第14話 魔王は魔王紹介をしてくれるのか
いつもの部屋のいつものタタミの上、1人で本を読んでいる俺。時々思うのだが、読書の趣味が無かったらこの仕事はやっていけないのではないだろうか。娯楽がろくにない世界で長期間過ごす上に、知識の提供という名目で殺人の手助けをすることも多いこの仕事。当然のことだが精神的に相当疲れるわけで、それを防ぐためには没頭できる何かが必要である。俺の場合は読書だが、他の悪魔はどうなのだろう。こっそり電子的なゲームとか持ち込んでやっているのかな……
「悪魔さーん、決まったよ~~」
俺の貴重な読書の没頭時間を邪魔する奴が、両腕を広げながら部屋に侵入してきた。
「どうした、シュートでも決まったか?」
「シュート?」
首を傾げる魔王。この世界にはサッカーが無いようだ。まぁあったらあったで本当にボールを燃やしてシュートしたり地面を隆起させてディフェンスするんだろうけどな。やべぇ、ちょっと見たくなってきた。
「で、何が決まったんだ?」
「不死鳥キックって打てる?」という言葉を飲み込み、俺は魔王に尋ねた。最近頭に浮かんだことをすぐに口に出してしまいそうになるのは疑似人体との相性のせいか、それとも単に気が抜けているためか。まさか老化ってことは無いだろうな……無いよな……
「他の魔王との会談だよ。久しぶりな気がするよ~」
「……ちょっと待って」
他の魔王って、お前が大魔王を倒すときについでで全滅させてなかった?
そういえば王妃もなんとかの王との関係がどうこう言ってたけど、もしかして死んだ魔王に代わって新しい魔王が現れたのか?
「魔王ってのは、お前が殺した後に魔王になった奴らか?」
「うん、そうだよ。魔界では6人の魔王が6つの領地を治めてきた歴史があって、大魔王様がいなくなった後でもそれは続いているんだ」
「大魔王を殺した張本人であるお前をそのままにしてか?」
「もちろん大魔王様を倒した後に色々あったけど、それはどうにかしたよ」
コイツ、絶対ろくでもないことしたよ!!
「というわけで、今日は悪魔さんに他の魔王の紹介をしたいんだ。勇者と戦う中で協力する機会も増えると思うし」
本当に協力関係が結べているかは疑問だが、他の魔王について知ることは重要な事だろう。勇者が1万人近くいる状態で他の魔王と戦争にでもなったら面倒くさいことこの上無いわけだし。状況把握を怠ってしまえば今後の仕事にも支障が出る可能性が高い。
「分かった、話を聞こう」
「でもちょっと待ってね」
「何かあるのか?」
「そう! 私たちがあるのですわ!」
王妃、マリア、メアリのカシマシーズが部屋に入って来た。姦しいのは主に1人のせいだがな!
「なんでこの3人が来るんだ?」
「ほら、似顔絵とかあった方が分かりやすいと思って」
「なるほど、似顔絵か……王妃はともかく、他の2人は描けるのか?」
「馬鹿にしないでください! マンガ大好きな私たちに絵が描けないわけないじゃありませんか!」
「わ、私はそこまで上手くないかも知れませんが、それでも頑張っていますから……」
自信ありげなマリアと、自信なさげながら頑張っていることをアピールしているメアリ。これはメアリの方が画力の高いパターンだ!
「まぁ、期待しないでおく。それじゃあ聞かせてもらおうか」
「うん。それじゃあマリア、長くなりそうだからお茶用意してくれないかな?」
「何を言っているんですか!? 今日の私たちは絵を描きに――」
ポン、と王妃の手がマリアの左肩を叩いた。
「急いで準備しますわ!!」
焦った様子で廊下へと踵を返すマリアと、それを追おうとして「あうっ」っと声を出し転倒するメアリ。そして、穏やかな顔でタタミに上がる王妃。
うん、王妃超怖い。
「それじゃあ、他の魔王を紹介するね」
タタミの上にあるテーブルを囲む5人。俺の左側に魔王、俺の正面にはカシマシーズが左からマリア、王妃、メアリの順で並んでいる。流石に8畳に大人5人座ると狭い気がするな……
「まず最初は、劫火の王について」
「劫火の王……強そうだな」
「見た目は……見てもらった方が早いよね」
魔王が王妃たちの方を見たので、俺もそちらを向く。見ると、3人がそれぞれ似顔絵を持っていた。
「ふむ……」
王妃の絵には所々くせ毛がはねている赤く長い髪を持つ、若い女性が描かれていた。気が強そうな顔つきをしており、女戦士長といった容貌に感じた。
メアリの絵も色は付いていないものの、同様の雰囲気だった。ただ、似顔絵の目がなんかキラキラしてる。王妃の絵が写実的なら、こちらの絵は少女マンガ的と言うべきか。
そして、マリアの絵は――
「……何その小学生の落書き?」
「らっ……落書きとは何ですか! よく描けてますよね!?」
マリアが魔王や王妃、メアリに絵を見せる。頭が大きくて手足が雑で、顔は簡略化されたパーツが配置されただけの立体感の無い似顔絵。髪型や眉毛の角度によって他2人と同じ人物を描いていることはかろうじて分かるが、それを見せられた全員が何も言わずに、顔を背けた。
「よ……よく描けてますよね、似てますわよね!?」
沈黙が場を支配した。ああ、この娘は残念な娘さんなんだな……
「……悪魔さん、劫火の王の顔は分かったかな」
「ああ」
俺たちは何も見なかったことにして話を続ける。何か言おうとしたマリアの肩に、王妃が優しく触れた。
「それで今の劫火の王なんだけど、ボクが14年前に倒した劫火の王がお父さんなんだよね」
「つまりお前が親の仇というわけか。よく戦争にならなかったな」
「それなんだけど……彼女には2人のお兄さんがいてね」
「……オイ、まさか」
「まぁ、2回で済んでよかったよ。死者も少なかったし」
思いっきり魔界で戦争してるわコイツ!
「死者が少なかったって、それでも数千人単位だろ?」
「そんなに多くないよ。2回合わせて100人行って無いかな」
「どうやったんだよ、それ……」
「まず、お互いの軍が平地で衝突する会戦に持ち込んだんだ」
「ああ」
「それで最初に、ボクが超高速化を使って相手の指揮官、つまり劫火の王のお兄さんを倒して」
「……ああ」
「それで混乱した相手の軍勢に、ボクたちの軍がビリビリを持って突撃して」
「ビリビリって何だ?」
「相手を痺れさせる魔術装置だよ。死人は少なくしたかったから、すごく便利だったよ」
そういえばそんな物もあったな。戦車とか装甲装備が無いこの世界では、スタンガンのような武器は確かに有効かもしれない。
「それで、ボクが超高速化で移動しながらエレクトウェーブを相手の真ん中でいっぱい使って、ボクたちの軍が正面からビリビリで攻めたから、あっという間に決着が着いたよ」
エレクトウェーブもビリビリのように相手を麻痺させる効果を持つ魔法だが、魔王なら広範囲かつ高威力で放つことが出来るだろう。それを超高速化も併用して連発されれば、確かにあっという間に戦線が崩壊する。やっていることは催涙ガスを搭載した迎撃不能なミサイルを敵陣に撃ちまくっているようなものである。卑怯すぎるわ!!
「戦闘の時間より捕虜を運ぶ時間の方が長かったかな。死人が多すぎると後で平和的な交渉が難しくなるから、丁重に扱ったよ」
「で、そんな戦争を2回やったと」
「うん。2回目は対策されるかなと思ったけど、そもそもこの世界の魔法じゃないから対抗策が見つからなかったみたい。捕虜がいっぱいで、収容施設とか大変だったよ」
コイツの力と今までに開発した魔術装置を使えば、劫火の王の軍を全滅させることも出来ただろう。魔王にとって、平和的解決はそこまで重要なのか。
「そうして今の劫火の王になったんだけど、彼女はボクとの戦争は望まなかったんだ」
「流石に2回も徹底的に負ければ、そうなるか」
「それもあるけど、彼女自身が元々ボクとの戦争には反対だったみたい。『愚兄たちが勝てない戦を持ち込み、申し訳なかったな』みたいなことを言ってたし」
「あー、言いそうですわね」
急にマリアが口を挟んできた。
「あれ? マリアって劫火の王と知り合いなの?」
「え? ……いえ、何でも無いですわ」
マリアが思いっきりシラを切った。まぁ、いずれ聞けば良いことだが。
「えっと、それで劫火の王はボクとの協力関係を結ぶ代わりに、捕虜の解放と地上での傭兵活動の許可を求めたんだ」
「地上での傭兵活動?」
「劫火の王の領地には戦いが好きな魔族が多くてね。2回も戦争になったのはそのせいもあるんだろうけど、そういう魔族が戦える場所が無ければ協力関係は難しいって言ってきたんだ」
「それで、お前は許可したのか?」
「うん。今の劫火の王は話が分かりそうな人だし、他の魔王にも地上での活動を許可しないと魔界での力関係が危うくなりそうだしね」
「お前は魔界でのバランスを重要視してるみたいだが、どうしてなんだ? お前が他の魔王の領地も統治すれば良いだけの話だろ?」
「簡単に言うけど、大魔王様と他の魔王を倒したボクを許してくれる魔族なんてあんまりいないんだよね。そんなボクが領地を支配しようとしても、反乱とかで大変になるだけだよ」
「なるほど。そんな状態じゃ確かに魔界全部を治めるなんて無理だろうな」
「だよねー。だから、ボクと協力関係を結んでくれる魔王にそれぞれの領地は任せることにしたんだ。前の魔王はみんなボクのこと馬鹿にする嫌な人たちばっかりだったけど、今の魔王はみんな協力的で助かってるよ」
そりゃ、協力しないといつの間にか背後に立って首をはねて来そうな奴には歯向かわないだろ……
「劫火の王についてはこれくらいかな。何か質問ある?」
「劫火の王が傭兵を地上に送る時は、やっぱりこの城にある魔界との転送陣を使っているのか?」
「ううん。地上には魔界と繋がっている転送用の魔法陣が他に2つあってね。劫火の王が使っているのは荒土の王が管理している転送陣の方だよ」
「荒土の王ね……じゃあ、次はそいつについて聞かせてくれ」
「わかったよ」
魔王はお茶を一口飲んでから、話し始める。
「荒土の王は先々代、つまりボクが倒した魔王の前に王様をやっていた人が改めて王位に就いたんだ」
「そうなると、お前が倒した奴は今の王の息子か何かか?」
「親族ではあったけど、実の息子とかでは無いね。だから、ボクに対する敵意もあんまり無いみたい」
魔王はそう言うが、実際はどうなのだろうか。胸の内では、相当に苦い思いを抱えている可能性もある。
「荒土の王はボクの父上とも仲が良くてね。お互いの領地も交流が盛んだったんだけど、ボクが魔王になった頃に荒土の王も退位したんだ。世代交代って言うのかな、そういうのを感じたみたい」
「それなのにまた王になったのか」
「大魔王様が死んで、荒土の王の領地は大騒ぎだったみたい。死ぬはずの無い絶対の存在が死んで、ボクの領地と戦争するか、それとも協力関係を結ぶか、意見が凄く分かれたみたいなんだ。それを今の荒土の王がまとめて、ボクと協力関係を結ぶようにしたんだ」
「元王様だけあって、影響力は強いか」
「荒土の王はボクと会った時、『絶対なる王などいないと知り、私も少し欲が出てきた』って言ったんだよね。そして彼は、大魔王様が直轄していた領地と地上での領地をボクに要求したんだ」
「で、お前は当然」
「要求を呑んで、大魔王様の領地と地上の転送陣付近の支配をお願いしたよ。荒土の王は元々大魔王様に次ぐ影響力を持っていて、支配している領地も広いんだよね。ボクが支配するよりかは、彼が支配する方が反発も少なそうだったし、上手く活用出来ると思ったんだ」
「そういうお前の考えが読まれてたんじゃないか?」
「かもね。荒土の王は長年王様をやって来ただけあって、領地を安定させる力はボクなんかよりずっと高いんだ。広い領地で沢山の食糧を作っていて、ボクや他の魔王も必要な時は輸入している。魔界の生命線と言える立場だから、仮にもっと多くの要求を出されてもボクは呑んでいたよ」
「そうなると、要求が慎ましく見えるな」
「確かに協力関係を結ぶときに要求されたことは少ないけど、その後でね……」
魔王が遠い目をして言った。
「地上の領地開拓の資金を拠出して欲しいとか、地上からの食材輸入の制限を行って欲しいとか、本当に色んな要求があって……」
「で、お前は当然」
「呑んだよ……他の魔王の領地からボクの領地に移住する人も増えて、食糧事情が不安だったし……地上の食材は穀物が少なくて頼りにならないから……」
国の食糧事情を遠い目で語る魔王。うん、今までで一番王様らしくしてるわ!
「そういえば、荒土の王の顔は……」
俺の言葉に反応して、一斉に似顔絵を手に持つカシマシーズ。王妃の絵には、中年から老年へと移ろうとしている50代後半くらいの男性の姿があった。白髪の短髪に力強い眼差しを持った顔付きは、なるほど強い王に相応しい印象だなと感じた。
そしてメアリの絵は、何故か王妃よりも写実的な感じだった。なのに周囲に星をイメージしたらしいキラキラがあり、不敵な笑みを浮かべる男性の絵と合わさって奇妙な雰囲気を醸し出していた。なんだね、このオッサンに何か琴線に触れるものでもあるのか、君は。
そんでマリアの絵は落書きだった。以上。
「顔は分かった。曲者っぽいな」
「王様としてはボクよりもずっと凄いよ……負けないように、ボクもしっかりしなくちゃ」
「だな。お前の力が弱いと、手助けしている俺の立場も無い」
「そうだね。頑張るよ悪魔さん」
魔王はニコリ、と微笑んだ。
「良いですわね……」
「そうですね、お姉様……」
メイド2人が俺と魔王になんか妙な視線を送っている。やめてください。
「で、次の魔王は?」
「次はそうだね、霊木の王が良いかな」
魔王がそう言うと、カシマシーズが似顔絵を持って俺に向けた。王妃とメアリの絵には、神経質そうなメガネの男性の姿が描かれていた。20代前半か、もっと若い印象を受ける。左にいるバカと同じくらいの年齢だろうか。ちなみにマリアの絵はメガネをかけているのだけ分かる。
「彼は面白いね。今の魔王の中では一番ボクのことを嫌っている人だと思うんだけど、大魔王様が倒れた後で最初にボクとの協力関係を申し出たのも霊木の王なんだ」
「嫌っているのにあっちから協力を求めてきたのか?」
「そうだよ。しかも、彼の兄は前の霊木の王で、つまりボクは兄の仇なわけだね」
「それなら戦争を仕掛ける方が自然じゃないか? 一体どんな理由があったんだ」
「ボクもそれが不思議で、不戦と協力の条約を結ぶ時に理由を聞いたんだ。そうしたら『お前のことは憎いし、殺したい。でも僕たちではお前に勝てないし、勝てない戦いで人々を犠牲するなんて、僕には出来ない』って答えたんだ」
「領民のために感情を抑えた、というわけか」
「彼の領地ではボクに対する感情は良くないし、戦争になる可能性はとても高かった。でも霊木の王はそんな人々を頑張って説得して、戦いを回避したんだ」
なんかすっげぇ聡明な王様な気がする!
「もし霊木の王と劫火の王が一緒に攻めてきていたら、ボクの方もそれなりに打撃を受けていたかもしれない。でも彼らではボクに勝てないだろうし、与えた被害の分、償ってもらうものも多くなる。霊木の王の判断は正しいと思うし、自分の感情よりも領民の未来を優先できる心の強さは評価してるんだよね」
「だが合理的に動くことで、お前にとって扱いやすい相手になってしまっているんじゃないか」
「否定はしないよ。彼の領地には広大な森林や薬草の産地があって、そこで産出される資源を適正価格で輸入出来るのも彼のおかげだね。本当はもう少し高い値段を提示されても呑まざるを得ないんだけど、そういう相手の弱みに付け込むようなことはしないね」
「そういえば紙の原料も輸入しているんだったな」
「うん。紙の使用量は年々増えているから、霊木の王の領地でも原料の生産が盛んになっているよ」
「都合の良いビジネスパートナーだな」
「ビジネ……? なに?」
「商売の協力相手ってことだ」
「そうだね、良い協力相手だよ。だからこそ、彼を利用するような真似はしたくないとも思うよ」
「十分利用しているように思えるけどな」
「そうかも知れないね。でも騙すようなことはしたくないかな。協力する相手としてボクのことを信用できないと思ったら、彼はボクの領地への資源輸出を止めるだろうし」
「そう考えると、あっちもあっちでお前のことは評価しているのかもな」
「だったら良いね。嫌っていても認めるべき部分は認めてくれる。そういう人は信用に値するよ」
「メアリさん、これはなかなか素敵な関係ですわね」
「は、はい。想像が広がります」
「なぁお前ら、似顔絵置いて帰ってくれないかな?」
マリアとメアリが不穏な会話を始めたので制止させる俺。2人は話を止め、何事も無かったようにニコニコと笑みを浮かべ誤魔化している。ってか似顔絵にしても王妃だけいれば十分なのに何で3人もいるんだよ! 仕事しろよ!!
「まぁいい、次の魔王だ」
「じゃあ水禍の王かな。彼女は正直なところ、良く分からないかな」
王妃たちが持っている似顔絵を見る。髪の毛の長い、30代前半くらいの優し気な女性だ。魔王というより若奥様という感じである。若奥様は魔王。
「水禍の王の領地では他にも王になりそうな人がいっぱいいたんだけど、何故か病気になったり権力争いから身を引いたりして、結果的に彼女が王になったんだよね」
「……それって、もしかして」
「ボクも彼女が何かしたと思うんだけど、ちょっと怖くて聞けないんだよね。そもそもどうして王になりたかったのかも分からない。色々と調べたけど、分からないことだらけなんだよね」
「子どもを次の魔王にしたい、とかじゃないのか」
「水禍の王はまだ結婚してないんだよね」
若奥様じゃなかったし!!
「年齢的には結婚しててもおかしくないんだけど、血を繋げる気が無いのかも知れないね。とにかく、謎だらけの人だよ」
「あっちから何か要求はあったのか?」
「魔界との転送陣の1つが大陸から離れた島にあるんだけど、その周囲を領地として欲しがったよ。ただ、その辺りはボクもある計画のために使いたくてね」
「ある計画?」
「うん。ハワイをつくろうと思うんだ」
「……ごめん、もう1回言って」
「ハワイをつくろうと思うんだ」
「スマン、何言っているか全然分からねぇ」
「悪魔さんの世界にある、常夏の楽園ハワイ。海で泳いだり美味しい物を食べたり自然の美しさを楽しんだり、訪れた人たちに素敵な体験を提供する素晴らしい保養地。それを作ろうと思うんだ」
「ああ……うん。やっぱり何言っているか全然分からねぇ」
「魔界は日差しが弱いし気温も高くないから、それとは真逆の観光地が欲しかったんだよね。そんな場所があれば多くの魔族が訪れて観光産業で大儲け出来るし、ボクたちも楽しい家族旅行を満喫出来る。ゆくゆくは人間にもいっぱい来てもらって、種族に関係無く素敵な時間を送れる楽園にしたいんだよね」
「なるほど、確かに魔界から行ける観光地としては転送陣のある島というのはアリかも知れないな」
発想が相当バカっぽいけどな!!
「だから領地としては渡せないけど、共同でそういう場所を作らないか、って水禍の王に提案したんだ。そうしたら彼女は喜んで承諾してくれたよ」
「……なんで?」
「水禍の王の領地には海で生活する魔族も多いからね。陸の方の開発をボクたちが進めれば海の環境だけ整えれば良いからだと思う。本当の理由は分からないけどね」
「謎の多い女だな……要注意人物じゃないのか」
「情報はずっと収集しているけど、なかなか真意には辿り着けないよ。怪しい動きも無いし、今のところは警戒する以外に手が無いね」
「分かった。それじゃあ次の王の話に移ろう」
俺がそう言うと、カシマシーズが似顔絵を出そうとガサゴソし始める。そして3人がほぼ同時に絵を俺に見せた。
1枚目、無視! 2枚目、少女! 3枚目、少女マンガのキャラ!
「女の子?」
王妃の絵に描かれているのは、ヒメより少し年上の十代半ばくらいに見える少女。ショートカットで元気そうな笑顔の女の子だ。メアリの絵も同様に、ショートカットの元気そうな女の子が描かれている。
「色々あって、暴風の王は女の子なんだよね」
「なんだよ、色々って」
「えっとね、暴風の王の領地ってかなり小さくて、王に仕える魔族は他の魔王の領地を旅しながら生活してるのが大半なんだよね」
「遊牧民みたいなもんか」
「そういう人もいるけど多いのは行商人とか護衛とか、あと冒険を生業にしてる人もいるね。暴風の王の下には、魔力が強くて自由を愛する魔族がいっぱい集っているから」
「で、それと魔王が女の子なことに何の関係があるんだ」
「新しい暴風の王を決める時ね、王になりたい人が何人も出てきたんだって。それで彼らは武闘大会を開いて、一番強い人が次の王になることにしたんだ。彼らはお祭りとか大好きだし、強さ以外にみんなが認めるものが無かったからね」
「それで、女の子が優勝したってわけか」
「うん。見た目は幼く見えるけど、魔力は凄まじく強いね。ボクや他の魔王よりも強いから、彼女が王であることに他の魔王も異論は無いみたい」
「力は最大の説得力だな。その点では大魔王と同じか」
「大魔王様に比べるとだいぶ力は劣るし、統治者としての能力は無いから全然似てないけどね。領地の統治は配下の魔族に全部任せて、今はハワイ建設予定地を中心に色んな所で自由気ままに過ごしているよ」
「それって王様なのか……?」
「暴風の王とその下にいる魔族たちにとって、国というのはそんなに大事じゃないのかも知れないね。それでも王のことは敬うみたいだから、まとめ役として暴風の王は重要なんだよね」
人の集まりは国や都市という形だけでなく、宗教や組合といった形も取りうる。そのような人的ネットワークこそ、暴風の王が治めるものなのだろう。
「だけど彼女との交渉はなかなか難しいんだよね。あっちは色んな注文を言ってくるんだけど、こっちの要求はあんまり聞いてくれない。やっぱり、性格も宙に浮いてるってことなのかな」
「性格も宙に浮いている?」
「うんとね、彼女はいつも魔法を使って空中に浮いているんだ。魔力をいっぱい使うはずなのに凄いよね」
「空中、ねぇ……」
ふと、過去のある記憶が蘇った。
「お前って昔、宙に浮く魔法使って天井に頭ぶつけてたよな」
「え!? 魔王様、そんな格好悪いことしていましたの!?」
マリアが嘲るような声を出し、王妃に肩をポン、と叩かれる。
「恥ずかしい思い出言わないでよ悪魔さん……あれは悪魔さんが持ってきた魔法書で勉強した魔法だから、この世界の魔法とはちょっと違うんだよね」
「なんでわざわざ別の世界の魔法を覚えたんだ?」
「えっとね、この世界の宙に浮く魔法は空中で姿勢を保つのが難しくて、ボクの場合は前後にグラグラしたり足だけ上に行き過ぎてクルクル回っちゃったりしてね」
やべぇ、ちょっと見てぇ。
「それで、気持ち悪くなっちゃうの」
遊園地のアトラクションかよ!!
「暴風の王も空中でゆっくり回ってたりするけど、気持ち悪くなったりはしないみたい。それも魔力が強いからなのかな」
三半規管の問題じゃね?
「まぁ、空中に浮く話は置いといてだ。向こうからの注文ってどういうのなんだ?」
「多いのは面白い魔術装置を作って欲しい、みたいな話だね」
「面白い魔術装置?」
「この前は丸いお皿みたいな形をした、空を飛べる乗り物を作ってみたよ」
空飛ぶソーサー!!
「だけど作るための材料費が高いし、暴風の王じゃないと上手く動かせないからボクたちには使い道が無いんだよね……」
「それでも作るのは、やっぱり協力関係を維持するためか」
「もちろんそれが一番の理由なんだけど、暴風の王が欲しがる魔術装置を作る中で新しい手法や術式が生まれることも多いから、そういう技術の向上も狙っているよ」
「難題に取り組むことで鍛えられるということか。確かにそういう側面もあるだろうな」
「というわけで、これでボク以外の魔王5人の紹介は終わりなんだけど、何か気になることはある?」
「そうだな……」
戦いを好む劫火の王。やり手らしき荒土の王。合理的な霊木の王。謎の多い水禍の王。自由人な暴風の王。一筋縄では行かなそうな連中だらけである。
「気になることは多いが、今すぐ聞きたいようなことは無いな」
「うん、わかった。実際に会ってみないと分からないことも多いと思うし、気付いたことがあったら後で聞かせてね」
その言葉から察するに、さてはコイツ他の魔王との会談に俺を連れて行くつもりだな……でも俺、政治のこととか全然分からんから行っても仕方ないと思う。
「出来ましたわ!」
急にマリアが声を上げた。一体何をやっているのかとカシマシーズの方を向いてみると、3人が新たな似顔絵を持っていた。
うん、王妃の絵で分かった。俺の似顔絵だわ。
「あはは、似てる似てる」
魔王が愉快そうに笑った。王妃の絵は見慣れた俺の顔そのまんまで、もうちょっと男前に書くとか美化するとかしてくれませんかね、と言いたくなる程よく描けていた。メアリの方もまぁまぁよく描けていたが、少女マンガのモブとしか言えない特徴の無い顔で、当然キラキラもしてない。2人とも、俺をもう少し気遣ってください。
そしてマリアは当然小学生レベルの落書きだったわけだが、似顔絵から吹き出しが出ていて「おっぱい」と書いてあった。
おっぱいと、書いてあったんだ。
「ちょっと待てお前!? なんでおっぱい、なんだおっぱいって!!」
「悪魔様はいつもこんな感じですわよ!! 男性の視線に気付かない私とメアリだとお思いですかっ!!」
「男はみんなおっぱいが好きなんだよ!! 分かれ、分かってくれ!」
「全然分かりませんわ!! 悪魔様は本当にいやらしい人ですわね!」
「2人とも仲良いよね」
魔王がそう言うと、王妃とメアリがうんうんと頷いた。
「良くねぇよ!」
「良くないですわ!!」
その後、学校から帰って来たヒメが部屋のゴミ箱に捨ててあったマリアの絵を見て、「おっぱいかっ!? やっぱりおっぱいがいいんじゃな!!」と俺を問い詰めて来てマジで大変だった。
おっぱいは、あぶない。
勇者カウンター、残り9958人。




