第32話 魔王は発明の王様なのか
いつもの部屋のいつものタタミの上、冷気を出す魔術装置によってひんやり涼しい中、ゴロゴロと本を読んでる俺。こういう日が多いと異世界にいるという実感が薄れて来るので、先日みたいなドッタンバッタン大騒ぎももしかしたら大切なものなのかも知れない。でもやっぱり勘弁して欲しい気分の方が強い! 俺は引きこもってのんびり過ごすぞ!!
「いや~、大変なことになってるよ悪魔さん」
全く大変そうじゃない様子で、魔王が部屋に入って来た。
「どうした。外が暑すぎてみんな室内から出なくなったのか」
「それは悪魔さんだよ」
俺だな。
「俺は暑くなくても外に出ないけどな」
「もう少し外に出ても良いと思うけどね。色んなものを見ないと、この世界が悪魔さんの住む世界と交流できるようになるための知恵も浮かんで来ないと思うから」
そういえばそれが俺の仕事だったわ。勇者騒動ですっかり忘れてたな。
「まずは勇者をどうにかしてからだ。それからじゃないとこの暑い中、外には出たくない」
「もうそろそろ夏も終わりなんだけどね……でも、部屋にいてくれた方が探す手間がかからないのは良いよね」
魔王はレイゾーコから飲み物を取り出し、コップとそれを持ってタタミに上がった。他には何も持って無いが、何かしら俺と相談したい事柄があるのだろう。
「それで、何があった」
俺は姿勢を正し、テーブル越しに魔王と正対する。
「取引している商人さんたちから聞いた話なんだけど、女神信仰の強い国で勇者の軍隊が正式に結成されたみたい」
「ついに来たか……いつかは始まるだろうと思ってはいたが」
「今のところ人数は2000人くらいらしいんだけど、これから話が広まればもっと人数が増えるかもしれない」
「数千人単位の勇者軍団か……そんなものが結成されたとして、最初にやることは」
「もちろん、この魔王城への攻撃だよね」
「ですよね」
「一番近い人間たちの街からここに向かう陸路については関所を設けているから、そこを拠点に対策を講じて行こうと思うんだ」
「具体的な対策って何かあるのか?」
「看板とかかなぁ」
「看板?」
「この先は魔族の領地です、勝手に入って来てはいけません。みたいなの」
クマ出没注意みたいなやつね。無意味!!
「どんな効果があるんだよ、それ」
「少なくとも、勇者たちがこちらの警告を無視して領内に入ったことになるよね。そうなれば、ある程度の犠牲が出ても問題にはならないと思うんだ」
「そういうことか……確かに数千人をただ殺してしまっては、他の人間から脅威として扱われるからな」
今の魔王とその配下であれば、数千人の軍隊を殲滅することも可能であろう。しかしそれを行い地上の人間との関係が悪化すれば、物流の封鎖やさらなる侵攻軍の編成などが行われることは容易に想像出来る。勇者以外の人間が敵になってしまっては地上から撤退するか人間を滅ぼすかの二択になる可能性もあり、それは地上で作られる物品を求める魔王にとって望まない展開であろう。
「だからなるべく殺さず、でも殺されず、って方針になるかな。面倒だけどね」
「本当は全滅させたいんだろ?」
「凄い悪魔っぽいこと言うね」
言われてみればそうである!
「確かに知らない人たちだし、こっちに敵意があるのだから殺したい気持ちはあるよ。でも死体とか片付ける時に、きっと悲しい気持ちになると思うんだ」
「死体が残らないような方法は無いのか?」
「無くは無いと思うけど魔力を相当使うだろうし、結局は罪悪感を覚えちゃうと思うよ」
「そうかもな」
罪悪感。自分が行った行為の先にある物事や繋がっている事柄、そういうものへの想像力が生み出す痛み。だが、それは未来や他者について考えていることの証左でもある。それを抱けるからこそ、魔族もまた広義の意味で人間と呼べるのだ。
「全く手を汚さないってわけにも行かないから、なるべくこちら側の犠牲者が出ない方法を探すしかないね。それとこの城への攻撃が決定したなら、女神信仰じゃない国を通じて抗議文書も送ることにするよ」
「女神信仰じゃない国か……商人が多い、いわゆる商業都市国家とかか?」
「うん。そういう国とはそれなりに良い関係を築けてると思うんだけど、勇者の動きが大きくなるとどうなるか分からないね」
「商人からは危険視されていないのか? あっちだって魔族が攻撃を仕掛けて来る可能性を考えていないわけじゃ無いだろ」
「もちろんそうなんだろうけど、ボクの言葉にある程度納得してくれているみたいなんだよね」
「言葉?」
「うん。『支配するよりお金で解決した方が安上がり』ってのが、商人さんたちによく言ってる言葉なんだ」
「なるほどな……」
地上の土地を支配しようとすれば、当然戦闘が発生し、人命が喪われる。そして支配が始まったとしても抵抗はあるだろうし、治安を維持するための人員も必要となる。人種の問題も大きいとなるともはや土地に住む人間を全滅させた方が楽であるが、それによって産物や文化が失われては本末転倒となる。支配の維持に必要なコストが取引によるコストを上回ることは十分に考えられた。
「それにボクたちが作っている物が地上でもよく売れているみたいでね。コタツとか、レイゾーコとか」
家電のことなら魔王軍! って感じか。もはや電機メーカーだな。
「最近は応急治療用の携帯魔術装置も人気だよ」
「なんだそりゃ」
「短い棒の先から簡単な回復魔法が発生する魔術装置で、軽い傷とかを治すのに便利なんだ」
この世界の絆創膏みたいなものか。魔力があれば何回も使える上に治りも早いのだから、俺の世界と比べてかなり便利だろう。ズルいな異世界は!
「それと魔術装置に使っている魔導石に魔力を注入する魔術装置ももちろん売れているね。魔力注入の魔法は少し難しいんだけど、魔術装置を使えば誰でも出来るからね」
人力発電で大抵の家電が使えるとなると、この世界には停電とか無さそうである。いや、もしかしたら遠い未来には大規模な魔力発生施設とかが建設される可能性もあるか? 何百年も先のことだろうからわからんけど。
「とにかく、便利な魔術装置のおかげで商人さんたちとの関係は良好なんだよ」
「そいつは結構だな。それにしても、この世界には今までそういう魔術装置は無かったのか?」
「魔術装置を作らなくても、魔法が使える人がいれば十分だと思ってたからね。ボクも悪魔さんと出会うまではどんな魔術装置を作ればいいのか、良い発想が浮かんで無かったし」
その結果がパクりまくりである。
「それと地上だと魔界に比べて魔導石の産出量が少ないってのも大きな要因だと思うよ。魔導石があるからこそ、簡単に魔術が発動するんだからね」
「発想も必要性も資源も無かったから、技術が発達しなかったわけか。そう考えると勇者という敵がいて鉱山開発が進んでいる領地を持つお前だからこそ、そういう発明が出来たのかもな」
「だけど悪魔さんの存在が一番大きいと思うよ。悪魔さんがいなかったら、魔術装置の発想はもっと少なくて、つまらなかったと思う。ひらめきこそ、発明のお母さんだと思うよ」
発明とはひらめきであるって感じか。どこの発明王だお前は。
「これからも悪魔さんの持ってきた本を参考に、色んな魔術装置を作っていくからね。それが地上の商人さんたちと仲良くなるための道だし、その先にもっと多くの人間たちと友好的になる未来があると思うんだ」
「生活が豊かになるわけだしな。衣食住はどんな者にとっても共通の課題か」
「同じことに苦労しているのならそこから分かり合えるし、仲良くなれる。人間も魔族も、きっと根本的な部分は同じなんだよ」
俺の世界だと人種や国の違いで分かり合えない人間もまだまだいるのに、このアホ魔王は立派なことを言うもんだなぁ……その一方で勇者を殺すことも考えているわけだから、理想主義なのか現実主義なのか。
「魔王様!」
不意に、廊下の方から魔王を呼ぶ声がした。入口の方に目線を向けると伝令として働いている男性魔族、通称ぞんざいさんがいた。
「西の空から未確認の飛行物体がこち」
「分かった、ボクは屋上に行くよ! すぐに魔術研究室に例の物を持ってこさせて!」
「魔王様、久しぶりなんだから最後まで言わせてください!」
「久しぶりだからこそ、ちゃんとやらないと」
部下の連絡を遮ることをちゃんとやるとは言わない。
「じゃあ悪魔さん、屋上に行くよ」
そう言って魔王は立ちあがり、靴を履いて部屋の外に出て行った。俺はあまりよく分からないので、とりあえずコップに飲み物を入れて、飲み干す。
ぷはーっ。
「悪魔さん、行かないんですか?」
「行くけど、結局何が起きたんだ?」
「西の空から未確認の飛行物体が接近しているんです!」
最後まで報告出来たためか、ぞんざいさんが満足気に微笑んだ。よかったね。
「未確認飛行物体……」
いわゆるUFOか。ということは、もしかして宇宙人? 侵略宇宙人が来てるのこの世界?
「よし、俺も行こう」
俺も立ち上がり、ぞんざいさんの横を通り過ぎて屋上に向かった。ベントラーベントラースペースピーポー!
城の屋上から西の空を見る俺と魔王。空には、何やら円盤状の物体が飛行していた。まさか、本当に宇宙人がいるとは……!! この世界にそんなものがいるなんて記録は無かったので、ワクワクだぜ!
「それで、どうやって宇宙人を呼び寄せるんだ?」
「何言っているの、悪魔さん?」
魔王が不思議そうな顔をした。あれ?
「だって宇宙人が」
「ウチュー人って何?」
「あの空飛ぶ円盤に乗ってる奴だよ」
「暴風の王のこと?」
暴風の王。魔界を支配する6人の王の一人にして、面白い魔術装置を魔王に要求する少女である。つまり、宇宙人じゃない。
「……ごめん、勘違いだった」
「そうなんだ。それはそれとして、ウチュー人って何?」
「その話はまた今度な。それで、なんで暴風の王がこっちに向かっているんだ?」
「新しい魔術装置を取りに来たんでしょ。もっとちゃんと連絡してくれれば良いのに」
しばらく待つと円盤は俺たちの真上まで移動し、ゆっくりと降下してきた。そして城の屋上に着陸した金属製らしき円盤の上にはショートカットで背の低い少女、暴風の王が寝転がっていた。
「やあ、金屑くん。それと悪魔くん」
右手を上げて挨拶する暴風の王。どうでもいいがその呼び方はやめろ。どうしてだか頭の中にエロイノなんたらかんたらという呪文が響くんだよ。
「来るならちゃんと連絡して欲しいんだけど……その乗り物にテレフォン付いてるでしょ?」
「だってめんどうだし~」
足をバタバタさせながら暴風の王が言った。親戚の子かよ。
「でも、その乗り物を気に入って貰えて良かったよ」
「これは良いよね。自分で飛ぶより楽しいし、夏はひんやり冬はぽかぽか」
「中の魔術装置で表面の温度を変えられるようにして良かったよ。でも、操作が難しくない?」
「私を誰だと思っているのかな、金屑くん」
「そうだったね」
楽しそうに会話をする魔王と暴風の王。精神年齢が近いから仲が良いのかな?
「それで、新しい魔術装置が出来たんだよね?」
「うん。これだよ」
そう言って、魔王は金属で出来た鳥の模型を暴風の王に差し出す。金属の鳥が広げたその翼の下には、何やら回転しそうな円盤が付いていた。うん、どんな装置なのか大体予想付いたわ。
「鳥かぁ。飛ぶんだよね」
鳥の模型を色々な角度に回して観察しながら、暴風の王が言った。
「そうだよ。この操作用の魔術装置で飛ばすんだ」
魔王がさらに差し出したのは、左右に動くレバーらしき棒と、目印のあるツマミが2つ付いた箱型の装置。リモコンだな。
「こっちのツマミで浮遊するための魔法の強さを変えて、こっちのツマミで前に進む速度を変えるんだ。あと、こっちの棒で移動する方向も変えられるんだよ」
「やってみるやってみる~」
リモコンを受け取った暴風の王が早速操作すると、鳥の模型は翼の下の円盤を回転させながら宙へと浮きあがった。そして前に向かって速度を増しながら飛行し、その後旋回を始めた。
「うんうん、面白いねぇ~。子どもたちに自慢できるよ」
「もしかして、人間の子どもたちと遊んでるの?」
「そうだよ~。お菓子作りが盛んな村で、私は大魔術師ってことになってるんだ」
各地に勇者が現れているというのに、呑気なものだ。勇者のせいで人間との関係が悪くならないかちょっと心配である。
「勇者とは遭遇した?」
「人の少ない場所を探検してると、襲ってくる人に会うこともあるよ。すぐ真っ二つにしちゃうけど」
怖っ!! 少女の姿をしててもこっちの魔王と同じかそれ以上に容赦が無い、まさに暴風の王に相応しい存在なわけだ。
「金屑くん、くらえ~」
「うわっ、と」
急降下してきた金属の鳥が、魔王に襲い掛かる! それを避ける魔王! 「おしい!」と残念がる暴風の王! コイツらが魔界の王様たちです!
「よし、もう1回!」
再び攻撃を仕掛ける鳥、それを回避する魔王!
「ちょっと待って、そんな速度出ないはずなんだけど!?」
「私の力を加えれば出るよ?」
「流石だけど、危ないから。危ないって!」
金属の翼が危うく魔王の脚を斬り付けそうになり、それを見て笑う暴風の王。楽しそうで何よりだ。
「面白いし武器にもなるし、良い魔術装置だよ金屑くん」
「武器になるってのは面白い発想なんだけど、もうちょっと速度落として!」
「悪魔くんもくらえ~!」
高速の鳥が宙返りを決め、俺に向かって一気に降下する……って状況を整理してる場合じゃ無い! 戦闘用出力発動! 回避! 俺の身体を通り過ぎ、鳥は城の壁に激突!
「あ」
「あ」
「あ」
大きな音を立てて石壁にめり込んでしまった金属の鳥! 散らばる細かい部品!
「壊れちゃった」
「壊しちゃった、でしょ?」
「えへへ」
はにかむ暴風の王。だけど城の壁には見事にひびが入っているからな、騙されんぞ!
その後、暴風の王はお菓子を食べながらヒメやメイドと談笑し、予備の鳥を持って魔王城を去って行った。
遠ざかる円盤を見送る俺や魔王、ヒメたちの後ろで、壁の修理を行っていた魔族が「もう来ないで欲しいなぁ……」と小さく呟いた。
勇者カウンター、残り9471人。




