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42話 予定されていた/いなかった、予定(不)調和 5/6

「そのままだと気持ちも悪いだろうから、シャツとズボンだけでも替えたらいい。 安心してくれ、この場には私しか居ない」

「あ、はい」


多分「服に染みこんだ血が天然のお高い革についたら弁償だからね?」って言ってる気がして素直に従ってもぞもぞと脱ぎ出す。


「……タオルで隠したほうがいいかい?」

「いえ、別にいいです」


そういえば今のご時世いろいろ大変だしね、こう言うの……特に外国の方ですごいらしいし、知り合いとは言っても会ったのは2回目だし。


そんな相手の幼女な見た目の僕が着替えるって言うから肉体的には同性のはずのおばあさん……悪いからおばさんにしとこ……おばさんも予防線を張ったらしい。


まぁ同性なわけだし相手はおばさんだしで特に意識することもないしで、さっさと血まみれの服を脱いで、まだ折り目がついている服を着て。


「ふぅ」


すっごくさっぱりした。


サイズはちょっと大きいけど、でもさっきまでみたいに張り付いてきたりしないし、なによりもちょっと漂っていたイヤな感じの臭いがだいぶ薄れたからすっごく快適。


濡れたあとのなんとも言えない感覚と、なによりも普段から肉々しくて憎々しいお肉とか苦手な僕にとってはあの生臭さがちょっとつらくなっていたから、本当にありがたいこと。


「……本当に平気なんだね」

「はい、まぁ」


ぱんつまで真っ赤になっていたのを見られたけどしょうがない。

しいて言えば夜で人通りはないとは言っても外で1回全部脱ぐ方にどきどきしたくらいだ。


帰ったらすぐにおふろ入ろ。


……しっかし血まみれになってぎすぎすしてべとべとしてるこの髪の毛、ほんとどうしたらいいんだろ……お風呂につけていたらふやけて流れるかな?


いやでもお湯が真っ赤になったりするんじゃないかな。


血のお風呂。

まぁ今日はしょうがない。


「ところで着ていた服はどうするかね? よろしければこちらで処分するが」

「はい、特に思い入れもない普通の服……あ、いえ、やっぱり持ち帰ります」

「そうかね」


どうせもうすぐで家まで送ってもらうんだし、そこまで迷惑かけられないし。


「先ほどと比べると幾分楽になった様子だし……話を戻してもいいかい?」

「? はい」


えっと、何の話だっけ……あぁ、この人に連絡を取ったときのことだっけ。


「私たちは、てっきりだな。 ……もうずいぶんと連絡をもらえなかったものだからすっかり忘れられてしまって残念だと話し合っていたのだよ。 なにしろ念願の子供たちとの戯れが可能になったのだからな、それはもう嬉しくてね。 だからこそ君に対する恩義を強く感じていた」


「そうですか」


普段はちょっと怖い感じの声音なこの人も、そういう話になると急に声のトーンが上がって……やっぱり女の人だなぁ、がらっと変わるのって。


あいかわらずの口調とかイントネーションはちょっと大変だけど聞き取りにくいとかはないし。


「あぁ済まない、こちらから話をずらしてしまって。 で、だな。 君から連絡があり、なにが起きたのかと思えば……初めの印象どおりの大人びた挨拶もそこそこに『これから君自身になにかが起きるかもしれない、それも外出先で。 だから、もし次に連絡したら騒ぎを大きくしない手伝いをしてほしい』とはね」


冬眠まで起きるし、外でも起きそうになったのはねこみみ病ペアとあったときで分かっていた僕。


でもゆりかたちに大みそかの今日……昨日になるのか、に集まろって言われていて。


行きたかったし嘘を少しでも言いたかったけどもやっぱり魔法さんの機嫌次第じゃどうなるのか分からない不安があった。


だからたまたまに見つけたあのときの電話番号に連絡したんだ。

あの日に来ていた上着のポケットに入れっぱなしだった、あの番号に。


外国らしく癖の強い数字だけが並んでいたそれに。


「本当に助かりました」

「いや何、私たちもこういうのには慣れているしな」


慣れてるんだ。


そんな感じしたなぁ……やけに手際が良いって言うか。


「事情を抱えている者特有のぼやかしたような話し方にも理解がある。 問題ないさ」


事情?

何の?


まぁいいや、こっちに都合のいい勘違いしてくれてるなら。


実際に魔法さんっていう事情持ちだから嘘ついたわけじゃないし。

おまけに実際にかなりのことになっちゃったんだし。


「こうなることは分かっていたんだね?」

「あ、いえ、はっきりとは……少しは予測していましたけど、ここまでの大事になるとは思ってもいなかったので」


いきなり血をげぼげぼ吐くなんて想像できないよね。


けどまさかあんなときの紙切れがこんなに役に立つだなんて本当、人生何があるかわかったもんじゃないなぁ。


今までも……そしてこれからはさらにもっと。


だって魔法さんで幼女だもんな。

この体になってまだ1年も経っていないのにこれだもんな、これから先どうなるのかさっぱり。


「今回の我々は君の役に立てたかね?」

「はい、もちろんです」


「あなたたちの顔が怖いから子供が怯えるんですよ、とりあえずお化粧とかしてください」って言っただけだったのにまさかここまでしてくれるなんてなぁ……ありがたい限り。


しかもてっきり部下の人とかを何人かくらい連れて来てくれるのかなって口ぶりだったのに、実際にはお医者さんとかまで用意してくれてただなんて……いくらかかったんだろう。


……ここから「じゃあ手間賃も含めてびっくりするくらいの値段払って?」って言わないよね……?


一応子供に見えるはずだし、そんな危ない人たちみたいな真似しないよね?


しないよね?

信じるよ?


「しかしまだまだこれだけでは返し切れていないからな、これからも遠慮なく頼ってくれ」


む。


つまりりさりんに渡したお金以外はチャラってことでいいの?


いいんだね?


「君の忠言……ではなく忠告……アドバイスのおかげで我々の生活はここのところ天国のようなんだ」

「そうですか」


お年寄りは物事を過剰に捕らえるフシがあるってどこかで読んだことがあるけど、この人たちもそうなんだろう。


あと単純に会社の偉い人たちみたいだからたくさんの人を使うのも「大したことない」って思ってるんだろう。


「関係のない、しかし観察力のある第三者からの意見。 しかもその対象と同年代のサンプ……同じ目線からの感想というものは」


今サンプルって言った?


「ときに有用であり、だからこそ価値があるのだよ。 君なら知っていると思うが、世の中にはコンサルタントやアドバイザーという仕事が存在している。 なぜ彼らは必要とされているか? 特殊な知識と外部からの視点というものを備えているからだ。 私たちだけでは発想できない不可能を可能にしてくれるからだ。 ともかくはそういうことだ、どうか納得してくれないか?」


「そうで……分かりました」


助けてもらった身だし特段反対する理由もないからそれで納得したフリをしておく。


あ、でもさっさとお金のことは言っとかないと。

いくら渡したのかは分からないけど……掛かった分は払わなくちゃね。


こういうのって後になるほどもやってするものだし。


「……済みません、さっきのお金ですけど」

「なに、それもまた気にすることはない」

「え、いえ、そういうわけには」

「私たちにとっては端金……言い方は悪いが、その程度のものだからね。 ほんの小遣い程度なんだよ」


えぇ……あの、金塊っぽいのとか最初渡そうってしてなかった?

さすがにお札に替えたのまで見たけど、でもそれだって相応の金額ってことで……それはさすがにおかしいよ。


赤の他人が「ここの支払いは任せて!」とか言うレベルのお金じゃない。

いくらなんでも社長さんとかだって金銭感覚おかしいもん。


「そんなわけにはいきません」


金額次第じゃATMだと引き出せないし、銀行は休み。

三が日が明け次第、すぐにでも返さないとなんだ。


だって……さすがにこれだけの金額、払ってもらっておしまいとかだと……その、怖いもん。


僕をこうして助けてるのに何かあるんじゃないかって思っちゃうでしょ?


「……ふむ、着いたな。 この話の続きは降りてからでいいかね?」

「あ、はい」


金額を聞き出してないけどとりあえず着いたんなら……って、あれ。


着いた。


――――――――――――どこに。


つつっと背中に……急に湧き出た汗がぞくぞくさせてくる。


「……すみません。 どこへ送っていただきたいかって」


リムジンに乗り込んだばっかりのときはそんな状態じゃなくって、体起こせるようになってからは話したり着替えたりしてたからつい、家の住所とかその近くの適当なところとかっていうのを。


「あぁ、聞いていないね」


へ?


どういうこと?


びっくりして顔を見上げてみると、ただ笑っているだけのおばさん。


――車は止まっている。


夜だから暗くてよくわからないけど、でも少なくともふつうの駅前とかじゃなくって……あ、いや、もう電車もバスも動いていないのか。


じゃあ――ここ、どこ?


僕はどこに連れて来られたの?


「着いて来て欲しい場所があるのだがね」

「あの、僕はこのまま家へ」


「いや、そういう訳にはいかないね。 済まないが」


え?


そういうわけにはいかない?

済まない?


なんで?


騙して済まない?


僕の頭はぐるぐるして思考能力を失う。


「頼む……おとなしく来てくれないかね? なにしろ、ここは」


静かに外から開けられたドアからは、夜の暗がりの中……なにかしらの建物がぼんやりと見える。


そして……1回だけなのに特徴的すぎて忘れられない、おばさんと一緒に居た人の声が聞こえてくる。


降ってくる。


「久しいな。 息災……とは行かなかったようだが」

「あ、どうも」


かつんってこの前みたいに杖を地面に当てながら彼が言う。


「我々の息のかかった施設でね」

「施設」

「あぁいや、病院、病院だとも。 もっとも、君がよく知るものとは少しばかり違うかもしれないが」


病院。


僕のよく知るのとは違う病院。


どんな?


「ここでしばしのあいだ……そうだな、短くて1週間、長くてひと月くらいだろうか。 君には私たちの世話になって欲しいのだがね」

「いえ、その、僕はただ家に」


「もちろん強制ではないのだがね? ぜひこの場で承諾して欲しい」

「……え――……」


今さら気づいた。


あ、これなんかやばい。


すっごくやばいかも。


「必要なら保護者の方々への連絡もしてもらっても構わない。 君の行動を制限することはしないと誓う。 もちろん電話してもらって構わない」


……僕を誘拐とかしようってするならまずスマホ取り上げてぐるぐる巻きにするよね。

でも実際にはそうされていない。


……怖いけど今すぐに煮たり焼いたりするわけじゃないって思っていいのかな。


頭の中がお酒を呑みすぎたときみたいに冷たくなる。

血の気が引いている。


脚が少し震えている。

指先が凍りそうに冷たい。


……海外とかで絶対に人目の着かないところに行かないようにってあるよね。


今の僕はそれを破って、のこのこと着いて行っちゃった感じなんだ。


「なんなら私が代わりに説明と説得をさせてもらってもいいのだがね……とにかく今から案内するところへ来てもらい、滞在してもらいたいのだよ」


……怒らせちゃまずい。


この人たちが悪い人たちかどうか分からない以上機嫌を損ねることは避けないと。


「それに、ここは君の家から……先の家からは真逆の方向でな。 車で少々と離れているし、帰ろうとするとまた時間もかかる。 ……それならばこちらでシャワーなども浴びてからの方がいいのではないかね?」


自分の家か病院の救急外来の方が安心できます。


なんて絶対に言えない雰囲気。


「夜も遅い。 ひと晩ぐっすりと寝てもらってから明日にでも……さっきの金のことなども含めてゆっくりと話し合おうじゃないか? なあ?」


あ、お金については……あの、ひと晩で何割とか着かないよね?


いくらなんでもこんなに子供に見える僕に……あ、僕の、いるはずの親とかにせびるならできるのか。


……身代金誘拐。


そんな物騒な言葉が思い浮かぶ。


「ふむ。 そうだな、このまま帰してしまうのも忍びないしのう」


いえ、僕はそうしたいんです。

でもあなたたちが今さら怖くなってきたので言えないだけなんです。


誰か助けて。


「できれば君には……君自身から来てもらいたいのだがね」


「NOって言わないでほしいなー、めんどくさいから」ってことだよね。


気配を感じて振り向いてみれば、真顔になっているおばさん。


怖いから止めて……。


でも今の状況はどうしようもなくなっている。

「はい」か「YES」しか答えられないんだ。


……しかも……何でか分からないんだけど、とっても眠くなってきた。


昼間に昼寝しておいてもさすがに深夜だしな。


……それとも、さっき無警戒で飲んじゃったお茶。


脳みその奥から痺れてくるような感覚が襲ってくるのが分かる僕には……うなずかないっていう選択肢はなかった。

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