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勇者が不死身すぎてつらい  作者: kurororon
第2部 勇者が不条理すぎてつらい
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第7話 第四の女は真っ当なのか

「ヒメちゃんと一緒にこれ食べるのも久しぶりだね」

「うむ。最近はお互い忙しかったからのう」

「……」


 市場で買った食べ物を噴水広場の隅のベンチで食べるヒメとマナ。ついでに俺。焼いた肉に妙なタレを付けたこれは、果たして何の肉なのだろうか。哺乳類なのは確かだし、まさか人間の肉では無いだろうからそこまで心配する必要は無いのだが、異世界の食べ物は正体が分からないから食べるのに結構な勇気がいる。そういえば最初の頃は魔王城で食べる物についても魔王に細かく正体を聞いてたな俺……


「悪魔殿は食べないのか?」

「この肉は……」

 

 何の肉か、と聞いて翻訳機が対応していない動物の名前が返ってきたら音の響きも合わさり一層食べる気がしなくなるだろう。本当にこの世界の言語は人間の発音とは思えないし、こんな言語を作り出した連中はマジで殴りたい。あと翻訳機もせめてホニョペチョラみたいにカタカナで表記できる音に変換してくれていいと思う。俺が出世した暁にはバカでもわかる中間言語の開発を命令してくれるわ!


「大丈夫じゃよ、美味しいのじゃ」

「ああ……わかった」


 観念して肉を口に頬張る。うん、うまい。


「悪魔様はお肉が苦手なんですか?」

「いや、この世界の食べ物については知らないことが多くてな……」

「ああ、なるほど。私も初めの頃は食べて大丈夫なのか、不安に思ってましたからわかります」

「初めの頃ってどういう……」


 そこまで口に出して、俺は察した。このマナと名乗る女性は孤児院に住んでいる者であり、何らかの事情で生まれ故郷を離れざるを得なかった者なのだと。

 

「気にしないでください」


 言い淀んだ俺を見て、マナは微笑んだ。


「今の生活はとても気に入っています。もしここに来なければ、とても辛い生活を送っていたでしょう」


 マナの微笑みは、しかしどこか寂しげに、遠いどこかを思い出しているようにも見えた。


「故郷は……地上か?」

「ええ。孤児院の子どもたちはみんな人間ですから」


 戦争や貧困により親と暮らすことが出来なくなり、魔族の中で育つことになった子どもたち。彼女たちにはこの世界がどのように見えているのだろうか。


「私が生まれた村では穀物の不作が続いて、子どもたちが何人も売られていきました。それでも村に残って飢え死にするよりかは、ずっと良かったと思います」


 魔王と城の中にいた時には知ることも無かった、地上の人間の現実。変えることの出来ない領域があるのならば、どれほど魔法が使えようとも世界の残酷さは存在する。


「その中でも、私は一番幸運だと思います。魔族の人たちに引き取られたと知って、最初は食べられてしまうのか、生け贄になってしまうのかって、とても怖かったですけど。今となっては笑い話ですね」


 クスクスと笑うマナ。屈託の無い笑顔は、今の境遇が悪いもので無いことを示していた。


「魔王様は才能があるのならば、人間でも魔族でも同じように扱う方だと聞いています。だから孤児院ではしっかりと勉強して、魔王様に認められる大人になるようにと教えられました。おかげで沢山のことを学ぶことが出来ましたし、とても温かく育てて頂きました。ヒメちゃんもよく遊びに来てくれて、楽しかったですし」

「……うむ、そうじゃな。マナは私にとって姉のようなものなのじゃ」


 それまで黙ってマナの話を聞いていたヒメが満面の笑みで言った。マナの話に口を挟まないのは、ヒメなりに気を遣ってのことなのだろうか。


「もっと孤児院のみんなや、魔王様のために何かできたら良いなって、そう思っています。それと、いつか自分が生まれた村に戻ってみたいな、って」

「生まれた村に?」

「はい。自分が勉強したことを活かせば、もしかしたら売られてしまう子どもを減らせるんじゃないか。それが出来なくても、この町の孤児院で引き取ることが出来るんじゃないかって。そんなことを期待してしまうんです」

「そうか……」


 やべぇ、この世界で出会った中で一番良い子だわこの娘。やはり魔族と人間では性格に違いがあるのではないか?


「でも、今日は驚きました。まさか本当にヒメちゃんと悪魔様が一緒にいるなんて」

「町のみんなも悪魔殿を見て驚いていた様子じゃったぞ」

「……ちょっと待って。もしかして俺、この町だと有名人なの?」


 ヒメとマナが同時に大きく頷いた。


「魔王様を支えた偉大な方ですから、この町に住む者ならみんな知っています」

「ふーん……」

「本当の名前を知られると呪われることでも有名なのじゃぞ」

「ちょっと待て」


 もしかして町の住人が遠巻きに見てたのはあれか、呪われると思ってたからか!


「どうして呪うとかいう話に……」

「父上が悪魔殿には本当の名前を言ってはいけないと皆に教えたのじゃ」

「……ああ、そういうことね」

 

 俺がこの世界の固有名詞を聞きたくないのに配慮して、魔王が噂を広めたのだろう。ありがたいのか迷惑なのか微妙な所だな!


「私は呪われないよう、悪魔殿の世界の名前を父上に付けてもらったから大丈夫なのじゃ」

「待てよ、ということはマナっていうのも……」

「はい、本当は別の名前があるんですけど、どうかマナとお呼びください」

「それじゃあ、マリアとメアリも……」

「あの2人は呪いを避けるためじゃなくて趣味で名乗っておるのじゃ」


 あっ、そうすか。


「でも、本当に呪われちゃうんですか?」

「呪ったりはしないが、この世界の名前が苦手なのは本当のことだ」

「そうだったんですね。実は私、悪魔様はもっと怖い方かと思っていました。でもヒメちゃんと仲良くしているのを見て、この人は優しい人なんだって、そう思いました」

「……そんなに仲良さそうに見えた?」

「ええ」

「私と悪魔殿は許嫁で大の仲良しじゃからな」


 ふふっ、とマナが笑う。なんだろう、この毒気が抜かれる感じ。普段は魔王のバカに付き合っているせいか、どうもこういう柔らかい雰囲気は居心地が悪い。


「えっと、マナさん?」

「マナでいいですよ、悪魔様」

「じゃあこっちも悪魔さんでいい。魔王城の奴らは大体そう呼んでいる」

「わかりました、悪魔さん」

「悪魔おにいちゃん♪」

「ごめん、ちょっとドキッとしたからやめて」


 俺を動揺させてニコニコしているヒメに手の平を向け、静止を促す。父親譲りのイタズラ心と母親譲りの可愛さで人の心を惑わすのはやめてくれませんかね。こっちには女の子に抵抗する手段なんて無いんすよ。


「それでだ、マナは魔王と会ったことがあるか?」

「魔王様ですか? 何度かお会いしたことがあります。とても愉快で、子どもに優しい方だと思います」

「そうか……」

「何か気になることがあるのか、悪魔殿」

「いや、魔王が町の人にどう思われているのか気になってな」

「この町の人たちは人間も魔族の方々も、みんな魔王様を慕っていると思いますよ」

「父上は人々の声に耳を傾ける男じゃからな。町で困ったことがあったらちゃんと解決してくれるのじゃ。皆に親しまれて当然なのじゃよ」


 ん? でも地下闘技場で俺に吹っ飛ばされた時みんな喜んでなかった?


「私のいる孤児院は、魔王様と王妃様のお力添えが無ければ建てられることも無かったと聞いています。だから魔王様は私にとって恩人なんです」


 微笑むマナの笑顔に取り繕うような様子は見えない。彼女は心から、魔王に感謝しているのだろう。


「アイツが感謝されているのは何か気に食わないが、まぁ、良いことなんだろうな」

「はい。私は魔王様のこと、良い王様だと思っています」

「マナにそう言われると、娘の私も嬉しくなるのじゃ」


 和やかに笑い合う2人の少女。あまり認めたくはないが、その光景こそが魔王の治世の現れなのだろう。人であれ魔族であれ、孤児であれ王族であれ、一緒に笑い合える町。魔王と王妃、それを取り巻く人々はそれを実現した。それを善政と言わずして、何を善政と言うのか。

 とはいえ、まだ断言は出来ない。どうせあの魔王のことだ、裏でろくでもないことをしているに違いない。その辺りについてもいずれ聞かせてもらわなければ。




 その時だった――


 悪寒が、背筋を走った、違う、警告だ――


 いてはいけないものが、いるかもしれないものが、いなければならないものが――


 そう、警告だ、身体の外側では無く、脳の内側からの――




「悪魔殿?」


 ヒメの声で思考が戻る。ヒメとマナが、少し心配げな顔で俺を見ていた。


「あー……すまんヒメ。ちょっと行かなきゃいけない場所があるんだ。悪いが先に帰っててくれないか?」

「私も一緒に行ってはダメなのか?」

「悪い、どうしてもダメだ」

「何か理由があるのじゃな。分かったのじゃ、マナもそろそろ用事を済ませないといけないじゃろ?」

「ええ。市場のお店が閉まる前に買い出しを終わらせないとですから」

「それなら、私も付き合うのじゃ」

「ありがとう、ヒメちゃん」


 2人が立ち上がり、俺もそれに続いて立ち上がった。


「それでは悪魔さん、また会う機会がありましたら、もっと色々な話を聞かせてくださいね」

「今回は俺も長くいる予定だ。そのうちまた会える」

「私が呼べば悪魔殿はいつでも飛んでくるからのう。大丈夫じゃ」


 いや、飛んでいかねぇし。


「それでは悪魔さん、失礼します」

「悪魔殿、先に城で待っているのじゃ~」


 頭を下げて会釈するマナと、手を振るヒメ。本当の姉妹のような2人の背中を見送ってから、俺は歩き出した。

 警告は頭の中で響いている。座標は海の方角。恐らく海岸。この世界にいてはいけない存在が、この世界にいるかもしれないと予測されていた存在が、この世界が生まれるためにいなければならない存在が、そこにいる。

 こんなに早く遭遇するとは思っていなかったが、むしろ意図的に現れるには遅すぎるタイミングなのかもしれない。何か理由があるのか、それとも特に理由は無いのか。全てが全て、理解の範疇を超えている存在。今からそれに相対せねばならない。

 

 この異世界の、創造者(クリエイター)に。

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