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勇者が不死身すぎてつらい  作者: kurororon
第2部 勇者が不条理すぎてつらい
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第30話 水禍の王は夢を語るのか

「いやもう、ホントにびっくりしたんだって!!」


 森の奥から浜辺へと向かう俺たち5人。全員服が汚れたり破れたりして酷い見た目であるのだが、そんなのが気にならないくらい魔王がうるさかった。


「巨人族の人たちより大きかったんだよ!? それなのに丸っこくて見た目は普通の兎で」

「魔王様、少し落ち着いてくださいます?」


 聖獣の主について興奮した様子で語る魔王を、マリアが諫める。普段はお前の方がやかましいけどな。


「でもあんな兎、ボク今まで見たこと無かったし、あれはみんなにも見せてあげたかったよ!」

「どうやってだよ」

「生け捕りは難しいかったから……あの洞窟にみんなで入っていれば見れたのにね」

「その場合、俺はともかくヒメたちはどうなる?」

「大丈夫、即死じゃなかったらボクが治せるし!」


 巨大ウサギを見るために大怪我しろと?


「父上、私たちはさっき兎に襲われて酷い目にあったのじゃ。正直に言って、当分兎は見たくないのじゃ」


 あ、ついにお父さん大好きなヒメまでイライラしだした。


「う~ん……確かにボクも大変だったよ。群れの主は攻撃して来なかったけど、鳴き声で仲間をたくさん呼んだからあっという間に洞窟中が兎だらけになっちゃってね」

「それで、爆発魔法を使ったのか」

「最初は超高速化を使って主を倒すのに集中してたんだけど、なかなか致命傷が与えられなくてね。それでも攻撃を続けてたら急に主が大きな鳴き声を出して、その声で洞窟の兎がさらに増えちゃったんだ」

「なるほど」


 地上の兎が岩壁へと向かったのは、群れの主が危機を覚えて救援を呼んだからだろう。主を司令塔とした聖獣の群れは、統率の取れた軍隊のように動いていたわけだ。魔族や魔物と戦うために女神が作ったという仮説も、今回の件から考えると間違いでは無いのかもしれない。

 だがそうなると、今後も聖獣が強力な勇者として襲ってくることが予想される。人間だけでなく、獣相手の対策も考える必要があるな……


「それでね、もうこれはどうしようもないから、主の背中の上でティルウェイを使って、周りの兎を吹き飛ばしたんだ」

「ああ」


 ティルウェイ。爆発を起こす魔法であるがその威力は凄まじいもので、恐らく爆発の中心付近にいた兎たちは溶けて消えてしまっただろう。グロいわ!!

 もちろん洞窟内という狭い空間で撃ったのなら、死んだ兎の肉片が混じった爆風が魔王自身を襲う危険もあり、加えて生き埋めになることも十分に考えられた。自殺かな?


「だけど威力を少し抑えめにしたから、半分も倒せなかったんだ。それでも洞窟は崩れ始めたし、主も生きていたから、もう洞窟を壊しちゃう覚悟でティルウェイを使ったんだ」

「それであの地響きか」

「うん。まず洞窟の天井辺りを爆発させて、地上に繋がる穴を作ったんだ。そこから地上に出て、生き埋めになりそうな主と兎を一気に倒したんだよ」

「よく死ななかったな」

「急いでやったからね。でも吹き飛んだ主の肉片や血、それとティルウェイの爆風で全身が酷いことになっちゃったんだ」


 今の魔王が見るに堪えない姿なのは、そういう事情からか。それじゃあ、主がいた場所はどんな有様になったのだろうか。などと想像しそうになった自分を慌てて抑える! 溶けた巨大ウサギだったものなんて脳内でもモザイク加工対象だよ!!


「それでヒメ、聖獣の気配はしないよね?」

「私たちの周りにはいないみたいなのじゃ。父上がみんな倒してしまったか、どこかに隠れているのかも知れないのう」

「どっちにしても危険はかなり減ったよね。これは調査完了ってことで良いよね?」

「だろうな。水禍の王も、今の俺たちを見たらそれなりに納得してくれるはずだ」


 全裸コート女と生理的に拒絶したくなる姿の魔王を見れば、認めざるを得ないだろう。まぁ、水禍の王からの印象が相当ダウンする可能性も高いけど。俺だったらこんな見た目になる連中と仲良くなりたくないし!


「それじゃあ、早く水禍の王に報告しよう。身体を綺麗にしたり、服を着替えたりもしたいしね」


 そう言って、魔王は早歩きになる。その後ろを俺と女性陣3人が付いて行く形となり、そしてその4人全員が、鼻をつまみながら歩いた。

 暑さと湿気のせいで、魔王に染み付いた臭いがもうひっどいんだわ!!




 浜辺に戻った俺たちは、水禍の王に開口一番「見た目を整えて出直してくださいます?」と言われてしまった。当然だよな!

 俺と魔王、ヒメとメイド2人はそれぞれの小屋に戻り、身支度を整えることとなった。


「ところで悪魔さん、結局聖獣は勇者だったのかな」


 水と石鹸で全身にこびり付いた汚れを取り終えた魔王が、パンツ一丁で尋ねてきた。


「まずは服を着ろ。その間に確認する」

「はーい」


 子どものように返事をして、魔王が服を着始める。俺は異次元収納装置から勇者カウンターを取り出し、数値を確認した。


「……」

「どうだった、悪魔さん?」


 服を着た魔王に、俺は勇者カウンターを見せた。


「凄いね、こんなに倒したんだ」

「1つの島にこれだけいるとなると、もしかしたら人間より聖獣の方が多いかも知れないな」

「だけど聖獣なんて滅多にいないし、人間の勇者の方が多いと思うよ」

「それはもっと調べないと何とも言えないか……だが滅多にいない聖獣が勇者だったということは、勇者ってのは無作為に選ばれているわけでは無さそうだな」

「そうだね。勇者に選ばれる条件が分かれば、対策も取りやすくなるかも」

「条件か……俺たちに分かるような条件である可能性は低そうだけどな」

「多少の傾向が分かればそれだけでも大きな成果だよ。もっと色んな情報を集めて、ハッキリさせたいよね」

「ああ。だがまずは、勇者のことよりもハッキリさせないといけないことがある」

「うん。水禍の王に聞かないとね。王になった、その理由を」




 砂浜、パラソルの下。椅子に座って、水禍の王は魔王の報告を聞いた。巨大ウサギのせいで魔王の話が長くなって、水禍の王がうんざりした表情を浮かべたり、直射日光を浴びすぎたメアリの顔色が悪くなったりしたが調査報告はどうにか完了し、水禍の王も調査の終了を容認した。


「それで水禍の王。約束通り、貴女が王になった理由を聞かせて欲しい」

「……分かりました。貴方に言ったところで、理解されるとは思っていませんが」

「理解出来ないかも知れないけど、それでも聞きたいんだ」

「…………始まりは、幼い頃に読んだ本でした」


 水禍の王は海の方を向き、何やら遠い目で語りだした。


「その本には、子ども向けの昔話が書いてありました。人魚族の女性と、人間の男性の話が」


 ……ん? その話ってもしかして俺の世界にあるのと同じやつ? そりゃ異世界自体が俺の世界の創作物をモチーフにしてる部分が多いわけだから、似たような物語があっても不思議は無いのだが……しかしよくよく考えると、クリエイターの連中もパクってばかりでオリジナリティ少ないな。独創性があったらそもそも感情を求めて世界を作ったりはしないんだろうけど。

 

「ある島の付近に住んでいた人魚族の娘は、浜辺に倒れている男を見つけ、それを介抱しました。それから男は数か月もの間、人魚族の娘と共に過ごし、2人は次第に惹かれ合って行ったのです」


 俺の世界にあるやつと微妙に違う気がするな。丸パクリの方が名作だと思うんですけど。


「しかしそんなある日、人間たちの船が遠くの海に見えました。人魚族の娘は男性を救うため、火を起こすことを提案します。しかし男性は、人魚族の娘とずっと島で暮らしたいと答えました。人魚族の娘はその言葉に悩みましたが、このまま島で暮らし続ければ男の命は長くないと考え、男の目の届かない海岸に行きました。そして使ったことも無い火を必死で起こし、狼煙を上げました」


 ……いかん、聞き入ってしまった。他の4人も同様に聞き入っているようで、特に女性陣がかなり真剣な顔付きになってる!


「やがて船が島に来て、男は抵抗しながらも船員たちによって船に乗せられました。そして人魚族の娘は、遠ざかる船を離れた海から見つめ、愛する男が幸福な人生を歩むことを祈ったのでした」


 そして水禍の王は言葉を止め、沈黙した。物語は、それでお終いらしい。


「それから2人は……どうなったの?」

「分かりません。この物語が過去にあった出来事なのか、それともただの作り話なのかも分かりません。それでも私は、この物語に憧れ続けたのです」

「今の話と、貴女が王になった理由にどんな関係があるの?」

「私は、恋をしたかったのです」


 その言葉に、魔王は目を見開いた。


「恋をするために……王になった?」

「ええ。その通りです」


 予想外の答えだったのだろう。信じられないといった表情の魔王。一方で顔を仄かに紅くし、口元を抑えているヒメ、マリア、メアリの3人。マリアなんか涙目になってるけど、もしかして女性にとってかなり共感できる理由なの? 男だから分かんない!


「王にならなくても、恋は出来るんじゃ……」

「私は貴族の娘として、多くのものに縛られてきました。いずれは有力貴族に嫁ぎ、血族の格を高めるための(いしずえ)となる運命でした。ですが私は愛してもいない男性の元に行くのを拒み、本の世界に没頭しました。周囲の男性は皆、私を装飾品としてしか見ておらず、私にとって逃げ場は空想の中にしか無かったのです」

「ボクも結婚する気が無かったのに相手を紹介されたことがあったよ。あれは嫌だったなぁ……王妃と出会えて、本当に良かったよ……」

「貴方が羨ましかった、いいえ、妬ましかった。憎たらしかった」


 水禍の王が語気を強めてそう言ったため、魔王はたじろいだ。


「変化の無い魔界の奥底などではなく、変わり続ける地上で、貴方は恋に落ちた。愛する相手を見つけた。私が望んでいたことを、貴方は別の世界に行くことで叶えた。もし貴方ではなく、私が地上に出ていたら。そうしたら私も、自分が心から愛することの出来る、誰かを見つけられたかもしれない。それがとても、憎くて、悔しかった」

「……ごめん」

「謝らないでくださります? 全ては私が、逃げ続けた末路なのです。それに私がそこから抜け出せたのも、切っ掛けは貴方でしたから」

「どういうこと?」

「貴方は大魔王様を倒しました。それによって私の領地にも混乱が起き、私は自分を取り巻く世界が絶対では無いこと、変えることが出来るものであることを理解しました。そして、希望を抱いたのです。誰にも妨げられることなく、地上で生きることが出来るかもしれない。そんな希望を」


 力強い眼差しで、水禍の王は語る。縛られた過去から、自由な未来へと向かう意志。それはもしかしたら、魔王が持ちえないほどに強い意志なのかも知れない。


「だから私は、王になりました。他の候補を退け、己の持つ力で玉座を奪いました。そして貴方と交渉し、こうして地上で過ごすことが出来るようになった。後は、私が恋心を抱ける程の男性が現れるように、この地域をより良いものとするだけです。私が衰えて恋を諦めてしまうよりも、早く」

「この一帯を領地として欲しがったのも、ハワイ計画に賛同したのも、全て男の人と出逢うためだったの……?」

「その通りです」


 つまり、婚活のために王になったのか。すげぇ。この人、超すげぇ!


「まだ出逢ってもいない、出逢えるかも分からないもののために、貴女はそこまで……」

「男性の方、特に貴方には分からないでしょうね。初めから王となり、多くの自由を得ることが確約されていた貴方には、決して分からない。自分を誤魔化しながら一生を過ごさなければならない者が抱いた微かな希望が、どれほど眩しいかを。それこそ希望に恋をするようなもの、恋に恋をするようなものなのです」

「……耳が痛いね」

「だけど貴方だって、希望を見つけたはずですわ。自分の人生を変えてくれるような、そんな希望を」

「……うん、見つけた。だから、ボクは今、幸せなんだと思う」


 魔王はヒメをちらりと見て、その後で俺をちらりと見た。やめろ気持ち悪いです。


「……私、感激しましたわっ!!」


 急にマリアが水禍の王と魔王の間に割り込み、水禍の王の手を握ってぶんぶんと上下に振った。


「こんなに情熱的な方がいるなんて、今まで知らなかった自分を恥ずかしく思いますわっ! 貴女のような強い女性に、私は憧れます! 尊敬しますっ!!」

「そ、それはどうも……」


 変なのが乱入してきたせいで、水禍の王が困惑している。空気壊すの上手いっスねマリアさん。


「貴女の夢を、応援させて下さい! それと、もしお時間があるのでしたらぜひマンガというものも読んでみて下さいっ!」


 なんか突然マンガ布教を始めたぞ!?


「マンガ、ですか……? 確か、私の領地でも若い娘たちの間で流行っているとか……」

「はい、絵と文字で物語を綴っているため、読みやすく、登場する人物に共感しやすいのですわ!」

「でも私は文字だけの本で充分ですし……それに、もう若い娘と同じものを楽しめるような年では……」

「いいえ! 水禍の王、貴女はまだお若いですっ! 恋に憧れる者は皆、若々しいのです! それにマンガは年齢に関係無く、誰でも読めるものです! そしてよろしければ、私に本を紹介してください。貴女が憧れた物語を、私も読んでみたいのですっ!」

「……そう、ですか」


 観念したのか、水禍の王は溜息を一つ吐いた後、微笑みを見せた。


「分かりました。貴女は私にマンガを、私は貴女に物語を紹介する。それで良いですね」

「はいっ! この辺りの島々に大勢の人々が訪れる日まで、楽しめる物語は多い方が良いですからね!」


 なんかよく分からない話がよく分からないうちにまとまったようだ。よく分からないが、とりあえず良かったんだろう。よく分からないけど!

 その後もマリアは水禍の王に話しかけ続け、そこにヒメやメアリまで混じって女子トークが始まった。残された俺と魔王は、その喧騒を背に小屋へと向かう。


「とにかく、水禍の王の件はこれで解決だね」

「ああ。彼女に良い出会いが訪れることを願うばかりだ」

「そのためにもハワイ計画を早く進めないとね」

「そうだな。だが、勇者の件も疎かに出来ないぞ」

「やることが多いね。もう少し休暇が欲しかったなぁ」

「……明日もここで過ごすんじゃ無かったっけ?」

「そうだけど?」


 休み、あるじゃん!


「もっと休みたかったなぁ~」


 文句を言いながら歩く魔王を見て、やっぱコイツ俺と同じ引きこもり気質だわ! と思った。

 俺も、休みたいです。



 勇者カウンター、残り9486人。

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