第17話 悪魔にモテ期は訪れるのか
「悪魔殿、デートに行くのじゃ!」
いつもの部屋のいつものタタミの上。独りぼっちでだらだらしていたら、部屋に入って来たヒメが唐突に誘ってきた。
「デートか……意味分かっているのか?」
「お互いに好意を抱いている男女が街を歩いて買い物したりのんびりしたり楽しい時間を過ごすことじゃ!」
あれ!? それほど間違って無い!
「なんで急にデートなんだ?」
「夏休みじゃし、最近悪魔殿も父上も忙しそうじゃったからのう。たまには一緒に遊んで欲しいのじゃ」
「夏休みなのか。宿題は?」
「夏休みは休みじゃから宿題なんて無いぞ? 家の手伝いや里帰りで忙しい者も多いからのう。もちろん、学校の勉強は忘れないように時々復習しているのじゃが」
なにそのパラダイス。
「というわけで、デートに行くのじゃ! 可愛がって欲しいのじゃ!」
君たち親子は甘やかされるのが好きっすね!
「まぁ、こっちもやること無いし、別にいいが……」
勇者に関する情報はまだ十分に集まっていないらしく、魔王も情報収集に忙しいようだった。助言や別の世界の知識を提供するだけの立場だと、こういう時に暇になる。いや、実の所は俺、いっつも暇なんじゃねぇかな?
「本当か!? 悪魔殿が暇人で良かったのじゃ~」
人を仕事をしない穀潰しみたいに言わないでください。
「それじゃあ、お出かけ用の服に着替えてくるから門の前で待っていて欲しいのじゃ!」
そしてヒメは楽しそうに駆けていく。安請け合いしてしまったが、13歳の少女のご機嫌を取るのって結構大変な気もするな……怒らせないように気を付けねば。
「聞きましたメアリさん、デートですって!」
「は、はい! マンガでしか見たことの無いデートが見れるんですね!」
「うん、お前らはもっと音量を下げて喋れ。あと絶対に付いてくるな」
廊下から部屋の中を覗いている不審者2名を注意するも、ニヤニヤと笑みを浮かべるばかり。ああ、これ絶対こそこそ追跡されるやつだ……
「心配ございませんわ、男女の逢瀬を見張るなんてそんなことフヒヒ」
「えっと、私はお姉さまに付いて行きますよ」
うん、どこかで撒こう。
跳ね橋の前、日陰に避難して門番と話をしていると、ヒメが城の中から現れた。
「お待たせしたのじゃ!」
にこやかに笑うヒメ。フリルの付いた白いワンピース、麦わら帽子ではなく薄い桃色をした帽子。デートらしいコーディネートだと感じるが、俺は男なのであんま分からない。
「それじゃあ行くか。じゃあ、手筈通りに頼む」
「分かりました」
俺は門番に一声かけ、ヒメと一緒に跳ね橋を渡る。
「何が手筈通りなんじゃ?」
「すぐに分かる」
跳ね橋を渡り終えると、すぐに橋が上がり始めた。ヒメが来るまでの間に門番と相談し、俺たちが橋を渡ったら他の者が渡れないようにして欲しいと頼んでおいたのである。
「あっ!? やられましたわ!!」
城から飛び出してきたマリアが声を上げる!
「ちょっとそこのアナタ、早く橋を戻してくださりますかっ!」
「ああ、スミマセン。橋が上がり切るまでは下ろせない仕組みになっているんですよ」
「お姉様、あの、どこか別の所から出た方が早いかもしれません」
マリアに遅れて城から出てきたメアリが、余計な機転を利かす。
「仕方ありませんね。そこのお二人、私たちが行くまで待っていてくださいね!」
メイド2人が城の中に引き返し、門番が親指を立てる。そういうジェスチャーって、元々この世界にあったのか、それとも俺の世界の本から学んだのか時々分からなくなるんだよね……
「さて、あの2人に追いつかれる前に行くか」
「うむ。せっかくのデートを邪魔されたくないからのう」
そう言って、ヒメは駆け足気味に城下町の方に向かう。元気な女の子に馬鹿にされないよう、俺はその後ろ姿を頑張って追いかけた。
「この服なんかどうじゃ?」
城下町の大通りから少し離れた服屋で、ヒメは服を選んでは俺に感想を聞くという作業を繰り返していた。いや、俺から見れば作業だがヒメにとっては楽しい娯楽なのか。わからん。
「ちょっと大人過ぎる気がするな」
「ということは、いずれ似合うようになるということじゃな」
「そう来たか……今日は今の自分に似合う服を優先しろ」
「悪魔殿がそう言うのなら、我慢するのじゃ」
ヒメはそう言って服を戻すも、すぐに別の服を手に取り感想を聞いてきた。そんなこんなで約1時間ショッピングを楽しみ、店を出た時には服で膨れ上がった袋が俺の両手からぶら下がっていた。もしかしなくても、ヒメって俺より金持っているんじゃねぇか……?
「悪魔殿がいると、たくさん服が買えるし感想も聞けるしで大助かりなのじゃ」
「でもこの量の服を持ち歩くのは結構つらいぞ……一度、城に戻るか?」
「悪魔袋に入れれば良いだけじゃろ?」
「……なるほど」
俺は異次元収納装置を起動し、購入した服を入れた。確かに荷物持ちとしては最適ですね俺。あとその通称やめてくださいお願いします。
「それじゃあ、次は喫茶店でお話しするのじゃ! デートとはそういうものだと聞いておるのじゃ」
「わかった。休めるのならどこでも良い」
1時間も立ちっぱなしで服選びに付き合ったので、おじさんは少し疲れたのです。正直な所、女の子のオシャレにそこまで興味があるわけでは無いし。
喫茶店に向かって歩き出す俺とヒメ。大通りに出て、人の視線を感じつつも悠々と歩く。そういえば、あのメイド2人はどうしたのだろうか。簡単に諦めるような連中では無いだろうから、どこかで待ち伏せしている可能性も高い。出くわしたら上手く逃げないといかんな……
「付いてきておるな」
「え?」
「あの2人じゃ。あそこの脇道で待ち伏せするのじゃ」
そう言ってヒメは宿屋らしき店の角を曲がり、壁に背を付けて待ち構える。俺もその横でじっとしていると、メイド2人が小走りで角を曲がって来た。
「あっ!?」
「えっ……」
待ち伏せに驚き、メアリが見事にズッコケる。マリアも体勢を崩し転びそうになったが、俺が咄嗟に伸ばした腕に支えられ、どうにか転倒せずに済んだ。
「まったく、他人のデートを邪魔してはいけないのじゃぞ。そういう者は馬に蹴られて地獄に落ちると母上も言っておったのじゃ」
王妃そんなこと言ってたの!? でもあの人、恋愛については相当うるさそうだからあり得るわ。
「す、すみません王女様、でも気になって……」
「……」
立ち上がりながら素直に謝るメアリと、何故か無口なマリア。
「どうした?」
「あの、私、今……」
「なんだ? 重いからちゃんと立て」
腕を少し上げ、マリアを立たせる。その顔は何故か、呆然としているように見える。
「あの……もしかして私、転びそうになりました……?」
「ああ。俺が支えたから転ばなかったけどな」
「えっと、つまり、男性の方に助けられて……」
「そういうことになるな」
ぼーっとしていたマリアの顔が、みるみる赤くなっていく。
「こ、この私が、殿方に抱きかかえられたのですかっ……!?」
「いやいや、抱きかかえてはいないって」
「だって……そ、そんなこと」
わなわなと身を震わせるマリア。
「そんなこと、あり得ませんわぁぁーーー!!」
謎の叫びと共に、マリアは身を翻して大通りの方へと駆けて行った。
「本当に何なんだ一体……」
「何でしょう……何か、お姉様の心にある触れてはいけないものに触れたのでしょうか……」
俺とメアリが疑問符を浮かべる中、何故かヒメは不機嫌そうな顔をしている。
「どうかしたのか、ヒメ」
「別になんでも無いのじゃ。ただ、マリアが男の人にあんな表情をするのは初めて見たのじゃ」
「よっぽど恥ずかしかったのか……」
「……じゃと良いがな」
何かに気付いているかの様子のヒメであるが、聞き出すのはどうも藪蛇な予感がする。だってあからさまに機嫌悪そうなんだもん!
「それじゃあ、気を取り直して喫茶店に行くか」
ここは、あのメイドの事を忘れてヒメとしっかりデートをすべきだろう。仮にも魔王の娘であるヒメが癇癪を起こしたら、辺り一帯が大火事になる可能性もあるしな。恐ろしいぜ、魔族。
「……そうじゃな。今日はデートなのじゃから、他の者は気にせずに楽しみたいのじゃ」
大通りへと戻り、再び喫茶店への道を進む俺とヒメ。背後で「あ、あの……私はどうすれば……」と弱々しい声を出しているメイドがいるが無視だ無視!! お城に帰ってください!
「それにしても、よく気が付いたな」
喫茶店に着き、大通りの路上に設置されたテーブル席で談笑する俺たち。温かい紅茶らしき飲み物を飲みながら、俺は焼き菓子を頬張るヒメに話しかけた。
「ん? 何のことじゃ?」
焼き菓子を飲み込み、ヒメが上目遣いに言った。機嫌は直っているようで、とりあえずは安心である。
「あのメイド2人が尾行していることにだ。後ろも振り返らずにどうやって気付いたんだ?」
「私は気配を察知するのが得意なんじゃよ。特にあの2人は気配が強いから、すぐに分かるんじゃよ」
「なるほど……じゃあ今、メイド2人は近くにいないんだな」
「いや、メアリがあそこから見ているのじゃ」
ヒメの視線の先、店内にあるテーブル席を見ると、メニューで顔を隠しているメイド服姿の女性が見えた。頭隠して服隠さずとはこのことか。
「まったく、普段ならマリアと一緒に帰っているはずなのに、よっぽど私と悪魔殿のデートに興味があるようじゃな」
「で、どうするんだ?」
「ふむ……せっかくじゃから、私と悪魔殿の仲を見せつけるのじゃ」
そう言って、ヒメはメアリの方を向いて手招きをした。メアリも観念したのか、大人しくこちらのテーブル席に着いた。
「あの、スミマセン、でも気になって……」
「このまま見張られていては、デートがやりにくいのじゃ。メアリが見たいものを見せるから、今日の所は城に戻って欲しいのじゃ」
「は、はい。分かりました」
「では悪魔殿、なでなでするのじゃ」
「……はい?」
「私の頭をなでなでするのじゃ。メアリもそれを見れば満足するはずなのじゃ」
ドウイウコトデスカ?
「早くするのじゃ~」
「はいはい……仕方ないな」
急かすヒメの頭にぽん、と右手を乗せ、軽くかき回すように撫でる。金色の髪が、くしゃくしゃと形を乱す。
「よし、そのまま私を褒めるのじゃ」
「はいはい、いい子いい子」
「どうじゃメアリ、これがデートじゃ」
違うと思う。
「はあ……」
その様子をぼけーっ、とした表情で見ているメアリ。どうもピンと来ていないらしい。
その呆けっぷりにちょっとイタズラ心が刺激され、俺はメアリの頭に左手を乗せてみた。
「……え」
突然の行為に少し驚いた様子のメアリの頭を、ヒメと同様に撫でてみる。年齢や髪質が違うから、触り心地もちょっと違う。
「いい子いい子」
「いい子……えっ、えぇっ!?」
メアリは飛び上がるように席を立って、俺の手から逃れる。
「どうした?」
「だって……あの……あのっ!?」
何故か赤面しているメアリ。他人に頭を撫でられるのは流石に恥ずかしかったか。
「私……その……」
わなわなと身を震わせるメアリ。なんかさっき同じようなの見た気がする。
「こ、困りますっ!!」
そう言って、メアリは俺たちに背を向けて走り去って行った。マジでなんなんだ、今日のメイドーズ。
「……悪魔殿」
「ん?」
頭を撫で続けている俺の右手の下で、ヒメが膨れっ面をしていた。
「どういうつもりなんじゃ……?」
ヤバい。何か怒ってる。
「恋人の頭を撫でながら、他の女性の頭を撫でるなんて、一体何を考えているんじゃ……」
怖い、怖いって!
「いや、何となく……」
「何となくでそんなことをするのか、悪魔殿は」
「えっと……」
どうやらヒメの逆鱗に触れてしまったようだ。土下座か、土下座しか無いのか!?
「どうしたんですか、ヒメちゃん」
「……マナか。私は今、機嫌が悪いのじゃ」
大通りを歩いていたマナが、俺たちを見つけて近づいてきた。頼む、今日はこれ以上ヒメに刺激を与えないでくれ。
「悪魔さんが何かやっちゃったんですね」
「うむ。私というものがありながら、他の女性にも手を出したのじゃ。ひどいのじゃ!」
誤解を招く表現だけど何も間違って無いから反論しようが無い!
「なるほど、つまり悪魔さんが全面的に悪いということですね」
マナがちょっと楽しそうに言った。今の態度で君への評価が5点ほど下がったよ!
「これは悪魔さんがヒメちゃんをどれだけ大事に思っているか、しっかりと言った方が良いですね」
「は?」
「そうじゃな。格好良いセリフで、私に愛をささやくのじゃ」
「……」
土下座の方がマシだと思いつつ、俺は椅子をどかして地面に跪く。そして目を閉じて恥ずかしいセリフを考え、右手を差し出しながら言った。
「貴女が一番可愛くて、魅力的です、お姫様」
右手がそっと握られる。これで許してもらえるかな……
「えっと……」
目を開けると、マナが困惑気味の表情で俺の手を握っていた。
どうしてこうなった。
「あの、お姫様なんて、その……」
いやいや君に言ったわけじゃないからね!! というか何で手を握っちゃったの!? ご機嫌斜めなお姫様が隣にいるのにさぁ!!
「困ります……っ!」
そう言い残し、マナは俺の手を離して逃げて行った。ねぇ、今日何なの? 人間関係を拗らせる魔法でもその辺で実験してるの?
「…………なんで」
あっ、マジでヤバい。ヒメの怒りが頂点に達しそう。どうしよう。どうしようも無いけど!
「なんで、なんで悪魔殿は、他の人にばっかり優しくしてるの!」
握り拳となったヒメの両手が、跪いたままの俺の頭をポカポカと叩く。頭部は痛くないけど、胸が痛い。
「もっと、もっと私のこと見て欲しいし、優しくして欲しいのに、なんで、なんで」
涙交じりの声。普段とは違う口調。
申し訳ない反面、普段より数段ヒメが可愛く思えるという、複雑な心境になる。
「ひどいよう……ひどい……」
初デートで13歳の女の子を泣かすのは男として最低な気もするが、いやほら、今のは不可抗力で……とも言い切れない。失点を取り戻すには、どうすれば良いのか。
結局、頭を下げる以外に選択肢を知らない、情けない俺なんだけど。
「ごめん、ヒメ。俺が悪かった。もっとお前を見るべきだった」
「……本当に、ごめんなさいって、思ってる?」
下から見上げる、涙目のヒメの顔。いかん、罪悪感が急に辛くなってきたわ。
「俺が出来ることなら、何でもする。だから、泣かないで欲しい」
「……今、何でもするって、言ったよね」
はい。言いました。
「…………ひざまくら」
「え?」
「膝枕して。静かで、誰にも邪魔されない場所で」
噴水広場の端、木々が陽の光を遮っている石のベンチの上。俺の左膝に頭を乗せて寝転がり、ヒメは満足そうな顔で目をつむっている。
「落ち着くのじゃ~」
先ほどまでの涙は何処へやら、穏やかな顔でヒメが呟く。
「魔王といいお前といい、何で膝枕が好きなんだか……」
「安心できる相手には、とことん甘えたいのじゃよ」
「安心できる相手、ねぇ……」
魔王にとって、王妃は確かに安心できる相手であろう。だが、ヒメにとって俺は安心できる相手なのか。
「俺の膝の上なんかで安心できるのか」
「う~ん……何というか、悪魔殿は不思議なんじゃよ」
「不思議?」
「そこにいるのに、いないような気がする。どこか遠くに行ってしまいそうな、そんな雰囲気すら感じるのじゃ」
「存在感が薄いってことか?」
「そうかも知れぬ。だからこうやって存在を感じていると、なんだか安心するんじゃ」
取り留めの無いヒメの言葉。だが、もしかしたらヒメは感づいているのかもしれない。
魂の有無。思えば他人の気配を感じるのが得意なのも、ヒメが魂や魔力の強さを感じ取る資質を持っているからでは無いか。可能性としては考えられなくもない。
「悪魔殿は」
ヒメが目を開き、右手を俺の頬に伸ばす。
「いつか、遠くの世界に帰ってしまうのか……?」
不安げな目。安心させるために、嘘をついても良かった。
だけど、この子にはきっと通用しない。
「そうかも知れない。でも、当分はここにいる」
だから、本当のことを言った。
「そう……か」
ヒメの手が、頬に触れた。
「出来るなら、そんな日が来なければ良いのに」
「……」
静かな午後。ほんの一瞬の、何でも無い時間。大人になる頃にはヒメも忘れているであろう、そんな一時のやり取り。
今日という一日が過去の出来事になるのは、一体何年後だろうか。そんな日が来るまではこの世界にいても良いかも知れないと思いながら、俺は日が傾くまでヒメに膝を貸し続けた。
その後、数日ほどメイド2人は俺の顔を見ると挙動不審になっていたが、俺が何もしなかったためか次第に平常の対応へと戻って行った。
何かのフラグを逃したような気もするけど、面倒に巻き込まれなかったからこれで良し!
勇者カウンター、残り9944人。




