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勇者が不死身すぎてつらい  作者: kurororon
第2部 勇者が不条理すぎてつらい
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第12話 王妃のマンガは世界を変えたのか

「やはりここの描写が素晴らしいと思いますわ!」

「わ、私はここの……あの……」

「……」

「私はここが好きなのじゃー」


 いつもの部屋のいつものタタミの上。テーブルの向かい側で女性4人が積み上げたマンガ本を前にあれこれトークしておる。今日は魔王が仕事か何かでいないので男は俺1人。居心地が、悪い!

 王妃やヒメだけならのんびり本を読む余裕もあるが、メイド2人がいると途端にうるさくなる。女3人寄れば(かしま)しいと言うが、4人だと何と言うのだろうか。やかましい? いや、王妃は喋ってないから実質は姦しいでいいのか。そもそも姦しいって何だ? 鹿島しい? 人名か?


「何を考えておるのじゃ、悪魔殿?」

「わからん」


 ヒメが急に話しかけて来たので、正直に答えた。


「悪魔殿もこっちでこのマンガについての話をするのじゃ」


 女性陣の前にあるのは俺が持ってきた古い少女マンガ。確かそれなりの人気作品だった気がする。


「いや、俺はそのマンガ読んだことないし」

「なんで読まない本を持っているのじゃ?」


 だってしょうがないじゃん!! 俺の世界の本は安い上に「悪魔にオススメ! 激安古本500冊セット!」みたいな何が入っているかよく分からないものが異世界古本販売サイトにあるんだもん! 大体はそれで済ませて中身もあんまり見ないで異次元収納装置にシュートして放置だよ!

 人類の生活圏にある異世界では基本的に物資が乏しいのだが、手軽かつ現実感を失いにくい娯楽として本は大量に生産されていた。電子書籍では本の重さだとか匂いだとか、あとページをめくる感覚だとかが味わえないため、疑似人体を使用することで失われやすい現実感がさらに希薄になる。そのため本の生産は異世界生活圏の開拓初期から重要視され、結果として大量の本が流通し、多くの古本が人々の手から手へと移動する状況となった。悪魔の存在もあり、異世界における古本の市場は拡大する一方である。そしてこうやって異世界に余計な文化を伝えてしまうわけだ。


「何を考えておるのじゃ、悪魔殿?」

「本を売るならイッセカイ」

「何を言っておるのじゃ悪魔殿?」

「そうだな。何言ってるんだろ俺」


 俺は手を伸ばし、女性陣の前にあるマンガ本の1冊を取ってパラパラとめくる。うん、絵が古い!


「そういえば、王妃ってどんなマンガ書いているんだ?」


 俺がそう言った瞬間、まるで電流が走ったかのようにマリアとメアリのメイドーズが同時に俺の方を向いた。ちょっと怖いんだけど。


「興味があるのですね! では是非読んでみてください!!」

「お、面白いですよ!」


 マリアが俺の世界のマンガ本と比べてだいぶ大判の本を渡してきた。これ常時携帯してるのかお前は。


「なになに……『この世界の端っこで』か……なかなかいいタイトルだな」


 あと絵がちょっと古い!!


「どれどれ」


 ページをめくり、しばし読んでみた。とある田舎の村に住む少女が、森の中で傷ついた美形の男性魔族を見つけ、看病する所から話は始まる。最初は少女と距離を取ろうとしていた魔族だが、体が弱っているのと少女の優しさのために強く出ることが出来ない。

 なるほど、王妃は傷ついた魔族を人間の少女が救う話がお好みか。俺、逆のパターンなら良く知ってるんだけどな。

 さらに読み進める。少女の村近くに魔物の群れが現れ、村の住人は避難する。だが少女は魔族を(かくま)っているため、住人とは別れて魔族と共に避難する。そして少女たちを取り囲む魔物たち。絶体絶命かと思ったその時、魔族は無理を押して真の力を垣間見せる。なんと、魔族の正体は魔界での権力闘争で傷つき彷徨(さまよ)っていた魔王であった。

 だよね。

 そして魔王は少女を守るために魔物を一掃するも、力を使い過ぎたため再び倒れるのであった。続く!


「なるほど。良く出来ているな」

「そうでしょそうでしょ!? 私は主人公のベル様とアンドロ様も好きなのですが、やはりベル様を励まし背中を押すマリーが特にお気に入りでして!」


 知らねぇよ。


「わ、私はマリーの妹のメリーが好きです……えっと、お姉さんのマリーみたいに強くは無いんだけど、そっとベル様を支える姿がいいな、って」


 だから知らねぇよ!!


『マリーとメリーからこの2人の愛称を名付けたんですよ』


 手帳の文字を王妃が見せてきた。なるほど、だからマリアとメアリか。どうりで実の姉妹でも無さそうなのに名前が似ているわけだ。


「まぁ、この内容なら魔界で流行しても不思議は無いか」

『他の王の領地でも人気があるそうで、1巻は5万冊くらい作られました』

「そんなに」


 魔界にどれだけの人数が住んでいるのかは知らないが、それでも5万冊なら大ヒットなのではないか。そもそも他に本があるのかどうかすら謎……


「ん? ちょっと待った」

「どうしたのじゃ、悪魔殿?」


 ヒメが小首を傾げて尋ねてくる。今日の君は質問ばかりだけど、その不思議がってる顔は実のところ嫌いではないよ!


「5万冊って、どうやって作ったんだ?」

「コーピィという魔術装置を使ったのじゃよ」


 コーピィ……ああ、なんか大体分かった。


「コーピィは専用のインクを使って文字や絵を書いた紙と、真っ白い紙を入れると」

「真っ白い方に同じ文字や絵が写るわけだな」

「なんじゃ、知っておったのか」


 俺の世界の発明品だよそれは!!


「母上のマンガをもっと色んな人に読んで欲しくて、父上がみんなと協力してコーピィを作ったのじゃ。凄い大変だったと父上は言っておったぞ」

「そりゃそうだろうな……」


 中世だか近世だかのファンタジー世界でコピー機作るとか正気の沙汰じゃない。目的が嫁のマンガを印刷するためという所も正気とは思えないし。


「聞いたところによると、マンガを印刷するための紙の調達も大変だったそうですわ。魔王様の領地では紙の原料が不足していますから、霊木の王の領地からかなりの原料を買ったと聞いておりますわ」


 マリアが補足説明をしてくれる。嫁のマンガのために他国を巻き込んだわけだ、あのバカ。


『今も紙の原料はたくさん輸入しています。そのことで霊木の王との関係は以前と比べて良くなっているとも聞いています』


 マンガで動く国家経済。大丈夫か魔界。あと霊木の王って誰だよ。


『印刷工房ではマンガだけでなく、料理の本や魔法の入門書も印刷しているんですよ』

「そっちの方が重大じゃねぇか」


 マンガは影響力が大きくても娯楽に過ぎないが、料理は生活に密着しているし魔法の入門書なんかは魔族にとってかなり重要なものだろう。それらが流通するようになったということは、魔界の文化レベルは相当向上したのでは無いか。


「ということはだ、もしかしなくても文字の読み書きを教える本とかも……」

「は、はい! 王妃様が監修したものが、魔界の子どもたちを中心にたくさんの人に読まれています」

「私が学校で使っていた本にも、母上が関わっていたのじゃ。父上も凄いが、母上も凄いのじゃ」


 メアリとヒメが嬉し気に答えた。王妃のマンガがきっかけとなって本の印刷が行われるようになり、魔界の識字率と知識レベルが上がったというわけだ。やべぇ、王妃やべぇ。この人何なの? 天才である予感は前々からしていたけど、これもう歴史に残っちゃうレベルだよ? そりゃファンがメイドになりに来るわ。

 だが王妃の天才性が発揮されたのも、魔王というバカが王妃のためにあれこれ動いたためであろう。作家にはファンやパトロンが付き物だが、王妃は魔界どころかこの世界最大の権力者が夫だったからこそ、これほどの影響力を及ぼすことが出来たのだろう。いいコンビだと言えるが、ちょっと怖い。いや、かなり怖い。だってこの夫婦、多分武力でも文化でも世界を征服できちゃうよ? この世界のパワーバランス崩壊してるよ?


「だけど父上や母上が凄いのも、悪魔殿が色々教えてくれたおかげだと思うのじゃ!」


 ヒメの言葉に王妃も大きく頷いた。え、俺のせい? もしかして俺のせいで魔王夫婦が世界征服しちゃえる件? いやいやいやいや…………

 ……やっぱ俺のせいなの?


「うーーん……まぁ、そういうことにしておこう」


 適当に誤魔化して思考を放棄する! 俺は世界に責任なんて負えないからね!


「さて、話が一段落ついた所で皆様、お茶とお菓子を用意しましたわ」


 マリアがお茶とクッキーらしき菓子を盆にのせて持って来た。いつの間に用意したんだよお前。あとなんでメアリは向こうで転んでるんすか?


「わーいなのじゃ!」


 両手を上げて喜ぶヒメがバカかわいい。

 そしてお茶とお菓子がテーブルの上に置かれる様子を見ていると、ふと、王妃のマンガ本に書かれた作者名が目に入った。


『作者――白雪シンデレラ』


「ぶわっはっはっはっはっ!!」


 急に大笑いする俺に、怪訝な目を向ける4人の女性。あ、ヤバい。これはヤバイやつだ。


『何かおかしかったですか?』


 目の座った王妃が手帳に書いた文字を見せてくる。


『今、私の筆名を見て笑いましたよね? 何かおかしかったですか? 何がおかしいんですか?』


 無茶苦茶怖いんですけど……だって、白雪シンデレラだよ? 浦島桃太郎みたいな名前だよ? 笑いのツボに入っても仕方ないじゃん……ないじゃん……


『悪魔さんの世界の素敵なお姫様2人から名前をお借りしました。それなのにおかしいんですか?』

「いや……」

「悪魔様! 女性の名前を笑うなんて失礼ですわ!」

「ひ、ひどいと思います」

「悪魔殿の世界では変わった名前かも知れぬが、それでも笑うのはいけないと思うのじゃよ」


 4人の女性が一斉に俺を責める。こ、こうなったら……


「ごめんなさい」


 俺は頭をタタミにこすり付けて土下座した。

 その後数分ほど、女性陣からの(ののし)りを甘んじて受けた。

 デリカシーの無い男で、ごめんなさい。



 勇者カウンター、残り9975人。

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