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38話 「魔法」 1/5

「んくんく」


帰ってきたときにちょうど……スーパーに寄ろうか考えていたけどやっぱりで止めて正解だったタクシーから下りた、まさにそのときに宅配の人が運んできてくれていた重い箱。


こんな雪の日によく持って来てくれるよね……「やっぱ今日は雪なのでダメです」って言われるってばっかり。


もう隠れる必要もないからって玄関まで入れてもらって「こんなに楽なんだ」って知った。


冷蔵庫が空になったからいろんな物を買ったけど、その中で特に大切なもの。


おさけ。

お酒。

アルコール。


まとめて玄関に入れてもらったはいいけど、そこからひとつずつ開けてひとつずつ出しては台所へっていう難事業をこなして、その達成感で……つい。


やっちゃいけないってわかってるのに、けどまたやっちゃった。

夕方からのお酒。


なんか僕の中で無意識に「アル中にはなりたくない」って一線を引いていたやつ。


……3ヶ月前のおとといのでクセになっちゃったのかなぁ……いや、1回限りだしそこまでじゃないはず。

そう思いたい。


けど始めちゃったものはしょうがない。

もともとお酒呑んでてもそこまで酔わない体質だもん。


たまーに朝とかお昼に飲みたくなるときってあったし……大丈夫大丈夫。

1回2回ならきっと……うん。


気がつけば片手で瓶を引きずり、それを目の前まで引き寄せてきたら両手で持ち上げてぐっとひと息、口の中へ。


いわゆるラッパ飲みというやつ。


幼女の身でやるには腕の力が足りないけど……めんどくさいし。


「……ぷはぁっ」


とん。


少しだけ軽くなった瓶が音を立てる。

持ち上げたままどころか片手で持ち上げてることすらできない腕力だ。


たかが小瓶なのにね。


こうして両手で持っているときこそ何ともないわけだけど、片手にした途端に手首がぐきってなったりその拍子に落としちゃったりしちゃいそう。


そんなのもったいないし痛いかもしれない。

今の僕はそのくらいにはか弱い存在なんだ。


ふつうの人の何分の1か、それ以下の。


だって幼女だし。





魔法さん。


僕にかかっている魔法のような呪いのような……よくわからないもの。


その良くわからなさ加減はまさにねこみみ病とやら。


でも世間で流行ってるそれとは決定的に違うんだ。


不可思議なのは確かなんだけど……ただの現象的なものなのか意思を持ったそれなのか、それもあいかわらずに分からないもの。


とにかくねこみみ病でもなくって他の誰にも……説明すら難しいこれ。


でも、もしかしたらこれ、時間が経つほどに、あるいは魔法さんが怒る……意志みたいなものがあったらだけども……そのたびに強化されるものなのかもしれない。


そう思うようになって来た。


だって初めは僕をこの僕にするだけで、せいぜいがハサミを飛ばしてくる程度だったしな。

不安だったからこそ何も起きないようにってしてきたから分からないってのもある。


「こくこくこくこく」


……いろいろと。


本当にいろいろと、ありとあらゆる僕がしてきたことっていうのがことごとく裏目に出ちゃったんだよなぁ……。


どっちが良かったかだなんて分からないけども。

でも多分、底なし沼みたいな感じになってる。


いざってときに僕が男だって言えばそれでなんか解決しちゃう認識阻害的なものがオプションでついてるんだけど、だからこそ緊急性も無くなっちゃって。


……しょうがない。

しょうがないんだ。


だってこれまでこんな不思議体験するだなんて……僕とはほど遠い世界の話だけだって思っていたから。


誰だってそうでしょ?


子供のころに漫画とかに影響されるごく一部の時期を除けば、きっとほとんどの人はそうなんだ。


ぐびっとやって、とんっと置いて、ふぅっとひと息。


……見知らぬ幼女な身の上は、多少の体重の増減以外には変わらない。


この姿でいること自体、魔法さんの魔法のひとつがかかりっぱなしっていうことでいいんだろう。

もう半年……いや9ヶ月か、それだけ変化なく続いているんだからこれについてはほっとくしかない。


特に不都合も……不便ではあるけどその程度だし、なによりどうにでもなっちゃうしな。


問題は……他の人の認識を無理やりねじ曲げたり僕の意識や体までいじったりいきなり発作みたいになったり、果てには3ヶ月も冬眠しちゃったりっていうやつ。


こういうのはいくら探しても……少なくともネットのどこにも存在しなかったんだ。


見た目が変わることについてならねこみみ病ってことでどこにでもいくらでも転がっているっていうのに、なにひとつない。


……でも不思議なことがひとつ。


僕が男だったりねこみみ病だったりを口にしたら何かしらが起きるのに、こうして調べる限りにはなんにも起きないんだ。


言葉じゃなければ干渉してこない?

それとも他にまだなにか条件が?


……分からない。


でも、ネット上に一切情報が無いって言うのは当然だって思う。


仮に僕のようになった人がいたとして、明らかに超常的な現象に見舞われたとした人がいたとしたら……常識的な思考ができて、さらに家族とかの身内がいる人なら。


ネットに書き込む前にまずは身近な人と相談してそのあとにどうするかって決めるはず。


他人とか病院とかを頼るのは、そのずっと後。


だってとんでもないことだもん。

そんなオカルチックなことが起きたりしたら……そもそも他人には分からないかもだし。


僕だったら隠す。


生きるのに問題がないんだから面倒が嫌で隠し通す。

本当に大変なことは表には出てこないし、出せないんだから。


世の中はそういうものだって聞いたことあるし、多分僕ならそうするし。


でも……これだけいろいろ起きて調べて考えてもいまだに原因も目的も……どうすれば収まるのかも不明。


なんで僕なのかも、僕だけなのかすらもわかっていなくて。

いつまで続いてどこまで影響が広がっていくのかも、なにもかも。


「ひっく」


持ちあげるようなしゃっくりがひとつ。


……一気に飲みすぎたかな。


けど、今の僕は魔法さんっていう未知の力……意思や指向性があるのかどうかもわからないナニカにこの瞬間、たった今も銀髪幼女になり続けているっていう襲われ方をしているわけで。


それで止めるような何かがないんならかえって安心するんだ。


「ぷへぇ」


調べ続けて2、3時間、お酒も飲んで体も頭も心も疲れてきた。


「……わぷ」


ぼふっとベッドにダイブ。


あんまり勢いをつけすぎると枕の先の壁にごっつんしちゃうからちゃんと横向きのモーメントは抑えて、上から落ちる感じでぼふんと。


そしてぼふんとしてふわんとしてぽふっと、柔らかい布団の上に落ちる。


……3ヶ月で一気に夏物から冬物へ、雪空だから干すヒマもなくってただただ押し入れから引っ張り出してきただけだからちょっとほこり臭い掛け布団の上に。


けど今はしょうがない。

夏に使っていた毛布だけだといくら暖房が効いていたって寒いんだしな。


「ふわぁ……」


今の僕は体が小さくて軽いから今まで使っていたベッドだって相対的に大きくなっているわけで、つまりは多少ぽふんとするところがズレたとしたってなんにも問題はないわけで。


そして体がふわんと気持ちいい程度に浮かんで気持ちよく落ちるもんだから、こうするのがすっかりクセになっちゃって。


こういうの、いつごろからしなくなるんだろうね。

多分体が重くなってくるとしなくなるんだろう。


――足の裏がいつも着かないからってぷらぷらしたり、なんとなく気持ちいいというか落ちつくから両手をおまたとふともものあいだに挟んで体重を掛けた姿勢をしていたり、前の僕じゃぜったいにできなかった、男の体じゃムリだった女の子座りってやつもベッドとかクッションの上ではよくするようになっていて。


ごろごろするときもなにかをしているときも、いちいち髪の毛を気にして。


スカートとかで外に出させられれば、急に吹く風とか階段とか座るときとかそういうときに自然と気をつけるようになっていて、手が勝手におまたかおしりを抑えるようになっていて。


知らない人とか店員さんから声を掛けられたり話しかけたりするときは自然と高めの声を出すようになっていて。


……女の子なのか幼女なのか、わからないくらいになっていて。


「うぁ――……」


あたまがぐるぐるする。


……そうか、一気に飲むとこうなるんだっけ。


こういう呑み方しなくなってたから忘れてたよ。


「………………」


でも、多分これって逃避行動って奴なんだろう。

そう頭では理解してるんだ。


魔法さんが荒ぶっている今となっては明日を無事に迎えられるかどうかさえ……なんだ。

だってこのまま寝て、次にきちんと……10時間も経たないうちに目が覚めるかどうかっていうのに、保証がなくなったから。


当たり前だったものが無くなっているから。


小さいころとか「このまま目が覚めなかったらどうしよう」って寝る前に無性に怖くなったりした覚えがあるけど、あれが現実になったんだ。


……まぁ死んだりすることはない……って思うけど。

この歳になると死ぬなら死ぬで「ま、いっか」って諦めもつくしな。


それにこれまで起きた、降りかかってきた魔法さんの仕業のどれも僕に直接危害を加えるものじゃない。


幼女の姿だってそれだけで直ちに困ることはないっていうのは……周りの人の認識を歪めるっていう形で保証されちゃっているんだし。


ただいろいろとめんどくさいだけで死ぬわけじゃない。

別に痛い思いとかもしないし特段に嫌なこともない。


初めのころはそれを知らなかったからこそ苦労したわけだけど。


ハサミだって……しょせんはただのハサミだし、しかも何度か試したけど結局僕が痛い目に遭ったことなんてなかったんだ。


ただ僕が髪の毛をある程度以上切るのを止めていただけだった。


害意があったら多分あの辺でケガとかしてたはずなんだ。


「……んむ――……ぷは」


ずっと布団に顔をうずめていたら苦しくなって来て、仰向けになってみる。


「ぐるぐる――……」


天井がぐるぐるぐるぐるしている。


なんだかぽーっとするけど……残念なことに僕は、前の僕だったときから、かなり酔ったとしてもそこまで思考が止まったりすることがない。


だから酔いつぶれるっていうのが難しいんだ。


……どうせなら、アルコールに弱ければ僕のこれまでのいろいろももっと楽だったかもしれないのにね。


そういう意味じゃお酒に弱い人って良いよね。

たくさん呑めないけど何もかも忘れられるんだから。


………………いや、お酒飲めないのはちょっと寂しすぎる。


ちょっとどころじゃない、人生そのものを損している気がする。


だってお酒だよ?

こんなに美味しいんだよ?


あの子たちにしてみればスイーツだよ?


やっぱりこれでいいや。


こうやってもんもんと考えるのには慣れているんだから。


「んくんく」


あー、おいし。



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