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勇者が不死身すぎてつらい  作者: kurororon
第2部 勇者が不条理すぎてつらい
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第26話 魔王一行は船での移動を楽しめるのか

「マリア、あれは何なのじゃ!?」

「あれは恐らく鯨という魚ですわ。船のように大きく、背中から水を吹き出すという話です」

「すごいのじゃ!」


 船の上で、ヒメがメイド2人と楽しくはしゃいでいる。年相応で微笑ましいと一瞬思ったが、むしろ年齢的には幼いのでは無いかと思い直す。だが親が親だけに、そこは仕方ないのかもしれない。

 魔王城の地下にある転送門から魔界に行き、列車を使って別の転送門に移動して、地上に戻る。そうして俺と魔王とヒメ、あとメイド2人は水禍の王がいる島々、ハワイ建設予定地へと辿り着いた。ちなみに王妃はマンガの締め切りに追われているので来れなかった。

 そこから船に乗り、水禍の王が滞在している島に向かっている最中なわけだが……


「まさか高速艇……っていうのか、マストの無い船を作っているとは……」


 俺たちの乗っている船にはマストが無く、代わりに船橋というべき操舵室が船の真ん中にあった。船自体はさほど大きく無く、船員も操舵手と他2名の少数編成。そして速度は帆船より速い。どうやらまた中世ファンタジー要素をぶっ壊したようだ、あの効率重視魔王。


「悪魔さんの世界では帆柱の無い船が普通なんでしょ?」

「そうなんだが、この世界ではそうじゃないだろ……」

「ハワイをつくるためには船の改良が大事だったから、頑張ったんだ。最初は風の魔法で速く移動できる船を考えたんだけど、帆柱の強度とか問題が多くてね。それでこれはもう、悪魔さんの世界の船を参考にするしかないって思って」


 これはもう、じゃなくていつもパクってるじゃねーかお前は!!


「それで悪魔さんの世界の船を調べてたら小さくて帆柱の無い船を見つけて、どうにか同じのを作れないかなって仕組みの書いてある本を探してみたんだ。そうしたら王妃が風車みたいなのが船の下に付いてる絵を見つけて、試しに小舟に金属製の羽が付いた軸を付けて回してみたら、もう速いのなんの」


 楽しそうに俺の世界のアイデアを盗んだ話を語る魔王。別に何の問題も無いんだけど、たまにはもっとファンタジックなもの作ってくれないかね。


「風向きに速度があんまり左右されないし、帆柱の操作も必要無いから船員も少なくて良い。羽を回すのに魔力がいるけど、それ以外の点は帆船よりも優れていると思うんだ。人や物を運ぶ効率を高めないとハワイはつくれないと思うから、これからもこの魔力船をどんどん作る予定だよ」

「魔力船っていうのか。意外と普通の名前だな」

「だって面白い名前が悪魔さんの持ってきた本に載ってなかったし……」


 魔王がしょんぼりした様子を見せる。クチクカンみたいな名前にならなくて良かった!


「あ、ヤマトンってのはどうかな? 悪魔さんの世界にあった、伝説の船で……」

「やめろ」

「あ、うん」


 強めに却下したら魔王は委縮しつつ引き下がった。大和は漢の浪漫だから普通名詞にするんじゃねぇ!


「他に何かいい名前無いかな、悪魔さん」

「魔力船でいいだろ。船は元々この世界にあったんだし、いちいち新しい名前を付けるのも馬鹿らしい」

「そう言われるとそうかも知れないね。もっと新しい形の船を作ったら、悪魔さんに良い名前を考えてもらうよ」


 そう言って魔王が微笑む。その時はポンポン船みたいな名前にしてやる。


「ところで、水禍の王については何か掴んでないのか?」

「それなんだけど、相変わらず良く分からないんだよね。地上にはよく来ているみたいなんだけど、目的がハッキリしない。配下の人たちはハワイの建設に協力的だし、ボクたちと敵対する気は無いみたいなんだけど」

「ミステリアスな女性ってことか」

「ミスチェル……?」

「謎めいた女性ってことだ。俺やお前の天敵かも知れないな」

「王妃以外の女性のことはあんまり分からないし、確かにそうかも知れないね。せめて目的さえわかれば、協力がしやすいんだけど」

「目的を聞いてみたことはあるのか?」

「一度だけあるけど、『秘密です』って返されちゃった。深く追求するのも怖かったし、結局わからないままだよ」


 女性に対して強く出れない魔王! まっ、俺もそうなんだけどね!


「とにかく、ボクじゃ水禍の王から何かを聞き出すことは出来ないと思う。だから今回も悪魔さんに頑張ってもらいたいんだ」

「俺も女性の秘密を聞き出すのは得意じゃないぞ。むしろ苦手だ」

「それでもボクが聞くよりはマシだと思うよ。悪魔さんに聞きたいことがあっちもあると思うし、少しでも手掛かりが掴めれば十分だと思う」

「あんま期待するなよ……」


 前は部屋でゴロゴロしてれば良かったのに、まったく仕事が増えたもんだ。そんなことを考えながら前方を見ていたら、船首近くにいた船員の男が何やら慌て出した。


「前方に障害物発見!! 速度落とせ!!」


 船員が手に持ったテレフォンにそう叫ぶと、船の速度が落ちて行く。俺と魔王は船首近くに向かい、海面を見た。そこには何やら黒っぽい大きな影がおり、そして不幸にも、船は黒っぽい何かに衝突してしまう。


「うおっ」

「わっ」

「あっ!」

「お姉様っ!?」


 船が大きく揺れ、各々が声を上げる。


「危ない危ない。何とぶつかったの?」


 魔王と一緒に衝突した物体を改めてじっくりと見る。黒く滑らかな皮膚。大きさから考えるに、どうやら鯨のようだ。


「鯨さんか~。大きいね。ケガしてるかも」


 そう言って魔王は船から飛び降り、鯨の上に着地する。そして皮膚に手を当て「マダイ」と口にした。回復魔法の名前とはいえ、マダイで鯨を治療するというのは妙な感じである。マグロとかカツオみたいな回復魔法があるような気がしてくるわ。

 魔王の治療で元気になったらしい鯨は、勢い良く身を翻して船から離れる。その反動で、海へと投げ飛ばされる魔王。


「あっ」

「落ちろっ!」


 上から応援する俺。


「レビテエショ!!」


 すんでの所で浮遊の魔法を使い、魔王は海面への落下を防いだ。つまらん。


「いやー、本当に危なかったよ」


 浮遊魔法で空気を階段のように上り、船の上に戻って来る魔王。どうせ海に落ちてもどうにかするんだろうから、もう少し楽しいことやってくれないかな。


「船が速いのはいいけど、海にいる動物や魔物とぶつかるのには気を付けないとだね。航路の安全を確保するために、水禍の王の配下にいる魔族や魔物に協力してもらうのも良いかも」

「海上保安員って感じだな。悪くないんじゃないか」


 でも海にいる魔物って半魚人とかだったよな……夜中に見たら正気度が下がるかもしれない。


「後で水禍の王と相談してみるよ。それじゃあ、先を急ごうか。船に損傷があるか早く確認したいし」

「そうだな。浸水してたらたまったもんじゃない」


 魔王が船員に発進の指示を伝えようとすると、ヒメが駆け寄って来た。


「父上、悪魔殿、マリアが海に落ちてしまったのじゃ!」

「……」

「……」


 顔を見合わせ、露骨に面倒くさそうな表情を浮かべる俺と魔王。


「早く助けに来て下さいます!? 私、泳げないんですよ!!」


 耳を澄ませると、確かに助けを求めるマリアの声が聞こえる。


「……どうする、魔王」

「もちろん助けるけど……悪魔さん行く?」

「知識の提供以外はしない」

「だよね……体を持ち上げるときにどこか触ったとか言いがかりをつけてきそうでイヤだけど、しょうがないかな……」

「何を呑気にしておるのじゃ2人とも! マリアの危機なのじゃ!」


 本気で慌てている様子のヒメ。大丈夫、アイツなら一昼夜くらい溺れてても死なない気がする。

 とはいえ放置するわけにも行かないので、俺と魔王はヒメに連れられて船尾の方へ向かう。すると、船尾にいた若い男性船員がテレフォンに大声を出している姿が見えた。


「後方より接近する物体アリ! 大将蛸です!!」

「大将蛸ってなに?」


 魔王と俺が船の後ろを見ると、こちらに向かって海中を進む影が見えた。速度は相当速く、あれもしかしてこれ船沈むパターン?


「大将蛸はこの付近に縄張りがある巨大な蛸です。こちらの言葉が分かるようで、時々我々を助けてくれます」

「いい人……じゃなくて、いい蛸なんだね」


 魔王が感心した様子で言った。先ほど魔王と話した海上保安員に相当する生物が既にいるというのは、確かに興味深い。現在の海も決して無秩序では無いというわけだ。

 大将蛸は船の直前で速度を落とし、深く潜った。何をするつもりなのだろうか。


「ちょ、何ですのこれっ!? ぶにゅぶにゅして気持ち悪いですわっ!!」


 マリアの悲鳴が海面から聞こえた。その方向に行ってみると、巨大な赤い触手に持ち上げられているメイドが見えた。そうそうこういうのだよこういうの! 触手とメイドの組み合わせ、まさにファンタジー!!


「なんか嬉しそうじゃな、悪魔殿……」


 すぐ隣でヒメが怪訝な目をして見つめていた。うん、ごめん。ちょっと興奮しちゃった。

 触手の下には丸い頭と横棒みたいな黒目が見える。あれが大将蛸の頭部か。ネーミング的には大王イカに似てるけど、そういう種族なのかそれとも目の前の1頭だけを指す言葉なのか。沢山いたらハワイの制海権はタコのものだな。イカもがんばれ。

 そして大将蛸はマリアを船の甲板の上に運び、触手から解放する。プレイ終了。


「ひ、ひどいめにあいましたわ……」


 青ざめているずぶ濡れのマリア。大きめのタオルを持って駆けて来たメアリが転び、ヒメがそのタオルを拾ってマリアに掛ける。良いコンビネーションだ。


「助けて貰えて良かったね、マリア」

「魔王様ならもっと早く助けられましたよねっ!?」

「いや、マリアなら急がなくても大丈夫かなって……」


 どうやら魔王の中でも「マリアはしぶとい」という認識のようだ。なまじ強いせいで、か弱い女性扱いされないかわいそうなマリアさん。

 一方、マリアを助けた触手こと大将蛸は船員と何やらやり取りをして、船の下に潜った。そして再び触手を海面に出し、合図のような動きをした。


「魔王様、どうやら船体に大きな損傷は無いようです。このまま問題無く水禍の王がいる島まで行けます」

「大将蛸が調べてくれたの? 凄いね」

「とても助かっています。もちろん、タダで助けてもらっているわけでは無いのですが」


 船員が船橋の方を見る。俺たちもそちらを見ると、船首にいた船員が木箱を持ってこちらに向かって来ていた。


「あれなに?」

「大将蛸へ渡す海老や蟹などです。好物らしいので、この辺りを航行する船はみんな常備していますよ」

「あげなかったらどうなるの?」

「船が沈みます」


 既にハワイの海は巨大なタコによって征服されていたようだ。イカの侵略が待たれる。

 触手を見ると、何かを催促するかのようにぶんぶんと左右に揺れていた。めしくわせ~めしくわせ~の合図だろう。


「はいはい分かった分かった、今投げるからな」


 そう言って船員が、木箱の中の海老や蟹を海に投げ入れる。大将蛸はそれを複数の触手で取り、口に運ぶ。


「私もやってみたいのじゃ!」

「ボクもボクも」


 船員が魔王とヒメに蟹を渡し、2人は海に蟹を投げ入れる。大将蛸がそれを食べる様子を見て、「おぉ~」と声を上げる親子。水族館に来ているみたいで、微笑ましい。


「悪魔殿もやってみるのじゃ!」


 ヒメがそう言うので、俺も海老を投げ入れた。ところで、この海老とか蟹って結構高いんじゃないか? いや、もしかしたら市場では売れない味をしているのかもしれない。そうじゃなかったら、この蟹は鍋にして自分で食べたいんだけど……

 などと頭の片隅で思いながら、俺は魔王親子と一緒に甲殻類を海に投げ続けた。大将蛸は木箱の中身が無くなるまで留まり、そして触手で別れの挨拶をしてから、遠くへと泳いで行った。


「さよならなのじゃ~!」


 大きく手を振るヒメ。ああ、本当に微笑ましいわ。純真すぎて目の毒だわ。

 そう思って視線を甲板に向けると、タオルに身を包んでガクガクブルブル震えているマリアが見えた。


「蛸……怖いですわ……」


 助けてもらった相手に酷い言いようである。もう一度触手に持ち上げてもらいなさい。


「助けてもらったのだから、ちゃんとお礼を言わないとダメじゃぞ、マリア」

「だってぶにゅぶにゅですのよ!? ぐにぐにですのよ!! まるで悪魔の魚ですわ!」

 

 マリアの感覚は欧米人のようだ。あと悪魔の魚ってことはあれか、マリアにとって俺と触手は同類なのか。


「でも楽しそうだったのじゃ。私も持ち上げて欲しかったのじゃ。メアリもそう思うじゃろ?」

「え~と……」


 困惑した表情を見せるメアリ。俺は触手に捕まったメアリを想像する。


「アリだな」

「何がアリなのじゃ?」


 ヒメが不思議そうに尋ねて来た。えっとなんか……ごめん。


「とにかくみんなケガが無くて良かったよ。それじゃあ、改めて出発だね」


 魔王がそう言うと、船員がテレフォンで連絡を行い、船が動き出す。


「また会えたら、持ち上げてもらうんじゃ~」


 ヒメが楽しそうに呟く。俺はヒメが触手に持ち上げられる姿を想像――


「いやこれはダメ! 倫理的にダメ!!」

「何がダメなのじゃ悪魔殿?」

「気にするな、気にしないでくれ」

 

 邪なビジョンを頭から振り払い、俺は少々自己嫌悪に陥りながら海を眺めた。そして、ヒメと触手のイメージを払拭するために、別のことを想像する。

 触手と……メイド。触手とメイド……


 

 勇者カウンター、触手とメイド。

 違う。

 勇者カウンター、残り9820人。  


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