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36話  準備 1/6

「…………………………………………」


……戻ってこられたんだ、僕。

あんなにいろんなことあったのに、こうして無事で。


そう……あったかいお湯に浸かってしばらくして身に染みてきた感覚。


天井一面に冷えた湯気が水滴となって張り付いてきてぴちゃんぴちゃんと落ちる音が続くようになった。


どれだけ温かい格好をして暖房をしていても、僕の意識も……たぶん体も、まだ夏のままの気分。

いくら冬だって実感したとしたってそう簡単に切り替えられるものじゃないんだろうな。


体は家の中にずっとあった……はずだけど、でもそれは「冬眠」っていう魔法さんの不可思議な力の支配下にあったわけで、つまりは自然じゃなかったわけで。


だから寒いのには慣れきっていなくって、寒さを感じていないつもりでもこうしてお風呂で……夏よりも温度を2度くらい上げて入っているのに、ぼーっとしてくるくらいには入り続けているのに汗すらかいていない。


……よっぽど冷えていたんだな。


まぁ季節が一気に逆転したんだ、むしろ起きてからたったの1日も経たないうちに慣れる方がおかしいのか。

時差ぼけだって何日もかかるし、季節が変わるたび風邪を引くくらいには体ってそういう変化に弱いからなぁ。


あと、大切な皮下脂肪さんたちが軒並みすり減っているのが効いていそうだ。

腕とかふとももとかの……特につけ根あたりの細さがまずいことになっているし。


今の僕になったばっかりのころによく感じていた、折れそうに細いっていうのがもう1回だ。


今見ると……最近は特に意識することがなくなっていたのにぱっと見てそう感じるようになっているっていうことは、きっと今までは努力の結果として脂肪も筋肉も増えていて、けれどもそれが……まとめて使われちゃったっていうことの証で。


冬眠ってがりがりに痩せるものらしいからしょうがないけども。

3ヶ月寝てこの程度ならきっと安いもんなんだろうし。


「ふぅ……」


それにしても。


ねこみみ病。

ケモノ化。


そして、若返り。


体が変化するっていう、実際にしかとこの手で確認した、あれ。


とうとう……前の僕から今の僕になって、幼女になってから9ヶ月……いや、意識がなかったぶんを除いたらまだ半年なのかな……それだけ経ってようやくに手がかりだ。


そう、思ったんだけどな。


一応は若返る例があるって分かっただけでもすごい収穫ではある。

けど……性別なんて変わりっこないって言われちゃったしなぁ……。


脱力してお湯の中でぷかぷかしていた手を水面から出して、あのときのもふもふ感を思い出してにぎにぎしてみる。


柔らかかった。

あったかかった。


そして、いい匂いだった。


あれは現実だった、はず。


猫もそうだけど……どう見ても、高く見ようとしてもせいぜいが高校生とか大学生な「元」27歳。


僕には人の年齢、さらに女性のそれはそこまで細かくわからないけど、でも子供と学生と大人のどれかって聞かれたらまず学生だろうって思う見た目。


でも、元の僕と同世代だった子。


ん?


女性って言ってあげた方が……いや、女性は若く見られるほどに良いらしいし、今どきは50代とかでも女子って言うんだし、女の子って呼んでおいてあげよう。


「…………………………………………」


ちゃぷんと両手を沈める。


けどちっちゃな今の僕の手は、腕は、浮力に負けてあっという間にぷかりとお湯から覗いてくる。


入ってからなんにもせずなんにも考えず、ただぼーっと見続けていた水面には今の僕の……小さい足の指から細くて白くてつるつるな脚、2重の意味で何も生えていないすっきりしすぎてしまっているおまたが映る。


肉がなくなりすぎて、たぶんいつもトイレのときなんとなく見つめているデルタゾーンも広がっちゃっているだろう、そのすき間。


男なら……多分こんな幼女であってもふと目の前にあったら1回は見ちゃうだろう場所。


それが僕の体の一部になっている。


日常生活で見飽きるほどに見ていて、触っていて……トイレとお風呂で身近になりすぎたもの。


毎回のトイレが不便にはなったけど、無いなら無いですっきりして楽とも感じる。

人って順応性が高いんだなぁって思う。


二十何年間もぶら下げてたものが無くなってもすぐに平気になるんだもん。


ズボンがずり落ちかかることがよくあるくらいには細い腰、むしろスカートの方がそういうのがないぶんまだマシな腰、けどなかなか腹筋がつかないせいかぽっちゃりしているおなか。


調べてみたらこういうのはイカ腹……なんでイカなんだろう……って言うらしい。

つまりは幼児体型で筋肉がなさ過ぎるせいでこうなっているんだとか。


腹筋、がんばってしてたから少しずつ付いていたのになぁ……。

ここまでまとめてだとなんだかやる気まで取られちゃった感じがする。


その上に乗っかっている、いや、へっこんでいる小さいおへそ、何もないというよりはあばらで色気もなにもない胸未満の胸と、その上にぷかぷか浮かんでいるたらいの上のわっさりとした銀色の髪の毛の束。


前の僕に生えているはずのものがみんななくなってすっきりしすぎちゃって、けど代わりに短くすることもできない、僕を嫌でも女だと……いや、幼女だと印象づける長くて多い髪の毛。


「……ふぅ」


ひとしきりねこみみと尻尾を堪能するついでに……じゃなくてねこみみ病についていろいろ知ったあのあと。


レストランから出たあと、まずは事情を聞いたビルの警備員さんや僕が少し先を歩いて、そのあとから2人について来てもらうっていう慎重さでエレベーターを使って地下へ。


もうとっくに諦められていたのか、結局誰ひとりとして追っ手さんたちとは遭遇しなかったんだけど……そうして久しぶりに萩村さんに会って、車に猫さんと栗色ポニーさんを押し込めてさよなら。


ちなみに車はあのときの、黒塗りで威圧感があったあれ。


「良ければ送るよ?」って言われたけど家は知られたくないから「いいです」って言っておいた。


……そしてさよならしてからタクシー乗り場まで行ったら行列で、寒い中立って待つあいだ「やっぱどうせなら近くまででもいいから僕も送ってもらえばよかったかな……」って思いながら帰って来て。


で、ひとりになったことだしってお風呂を温め直しながらねこみみ病について調べてみた。


ねこみみ病。


病ってつきはするけど、聞いていたとおり病気ではないってどこでも書いてある。

まぁ治療とかしようもないし、する必要も……少なくとも普通の人はないから。


それに医学的な根拠……誰がいつなるのかとかどんな風になるのかも全然分からなくって、眠っているあいだにいきなり変わるってことだけしか分かってない。

そういうものらしいからその原因も、変化しているあいだのメタモルフォーゼの瞬間もさっぱり。


そういうものらしい。


あの子たちが言っていたみたいに、どこも細かく「私たちは何々と呼んではいるけど、理解してもらいやすくするためにしょうがなく『ねこみみ病』って書いてます」っていう感じなのがほほえましい。


で、ねこみみ病。

今のところは国内で千人ほど、その他はその倍くらいが確認されているらしい。


だけどこれは国内で特段多いっていうわけじゃなくて、偏見が薄いからわりと気軽に「ねこみみ病かもしれないので調べてくださいな」って言い出しやすい環境だからとのこと。


若返りはともかく特にケモノ化って宗教的にアウトっていう地域が相当あるようで隠されるのがまだまだあるらしいからこそ突出しているんだとか?


一昔前ならここでだって狐憑きとかで怖がられそうだもんな……だって耳と尻尾だもん。


国内だと満遍なくいるけど、国外の地域によっては……ケモノ化したらすぐに手術で切り取っちゃったりして「僕は今までと変わりませんよ」ってしないといけないらしくって、統計が0人とか言うところもあるらしい。


それに若返りなんかは気がつかない人もいるだろうしなぁ……だって多分3年くらいなら気づけないだろうし、それ以上でも大人なら大して変わらないし。


「けどなぁ……」


わきわきと手のひらを動かす。


みみ。


しっぽ。


……どうせなら幼女になるよりアレが生えた方が……いやいや、落ち着こう。


どこにでもいるようなメガネ男子だった僕に動物の耳と尻尾、あるいは羽とかだぞ?

そんなの誰も得しない……いや、SNSで流れている少女漫画っぽいテイストのイラストとかだと「ひょろい男にそういうのが生えちゃってどうしよう……」ってなってるのを女の人が甘やかすみたいなのが人気らしい。


ってことはやっぱりその方が僕の人生、楽になってた?

ニートでも彼女できたりしてた?


なにひとつ良いところがなくってもかわいければ良しってなってた?


…………いや、無いか。


いくらかわいくとも職歴無しのニートなメガネとは誰も付き合いたくないよね。


僕は元の顔にどれだけ良い感じの耳と尻尾を生やしてみる妄想してみたけど……やっぱダメっぽいって分かった。


今の顔が整ってるから余計にいろいろと壊滅的なんだ。


1回生活水準が上がると戻すのは大変って言うのと同じだ。


……ちょっとちがうか。

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