを伺い続けて将来についてみんなに励まされて……「僕は男なんだ」ってようやくに言えて。


魔法さんも邪魔してこないし受け入れてくれたみたいだしって安心した……と思ったら息ができなくなって、苦しくなって血を吐いて。


「気持ち悪いなぁ」って思っていたらマリアさんたちが来てくれて、とりあえずの説明っていうものをしてくれて、車の中で着替えて病院に連れてこられて。


もう眠いのに歩かされてよくわからない説明をされ続けて「もういいや」って検査も適当に受けて……途中からは完全に人任せにしちゃって。


普段の僕だったら絶対にしないようなことばっかりを、ほんの1日でまとめてしたんだ、そりゃあ疲れる◆◆◆◆◆◆◆……ん。


また、この感覚。


魔法さんの――。


――そして僕はまた、居なくなった。

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