第19話 悪魔は劫火の王の思惑を聞き出せるのか
魔王城の地下にある転送門から魔界へ行き、鉄道を使ってまず魔界の大会議場へ移動する。そこで鉄道を乗り換えて別の転送門から地上に戻り、馬車で2日ほど北上して目的地である劫火の王がいる戦場へと辿り着く。
やかましいわ姦しいわでお馴染みのマリアであったが、大会議場までの列車内で劫火の王についての話を魔王とした後は、移動時間のほとんどを眠って過ごしていた。多分日頃の激務やら劫火の王に会える興奮に体が疲れてしまったのだろう。魔王が小声で「スィープ……スィープ……」と謎の呪文らしきものを呟いていたが、それは全く微塵もぜんぜん関係無いのは確定的に明らかである。
「寒いね……」
「寒いな……」
馬車を降りて数歩、魔王と俺は肩を落とす。季節は一応夏なのだが、曇天の下の北国は想像以上に寒かった。これならもっと厚手の上着を持ってくれば良かったわ……
「雪でも降りそうだな……」
「この地方で夏に雪が降ることは無いらしいよ。だからこそ、戦争も出来るんだと思うけど」
「戦争するくらいなら農作業すれば良いのにな」
「収穫はちょっと前に終わって、種まきはちょっと後なんだって。つまり、雪に邪魔されないで戦争出来るのは1年のうちで今だけらしいんだ」
「夏は戦争の季節か……嫌なもんだな」
「そうだね。地上の人間も魔族みたいにみんな仲良く過ごせば良いのに」
「……お前、これから会う相手の兄弟に対して何をやったか、ちゃんと覚えているのか?」
「悲しいけどあれって戦争だったからね、うん」
「そうやってお前が力で抑え付けてるから争いが起きないだけで、魔族はそんなに仲良く無いと思うぞ」
「ボクに抗う理由が無いだけでも、十分仲良いと思うけどね」
「そういうもんかねぇ」
「ちょっとお二人とも!! 早くしてくださりますっ!!」
前方の丘を上っていたマリアが、振り返って大声を出した。彼女の格好は城にいる時と同じメイド服で、上着も羽織っていない。それなのに寒さを感じていないかのように元気である。バカだからか。いや、それなら俺の隣のバカももう少し元気なはずである。
「愛しのジュリエットが待っているのですわよ! 寒さに震えている場合ではありませんわ!」
ああ、一応この地方が寒いってことは分かってるのね。上着着ろ。
「お前は寒く無いのか?」
「心が熱ければ寒くないどころか、どんな暑さも涼しく感じますわ!」
親指を立て、マリアはそう言い放った。
「おい魔王。火の魔法、火の魔法」
「悪魔さん、悪ふざけで人に火をつけるのはいけないと思うよ」
闘技場で対決した時、俺に向かって火の玉飛ばしてきた奴が正論を言った。
「口を動かす暇があったら足を動かしてくださいませ! 私は先に行きますわ!」
石だらけの地面を踏みしめ、マリアが丘を駆け上がる。渋々、俺と魔王も後を追う。
「友人に会えるってだけで、あんなに張り切れるものなのか?」
「ボクは少しわかるけどね」
お前は娘を迎えにやって自分は変なコスプレしてたじゃん。いやいや、よく考えたら俺は友人じゃない、ないんだからな!
丘の傾斜は急ではないものの、頂上まではそれなりに距離がある。地上の人間と遭遇しないルートで来たためか、周囲に見えるのは背の低い植物や石ばかりで道らしいものは見えない。本当にこの丘の上に劫火の王の陣地があるのだろうか。
不安に思いつつ丘を上って行くと、先に頂上についたマリアが「あっ!」と声を上げた。
「ジュリエットォォォーーーーッ!!!」
荷物を投げ捨て、雄たけびを発しながらマリアが駆けていく。俺と魔王が丘を上り切ると、少しだけ窪んだ土地に沢山の天幕と多くの人々がいた。どうやらここが劫火の王の陣地で間違いないようだ。
マリアが疾走する先には、天幕の近くに立つ赤い髪の女性が見えた。遠くからでもとても目立つ髪、間違いなく劫火の王だろう。戦場においては敵に狙われやすくなる危険もあるのだろうが、味方の士気を上げ指揮官の位置を明確にする効果を考えるとメリットの方が多いのかも知れない。本人の強さを考えれば隠れる必要も無いわけだし。
そんな劫火の王が、駆け寄るマリアの姿に気付いたようだ。彼女は持っていた剣を素早く振り上げ、するとマリアが「ふべぇ!」という奇声と共に吹き飛ばされた。どうやら斬撃もしくはそれに付与された魔法で突風を発生させたようだ。魔族の王の1人だけあって、戦闘力はただの人間や魔族の比では無い模様。
「もう、焦らしてくれますわねジュリエット!」
マリアは華麗な着地を決め、再び走る。そして抱き付こうと両手を広げ、跳躍する。
劫火の王が振り払った手から火炎魔法が放たれ、マリアが火だるまと化す。
「あちちっ! 熱い、熱いですわジュリエットォッ!!」
上手に焼けてるメイドが地面に転がり、悶える。お前、どんな暑さも涼しいんじゃなかったのか。
「仲良いね、あの2人。まるでボクと悪魔さんみたい」
劫火の王とマリアが戯れている方向へ歩みながら、魔王が呑気に言った。
「いや、それより助けないとまずいんじゃないか?」
「大丈夫でしょ。見た目は熱そうだけどそんなに強い魔法じゃないし、マリアなら自分でどうにかするよ」
魔王の言葉通りマリアの周囲にある土が不自然に盛り上がり、彼女を包むように覆いかぶさった。土を使った消火。マリアも一応、機転は利くようである。薄々感じていたが、やっぱり魔王とマリアは同じタイプのアホなんじゃなかろうか……
「いや~、楽しそうだね劫火の王」
声が届く距離に近づき、魔王は劫火の王に親し気な挨拶をした。
「金屑の王……貴様、何故この女を連れて来た……?」
一方、劫火の王はメッチャ不機嫌そうだった。目が座ってて怖いんですけど。
「もちろん! 私が来たかったからですわっ!!」
自分を覆っていた土を跳ねのけマリアが飛び上がり、再び劫火の王に抱き付こうとする。その腹部に、劫火の王の拳が容赦なく撃ち込まれた。
「くはぁっっ……!!」
お腹を押さえて地面に倒れる陽気なマリアさん。
「汚い。焦げ臭い。五月蠅い。大人しくしてろ」
「ひどい……でも素敵ですわ……」
「あのー、劫火の王。話が進まないから、あんまり抵抗しない方が良いと思うんだけど……」
「断る。気絶でもさせて黙らせた方が良い」
「私が気絶程度で黙るとお思いですかっ!!」
「スィープ」
「お思い……くかーっ……」
「相手を眠らせる魔法か……小賢しい魔法については大したものだな、金屑の王」
「ありがとう」
魔王は微笑みで返すが、劫火の王は相変わらず不機嫌そうな顔だった。今の言葉も嫌味か何かなのだろうが、こっちの魔王はそういうの気付かないタイプだからなぁ……
「では、これから貴様にやってもらうことについて説明する。天幕に入れ」
「マリアはどうするの?」
「馬の洗い場にでも放り込む。ついでに使用人として馬の手入れでもしてもらう」
「それが良いね。君の顔が見れただけでも、マリアは満足だろうしね」
全然そうは見えませんでしたけど!?
「全く……貴様は私を不快にさせるためだけに、わざわざこの女を連れて来たのか?」
「本人の意思もあるよ。君だって会いたくなかったわけじゃ無いでしょ?」
「戦場で気を散らすのは命取りだ。特にこの女は、近くにいると気が散る」
「あまり気を張りすぎるのも良くないと思うけどなぁ」
「気を緩ませてしまえば、それが兵の死に繋がる。貴様には分かるまいが」
「うん」
「……ふん」
劫火の王は魔王に背を向け天幕に入り、俺と魔王も後に続く。
マリアや魔王とのやり取り。それを見ている内に、俺の頭には劫火の王を表す一言が浮かんでいた。
ツンデレ。
「それじゃあ、行ってくるね」
魔王が刀――確かムラマーサだかムラサマーだかそんな名前のパチモン――を掲げ、戦場へと歩いて行った。ピクニック気分で魔王が戦場に現れるわけだから、人間の傭兵にとっては不条理極まりないだろう。
「多少は敵をかく乱してくれれば良いがな。死んでくれても、それはそれで良いが」
天幕の前に立ってそれを見送り、劫火の王は冷たく言い放った。
劫火の王によると、主戦場となっている平野において勇者らしき強者が散見している地点があるらしい。そこに魔王が向かい、直接人間たちと戦って勇者かどうかを調査して欲しいというのが、劫火の王からの要求であった。
まだまだ勇者の力は弱いとはいえ、数が多い場合は魔族にとっても厄介な相手かも知れない。魔王が行くことで敵の注意を引き付け、部下の危険を減らそうという狙いもあるのだろう。
「やっぱり、魔王のことは嫌いか?」
「好かん男だが、評価すべき男でもある。我々とは異なるものだが、その強さは認めざるを得ないだろう」
従者らしき男が近寄り、劫火の王に金属製の棒を差し出す。間違いない、テレフォンだ。魔王を嫌っていると語る者が魔王の開発した魔術装置を使っているのは、いささか不可思議に思えた。
「私だ。ああ。その男に任せ、他の者は後退せよ。敵を奴に集中させ、その間に態勢を整える。それから撃滅を行う」
やはり魔王はオトリのようだ。まぁ、アイツは1人でも敵軍を全滅できるだろうし、劫火の王としては便利なバカが来てくれたという所だろうか。
「奴は人間どもを殺したくない様子だからな……どこまで役に立つことやら」
テレフォンを従者に渡し、劫火の王が呟いた。
「アンタもそれ使っているんだな」
「それ? ああ、テレフォンのことか。便利な魔術装置だ。戦場において、伝令の速度は生死を分ける」
「嫌う相手が作ったものでも気にせず使うのか?」
「個人的な感情で兵を活かす道を捨てるなど、将としてあり得ん。我が兄どもが感情により彼我の力量を見誤って敗北したのに、私が同じような無様を曝すわけには行かぬ」
「確かに好き嫌いはともかく、あのバカが作る物には便利なものも多いからな」
大体は俺の世界にある物のパクリなんだけどな!
「あの男の強さは戦士の強さではなく、学者の強さだ。相手の知らぬ知識により勝利を得るなど我らにとっては王道に反するものではあるが、それが大魔王様を倒したのも事実だ。そこから学ぼうとしなければ、いずれ我々は無知によって奴に滅ぼされるだろう。それは避けねばならぬ」
「だから魔王の作った道具を使って、新しい戦い方を模索しているわけか」
「そう言えるな。だが今は、いや当分は金屑の王に勝つことなど出来ない。奴は我らの知らぬ知識を大量に手に入れることが出来る。その優位がある限り、金屑の王に勝てる者などいない」
「……つまり、俺が邪魔ってことか」
「ああ。だから」
劫火の王が俺を顔を見据え、凛とした声で言った。
「我と契約を結ぶつもりは無いか、悪魔よ」
勇者カウンター、残り9918人以下。




