第9話 新たな勇者は何十人なのか
『新しい勇者……最近地上に現れているとかいう自称勇者は、やはりお前たちの差し金か』
「その通り。この世界の、女神の眷属である者たちに勇者の特性を持った魂を分け与えたのさ」
『分け与えたということは、今回の勇者は1人じゃないわけだな』
「強い力を持つ単体との戦いは既に見たからね。我々としても変化が欲しかったわけだ」
『数が多い分、力は弱くなっているのか?』
「今の所は弱い。けれど当然成長し、いずれは元々この世界にいた勇者よりもずっと強力になる」
『厄介というか、面倒だな……』
仮に以前の勇者より強い人間が何十人いようと、魔王ならば超高速化を使って一気に倒すことが出来るかもしれない。しかしその数十人が別々の場所で、それぞれ異なる破壊活動をしたならば対処は難しくなるだろう。現状の魔王は地上での影響力を高めようと各所に手を回しているようだが、物資の運搬経路や各所の施設、それに人材となる魔族を襲われれば打撃となる。たとえ魔王自身は倒されることが無くとも、魔族が地上から撤退せざるを得ない状況になる可能性はある。
とはいえ、前の勇者はバカ正直に魔王討伐にこだわっていたわけだし、今回も蟻地獄にハマるように魔王城へと向かってくれるかもしれない。それならば多少楽であるが、それでも最大の問題がある。
『新しい勇者は、やっぱり不死身なのか?』
「喜んでくれていい。今回はちゃんと死ぬようになっている」
最大の問題、解消。
『随分と優しいんだな』
「そうでも無いさ。我々の感情を動かす、つまり面白くするためには、死という要素も重要なだけだ」
『勇者が死ぬのを楽しむのか』
「そういうわけではないけど、死という概念を考えるか否かで人は随分と変わるはずさ」
『死について考えるのは俺たちか? それとも勇者たちか?』
「両方さ。君たちは勇者の死について考えなければならないし、勇者たちも自分の命について考えるだろう」
『そうなると、今度の勇者は以前よりもずっと人間らしいということか?』
「勇者の特性を分け与えられた者は、大魔王の眷属を滅ぼそうとする。そのように設定はしたけど、勇者となった者が元々持っていた魂にどこまで影響を与えるかは、個体差がある」
『元の人間のままでいるか、それとも前の勇者のように戦うだけの存在になるか。それは人それぞれというわけだな』
「その通りさ。もしかしたら大魔王の眷属から隠れ、世界の隅で穏やかに暮らす勇者もいるかもしれない」
『それを見つけ……殺さなければならないのか?』
「それも安心して欲しい。今回の戦いは全ての勇者が死ねば君とあの魔王の勝利、その前に魔王が死ねば君らの敗北となる。君たち自身が勇者を殺す必要も無ければ、時間制限も無い」
『……怪しいな』
目の前の少年は右手の真上で浮いている三角柱を回しながら、薄ら笑いを浮かべている。現状の所、クリエイターの口から出る言葉はこちらにとってあまりに都合が良い。当然、何か隠していることがある。
『今回の勇者の特徴を詳しく教えろ、と言っても教えてはくれないよな』
「ゲームというのは隠された法則を解き明かすのが面白い点でもある。君たちにも是非楽しんでほしい」
『……俺たちが勝った場合、何か報酬はあるのか?』
「勇者を全員倒すことが出来れば、分割した勇者の魂を1つにまとめたものが手に入るだろう。その魂は大魔王や女神とも違う、特殊な魂だ。悪魔としては最上級に値する成果となるはずさ」
『それよりかは、お前をぶん殴りたいところだがな』
「我々がそんなに気に食わないかい?」
『遊び道具にされて機嫌が悪くならない人間がどこにいる』
俺の言葉に、少年がクスクスと笑った。
「そうだね、その通りだ。そういう当たり前のことを、どうしても忘れてしまう」
『副賞で、お前を殴らせろ』
「許可しよう」
『それじゃあルールの確認だ。俺と魔王たちが倒すのは、勇者となった複数の人間。魔王が死ぬ前に勇者全員が死ねば俺たちの勝ち。勇者は不死身では無く現状では弱いかもしれないが、いずれは以前の勇者より強くなる。魔族を倒そうかするかどうかは、勇者によって個人差がある。これで間違ってないか?』
「大まかな所は合っている。大丈夫だ、問題無い」
ああ、これは多分大丈夫じゃないパターンだわ。
『もう少し情報が欲しい所だが……いや、そうじゃないな。お前は情報を渡すつもりだ』
「良く分かったね」
『これ見よがしに変な物体を浮かせているからな。それを俺に渡したいんだろ?』
「その通りさ」
『だったら早く渡せば良い。どうしてそうしない?』
「君がどこまで我々の言葉を信用しているのか、確認してから渡したくてね。でもどうやら、君は我々の言葉を疑ってはいないようだ」
『嘘は言わないが、隠し事は山ほどある。そういう類の奴なんだろ、お前らは』
「我々だって必要があれば嘘を吐くが、確かに君の言う通りの傾向がある。情報は必要なもの以外伏せるべきだと考えている」
『じゃあ、その必要な情報とやらを渡してくれ』
「いいだろう」
少年の手から三角柱が離れ、俺の前まで浮遊してくる。俺はそっと右手を伸ばすよう疑似人体に命じ、その物体を壊れないように手で掴んだ。
「それは勇者の残り人数を表示する、『勇者カウンター』とでも言うべき装置さ」
『安直なネーミングだな』
「名前を付ける必要も無い装置だからね。好きなように名付けて構わない」
『じゃあ勇者カウンターでいい』
俺は勇者カウンターを回してみる。同調加速の状態にあるため三角柱の重さや面の手触りについて正確には分からないが、やはりプラスチックで出来ているように見える。そういえばこういう形状の目覚まし時計とか見たことあるな。数字を数えるという点では共通している。
そして3つの面の1つに、液晶のようなもので出来た長方形の文字盤があった。完全に目覚まし時計である。どこかにボタンとかあって、それを押すと時計としても使えるとかそういう便利な機能がありそうだ。後で試してみよう。
俺は文字盤の数字を見る。俺の世界の数字ではなく、魔王が住むこの異世界の数字だ。翻訳機が平常時より少しだけ遅く、俺の脳に翻訳結果を送って来た。
9981
『ふざけんなっ!』
俺は勇者カウンターを思いっきし砂浜に叩きつけた。まるでスロー再生された巨大隕石衝突のイメージ映像のように、衝突した箇所からクレーターが広がり、砂が大波のように舞い上がる。
「あー、危ないなもう」
次の瞬間には砂浜は元通りとなっており、勇者カウンターも俺の目の前に浮かんでいた。幸いか否か、まったく破損していないようだった。
『なぁ、俺の見間違いじゃ無ければ、あと9981人の勇者がこの世界にいるってことか?』
「そうだね。何人かはもう死んじゃったから」
『ということは……最初は1万人か?』
「その通りさ」
『1万人の勇者がいて、そいつらは魔族を襲う可能性が高くて、しかもいずれは前の勇者より強くなるってわけか?』
「その通り」
『その通りじゃねぇだろ!?』
俺は勇者カウンターを握って、今度は海に向かって投げ捨てた。一連の動作で俺の周囲は砂地が凄まじいことになったが、すぐに元通りになった。勇者カウンターも目の前に浮いてた。クソッ! これだから超越技術持ってる奴はイヤなんだ!!
「そんなに怒らなくても良いのに」
『俺のこの反応を期待して、回りくどい渡し方をしたんだろ?』
「その通りさ」
超ムカつく!! やっぱりコイツ俺をおちょくって遊んでやがるわ!!
「何にせよ、君たちの相手は約1万人の勇者だ。どこかの国の戦士かも知れないし、村の木こりかもしれない。この世界の様々な場所に、勇者がいるわけだ」
『……1つだけ、確認したい』
「何をだい?」
『王妃は、勇者か?』
「彼女は意図的に勇者には選ばなかった。もし彼女が勇者となり、あの魔王が彼女を殺すようなことになれば世界が破滅する可能性もあったからね。それでは何も面白くない」
『そうなると、ヒメも勇者では無いか』
「もちろん。彼女はそもそも大魔王の眷属に近く、勇者としては相応しくない」
『それじゃあ……』
「おっと、これ以上の情報は渡せない。勇者がどこにいるのか、見つけるのも君たちの戦いだ」
『……やっぱり、お前は殴らないといけない奴だ』
「期待してるよ。君たちが勝利する方が我々としても楽しい」
『そういうことか……勇者たちが何人死のうと、この戦いが面白ければお前は良いわけだ。つまり、お前の敗北条件はこの戦いがつまらないものになることか……』
「だけど君とあの魔王は、きっとこの戦いを面白くしてくれる。どんな手段で勇者を見つけ、どんな手段で殺すのか。もしも子供のような罪の無い者が勇者だったらどうする? 王族のような他国の権力者だったら? 勇者だけじゃない、彼らに感化されて魔族と戦おうとする者たちも出てくるだろう。時間に制限は無いが、時間が全てを解決してくれるとは限らない。果たして、君たちは何をしてくれるのだろうね」
身振り手振り、楽しそうに語る少年の姿は、決して少年などでは無かった。
「心が躍るね」
『お前に心なんて、無い』
その言葉に、少年もどきは動きを止める。そして、落ち込んだような声調で言った。
「……歪んでいても、心は心さ」
『心があると自分を騙しているだけじゃないのか?』
「それこそが心さ。心という曖昧なものに執着する限り、我々から心は失われない。定義付けなど出来るものでは無いけど、価値があるかどうか不確かなものに価値を見出そうとすれば、そこに心はある」
『不確かなものに、価値を見出そうとする……』
それは、つまり。
「あの魔王が言う所の、可能性の探究、というわけさ。君たち人類も、我々クリエイターも、そしてこの世界の魔族も、可能性を追い求めて生きている。心を持つとはそういうことだと、私は思うのさ」
『……わかった。それはそれとして、お前は必ずぶん殴る。俺たち悪魔はお前たちクリエイターに触れることすら出来ないが、それでも殴る。何故なら、ムカつくからだ』
「楽しみにしてるよ」
風が肌に触れる。波の音が聞こえる。同調加速が終わり、世界の時間と同じ速さで身体が動く。警告はもう頭の中で響いていない。クリエイターとの接触は、ひとまず終わったのだ。
俺は異次元収納装置を呼び出し、中に手を入れる。そして悪魔を統括する本部との連絡を行う装置を使い、先程のクリエイターとの会話記録を送信した。俺の態度が悪い点については、まぁ大目に見てくれるだろう。多分。
「さて、と」
俺は足元に落ちていた、目覚まし時計こと勇者カウンターを拾う。数字に変動は無い。クリエイターの言葉に嘘が無ければ、あと9981人の勇者がいることになる。
「……気が滅入るわぁ」
異次元収納装置に勇者カウンターを入れ、装置の入口を閉じる。夜の闇が迫る中、俺はとぼとぼと魔王城への道を進んでいった。
城下町の家々と、窓から漏れる灯りが見える。もしそれらが消えてしまったら。それはきっと寂しいことだろう。
何故か、そんなことを思った。
勇者カウンター、残り9981人。




