第36話 彼女の事情も複雑なのか
「あくまさ~ん」
……声が聞こえる。だが、俺は今寝ているので、無視だ。
「あ~く~ま~さ~~~ん」
うるさいが、目を覚ますほどのことでも無い。睡眠を邪魔するものは馬に蹴られて地獄に落ちる。古事記や万葉集にもそう書いてあるはずだ。
「……お兄ちゃん」
「誰がお兄ちゃんだ」
俺の起き上がりざまキックが魔王の腹部を直撃する。「うっげぇ!」という声を出し、魔王は腹を抑えて身体を丸めた。
いつもの部屋のいつものタタミの上でいつものように昼寝をしていた俺を起こした罰だ。俺に蹴られて魔界に落ちろ!! こっからだと転送門経由で10分くらいで行けるぞ!!
「ひどいよ、悪魔さーん」
「寝てる奴を起こす奴は、殺される覚悟が無ければならない」
「眠りし龍の尾を踏みし者は魂ごと焼かれるであろう、って言うしね」
「……なにそれ?」
「悪魔さんの世界で言うところの、コトアザってやつかな」
「なるほど。この世界にもそういうのがあるわけだ」
俺の世界で言うところの「寝た子を起こすな」に相当する言葉だろう。龍と言っているが、この世界には龍も普通に存在するのだろうか。そういえば俺って、この世界の生物についてはあんまり知らないな。いい加減、ちゃんと勉強すべきだろうか。
「それはそうと、悪魔さんに話があるんだよ」
「どうした。持って来た本は大体渡したぞ」
「そうじゃなくて、また一緒に行って欲しい所があるんだ」
またか。劫火の王、水禍の王と来たから次は荒土の王、または霊木の王だろう。
「で、どっちの王だ」
「えーと、両方かな」
「一気にか」
「荒土の王と霊木の王が、地上にある魔族の領土を視察するらしくてね。それに合わせて、ボクも2人に会おうと思うんだ」
呼んでないのに何故か集合場所に現れる面倒臭い知人みたいな男である。他の王からも大変嫌がられていることだろう。
「2人とも勇者らしき人間の情報は時々くれるんだけど、何故かボクを呼んでくれないから気になっているしね」
「お前に会うのが嫌だから呼ばないんだろう」
「そういう感情で動くような人たちじゃ無いと思うよ。あと、ボクもそこまで嫌われているわけじゃ無いと思うし」
そこまで嫌いじゃなくても、近くには来て欲しくない相手ってのもいると思うけどな。調子に乗ってる時のお前はまさにそのタイプだ、魔王!
「勇者が現れても呼ばれない理由に心当たりとか無いのか?」
「あるとするなら、借りを作りたくないのかもしれないね。自分たちで解決できる問題にわざわざ他の王を呼びたくないんだと思う」
「そういうことか。確かにあの2人は他人の力を頼るようには見えなかったな」
「だけどボクとしては、勇者の軍団が攻めて来る前に2人と会っておきたいんだ」
「何故だ?」
「悪魔さんの世界の言葉で言えば、ヌケに釘ってやつかな」
「…………釘をさす?」
「うん、それだと思う」
理解があいまいな異世界語を使うな! 誤解されても知らんぞ!!
「もしこっちが勇者への対応に忙しい中、あの2人が何かやったら困るからね」
「何かやるのか」
「やらないと思う」
やらないのか。
「でも万が一ってこともあるし、念のため会っておきたいんだ。こっちが勇者との戦いで物資不足にならないためにも、2人との協力関係は再確認しないとね」
「協力というか、利用し合っているだけなんじゃないか?」
「それも協力だと思うよ」
「……国同士の関係だと、そういうもんか」
「そういうもんだよ」
魔王は呑気な様子で言うが、国を治める立場として地上の勇者だけでなく魔界の王についても考えなければいけないのは、なかなか忙しいのでは無いか。でもコイツ根本的には何かあったら力で解決するタイプだから、そこまで真剣に考えて無いのかもしれない。その分を部下が苦労してるのかな……
「じゃあ、荒土の王と霊木の王に会うための準備をしとかないとね」
そう言って魔王はテレフォンを取り出し、通話をし始めた。
「うん、お茶ね。あったかいの。悪魔さんの巣ね。よろしくね」
「その呼び方やめない?」
魔王は通話をやめ、テレフォンをしまった。
「誰に電話したんだ」
「すぐに分かるよ」
「大体想像はつくが、大丈夫なのか?」
「なにが?」
「熱いお茶だぞ」
「ああ見えて、彼女は物を壊したり誰かにケガをさせたりってことはあんまり無いから、心配ないよ」
あんまりってことは、少しはあるのね。
「あの奇妙な性質には何か理由があるのか」
「治癒魔法とか肉体強化魔法に詳しいお医者さんに診てもらったら、なんか肉体に比べて魔力が強いのが原因みたい」
「魔力が強すぎると問題が出るのか?」
「よく分からないんだけど、肉体を動かす時の魔力が時々強くなりすぎるみたい。そのせいで力が入りすぎて身体が上手く動かせないんだって」
「力みすぎってことか。そうなると、物を壊さないのも魔力が関係しているのか?」
「そうだろうね。自分に任された仕事はちゃんとやろうとして、無意識に魔力を使ってるんだと思う」
「余計に無駄な力が入って、面倒なことになりそうだが」
「だけど何でか上手くやっているんだよね。誰かに迷惑をかけたくないとか、そういう気持ちが強いのかな」
「自分より他人を優先し、それに魔力が呼応しているって感じか」
めんどくせ!
「すみません、遅くなりあっ!?」
廊下からドタドタと駆けながら入って来たメアリが、ずっこけながらポットとカップの乗ったお盆をテーブルの上に置いた。その瞬間をよく見たところ、確かにお盆を精妙な動きでテーブルの上に動かしていた。少しだけ重力に逆らっているようにも見えたが、恐らく魔法で僅かにお盆を浮かせているのだろう。この世界の魔法は土やら金属やら簡単に浮かせられるわけだが、それって魔法じゃ無くて念動力とかそういうのじゃなかろうか。エスパー!
「も、申し訳ございません……」
謝りながらメアリは立ち上がり、メイド服に付いたホコリをはたく。ドジっ子三つ編みメガネのメイドって、要素を乗せすぎだよな。誰かの趣味なんだろうか。王妃だな。
「そんなに急がなくて良いよ。ゆっくり、気を付けて動いてね」
「は、はい……」
委縮した様子のメアリ。転んだのはともかく、仕事は一応達成できたのだから落ち込む必要は無いと思うんだが。この城に勤める前の仕事で怒られた経験でもあるのかな?
「それでメアリ、君にちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「は、はい。何でしょうか」
「今度、荒土の王と霊木の王に会いに行くんだけど」
「はい…………おじ、い、いいえ! あ、荒土の王と、ですか?」
何その露骨な反応。
「一緒に来てくれないかな?」
「は、はい!! 行きます、行かせてください!」
前のめり気味にそう答えるメアリ。
「うん、わかった。出発は数日後だから、準備をしっかりね」
「は、はい! 頑張ります!」
「じゃあ、戻っていいよ。くれぐれも慌てないようにね」
「はい!」
そう言ってメアリは駆け足で部屋を出て行こうとして入口の所でこけた。あんなに転んでいるのに痛がっている様子の無い辺り、もしかしたら強靭な肉体なのかも知れない。魔力が入りすぎているらしいから、メアリもマリアと同じ魔力ゴリラなのだろうか。ゴリラメイドしかいないのかよこの城。
「やれやれ。慌てないでって言ったのに」
メアリが部屋を出た後、魔王が呆れ気味に言った。
「それで……荒土の王とメアリの関係って何なんだ?」
「うんとね、孫娘……になるのかな」
「ってことは、魔王候補なのか!? あれで!?」
マリアもそうだが、なんで魔族の中でも貴族的な立場だった奴らがメイドやってるんだよこの城!? もしかして、そういう没落貴族を狙って採用したのか王妃!? 怖いぞ王妃!!
「魔王候補じゃ無いと思うよ。そういうのに関わらないように生きて来たから、この城でメイドやってるんだと思うし」
「一体、どういう経緯で今の状況になったんだ……?」
「えっとね、荒土の王って若い頃は結構な遊び人だったみたいでね」
「ああ」
それで、30歳を過ぎたら賢者モードになったわけね。よくあるやつだ。
「色んな所で女の人と遊んで、公には認められない子どもも何人かいたみたい」
「その割には、後継者不足に見えるが」
「ちょっと事件があってね……その後も、荒土の王の領地では権力争いが激しくなって、メアリのお父さんも荒土の王の手引きでボクの領地に逃げて来たみたい」
「王の座より自分の命か」
「王位を継承できる見込みは無かったし、それもしょうがないよ。王妃から聞いた話だけど、メアリが言うには争うのがあんまり好きな人じゃ無かったみたいだし」
「メアリの性格は父親譲りってことか」
「その後でメアリのお母さんと結婚して、それでメアリが生まれたみたい。だけどその後も色々あったみたいで……」
色々ありすぎだな、魔界の権力闘争!!
「結局、メアリのお父さんは今も行方知れずなんだ。生存は絶望的だと思うけど」
「辛いな……」
「メアリのお母さんとメアリは助かったんだけど、それも荒土の王が手を回した結果だと思う。メアリは魔界にあるボクの領地の中でも特に治安の良い都市に住んでたんだけど、それも追っ手を警戒してのことかも知れないね」
「それで、メアリの母親は今どうしてる?」
「元気に暮らしているみたいだよ。時々、メアリが手紙を送ってるみたい」
「だが、そんなメアリがどうして城のメイドなんかになったんだ? 静かに暮らしていれば良いのにな」
「マンガが好きだからじゃない?」
「…………それかぁ」
あり得るんだけど、それだけかよ。
「あとはマリアが劫火の王と会いたかったように、荒土の王と会いたかったからかもね」
「そっちだわ」
「直接会っているかどうかは知らないけど、メアリにとっては数少ない肉親だし、自分を助けてくれた恩人だと思うんだよね。お礼の一つも言いたいと思うよ」
「だから、メアリを連れて行くわけか」
「そういうことだね。荒土の王も、可愛い孫娘と会いたいと思うよ」
まるで良いことをしているかのように魔王は微笑んでいるが、お前は実質孫娘を人質に取っているんだぞ。荒土の王からの心象がマイナス方向にどんどん突っ走る!
「それにしても、他の領地に比べてお前の所は何事も無く親から子に王位が渡っているな」
「何事も無いってわけじゃないけど、ボクの祖父様の時も父上の時も、周りの魔族が王位を狙って無かったからね」
「ふむ」
でも学校長やってる爺様は初代魔王と王座を奪い合ったって言ってたぞ!? この国では闘争の歴史が隠蔽されている!!
「元々、力の弱い魔族が集まって出来た領地だからね。それをまとめた祖父様の人望はかなりのもので、王位を狙うような強い魔族もいなかったから平和に王位継承が出来たんだと思う」
「権力の集中が世襲制を確固たるものにしたわけか」
「そんな感じだと思うよ。他の国は強い魔族が多いから、どうしても野望を持っちゃう人が多かったみたい。大魔王様っていう一番の権力者がいたのにね」
それをお前が倒した結果、権力闘争が酷いことになる可能性は考えましたか!?
「でも今は大分落ち着いてるし、このまま魔界が平穏なままであって欲しいよね」
「……」
「なに?」
「いや、魔界が静かなのはお前が厄介だからじゃないのか……?」
「あー、そうかもね。つまり、ボクは平和の象徴……?」
「お前は何を言っているんだ?」
「何にしても、当分はみんな大きな動きをしないと思う。でも小さい動きはそこかしこでやってると思うんだ。いつの間にか手に負えない事態になると困るし、注意しないとね」
「油断ならないな」
「悪魔さんがいるから、多少は楽だけどね」
「……なんで俺?」
「悪魔さんがいるだけでも他の王は警戒するからだよ」
「不可解な存在ってだけで、十分慎重になるわけか」
その点では、倒せないはずの大魔王と女神を破ったこの魔王も相当なもんだと思うが。
「とにかく2人としっかり会って、少しでも思惑を聞き出さないとね。勇者との戦いに集中するためにも、これは大切なことだよ」
魔王が部屋を出て行った後、俺は少し考え事をしていた。
親と子。荒土の王には多くの子がいるようだが、王位を継承させていない。させるべき相手がいないのかも知れない。
魔王の祖父と父親。祖父の方は寿命で死んでいても不思議は無いが、父親の方はまだ生きていてもおかしくない。だが、その気配は全く感じられない。母親の方も同様であり、両方とも恐らく既に亡くなっているのだろう。
病気か、暗殺か。それとも他に何かあったのか。俺は魔界の、この世界の歴史について全く知らない。知ろうとも思わなかった。だが、一度湧いた疑問は解消しないと気が済まない。
魔王に尋ねる、爺様に尋ねる、書物を漁る。選択肢はいくつかあったが、俺は書物に頼ることにした。他人の悲しい記憶を掘り起こすのは、どうにも気が引ける。話すことによって気が楽になるという見方もあるが、それはまた別の機会で良いだろう。
俺は靴を履き、部屋を出て行く。書物の管理をしている魔族に聞けば、歴史書くらいすぐに見つかるだろう。ついでだから、地上の歴史に関する書物も見繕って貰おう。魔王が取引している商人たちについても、少しは分かるかもしれない。
まったく、人生は勉強の連続だな。
勇者カウンター、残り9421人。




