第18話 メイドの文通相手は誰なのか
「う~む……」
いつもの部屋のいつものタタミの近くにあるレイゾーコとかいう箱型の魔術装置を開け、俺は中身を物色する。冷たい飲み物が、無い。
ここは通信用の魔術装置であるテレフォンでメイドを呼び出し、飲み物を補充してもらうべきである。だがこの前、飲み物が切れてマリアを呼び出した時に「それくらいご自分でやっていただけますか?」と言われたので、調理場辺りに行って調達してきた方が良いかもしれない。面倒臭いが、居候同然の身としては仕方ないだろう。
「あ、よかった悪魔さん今日はちゃんと部屋にいた~」
そんなことを思っていると、魔王が紙の束を抱えて部屋に入って来た。
「ちょうど良いところに来たな。ちょっとレイゾーコに入れる飲み物持ってきてくれ」
「それボクに頼むの!? ボクがそんなことしたら、威厳が無くなっちゃうよ」
「元々ねぇよ。だがやっぱり、俺が自分の足で貰いに行ってくるべきか……」
「レイゾーコのお茶が無くなったんなら、マリアかメアリに頼めば良いと思うんだけど」
「この前それで呼び出したら、文句言われたんだよ」
「でも、レイゾーコの中身が無くならないように管理するのもメイドの仕事だよね」
「……言われてみれば、中身が無くなっている時点で仕事出来てねぇな」
「そういえば、ボクや王妃の部屋にあるレイゾーコも最近飲み物の補充が遅い気がするよ。何かあったのかな」
そう言いながら魔王はタタミに上がって紙の束をテーブルに置き、テレフォンを取り出した。いや、ちょっと待て。お前らの部屋ってレイゾーコあるの? 俺の寝室には無いのに? 夜な夜なこの部屋のレイゾーコまで飲み物取りに行ってる妖怪は俺だけなの?
「ああ、マリア? ごめん、レイゾーコの飲み物が無くなっちゃって。そう、悪魔さんの巣の」
「オイ待て。そんな呼び方してたのか、この部屋」
「うん、お願いね」
魔王はテレフォンを置き、「さて、と」と言って紙の束から地図らしきものを取り出し、テーブルに広げた。
「それじゃあ悪魔さん、今日はこれまで入った勇者の情報をまとめたいと思うんだ」
「突然だな」
「今まで情報が少なくて出来なかったけど、本当はもっと早くやりたかったよ」
「そりゃそうだな。で、何か分かったことはあるのか?」
「うんとね、まず勇者らしき人間が出現している場所は世界中に散らばってるね。魔物が襲われてる所や、噂で語られている程度の所とか現れ方はかなり違うけどね」
「なるほど。そうなると勇者カウンターが減っているのは魔物と戦闘した勇者が負けているということか」
「それが一番多いと思うよ。ただ、傭兵とか冒険者をしている勇者が野盗とかと戦って死んじゃうこともあるから、そういうのも含まれていると思う」
「確かに、現状では自称勇者も同然だから人間同士で争うこともあるか……」
俺は異次元収納装置から勇者カウンターを取り出す。残り、9936人。クリエイターからこれを渡されてから1カ月程度経っているが、その時点から人数としては50人くらいしか減っていない。平均して1日2人程度だとすると、単純計算で1万人死ぬまでに5000日、つまり十数年か…………流石に途中で実家に帰らせていただきたいんですけど。
「それで、悪魔さんが毎日記録してくれている勇者カウンターの数字と勇者らしき人間の出現情報を照らし合わせてみたんだ」
「関連性はあったか?」
「まだ人数が少ないから断定は出来ないけど、返り討ちにして倒した人数が多い日はやっぱり勇者カウンターの数字も多く減ってるね」
勇者は魔物や魔族を滅ぼそうとするらしいが、現状の力ではあちらの方が強いとは限らないようだ。むしろ、そのような敵対心が冷静な戦力判断を見誤らせている可能性もある。人数が多いから多少減っても良いということか、それとも……
「ちょっと思ったんだが」
「どうしたの? また変なこと考えたの?」
それはお前がよくやるやつだ。いやでも、俺も最近は結構変なこと言ってるか!
「もしかしたら、勇者の人数が減ることにも何かの意味があるんじゃないか」
「どういうこと?」
「上手く言えないんだが、勇者にしては軽率に死に過ぎな気がして……」
「でも都市の方だと勇者を名乗る人間が集まって、戦力を整えているって話だよ。地域や個人の差じゃないかな」
「そうかも知れないが、勇者カウンターの数字が減るとそれに応じて何か起こるような気もしてな」
「1000人死ぬごとに勇者が新しい能力を得るとか?」
それ、すげぇゲームっぽい! だが、クリエイターはこの戦いをゲームと見ている面もあるから否定できねぇ。
「可能性としては無くは無いけど、やっぱり現状だと何にも言えないね」
「そうだな。やっぱりもう少し勇者を倒さないと何も分からないか」
「うん。それで、ちょっと調査に行ってみたい場所があるんだ」
「勇者が多く現れそうな場所があるのか?」
「勇者というか、人間と魔族が大規模に争いそうなんだよね」
「それって……」
魔王は地図の端近く、恐らく北の方にある地点を指さす。
「この国に、劫火の王の傭兵団がいるんだ」
「それが他国との戦争に参加するということだな」
「うん。劫火の王の傭兵団、『烈火団』って名前なんだけど、以前にあった戦いで劫火の王が敵の大将がいる本陣まで乗り込んだことから『止まらない烈火団』っていう異名で有名なんだ。流石だよね」
つまり劫火の王は「止まらない烈火団団長」か。何か馬鹿にされている呼び名な気もする。
「だけどその強さから、烈火団が魔族で構成されているんじゃないかって噂も人間の傭兵たちにかなり広まっていてね。もしかしたら、次の戦いの時に傭兵を稼業にしている勇者たちが集まるかも知れないんだ」
「勇者が集まる可能性があるなら、調査しておきたい所だな。実際に戦うことで分かることもたくさんあるだろうしな」
「そうだね。劫火の王には調査に行くことをもう伝えているから、あとはボクと悪魔さんが行く準備を整えれば良いだけだよ。往復で何日かかかる距離だから、旅支度はしっかりしておかないとね」
お前はまた俺に何の相談も無く予定決めるのね……たまには事前に伝えといてくれませんかねぇ!
「すみません、お待たせいたしました」
普段よりもどことなく元気の無い声と共に、マリアが部屋に入ってきた。
「ありがとうマリア。何か調子悪そうだけど、大丈夫?」
「大丈夫じゃありませんわ……もう心配で心配で……」
レイゾーコに飲み物を入れながら、マリアは愚痴るように言った。
「何があったんだ?」
「もう、聞いていただけます、お二人方」
そう言って、飲み物の補充を終えたマリアが遠慮無くタタミの上にあがってくる。俺たちはお前の男友達かよ。
「あのですね、文通している相手が最近返事をくれなくて……何かあったのかもと気になって気になって、そのうち夜も眠れなくなりそうですわ」
「今は眠れてるんだね」
「眠るのも女の仕事ですわ」
「うん、そうかも知れないね。それで、文通の相手はどんな人なの?」
魔王が穏やかな調子で尋ねる。何故だろう、その様子に違和感を感じる。この男、マリアのこと苦手なんじゃ無かったっけ? それとも落ち込んでいる女性には優しくなるタイプの男なのか。嫁と娘に報告するぞ。
「えっと……」
普段はお喋りなマリアが、どうしてか言いづらそうな表情をしている。さては、アレだ。
「相手は男だな」
「女性ですわ」
俺の推理が一瞬で破綻した。
「あの、ジュリエットという名前で……とても凛々しく、美しいながらも力強い女性ですわ」
「俺の世界の名前ということは、その相手もマンガ好きなのか?」
「ええ、その通りですわ。マンガは私が薦めたのですけども、最初は自分には似合わないって読んでくれなくて、でも読み始めたら大変気に入ってくださって……とても、嬉しかったですわね」
「その人とはどこで知り合ったの?」
「古い友人ですわ。こちらのお城で働くようになってからお互いの消息が分かるようになって、手紙でやり取りを始めたのです」
「そうなんだ。今までにも返事が遅かったことってあるの?」
「何度かありましたけど、今回は今までで一番遅いかも知れませんわ。お忙しい方なのは知っていますが、もしかしたら何かあったのでは無いかと心配で……」
「会えないと不安になるよね。でも魔王なんだし、万が一のことなんて無いと思うよ」
……ん?
「それはそうでしょうけど、こうも返事が……」
何かに気付いたらしいマリアが、きょとんとした顔になった。
「あの……魔王様、私の勘違いならば良いのですけども」
「うん」
「私の文通相手のこと、ご存じですの?」
「うん」
「…………」
マリアが敗北者のように、テーブルに突っ伏した。
彼女の文通相手。魔王が「魔王」という言葉を発したことから、相手は女性の魔王であり、ウチの魔王はそれを知っていたようだ。凛々しく力強いと言っていたから、相手は恐らく劫火の王だろう。ってかジュリエットでマンガ好きなのかよ、劫火の王。
「あの……魔王様、もしかして、クビですか……?」
「なんで?」
「だって魔王様や王妃様のお傍にいる私が他の領地の王と手紙をやり取りしているなんて、情報を渡していると疑われても仕方ありませんわ……」
「大丈夫だよ。マリアが知ってるくらいのことなら知られても困らないし、それに後ろめたいことはしていないんでしょ?」
「もちろんですわ! ジュリエットは大切な友人ですが、仕事の中で知った事を手紙に書くような恥知らずなことはしていません!」
ガバっと起き上がり、マリアが力強く言った。嘘を言っているとは到底思えない様子なので、マリアから劫火の王には大した情報は流れていないのだろう。
「それなら良いよ。むしろ今は劫火の王について良く知っている人を探してたから、マリアが色々教えてくれると助かるんだよね」
「かと言って仕事のために友人を売るようなこともしません!」
「お給料増やすけど?」
「いくらで……い、いえ! そんなものに釣られませんわっ! 馬鹿にしないでくださります!?」
反射的な行動のせいで死ぬタイプだわ、この子。
「うーん。それじゃあさ、ボクたちと一緒に劫火の王に会いに行く?」
は?
「すみません、どういうことでしょうか?」
「今度、地上で戦っている劫火の王の所に遊びに行くんだ。劫火の王のことを教えてくれるんなら、マリアも連れてってあげるよ」
「さて、何をお聞きしたいのでしょうか。やはりまずは私とジュリエットとの馴れ初めでしょうか、あれは暖かい春の……」
友人のために友人を売ってる!
「うん、聞きたい話は後で聞くから、今は旅支度を優先してね」
「分かりましたわ! 待っていてくださいね、愛しのジュリエット!!」
タタミの前に置いた靴を雑に履いて、マリアが小躍りしながら部屋から出ていく。どうやらいつもの騒がしいマリアに戻ったようで、あんなのと数日間旅をしなきゃいけないことに早速気が重くなってきた。
「やれやれ。ごめんね悪魔さん、二人旅になるはずだったのに」
「別に良いさ。どうせ、お前の狙い通りなんだろう」
そう指摘すると、魔王はゆっくりと嬉しそうな笑みを浮かべる。き、気持ち悪い!
「悪魔さんは本当に凄いね……もう、大事な一人娘をお嫁さんにしてあげても良いくらいだよ!」
「それもうやってるじゃねぇか。それで、どうしてマリアを連れて行くんだ?」
「理由はいくつかあってね。まず、マリアを連れて行くことで劫火の王を動揺させて隙を作りたいんだ。冷静なままだと劫火の王は本心を漏らさないだろうしね」
「なるほどな。でも、マリアを連れて行くことで劫火の王からの印象が悪くならないか?」
「元々そんなに良くないだろうし、それなら少しくらい嫌われてでも本音を引き出したいかな」
「確かに兄を殺した男に好印象を抱いているはずは無いか。で、マリアを連れて行く他の理由は?」
「1つはマリアからの信頼を得るためだね。あの子、王妃のことは凄く慕っているけどボクのことはあんまりっぽいし。それに信頼が無いと、劫火の王のことを聞いても嘘をつかれちゃう可能性があるからね」
「脅迫めいた真似をすれば逆効果だろうしな。北風と太陽ってところか」
「北風と太陽? どんな魔法なの?」
微塵も魔法じゃねぇ。
「気にするな。それで、まだ理由はあるんだろ?」
「うん。あと1つの理由は、マリアに元気を取り戻して欲しいからなんだ」
「妙に優しいな。それも信頼獲得のためか?」
「えっとね、王妃がマリアのことを気にしててね。劫火の王からの手紙が返ってこないことで落ち込んでいるけど、そのことを誰にも言えないから可哀相だって。それで、ボクに何とかならないかって相談してきたんだ」
「王妃もマリアと劫火の王の関係は知っているのか。というかお前、劫火の王が原因でマリアの元気が無いことまで知っていたのかよ。全部お前の手の上で転がされていた感じだな」
「えへへ」
もう超ムカつくわその笑顔!!
「とにかくこれでマリアが元気になって、王妃も喜ぶよ。劫火の王についてはどんな反応を見せるか分からないけど、少しは口が軽くなってくれると良いなぁ」
「口が軽くなってもお前への警戒心は変わらないと思うけどな」
「だろうね。だからボクが劫火の王と話すんじゃなくて、悪魔さんに頼みたいんだ」
「俺が?」
「なんてったってボクが大魔王様を倒せたのも悪魔さんのおかげだからね。他の王も悪魔さんには興味があるみたいなんだよ」
「まぁ、仕方ないか……お前が話しても相手を不機嫌にさせるだけだろうしな」
「えー、そんなことないよー」
どの顔が言うか。
「魔王様!! そういえばおやつはいくらまでですか!?」
数日分の下着だろうものを左右の手に鷲掴みにしたマリアが、部屋の入口に滑り込んで来た。両手に下着持って城の中を走るメイドなんて聞いたことねぇぞ!!
「おやつって……あ」
「どうかしたのですか!? 私の後ろに何か……」
俺と魔王、そして振り向いたマリアの目線の先。
王妃が穏やかな笑みを浮かべつつ、全身から恐ろしいオーラを発していた。
「ええと、あの王妃様……」
ぽん、と王妃に肩を叩かれたマリアが、王妃と共に俺と魔王の視界から消えた。
「……アレ、どうなるの?」
「淑女らしくない振る舞いをしたから、鈍足の刑だと思うよ……」
「どんな刑なんだ?」
「凄い重い靴を履いて何日か生活する刑だよ」
鉄下駄じゃねぇか。
その後マリアは解放されたが、歩く度にガキン、ガキン、という音が天井や壁に響くようになった。
勇者カウンター、残り9936人。




