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勇者が不死身すぎてつらい  作者: kurororon
第2部 勇者が不条理すぎてつらい
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第16話 魔王たちの話し合いはまとまるのか

 大扉の先には、大きな円卓に着く5人の男女の姿があった。


「いやー、今回もボクが一番遅かったみたいだね」

「貴様より遅れるとしたら暴風の王くらいだ。もっとも、招集しておきながら我らを待たせるような恥知らずは貴様だけだがな」


 入口から見て右手奥、赤く長い髪を持つ気の強そうな女性が言った。どうやら彼女が劫火の王らしい。


「いやいやごめんごめん。あんまり早く来すぎて、焦ってるように思われちゃうのが嫌だったんだよね」


 そう言いながら、魔王は入口に一番近い席に座る。部屋の中は広く、天井も高い。左右の壁近くには人影がいくつか見える。恐らく他の王の護衛や側近だろう。そして正面の奥、入口と反対側の壁の前には巨大な大魔王の像が立っていた。大魔王を殺した者がその偶像の正面に平然と座るのだから、魔王が恥知らずなのは的外れな指摘でも無いのだろう。

 円卓の向かい側には眼鏡をかけた若い男が座っており、容姿から判断するに彼が霊木の王だろう。魔王の右隣には落ち着いた様子の年配の男性、荒土の王が座っていて、左隣には穏やかな美女、水禍の王が座っている。

 そして左側の奥。椅子に座っているかのような姿勢で少女が空中に浮いている。あれがホントの空気椅子だな。背丈は小さいが宙に浮いている分、他の王を見下ろす形になっている。暴風の王、どうやら魔王が言っていた通りの自由奔放な性格らしい。


「そいつがお前の召喚したという悪魔か」


 霊木の王が俺を見ながら言った。他の王たちも、俺の姿を興味深そうに眺めている。


「今日はボクの付き添いで来てるだけだから、気にしなくて良いよ」

「聞いた話ではお前、その悪魔に模擬戦で負けたそうだな」

「うん、よく知っているね。どこから噂が広まったんだろう」

「白々しい。僕の息のかかった者がお前の城にいることくらい、承知の上なんだろ」

「まぁね」


 その答えに対し、霊木の王はあからさまに不機嫌な表情を浮かべた。どうやら生真面目な性格のようで、ふざけた性格であるこちらの魔王とは相性が良くないようだ。


「それで金屑(かなくず)の王、今日の話し合いは近頃地上に現れているという、勇者を名乗る人間どもについてで良いんだな」


 霊木の王が早くも本題に入る。他の王たちも、視線を俺から魔王へと移した。俺はその隙に円卓から離れ、近くにあった柱のそばに移動する。ところで、俺用の椅子とか用意してないの?


「うん。勇者を名乗る人間が地上の各所で、しかも同時多発的に現れている。これは女神か何かが仕組んだことだと思うよ」

「だが女神はお前が倒したんだろ。お前が何かの企みで糸を引いているんじゃないか」

「そうだったら楽なんだけどね。残念だけど、ボクの仕業じゃない」

「だったら、女神が(あらかじ)め仕込んでいたことだと?」

「そうだと思うよ。ボクが戦った時の印象だけど、女神はボクたち魔族を何としてでも滅ぼしたかったみたいだし」

「だが、そうだとしたら何故今更になって現れ始めたんだ」

「それはボクにも分からないね」

「お前、僕たちに何か隠してはいないか」


 霊木の王が訝し気に魔王を見る。勇者の現れた原因やら勇者カウンターやら、確かに隠していることは多い。さて、魔王はどう誤魔化すのか。


「あまり詮索するのも無礼では無いかな、霊木の王」


 そう口にしたのは、荒土の王だった。


「それに金屑の王が何かを知っていても、我らに全てを話す義理など無いだろう。無論、それによって我らの眷属が大勢死ぬようなことがあれば、相応の報いを受けて貰う必要があるが」

「仰る通りです、荒土の王。しかし、私もそこまで多くの事を把握出来てはいません」


 えっ!? 魔王が敬語使ってる!!


「ボクに分かっているのは、今度の勇者の数はとても多く、力も徐々に強くなっているということだね」


 でも全員に向かって話すときは敬語使ってない! なんだこの一貫性の無さ。


「ということは、早めに滅ぼしてしまった方が良いということですわね」


 水禍の王が物騒なことを言った。見た目とは裏腹に、やはり心の内に何かしら禍々しいものを持っているのだろうか。


「でも勇者とそうじゃない人って見分けつくのかな? 金屑くんは何か良い方法知ってる?」


 暴風の王が空中でゆっくりと回転しながら言った。幼さが感じられる口調はこちらの魔王に少し似ているが、年齢的にはウチの魔王の方が遥かに年上なのだろう。いい加減大人になれよ、金髪子持ち!


「今のところは普通の人間と勇者を見分ける方法は無いね。どうにかして判別方法を編み出したいけど、ひとまずは襲ってくる人間を容赦無く倒すしかないかな」

「ふん。このような面倒な事態になるのならば、やはり人間は支配するか滅ぼすかしてしまった方が良かったのではないか?」


 劫火の王が呆れたように言った。


「大魔王様ならそうしただろうけど、ボクは人間たちを支配するのも滅ぼすのもあんまりやりたくないんだよね」

「随分と甘いものだな、金屑の王」

「そうかも知れない、でも――」


 魔王は他の王たちの顔を見回し、そして続けた。


「ここにいる者全員、人間たちを支配することも滅ぼすことも望んでいないと、ボクは思うよ」


 その言葉が発せられた瞬間、5人の王は絶句した様子でそれぞれの表情を浮かべ、沈黙が部屋を支配した。


「……ふん。何をくだらないことを」


 最初に口を開いたのは劫火の王だった。


「我が軍は地上で人間どもの戦争に加担し、多くの命を奪っているのだぞ」

「そりゃ、君の所の魔族は戦うのが好きだからね。だけど戦うのが目的でも、命を奪うのは目的では無いでしょ?」

「結果的に命を奪うのだから、同じことだ。それでも貴様は、私が人間どもの滅びを望んでいないと言うのか」

「うん」

「……話にならんな」


 そう言って、劫火の王はそれ以上何も言わなかった。だが彼女の複雑そうな表情からは、魔王の言葉に何かしら引っかかるものがあることが伺い知れた。

 

「……確かに、現状では金屑の王の言葉も間違ってはいない」


 荒土の王が静かに言った。


「いずれは支配する可能性はあるが、大魔王様を失った今の我々では地上の人間たちを支配するのは難しい。かと言って滅ぼそうとすれば地上の大地にも多大な被害が生じ、さらには地上の領地をどう分配するかで魔族同士の戦いも起きるだろう。それを考えれば、人間と全面的な争いを起こすのは得策ではない」

「……そうですね。認めたくは無いですが、荒土の王の言う通りです」


 霊木の王が荒土の王の言葉に同意を示す。


「そうですわね……私も戦いはあまり好きではありませんし、人間と争うのは他の者に任せたいですわ」

「私も戦うのは面倒だからやだな~。それに最近通ってる地上の街に、美味しい料理を出してくれるお店があるし」


 左側にいる女性2人も異論は無いようだった。劫火の王は何も言わないが、反論しないということは認めざるを得ないということだろう。

 荒土の王。6人の王の中で最も発言力が高いのはこの男で間違いないだろう。今後の戦いを考えると、協力関係をより強くする必要がありそうだが……


「とは言え、後々のことを考えると地上における我々の領地はもう少し拡大する必要があると思うのだが……どうかな、金屑の王よ」

「そうですね……地上の転送陣付近は元々人間が少ないですから、多少範囲を広げても大きな問題は起きないでしょう。ただ、勇者が襲撃してくる危険性も高いと思われます」

「良いでは無いか。あちらから来てくれるのであれば、探す手間が省ける」

「……その通りですね。分かりました、こちらからも多少の援助をさせて頂きます」

「助かるよ」


 荒土の王は満足げな笑みを浮かべた。やはり、こちらの魔王よりも一枚上手らしい。これからも良いように使われるんだろうなぁ……


「それで金屑の王、勇者については迎撃に徹するという方針で構わないのかな」

「はい。ですが、情報の共有は必須かと」

「地上でどのような人間が襲ってきたか、お前に報告しろと?」


 霊木の王が不服そうに言った。


「ボクだけじゃなく、他の王にも伝えて欲しいかな。地上で最も活動している王はボクだけど、勇者はどこに現れるか分からないから情報の共有はしっかりとやった方が良いね」

「我が軍は多くの人間たちと交戦するが、貴様はその全てを記録しておけと言うのか?」


 続いて、劫火の王が疑問を呈した。


「気になった相手だけで良いよ。現状において重要なのは、勇者の特性や特徴を把握して有効な対策を考えることだからね」

「勇者かどうか分からないような相手は捨て置いても良いということか」

「君の所はそれで良いと思うよ。勇者がいるのなら、いずれ手強い敵として現れるはずだし」

「そうであれば面白いのだがな」


 劫火の王は興味無さげに言った。現在の所、勇者は決して強い存在ではない。戦いを好んでいるという劫火の王にとって、今の勇者はさほど面白いものでも無いのだろう。


「情報の共有には私も賛成だが、条件を提示しても良いかな、金屑の王」

「何でしょうか」

「勇者に関しての情報収集、調査は君が主体となって行って欲しい」

「構いません。元より、そのつもりでした」

「加えて、他の王から調査の要請があった場合には拒否しないことを約束してくれないか」


 魔王を見据える荒土の王の瞳。穏やかにも見える一方で、魔王が異議を唱えたなら決してそれを許さないという、強い意志が感じられた。


「約束しますが……念のため、理由をお聞きしてもよろしいですか?」

「そもそも勇者の討伐は君が大魔王様より与えられた命であり、君はそれを全うすべきだと、私は思うのだ」

「大魔王様に反逆した私に、王命を守れと?」

「君自身がそれを望んでいるのではないか、金屑の王よ」


 荒土の王の言葉に、魔王は困惑した表情を見せ、頭を掻いた。


「貴方には(かな)いませんね、荒土の王」

「私だけじゃない。ここにいる王たちは皆、君が未だに大魔王様への敬意を忘れていないことを理解している」

「え? そうなの?」


 魔王が王の顔たちを見回すと、劫火の王は目をそらし、霊木の王は「さあな」と言い、暴風の王は「うん」と答え、水禍の王は「あらあら」と微笑んだ。

 なんだこのほのぼの魔王集団。


「理由はそれだけではない。魔法、魔術の研究においては君とその配下に勝る者はいない。そして仮に勇者の力が我々の想定以上であっても、君ならどうにか出来るだろう。調査を行う者としては君が適任だと言える」

「逃げても良いのであれば、自信はあります」

「だが一方で、君を信用すべきかどうかは難しい所だ。恐らく、ここにいる誰もが君を完全には信用していない」

「え? そうなの?」


 魔王が王たちの顔を見回すと、全員が頷いた。

 なんだこのおもしろ魔王集団。


「金屑の王。君は多くの物を生み出し、多くの事を成し遂げた。だが、それは決して魔族のためでは無いのだろう」

「そうですね……そうかも知れません」

「ならば、せめて魔族の怨敵である勇者に対しては、王としての責務を果たすべきだと思うのだよ」

「王としての、責務……」


 魔王は荒土の王の言葉をぽつりと、繰り返す。

 その言葉は、いつかどこかで――


「どうかしたのか、金屑の王よ」

「いえ……同じことを言われたことを思い出したので……」

「……そうか。()()()言われたのだな」


 黙ってしまった2人を、他の4人が怪訝な表情で見つめる。大魔王が倒れる前に王であった2人にしか分からない言葉。そうか、それは大魔王が魔王に残した最後の命令。彼らにとっての真の王から賜った、至高の言葉。


「みんな」


 魔王は立ち上がり、他の魔王の顔を見ながら言葉を続ける。


「ボクは魔王だ。王として魔族を、民を守らないといけない。どうか、その責務を全うさせて欲しい」


 頭を下げる魔王。大魔王を倒した男、この場にいる全ての王を一瞬で殺せるであろう男の、情けなく見える程の懇願だった。


「お前は僕たちを馬鹿にしているのか?」


 そう言って、霊木の王がため息を吐く。


「お前だけじゃない。ここにいる6人は全員魔王だ。だから僕たちも勇者から民を守らなければならない。そのためなら、お前のような奴に頼み事だってしてやる」

「霊木の王……」

「貴様の責務など知ったことでは無いが、我が民の命を無駄に失わないためであれば多少の協力程度、拒む理由などない」

「私も構いませんわ。地上については貴方の方が詳しいでしょうし、お任せしたい所ですわね」

「私もそれで良いよ~。その代わり、面白い魔術装置もちゃんと作ってね~」


 他の魔王たちが次々と肯定の意を示す。どうやら、勇者の矢面に立つ魔王が決まったようだ。


「では勇者については金屑の王が中心となって対処を行うが、情報の共有に関しては全ての王が努める。そして金屑の王は他の王の要請があった場合は、必ず調査に向かうこと。それで良いかな」

 

 荒土の王が勇者への対応に関する結論を述べる。他の王たちは頷き、異論が無いことを示す。


「ありがとう、みんな」

「感謝を述べる必要は無い、金屑の王。それぞれの王が民を思った故の当然の帰結だ。だが、だからこそ君には行動でもって誠意を示して欲しい」

「分かりました、荒土の王。必ずや、勇者から民を守って見せます」


 そう言って、魔王は再び椅子に腰掛けた。


「さて、勇者については話がまとまったが、他にも話したい議題がある。よろしいかな」

「はい、何でしょうか荒土の王」

「まず……」




 領地間での取り決めや、魔界と地上での魔族の行動についての話し合いが行われる中、俺は魔王に対する他の王の態度について考えを巡らせていた。

 荒土の王。先代の金屑の王、つまり魔王の父親と同じ世代であるため、魔王よりも発言力があるのは当然であり、話し合いも彼を中心に進んでいたように見えた。ある程度ウチの魔王を評価しているように思えるが、王としての資質はそれほど評価していないようにも感じた。他の王についても、大魔王を倒した魔王を自分たちと同列の王として見ているように思える。魔王自身も、自分が王としてまだまだ未熟であることを自覚しているらしい。

 そうなると考えられるのが、王としての役割を果たそうとする魔王の意志が他の王に利用されるという危険。特に勇者という明らかな脅威がいる今、勇者への対処を名目に他の王から何かしらの要求がされる可能性が…………ん?

 ちょっと待った。確か荒土の王は「勇者への対処は金屑の王が中心となって行う」「金屑の王は他の王からの調査要請に必ず応じる」と言って、魔王もそれを喜んで受け入れてたよな。

 ってことは、既に拒否権がほぼ無いじゃん!! 色んな事を勇者に関連付ければ、敵の排除に魔王を使ったり物資を都合してもらったりと超便利じゃん! ボランティア魔王じゃねぇか!!

 にこやかな顔で他の魔王と話し合っている魔王。お前、心の中で言っとくが現状で最大の敵は勇者じゃなくて弱みに付け込んでいる周りのそいつらだからな!! 勇者との戦いで国力やら使い果たしたら荒土の王辺りに領地取られる可能性すらあるんだぞ。それで良いのか、お前。

 魔王の先行きに不安を感じながら、俺は椅子が無いからさっさと会議終わってくれないかなと心底思った。



 勇者カウンター、残り9953人。

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