第13話 悪魔は学校見学するのか
いつもの部屋のいつものタタミの上から離れ、魔王城正門の跳ね橋から城下町を臨む俺と魔王。晴天の下、夏の日差しが痛い。帰りたい。冷たい空気の出る魔術装置がガンガン効いてる部屋でゴロゴロしてぇ。
「じゃあ、早速行くよ悪魔さん!」
妙にテンションの高い魔王は、何故か普段と違いメガネをかけている上に、髪の毛の色が黒になっている。何故学校に行くのに変装する必要があるのか、まったくぜんぜんこれっぽちも分からないんですけど!
事の発端は、いつもの部屋のいつものタタミの上で魔王が急に発した一言だった。
「そういえば、悪魔さんに学校を見てもらってなかった!!」
本を読みながらだらだらしてた魔王が脈略も無くそう言い、俺は無視して手元の本のページをめくった。
「悪魔さーん」
「暑いからやだ」
学校行くってことは外出るってことだろ? 嫌に決まっているだろ!
「大丈夫、夏休みが始まってないからまだそんなに暑くないよ!」
いやその理屈はおかしい。ってか夏休みちゃんとあるのね学校。宿題もあるのかな。ヒメが夏休み最終日に半泣きで自由研究やる姿が目に浮かぶわ。そんで両親に手伝ってもらって完成したのがこちらの石をパンに変える魔法です。
「お前の娘は救世主かよ!?」
「最近悪魔さん急に変な事言うの増えたよね」
「俺もそう思う」
恐らく新しい疑似人体の高度な計算力が思考力に反映して妄想が加速しているのだ、という俺の妄想。本当の所はやること無さ過ぎて暇だからじゃね?
「悪魔さんもずっと部屋にこもっていたら体も頭も鈍っちゃうし、悪魔さんのおかげで出来たと言っても過言ではない学校だから見てもらいたいんだよね。ボクたちの成果を確認するのも、悪魔さんの仕事でしょ?」
そういえばそうだった。俺の仕事はこの世界が俺たちの住む異世界と交流可能になるよう援助することで、当然ながら社会の発達度合いを知ることは重要事項であった。いやー、勇者と戦うためにタタミの上でのんびりすることが普通になってたから忘れてたわー。
「仕方ない、夏がさらに本格的になる前に見に行くか……」
「やったね。それじゃあ準備があるから、先に城の外で待っててよ」
「暑いからやだ」
そんなこんなで帽子もかぶらず黒髪を日光にさらして、2人の男が城下町へと歩き出す。異次元収納装置から王妃に貰った帽子を取り出して被っても良かったが、あんな真っ黒い帽子被ったら頭部がもっと熱くなるわ! 貰った時は夏でも使えそうだと思ったけど、夏の太陽はそんなに甘くなかったぜ……
まぁ、それはそれとして……
「なぁ魔王」
「なに?」
「なんで変装してるんだ?」
「実はね……ボクは学校では魔王の身分を隠して先生をやっているんだよ」
「は?」
「学校にいるみんなもボクの正体には気付いて無いみたいで、ちょっと面白いよ」
「気付かれないのか」
確かに城下町の住人全員が魔王の顔をちゃんと知っているとは限らないし、トレードマークとも言える金髪が黒髪に変わっているのだから意外に気付かれないのかもしれない。そうやって教師のフリをしてお忍びで城下町を視察しているわけだ。
「ちなみに名前はクマ先生ってことになってるよ。『アクマ』から取ったんだよ」
「え、あ……ああ、うん、そうか」
一文字削っただけでマスコットの名前みたいになってるわ。
「そろそろ学校が見えてくるよ、ほら」
魔王が指さした先。大通りから分かれた道の先に、大きな建物の上部が見えた。
「あれが学校か」
「うん。あれは大学校だね」
「大学校ということは、他の学校もあるのか?」
「もちろん。悪魔さんの世界の学校を参考に、小学校、中学校、高学校、大学校の4つに分けたんだ」
ちょっと違うけど、ツッコむ程では無いのでスルーする。
「これが学校全体の地図だよ」
魔王が差し出した地図を見ると、大きな敷地にある大学校の周囲に小さめの小学校と中くらいの大きさの中学校があった。学校の敷地面積は小、中、大の順か。ちょっと嫌な予感がする。
「なぁ魔王……小学校と中学校に通う生徒ってどう分けているんだ?」
「小学校は12歳くらいまで、そこから15歳くらいまでは中学校に通うんだよ。これも悪魔さんの世界と同じだね」
よかった。小学校や中学校が建物の大きさで区別されてると思ってるバカじゃなくて本当によかった。
「ところで、高校はどこだ?」
「高学校ならここからでも見えるよ。ほら」
斜め上を指す魔王の右手の先を見ると、高い塔の屋根が見えた。地図で確認すると、建物自体は小さくて分かりづらいが確かに高校らしきものが存在した。
「高校だけ建物の雰囲気が違うな」
「だって高学校だもん。他の建物より高いのは当たり前でしょ」
「…………」
高校は高い学校じゃなくて高等学校の略なんだよぉぉぉ……やっぱりお前、建物の形状で分けられてると思ってるよねぇぇぇ……
「高学校も16歳から18歳くらいまでの生徒が通っているよ。それくらいの年じゃないと、階段を上るのが大変だからね」
「……そうだな」
そうじゃねぇけどさぁ!
「でも生徒の中には階段を上らずに魔物を使って空から教室に入ったり、魔法で大ジャンプして教室に入る子もいるんだ。ちょっと困るよね」
勘違いで無駄に高い建物を作ったお前が一番困りものだよ!
「それで今日は学校長もいるみたいだし、大学校の方に行ってみるよ」
「学校長? 何者なんだ?」
「行けば分かるよ」
魔王はニヤリと嫌な笑みを浮かべ、大学校の方へ歩き出した。あの顔からして俺の知っている人間が学校長……ということは王妃だな! またかよ!!
不安を覚えつつ、俺は魔王の後に付いて行った。
大学校の立派な石造りの門を通ると、校舎に囲まれた中庭が広がっていた。噴水やら銅像やらベンチやら大学のキャンパスっぽい物が沢山配置してあるが、多分これも俺が持ってきたマンガ辺りを参考にしてやがるな……
それは良いとして、だ。
「何か学生の視線を感じるんだが……」
「ボクは大学校で時々魔法を教えているからね。顔を知ってる人も多いと思うよ。あと、悪魔さんは有名人だしみんな珍しいんじゃないかな」
「ああ、そうか。そういえば俺はこの町では有名人だって、ヒメとマナ……町の娘が言ってたな」
「あれ? 悪魔さんいつ城下町に遊びに行ってたの?」
「ちょっと暇なときにな。気にするな」
俺と魔王が話していると、大学から町の方へと向かおうとする男子学生とすれ違った。
「あっ、こんにちは悪魔さんとま……クマ先生!」
「こんにちは。勉強頑張ってね」
「は、はい! 失礼します!」
男子学生は明るく微笑み、町の方へ歩いて行った。
「……なぁ、今」
「ほら、やっぱりボクのこと知ってる人いたよ。あんまり授業してないんだけど、良い先生だって評判なのかな?」
「あっ! 悪魔さんとま……クマ先生! お会いできて光栄です、悪魔さん!」
「え、ああ、ありがとう」
別の学生が声をかけてきた。そして、3人目、4人目とどんどん学生がやってくる。
「ま……クマ先生と悪魔さん、大学校を見に来てくださったんですね!」
「悪魔さんにま……クマ先生が並んでいる姿が見られるなんて、今日は良い日です!」
「話には聞いていたんですけど、本当にま……クマ先生と悪魔さんって仲良しなんですね」
ねぇ、なんでみんな「ま……」って言うの? 遠慮しないで全部言っちゃってイインダヨ?
「あ、悪魔さん。またお会いできましたね」
聞き覚えのある声がしたのでそちらを見ると、ヒメの友人にして孤児院で生活している人間の娘であるマナの姿が見えた。
「それとそちらはまお……クマ先生ですね。お噂はかねがね聞いています」
マナが爽やかに微笑む。こんな良い子にまで無理をさせてるなんて、お前は魔王か何かか!!
「初めまして、えっと君は……」
「マナ、と呼ばれています。魔王様の御息女であるヒメ様につけて頂いた名前なんです」
「そうかヒメのお友達なんだね。これからも仲良くしてくれるとありがたいな」
「はい、もちろんです!」
屈託の無い笑顔で答えるマナ。そして魔王、お前はもっと正体を隠す演技をお願いします。
「さてみんな、悪いけど悪魔さんに大学校を案内しないといけないんだ。また今度、時間がある時に話をしよう」
「分かりましたま……クマ先生」
「それでは悪魔さん、また会いましょうね」
学生やマナが俺と魔王から離れ、それぞれの用事に戻る。と思いきや、大半の学生が遠巻きに俺と魔王を見ていた。何か愉快なことが起きることを期待しているのかもしれないが、何も無いぞ。
「それじゃあ悪魔さん、これから大学校の中を案内するんだけど、その前に見て欲しいものがあるんだ」
「なんだ?」
「あれだよ、あれ」
魔王が指さす方向を見ると、斜め上の空に向けて右手の人差し指を突き出し、左手を腰に当てている銅像があった。大学にはよくある初代校長などの像だと思うが、ここの初代校長って誰だ? まぁ、初代校長じゃなくて魔王辺りの像があっても妥当か。
俺は近づいて、その顔を確認する。
……え? 俺?
「どう、格好良いでしょ? 悪魔さんの偉大さを称えるために建てた銅像なんだよ」
「なるほど、そうかそうか」
俺は異次元収納装置から衝撃吸収素材で出来たグローブを取り出し、右手に装着する。そして、戦闘用出力で銅像の脚にチョップを食らわす。
「おんどりゃぁ!!」
俺のチョップが当たった箇所が砕け、バランスを崩した銅像がゆっくりと倒れる。そしてズーン、という音と共に銅像の右手人差し指が地面に突き刺さった。
「ちょ、ちょっと何やってるの悪魔さん!?」
「人の銅像を勝手に建ててんじゃねぇよ!! 恥ずかしいだろうがっ!!」
「だって、悪魔さんがいなければ学校を建てることは出来なかったし、建ててもおかしくないよ」
「だったらお前や王妃の銅像でも建てれば良いだろ」
「えー、だって恥ずかしいでしょ?」
魔王にチョップをかまそうとしたが、魔王は必死に俺の右手首を握って押し留めてきた。
「悪魔さんやめて、流石のボクもその攻撃には耐えられない気がするから……」
大丈夫、悪魔チョップは破壊力じゃない。パンチ力だ。死にはしない。
そんな俺たちのやり取りを遠巻きに見ていた学生たちが、ひそひそと話し始める。
「すげぇ悪魔さん……銅像を素手で……」
「それよりもこの世界とは別の空間に手を入れて物を取り出したあの魔法……」
「あのま……クマ先生があそこまで恐れるとは、噂通りの人のようだ……」
「こわ……」
俺は右手に絡みつく魔王の手を払い、異次元収納装置にグローブを戻した。このまま学生に見られながらアホなこと続けてたら銅像以上に恥ずかしいわっ!!
「それで、どうしてくれるの悪魔さん。銅像建て直さないと」
「俺じゃなくて初代校長の像にしてくれ。俺の世界ではみんなそうしてる」
「そうなの? じゃあしょうがないか、新しい像を作って……」
渋々といった表情の魔王。とにもかくにも丸く収まった。
「やっぱり悪魔さんが初代名誉学校長ということで」
「よし、分かった」
俺のチョップの構えを魔王が再び押し留め、周囲の学生たちがざわざわする。
めんどくせぇ!
「こっちが攻撃魔法科、あっちが治癒魔法科だね」
「ふむ」
魔王に案内され大学校の中を見学する。だが、普通に教室があるだけで特に面白いものがあるわけでも無し! 強いて言えば、木造と石造が混じったような建築が少し気になるくらいか。
「この校舎は木で出来ているのか? それとも石か?」
「前は全部木造だったけど、色々あって丈夫な石材を使うようになってきてるよ」
「色々ってなんだ?」
「炎の魔法を使ってうっかり火事になったりとか、肉体強化の魔法でうっかり壁に穴が開いちゃったりとか」
うっかりが危ねぇぞこの学校!!
「あっちに魔術科と魔術装置科もあるけど見て行く?」
「いや、さっさと校長に会いに行こう。火事に巻き込まれたくない」
「そんな毎日火事は起きないって。魔法の実技授業も校舎の外にある実験場でやるようになったし」
「実験場……やっぱり、危険な魔法の実験が多いわけか」
「そこまで多くはないかな。時々全身大やけどになったり、腕や足が吹き飛ぶ人はいるけど」
閉鎖しろ。
「実験場見に行く?」
「行かねぇよ。この学校が死ぬ気で魔法について学ぶ場所だってことは、今の話で良く分かった」
「凄いでしょ」
魔王が得意げに胸を張るが、今のは誉め言葉じゃねーからなっ!! この大学は教育方針を「ガンガンいってみる」から「いのちをたいせつに」へと変更すべき。
「とにかく、今日の所は校長に会ってさっさと帰りたい。大学の教育や研究の成果なんてちょっと見ただけじゃ分からないだろうし、成果が出るのなら城にいても情報は入ってくるだろうしな」
「仕方ないなぁ。それじゃあ、学校長の部屋に案内するね」
歩き出した魔王の後に付いて廊下を進み、階段を上る。どうやら校長室は最上階にあるようだが、校長室ってもっと来客の対応がしやすい位置にあるもんじゃないのか。いや、静かに話が出来るという点では教室から離れていた方が良いこともあるか。特にこの大学ではうっかりで建物ごと吹っ飛ぶという事態も想定されるため、教室から離れた安全な場所にあった方が良いだろう。まぁ、この校舎に安全な場所なんて無い気もするけどな!
「ここが学校長の部屋だよ」
装飾の施された丈夫そうな木材で出来た、両開きの扉。この奥に学校長と呼ばれる人物がいるそうだが、やっぱ王妃かな……
「失礼しまーす」
左右両方の戸を押し開き、遠慮さを微塵も感じさせない調子で校長室に入る自称クマ先生。教師ごっこするならもっとちゃんとしなさい!!
「お待ちしておりました、ま……クマ先生。そして、悪魔様」
扉の真正面に置かれた執務机を挟んで、1人の男が座っていた。長い白髪に穏やかながらも力強さを感じる目。容姿は人間で言えば60代といった所か。
で、誰なのこの人。
「調子はどうなの? 魔界との往復も多くて大変でしょ?」
「確かに仕事は多いのですが、若い者が頑張ってくれているため苦ではありません」
馴れ馴れしく学校長と話す魔王。魔王とは親しい中のようだが、俺の知っている顔ではない。年齢的には先々代から魔王に仕えている爺様が一番近いが……
「……ん?」
「どうしたの、悪魔さん?」
「いや、まさかと思うが……」
「どうかしましたかな、悪魔様」
学校長の声。よく聞けばその声には、聞き覚えがあった。
「まさか……爺様?」
「はい、爺です」
ニコリと笑う学校長こと爺様。
「また若返ったのかよアンタは!?」
爺様は最初に会った時、70代程度の老人であった。しかし大魔王との戦いの際は50歳程度のオッサンに若返り、その後は元の70代に戻っていたはずだ。そしてどうやら、今は60代になっているらしい。年齢の変化を一貫させろや!!
「はい。この10年以上、若返りの魔法について研究しております」
「若返りが楽しくなったってわけか?」
「それも無いとは言えませぬが、魔力と寿命に関する疑問を解き明かしたいという、そんな好奇心の方が大きいですな」
「魔力と寿命?」
「たとえば先々代の魔王様は強大な魔力を持ちながら、私よりも早く亡くなられました。それは魂や魔力の寿命ではなく、肉体の寿命なのではないか。そのような疑問です」
「どんなに魔力が強くても肉体が滅べば死ぬということか」
「私はそう考えております」
爺様は「お座りください」と言って、執務机の近くにあった椅子を勧めてきた。俺は扉の右側、魔王は扉の左側に置かれた椅子に座る。
「過去に魂を自身の肉体以外に移すことで不死を実現しようとした者もおりました。ですが魂を定着させることは出来ても、それを長期間維持することが出来た者はいませんでした」
「自分の肉体以外では魂は長持ちしないわけか」
「魂を定着させる器として、自身の肉体というのは最上の物だと言えます。そのため、自身の魔力を多少犠牲にしてでも肉体の健康は維持すべきだと、私はそう思うのですよ」
「なるほど」
健康第一ってことね。ジジイか。ジジイだ。
「若返りには薬に頼る手もありますが、それよりも自身の魔力によって自身の肉体を若返らせた方が肉体への負荷が少なくなるようです。どうやら、魂を通じて肉体と魔力には大きな関連があるようです」
「……」
異世界の住人が持つ魂。魔力を発生させるその機関の中には、DNAのように肉体の特性を定義づける情報も含まれている。肉体がその魂と魔力にとって最適な器として形成されていても不思議は無い。
そうなると、ある疑問が湧いてくる。元々存在する魂と肉体に勇者の魂が寄生した場合、肉体に何かしら影響が発生するか、否か。
「仮に、1つの肉体に2つの魂が入ったらどうなる?」
「そうですな……そのような例は聞いたことがありませぬが、片方の魂が肉体の本来の持ち主であれば肉体の維持は行いやすいと思われます」
「肉体への負荷は? 寿命は縮むと思うか?」
「長期間に及べばそれも考えられます。ただ、2つの魂を保持できるように肉体が変化する可能性も否定できませんな」
「魂に肉体が左右されるの?」
黙って話を聞いていた魔王が、興味を示したのか爺様に尋ねた。
「魔力によって肉体を変化させることが可能である以上、僅かではありますが可能性がありますな。もっとも、他者の身体を自身の魂に合った肉体へと変化させる魔法など聞いたことはありませぬから、確実なことは言えません」
「そうか……」
「参考になりましたかな?」
「うん、それなりにね」
何かを見透かしているだろう爺様に笑みで返す魔王。この2人も長い付き合いの中、以心伝心で通じ合うものがあるのだろう。
「今の私は肉体の維持に多くの魔力を使っていますが、身体さえ動けばそれを補う方法が使える時代です。もし何かありましたら、遠慮なく申してください」
「ありがとう。でも今のところは、学校や魔界の領地のことで頑張って欲しいかな」
「承知しました。おっと、立場上、教師の方に頭を下げるわけには行きませぬな」
「そうだね。今のボクはクマ先生だからね」
爺様は頭を下げようとして途中で止め、魔王と一緒に「はっはっは」と朗らかに笑い合う。さっさと飽きねぇかな先生ごっこ!
「そういえば爺様、この大学について意見があるんだが」
「何でしょうか、悪魔様?」
「もう少し安全性を重視しないか?」
「ああ……確かに若い者の中には危険な魔法を使おうとする者もおります。ですが、強力な攻撃魔法があるからこそ治癒魔法もより強いものとなり、互いの技術が高まるのです。今は攻撃魔法の実践などについては申請の上で実験場で行っており、治癒魔法に長けた者も立ち会うことになっておりますので以前より危険は少ないでしょう。現に、死者は1人も出ていません」
「出てからじゃ遅いと思うんだけどな……」
「心配性ですな。近頃は大きな事故も無く――」
突如、爺様の背後の壁にあった窓が爆発の轟音と共に吹き飛び、ガラスの破片が爺様に襲い掛かった!!
「……」
「……」
「……」
爺様、無言で微笑みながらも所々出血あり。机の上、悲惨。俺と魔王、椅子を盾にしてどうにかガラスを回避。
「……」
爺様が机の引き出しを開け、金属製の棒を取り出す。通信魔術装置、テレフォン。それを耳に当てて「私だ」やら「なるほど、逃がすな」やら不穏な言葉を発する。
「申し訳ない、お二人方。少し急用ができたため、今日の所はこの辺りで……」
「う、うん! そうだね!」
「あ、ああ……」
テレフォンを引き出しにしまい、爺様が背中を向ける。背中に刺さったガラスがボロボロと落ち、傷が次第に癒えていく。右手を壊れた窓と壁に向け、炎属性の魔法を使い壁に焦げた大穴を空けた。
そして穴から外に出た爺様は文字通り、空を飛んだ。
「飛んだ……!!」
「飛んだよね……爺様、飛べたんだ……」
穴から爺様の姿を見る俺と魔王。魔法の力で謎の滑空をする爺様は、人がまばらにいる長方形に区切られた空地へと向かっていった。どうやらそこが実験場らしい。
「なぁ、魔王」
「なに?」
「校長室に偶然魔法が当たるってことあるのか?」
「……ボクは制御出来なくて城の塔を倒しちゃったことがあるよ」
「魔法って怖いな……」
その後、大学校の実験場使用は申請の審査が厳しくなり、他者へと危害が及ばないように細心の注意を払うと共に、万が一危害を与えてしまった場合には相応の罰が与えられるようになったとのこと。
そして後日、ヒメから「頭がすごくピカピカツルツルな2人組がいたのじゃ!!」との報告を得た。
勇者カウンター、残り9964人。




