表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者が不死身すぎてつらい  作者: kurororon
第2部 勇者が不条理すぎてつらい
90/153

第28話 メイドは2人で1人なのか

 碧い海、白い砂浜。いずれは多くの人々が素敵な休暇を過ごす保養地になるであろう、海の小島。だがその島にあるのは、決して美しい海辺だけではない。暗く、先の見えない森。その中に俺たちは足を踏み入れている。


「それにしても勇者が人間だけじゃないって、びっくりだよね」

「全く考えていなかったというわけじゃないが、まんまと騙されたな」


 森の奥へと進みながら、俺と魔王は昨日推測した内容について言葉を交わす。

 魔王が聖獣を倒したことと、勇者カウンターの減少の関連。クリエイターとの会話記録を確認した所、奴は俺の「1万人の勇者がいるのか?」という質問に対し「その通り」と返していた。一方で「我々は必要があれば嘘を吐く」だの「情報は必要なもの以外伏せる」だのご丁寧に言っており、自分の説明をそのまま受け取るべきで無いことを示唆していた。そうなると、人間以外の勇者が存在する可能性は十分に考えられる。


「だが、他の場所で勇者が倒された可能性もまだ残っている。今日の結果次第だな」

「そうだね。聖獣をたくさん倒してからじゃないと、確定は出来ないよね」

「ああ。まぁ、それはそれとして……」


 俺は振り返り、背後を見る。


「なんでこいつらも付いてきてんの?」


 俺と魔王の後ろには、ヒメとメイド2人の姿があった。もちろん水着姿では無いのだが、草が生い茂り猛獣が潜むこの森に少女、女性、ゴリラの3人が立ち入るのはとても危険だと言えた。いや、ゴリラは大丈夫な気もするけど。


「父親と婚約者が頑張っているのに、大人しく待っていられる女がどこにいると言うのじゃ!」


 ヒメがキッパリと言った。いや、いるから! むしろ大人しくしているのが普通だからね!


「私は王女様が行きたいというので、お供させて頂いているのですわ! 聖獣とやらにも興味がありますしね!」


 メイド服を着たゴリラが楽しげな様子で言った。いやいや、そこは止めるのがメイドの仕事でしょ!?


「わ、私は王女様とお姉様が行くというので……」


 メアリが弱々しく言う。君はなんかその、かわいそう。


「おい、良いのかこのまま一緒に行って」

「うーん……確かに危険なんだけど、次期魔王候補が戦闘から遠ざかってばかり、ってのも良くないと思うんだよね」

「……そういえば次期魔王候補になるんだっけ、ヒメは」

「うむ。私が次の魔王じゃ!」


 えっへん、とでも言いたげに胸を反らすヒメ。魔界の王は血統重視なようだし、そうなると血統にふさわしい能力を鍛える必要もあるだろう。魔王の言う通り、危険から逃げてばかりでは教育方針上、問題があるのだろう。


「それに、考えようによっては森の外より安全かも知れないしね」

「何故だ?」

「そりゃ、悪魔さんがすぐ近くにいるからでしょ?」

「……は?」

「悪魔さんなら、どんなことがあってもヒメを守るでしょ?」

「いや……」


 じーっと、ヒメが俺の顔を見つめて来る。


「……いや、守るけどさ……守らせて頂きますけどさぁ!」

「やったね、ヒメ」

「うむ。やっぱり悪魔殿は優しいのじゃ」


 嬉しそうな親子。くそ、人の好意に甘えてばかりだなこの2人! もっと自分たちの力だけで頑張る習慣をつけなさい!




 森の探索を開始してから、約30分。今のところ聖獣とやらには遭遇していない。勇者になった者は魔族に敵意を持つはずだから、とっくに襲撃を受けているはずである。何かがおかしい。


「なぁ魔王。昨日は聖獣が襲い掛かって来たんだよな?」

「うん。何か今日はおかしいね」

「ふむぅ~……」


 何やら難しい顔をして、ヒメが周囲を見回している。


「どうしたんだ、ヒメ」

「この森に入ってからずっと、たくさんの気配を感じるのじゃ。でも、まるで私たちを避けるように遠ざかっているような気がするのじゃ」

「遠ざかっている?」


 魔族を襲うのではなく、むしろ避けている。そうなると、ここにいる獣は勇者では無いのだろうか。


「だけど昨日は襲って来たし……なんで昨日と今日で違うんだろうね」

「昨日の件を学習しているのかもな。姿を見せたら倒されると分かっているから、俺たちから逃げている」

「でもそうすると、聖獣たちは情報を共有しているってことになるよね」

「……そうだな」


 情報の共有。それによって可能になるもの。


「集団での行動、か」

「あり得るかもね。もし集団で襲い掛かる機会を狙っているとしたら、油断は禁物だね」

「ああ。お互いに離れるべきでは無いだろう」

「うむ、分かったのじゃ」


 俺の胴にしがみ付くヒメ。


「そういう意味じゃないからな」

「えー」


 回されたヒメの手を解していると、マリアが「おや……?」という声を発した。


「魔王様。あそこの穴、何か怪しくありません?」

「どれ?」


 マリアが指さす方には岩壁があり、そこには草花や木々に隠れて暗い穴が開いていた。


「確かに怪しいけど……ちょっと近寄ってみようか」


 俺たちはその穴に近づき、辺りを調べる。穴の大きさは人が1人入れる程度に大きい。先は深いようで、どうやら洞窟になっているようだ。それよりも気になったのは、周囲の草であった。


「この辺りだけ、草の高さが妙に低いな……」

「あの、それだけじゃ無いと思います。これ……」


 メアリが地面を示す。そこには動物の足跡らしきものがあり、それは洞窟の方向へと続いていた。


「ヒメは何か感じる?」


 娘を探知機として使う父親。どうやらヒメの気配察知能力は魔王が持っていない能力のようだ。宙に浮く魔法も苦手らしいし、意外と魔法の才能については平凡なんじゃなかろうか、この男。

 

「う~む……何かこの洞窟の奥に、強い気配があるような気がするのじゃが……ごめんなさい、父上。上手く掴めないのじゃ」

「大丈夫だよ。どうやら、この洞窟は調べないといけないみたいだね」

「でもどうする? 洞窟の中では動きづらいだろうし、この人数で行くのは危険じゃ無いか?」

「うん。だからボク1人で洞窟は調べるよ。みんなはここでちょっと待っててね」

「仕方ないか……気を付けろよ」

「ありがとう。それじゃあ、行ってくるよ」


 そう言って、魔王は洞窟の中に入っていく。そして魔王が十分に洞窟の中へと入った頃を見計らい、俺はマリアに言った。


「おいマリア、この洞窟の入口を魔法で塞げないか?」

「そうですね……土の魔法でしたら、私よりメアリの方が得意ですわ」

「ちょっと待つんじゃ、2人とも! 何を言っておるのじゃ!?」


 ヒメが慌てた様子で、俺たちを制止する。


「いいか、ヒメ。この洞窟が聖獣の住処だとしたら、この入口を塞がないと中から聖獣が出てきて、俺たちを襲う危険がある」

「そ、それはそうじゃが……」

「それに入口が閉じていても、あの魔王なら自力でどうにか出来る。今は自分の身の安全を第一に考えろ」

「その通りですわ、王女様。魔王様を信じるのであれば、私たちは私たち自身の身を守ることに専念すべきです。そのためにはまず、この洞窟は封印すべきですわ」

「そ、そうか……確かにそうじゃな。分かった。メアリ、すまないのじゃが、この洞窟を閉じて欲しいのじゃ」

「わ、わかりました、王女様」


 メアリが魔法で岩土を動かし、洞窟の入口を封じる。俺とマリアは視線を交わし、頷きあった。これで背後を気にする必要が無くなった上に、戻って来た魔王が「あけてよ~」という情けない声を上げることとなる! まさに一石二鳥!


「と、閉じました」

「うむ。これで安心じゃ、と言いたいのじゃが……」


 ヒメは怪訝な目で、森を見回す。


「どうした?」

「見張られているのじゃ……」

「見張られている?」

「うむ。そこら中に、何かいるのじゃ……」

「……囲まれているってことか」


 俺は異次元収納装置からメガネ型の計測装置を取り出し、それをかけて周囲の魔力を計測する。魔族1人分くらいの魔力を持った何かが、そこら中の草むらに潜んでいた。


「こりゃヤバいな……」


 計測装置を異次元収納装置に戻しながら、俺は対策を考える。何か防御フィールドのようなものが展開出来れば良いが、俺が所持しているその手の装置は1人用ばかりなので、ヒメを守るのがせいぜいだろう。かと言って攻撃用の装置はこの程度の状況で使用出来るわけが無いので、攻撃に関しては素手で行うしかない。厳密にいえばそれも悪魔の行動規則に違反しているのだが、多少であれば黙認されるので大丈夫だろう。うん。


「フフフ……どうやらアレを使う時が来たようですわね、メアリ」

「アレって……え、えっと、もしかして、あの魔法ですか?」

「アレかぁ……アレは確かに面白い魔法なのじゃが、この状況で使用するのが正しいとは思えんのじゃ」


 3人娘が何やらアレについて話している。なんだよ、アレって。


「この場は私たちが攻撃、悪魔様と王女様が防御と、役割を分担した方が切り抜けられると思うのですわ」

「確かに守りに徹していてはこの状況をどうにかすることは出来ぬな……分かったのじゃ。やってみるのじゃ」

「合体が承認されましたわ! やりますわよ、メアリ!」

「は、はい!」

「ちょっと待って。合体承認って、何やるつもりだお前ら」

「もちろん、合体ですわ!」


 ポーズを決め、満面の笑みで答えてくれたマリア。だけど答えになってないからね、それ。


「マリアとメアリは、悪魔殿の持ってきた魔法書に載ってた魔法を使うつもりなんじゃ」


 ヒメが解説をしてくれる。ありがたい。


「どんな魔法なんだ?」

「2人の魔力を1人に集中させる魔法なのじゃ。それもただ魔力を渡すだけではなく、魂が共鳴して、2人で1人になるような感じなのじゃ。片方が意識を失うほど魔力と魂を預ける、少し危険な魔法なのじゃ」

「なるほど」


 1つの身体に2つの魂を入れる感じか。いや、それだと魂が元の身体に戻れない危険性も高いし、魂を2つ入れた場合に起こる身体への影響も重大なものになるかも知れない。大丈夫かよ、その魔法。


「それでは、行きますわよ」


 そう言ってマリアはメアリの前に立ち、メアリはマリアの背に手を当てた。俺は異次元収納装置から再び計測装置を取り出し、魔力の流れを確認する。


「奥義……ダブリュン!」


 マリアが魔法の名称らしきものを言うと、メアリの身体からマリアの身体へと、魔力が勢い良く流れ込んだ。そしてメアリの身体は普段よりもずっと少ない魔力を(まと)うようになり、代わりにマリアへと向かう魔力の流れが出来上がっていた。


「……そういうことか」


 計測装置をしまいながら、俺は呟いた。

 魂を移動するのではなく、魂から出力される魔力の大半を相手に渡す魔法。これならそれぞれの身体への影響は少ない。一方で、お互いの身体が離れるほど魔法の効果が薄れることも考えられる。限られた範囲での戦いであれば、確かに有効な魔法かもしれない。

 メアリの身体が倒れ込み、それをマリアが支える。そしてメアリの身体をヒメに預けてから、マリアは俺の方を向いて誇らしげに言った。


「い、如何ですか私たちの魔法は!」

「如何と言われても、見た目は変わって無いから分からん」

「み、見た目は変わっていないかも知れませんが、今の私は悪魔様の世界で言うところのスーパーメイド、いいえ、スーパーマリアなのですわ!」


 やだ、格好悪い!


「そ、それでは王女様、わたメアリの身体はお任せしましたわよ!」


 ……ん?


「なぁ、メアリ」

「な、何でしょうか悪魔様!」

「……」

「……」

「……メアリ?」

「…………あ」


 やってしまったというように、マリアの姿をした女性は顔を覆って、座り込んでしまった。


「やっぱり失敗したのじゃな」


 ヒメがメアリの身体を地面に横たえながら、やれやれといった様子で口にした。


「失敗ってことは、マリアが動かすはずの身体をメアリが動かしている、って感じか?」

「そうなのじゃ。戦いはマリアの方が得意じゃからメアリは魔力だけ預ける形になるべきなのじゃが、何度やってもマリアじゃなくてメアリが身体を動かす形になってしまうのじゃ」

「マリアの精神の方はどうなっているんだ?」

「多分、眠っていると思うのじゃ」


 起きろよ。


「恐らくなんじゃが、マリアの気持ちよりメアリの気持ちの方が強いから、メアリの方が前に出て来てしまうのだと思うんじゃ」

「より強い意志を持った方が、身体を動かすというわけか」


 そうなると、マリアの精神力はメアリより弱いということになる。メアリがマリアのふりをしたのも、お姉様と慕う者のメンタルが弱いことを俺に隠すためだったのだろう。安心しろ、マリアが精神的に弱いのは薄々気づいてたからな!


「だが、メアリがマリアの身体を動かして大丈夫なのか? 転んだりしないか?」

「そ、それは大丈夫だと思います」


 立ち上がりながら、マリアの姿をしたメアリが言った。ややこしいわ。


「何故かお姉様の身体だと、転ばないんです。きっと、お姉様が私を支えて下さっているんです」

「アイツはむしろ身体の主導権を取り戻そうと抵抗しそうだが……」

「私もそう思うのじゃ。きっとマリア自身は完全に眠っておるのじゃが、身体の方は起きていて、転んだりしないよう動きを調節しているのじゃ」

「身体だけの女かよ……」


 思わずそう口走ってしまったが、確かに身体だけの女だったわ……むしろ中身がメアリのままの方が異性からモテるのではないか?


「それで、この状態は強いのか?」

「普段のマリアよりも強いのは確かじゃ。魔力は2人分だし、メアリも決して弱いわけじゃないからのう」

「は、はい! 頑張ります!」


 いつもより少し気弱そうな表情のマリア……じゃなくてメアリが言った。何だろう、これはこれで違和感があって微妙に気持ち悪いぞ。


「さて、こっちの準備は整ったのじゃが、向こうはまだ襲い掛かって来ないようじゃな」


 ヒメと一緒に周囲の草むらを見回す。何か動いている様子はあるが、飛び掛かって来るような様子は無い。


「何かの合図を待っているのかも知れないのう……」

「合図?」


 俺が聞き返したその時、「キーッ!」と甲高(かんだか)い鳴き声が森に響き渡った。そしてそれを合図にして、草むらから一斉に小さな獣が飛び掛かって来た! その姿は……


「……ウサギ!?」


 凶暴なウサギの大群が、俺たちに牙を向けていた。



 勇者カウンター、残り9801……人? 体? 匹?

 ……人でいいや。


 残り9801人以下。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ