第31話 悪魔は伝令と駄弁るのか
「あの……悪魔さん」
「どうした」
ハワイ建設予定地で過ごす最後の1日。海辺では魔王とヒメ、そして昨夜から合流した王妃が海辺で楽しそうに遊んでいた。王だの魔族だの関係無く、ただの家族としてあの3人が過ごす時間は、結構貴重かもしれない。存分に楽しんで欲しいと、素直に思った。
一方の俺は砂浜に残り、ある男と一緒に体育座りをしていた。王妃が荷物運び兼魔王城との連絡係として連れて来た、伝令の人。かつては勇者が来るたびに魔王や俺に伝えに来てはぞんざいな扱いを受けていた彼も、今では印刷工房から来た原稿催促のクレームを王妃に伝えようとして逃げられるという、やっぱりぞんざいな扱いを受けていた。ぞんざいさんだ。
「私、王妃様がマンガを描き上げて、その連絡と配送終わったら寝るつもりだったんです」
「ああ」
「だけど王妃様が『これから夫と娘の所に行くので一緒に来て下さい』って伝えて来て、一度は断ったんですけど『水着姿の可愛い女性も沢山いますよ』って言葉で仕方なく同行したわけですよ」
「ああ」
まったく仕方なくじゃねぇやん。
「それなのに、水着の可愛い女の子、いませんよね?」
「ああ。いや、あそこにいなくも無いか……」
俺が視線を向けた方向にはパラソルの下に敷物を広げ、本やらマンガやらを散らかしながら読んでいる水禍の王、マリア、メアリの3人の姿があった。一応、マリアとメアリは水着を着ている。海来ているんだから、泳げよ。
「よく見えませんし、怖いんであんまりじっとは見れませんよ」
「マリアが?」
「それもですけど、水禍の王も怖いですよ。怒らせたら殺されるかも知れませんし」
彼は溜息を吐いて、視線を誰もいない海の方へ向けた。
「王妃やヒメは?」
「王妃様は畏れ多いですし、王女様は若すぎるんですよ」
「分かる」
王妃は服飾だの料理だのマンガだの、文化面において底知れない才能を発揮している。女性からの人気も高いようだし、彼女をいやらしい目で見るのはどうも気が引ける。視線がバレた時に後でどんなことになるのか想像も出来ないし、夫が魔王だからそっちからも何かされるかも知れない。魔王の部下なら余計に見るわけにはいかんだろう。
「他にも人がいれば良かったが、あいにくこの島はまだまだ開発が進んでないみたいだな」
「水着の女性、楽しみだったんですよ」
「ああ、うん」
「楽しみだったんです……」
うなだれる、ぞんざいさん。
「……マリアとメアリに水着姿見せてもらうか?」
「そんな情けなくて恥ずかしい真似したら、城で生活できませんよ」
「そりゃそうだな」
詰みである。
「悪魔さん、水着美女を出せる道具とか持っていないんですか」
「ねぇよ」
「そうですよね、あったらとっくに使ってますよね」
「ああ……じゃねぇよ、あっても使わねぇよ!」
多分。
「……そういえば」
ぞんざいさんが顔を上げた。
「悪魔さんって、3人の中で誰が好みなんですか?」
「は?」
「最近少し話題になったんですよ。王女様だけでなくメイドの2人とも仲良さそうだけど、悪魔さんって誰が好みなのかって」
「ああ……そういう話ね」
「それで、誰なんですか?」
「う~ん……」
まずヒメ。可愛いことは可愛いが年齢が低いのと語尾に問題がある。マリア。見た目は悪くないけど性格に難がありすぎる。メアリ。エロいが運動神経が悪いのかドジっぷりが半端無いし、時々見せる嫌悪感の目が結構痛い。
「…………消去法でヒメかな」
「やっぱり悪魔さんって、小さい女の子が好きなんですね」
「待て。どうしてそうなる」
「昔から城内では謎だったんですよ。悪魔さんが女性を侍らせないのは何故かって」
「……まぁ、色々あってな」
元の世界に帰りづらくなるとか、出会いが無いとか色々あったんだよ。
「それで、有力な説が小さい女の子にしか興味が」
「待て。俺の好みは小さい子じゃない。18歳くらいだ」
「人間の年齢でですか?」
「ああ」
「ということは、将来を見越して今の内から仲良くなっておこうってわけですね」
「そういうわけじゃない。そもそも、ヒメといるのは魔王が勝手に許嫁と決めたからで」
「分かってますよ」
にやにや笑いでぞんざいさんが言った。誤解されてるよね絶対!
「だけど良いと思いますよ。他に悪魔さんと付き合ってくれそうな女性、いませんし」
「……俺って、城内の女性に嫌われてるの?」
「嫌われているわけじゃ無いと思いますよ。でもお付き合いしたくは無いって意見が多いですね」
「なんで……?」
「魔王様を助けた英雄と付き合うのは苦労が多そうだとか、ゴロゴロしてるだけで甲斐性が無さそうだとか、14年も帰って来ない男は嫌だとか、大学校に銅像が立ってるのが恥ずかしいとか」
「なるほど」
最後のは魔王が建てたせいじゃねぇか! 俺がモテないのはどう考えても魔王が悪い!
「だけど城内のみんな、悪魔さんを尊敬してますからね!」
「ああ、うん。ありがとう」
「男は地位や能力じゃなくて、顔や身近さだってことを女性陣に教えてくれましたからね!」
ケンカ売ってるんですか? あとお前もそんなに顔が良いようには思えないんですけどっ!!
「ところで……前からちょっと聞きたかったことがあるんだが」
「はい、何でしょうか」
「魔王城の仕事って、待遇どうなの?」
「悪くは無いと思いますよ。少なくとも、飯と寝る所の心配はしなくていいですから」
クウネルトコロ・スムトコロが完備してるわけか。
「魔界の鉱山や農場で働くよりずっと楽ですし、強い魔力を受け継がせてくれた両親に感謝ですよ」
「強い魔力……もしかして、城内の魔族ってみんな強いのか?」
「魔力に関してはそれなりに強いと思いますよ。研究にしても城の警備にしても、魔力が強くなくちゃダメですから」
「確かにそうだな」
「でも魔力が弱くても他に取り柄があれば雇って貰えますね。巨人族のみんなは荷物運びで重宝するから、最近はどんどん人数が増えてますよ」
「戦っても強そうだしな」
「見た目は強そうですけど、戦闘経験はあまり無いみたいですから戦力にはならないかもですね」
「意外だな。そうなると魔力の強い魔族が頼りか」
「そうなりますね。まぁ、私たちも戦闘経験はあまり無いんですけど」
「…………魔王城って、戦闘要員いるの?」
「魔王様がいますね」
「他に」
「いないんじゃないですか?」
「……大丈夫なの?」
「誰も攻めてこないし、仮に戦闘になっても私たちにはビリビリがありますから大丈夫ですよ」
ビリビリ。魔力で動くスタンガン。確かにあれなら戦闘経験が無くても使えるため、魔力が高い者にとっては便利な武器なのかも知れない。剣と魔法のファンタジーでは無く、スタンガンと魔法のファンタジーってわけだな、魔王城。
「前に劫火の王の所と戦争になった時も、みんな怖がりながらビリビリを使いまくってたらいつの間にか勝ってたわけですしね」
「想像すると酷い光景だな」
ビビリビリビリ魔王軍。格好悪い気もするが、魔法の杖で遠距離から電撃攻撃をする軍団というのは相当にファンタジックなのではないか。もちろんそれを実現するには、ビリビリを大量生産出来る工房か何かが必要なのだが。
「そういえば、ビリビリってどこで作っているんだ?」
「魔界にあるビリビリ工房ですね。熟練の職人さんが作っているという噂です」
熟練のビリビリ職人か……何だかビリビリがゲシュタルト崩壊してきたな。
「最近は製造より修理の方が多いらしいです。魔界で領地を守っている兵士にも行き渡っていますし、これ以上は作らなくても良いとかで」
「武器の数が増えすぎると問題が起きるからな。正しい判断だ」
ビリビリが人々の間に広がってビリビリ社会やビリビリ規制や全国ビリビリ協会みたいな言葉が出来ても困るからな! 特に俺が!
「ビリビリのおかげで、戦闘訓練とかしなくて助かってますよ。悪魔さんが来なかったらビリビリもテレフォンも無くて、私たちの生活はもっと不便だったと思いますね」
「そいつは良かった」
「だからこれからも、もっと便利なものを魔王様に教えてくれるとありがたいですね。モテる魔法とか」
「ねぇよ」
……いや、もしかしたらあるのか?
「何だか楽しそうじゃのう」
いつの間にか、ヒメが近くまで来ていた。魔王と王妃は、まだ海で遊んでいる。娘放っておいて何してんだあのバカ夫婦は。
「あっ、王女様! あのですね、悪魔さんって小さい女の」
「悪魔パンチ!」
戦闘用出力じゃない普通のパンチがぞんざいさんの脇腹にヒットする。
「ぐおおおおおぉぅ!」
脇腹を抑えながら砂浜に倒れるぞんざいさん。喋りすぎは命にかかわるぞ。
「小さい……なんじゃ?」
小首をかしげるヒメの、水に濡れた長い髪と、肌と、水着。13歳とはいえ、少し色っぽ……
「だから違うっての!!」
ぞんざいさんに追撃のパンチを喰らわせる!
「痛いですって悪魔さん!! 分かりました、悪魔さんは決して小さい女の子が」
「悪魔パンチ!!」
「ぐえっ!!」
何もわかってないぞんざいさんに3度目の攻撃!
「小さい女の子?」
「断じて違う」
「何がじゃ?」
「チガイマス」
「だから、何がじゃ?」
「消去法で、お前が好きなだけだ」
「…………はい?」
ヒメが眉をひそめる。新鮮な顔だな……
「えっとですね、悪魔さんは王女様が好き」
「悪魔パン……いや、セーフだ」
「……なるほど、そんなことを恥ずかしがっておったのか」
納得した様子のヒメが、にこやかに笑った。
「ならば、こんな所にいないで私と一緒に海で遊ぶのじゃ。父上と母上を二人きりにさせたいのじゃが、私一人で遊ぶのもつまらないからのう」
「そうか。それじゃあ、遊ぶか」
「うむ」
「王女様、私もお供します!」
「許嫁同士の貴重な時間じゃぞ?」
ヒメが冷ややかな目でぞんざいさんを見る。本当に周囲からの扱いがぞんざいだな……
「それじゃあ私はどうしたら……」
「島の反対側に人魚族の女性が集まっているそうじゃぞ」
「行ってきます」
ぞんざいさんが勢い良く立ち上がり、砂浜を駆けて行く。
「……本当なのか?」
「嘘に決まっておるのじゃ」
「だよな」
島から帰る直前、ぞんざいさんの放心した表情が夕日に照らされてとても面白かったです。
……もっと優しくしてあげよう。
勇者カウンター、残り9483人。




