第15話 悪魔と魔王は列車に乗って2時間ちょっと移動するのか
文明の進歩は、世界の見え方を変える。通信技術の発達はコミュニケーションの難しさから物理的な距離を分離した。テレビやラジオ、新聞は遠い国の話を目の前の現実にした。交通機関の発達は実質的に世界の距離を縮めた。
遠いものが近くなる、それはとても分かりやすい進歩である。んで……
「わーい、たーのしー」
魔界の大地を鉄道車両の窓越しに眺めながら、魔王が言った。
鉄道、そう鉄道だ。線路の上を列車で走る、工業化の象徴みたいなやつ。それが魔界にあるのだ。
……10年ちょいで近代化しすぎじゃない?
「デンチャは楽しいね、悪魔さん」
色んな意味で子どもかよ、お前は!!
「それにしても、鉄道まで実現するとはな……」
「鉱山では前から台車の移動に線路を使っていたけど、それを馬車より大きな鉄の箱でやるなんて、本当に悪魔さんの世界は発想が凄いよね」
俺と魔王が乗っている列車は2両編成で、動力源を積んでいるであろう先頭車両と客車に分かれている。客車の中には進行方向を向いた座席が横方向に4列、中央の通路の左右に並んでいる。1つの座席に2人座れるので、つまり俺と魔王は隣同士で、魔王が窓側だ。俺が通路側だ。俺も外、見たいんだけど。
「この列車も、やっぱり魔力で動いているのか?」
「うん。かなり魔力を使うからあんまり動かせないけど、大事な会議だから使わないとね」
列車が向かう先は、かつて大魔王の居城があった地点。今ではそこに魔界の方針を話し合うための会議場が建設されており、今日は6人の魔王による話し合いがその場所で行われる。
大魔王との戦いの際は転送陣から1日がかりで移動したが、今回は2時間ちょっとで着くらしい。速度自体はそこまで出てはいないが、それでも徒歩や馬で移動するよりかは遥かに効率的なようだ。
「鉄道は都市にも繋がっているのか?」
「今はまだ3つの転送陣と大会議場を移動するためにしか使ってないね。設置するのも点検するのも大変だし、まだまだ試作段階な部分も多いし。あと、魔力を用意するのも大変だしね。でもいつかは街同士をデンチャで結びたいね」
「魔力の用意か……」
電力であれば発電所で生み出すことが出来る。ただ、その場合は火力や太陽光などの安定したエネルギー源が必要となる。魔力の場合は魂を持つ生物がエネルギー源だと言えるが、列車を動かす程の魔力を安定供給するとなると結構難しいのではないか。
「この列車を動かす魔力はどうやって用意したんだ?」
「えっとね、魔力税かな」
初めて聞いたぞそんな税金!!
「え、なに、お金のやつで動いているの、これ?」
「何言っているの悪魔さん? 領民のみんなから集めた魔力で動いているんだよ」
「……」
税と言えば金銭のイメージが強いが、よくよく考えれば食糧や労働などお金のやつ以外で納めていた時代も長くあった。異世界ではそれが魔力という形で納められていても、別段不思議は無い。
「なるほど、魔力を納める仕組みか」
「うん。魔力税はね、勇者や大魔王様との戦いの中で魔導石とそれに関係する技術が発達したから実現出来たんだよ」
「それ以前は無かったわけか」
「そうだね。昔は作物があんまり育たなかった年とか税が取れなくて大変だったけど、今は魔力で徴収できるから安心なんだよ」
それはただの増税だ。
「魔導石は鉱山で採掘される原石を元にしているんだけど、加工の技術が向上したから溜められる魔力の量が同じ魔導石をたくさん作ってみたんだ。標準魔導石って名前にしたんだけど、それの個数で魔力の量を数値化出来るようになったんだよ」
「なるほど……単位を作ったわけか」
「そういうことだね。大体の魔術装置は標準魔導石1つで動くようにしたし、標準魔導石に魔力が溜まるまでに何日かかるかで健康状態もちょっと分かるんだ」
人力発電で健康診断する国って頭おかしくない?
「ちなみに標準魔導石1つ分の魔力で超高速化が1秒くらい使えるよ」
「……ちょっと待て。お前、さっき標準魔導石に魔力が溜まるまで何日か必要だって言ってたよな」
「魔力注入用の魔術装置を使って無理なく魔力を溜めているのもあるけどね」
「とはいえ、数日分を1秒で消費するのか……」
「恐ろしく魔力を使う魔法だから、ボクじゃなきゃ使えなかったね」
「他の魔王は?」
「なんであの魔法書だけ悪魔さんに返したと思っているの?」
なるほど、万が一他の魔王の手に渡ったら大変だからか。つまりお前でなくても使えるんじゃん!
「魔王1人の魔力がそれだけ大きいなら、いちいち領民から魔力を徴収しなくても良いんじゃないか」
「だってボクが全部やったら疲れるでしょ」
最低最悪の魔王だな、コイツ。
「それに魔界や地上で使っている魔術装置の数を考えると、ボク1人じゃ足りないんだよね。魔力は一晩寝れば回復するし、みんなで協力してこそ世の中良くなっていくと思うんだ」
「まぁ、それは一理あるな」
「暴風の王に仕えている魔族の中には、ボクの領地を訪れた時に標準魔導石へ魔力を入れるのと引き換えにお金をもらっている人もいるよ。旅人でお金が必要になることも多いから、強い魔力をうまく使っているわけだね」
「体から石油が出る人みたいだな……」
「セキユ?」
「この世界には無いのか。土の中に埋まっている、良く燃える油のことだ」
「そんなの身体から出たら危ないよね?」
お前らも身体から炎出したり電撃出したり爆発出したりしてるけどな!!
「まぁ、俺の世界では色んな機械を動かすのに使ってたんだ。もちろん、売買もされてた」
「何かを動かすのに必要でお金に換えられるという点では、確かに魔力に似てるね。悪魔さんの世界は魔力の代わりにそういうのを使って凄いものを沢山作って来たんだね」
「そういうことだな。ただ、そういう資源の取り合いで争いが起きることもあったし、資源を消費することで何て言うか、大量の煙とかが出るとか、とにかく問題は多くあったな」
「それを考えると魔力ってのは安全だよね。魔導石が無いと貯蔵できないのはちょっと面倒くさいけど、誰でも持っているから奪わなくて良いし、煙とかも出ないし」
「でも魔術装置がもっと増えれば、魔力を集めるために魔物やら奴隷やらを使うかも知れないぞ」
「ボクの領地には奴隷はいないし、そんな無理矢理に魔力を奪うようなことは……」
魔王が何かに思い当たったかのように、沈黙した。あ、コイツ何かやってるな。
「……そりゃ、捕虜とか悪いことした人から魔力は取ってるけどね」
「やっぱ奪ってんじゃん」
思い返してみれば、勇者や大魔王からも魔力を奪っていたな。金屑の王じゃなくて集金の王に改名すべきじゃなかろうか。ちわーす、魔力の集金に来ました、魔王です! みたいな。やべぇ、すげぇムカつく。
「だって、魔力があると魔法を使って暴れちゃうでしょ? だから牢屋に魔力を吸収する魔術装置を付けて、魔法が使えないようにしてるんだよね」
「その程度は仕方ないか」
「前の劫火の王との戦いで捕虜がいっぱいになった時は、沢山の魔力が取れたよ。また来てくれないかな」
お前は何を言っているんだ?
「でも、これからの勇者との戦いで捕虜はいっぱい増えるかも知れないね。牢屋に勇者を入れて魔力を出してもらって、その魔力を使ってさらに勇者を捕まえる。勇者を何千人も捕まえられればもう領民から魔力を奪う必要も無くなるかもしれないね」
それは奴隷って言うんだよ!!
「なんか夢が広がって来たよ!」
「多分無理だと思う。というか、そんな大規模な施設を作ったら地上の人間にも当然バレるし、そうなったら関係が最悪になるぞ」
「うーん、それもそうだね。残念」
本当に最低最悪の魔王だよ、お前……
そんな感じで2時間程度、俺と魔王は様々な話をしながら列車で移動し、会議場の駅へと辿り着いた。駅には他に2本の線路があり、恐らくそこから別の転送陣へと鉄道が続いているのだろう。
「よし。頑張って行くよ、悪魔さん」
「ああ」
と言っても、俺は特に何もしない。列車の中で「悪魔さんは何も言わないでボクの近くにいてくれればいいから」と魔王も言ってたし。今回は他の魔王を観察することに集中すべきだろう。
「あのスミマセン、魔王様」
不意に、列車の先頭車両から運転士らしき男が出てきた。
「どうしたの?」
「今回の列車で移動した分と、あと帰りに使う分の魔力を後で注入して欲しいんですが……」
「え? なんで?」
「王妃様からお達しがありまして」
運転手は懐から手紙を取り出し、読み上げ始めた。
「『悪魔さんの世界では、デンチャに乗った人がお金を払うことになっています。領民から集めた魔力を夫と悪魔さんの移動のためだけに使うわけには行きませんから、夫に返してもらってください』……とのことです」
すっげぇ正論だ、さすが王妃!!
「え、ちょっとその手紙貸して」
魔王は運転手から手紙を受け取り、目を通す。
「あ、本当に王妃の字だ……うん、でもそれはそうだね。後でちゃんと注入するよ」
「大変だと思いますが、お願いします」
「大丈夫、これも王の責務だよ」
魔王は堂々とした笑みを見せるが、電車賃払ってるだけだからなお前。
「さて、気を取り直して……」
再び、俺と魔王は石造りの大会議場を見上げる。
「行こう、悪魔さん」
「ああ」
話し合いという、魔王たちの戦いが始まる。
勇者カウンター、残り9953人。




