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勇者が不死身すぎてつらい  作者: kurororon
第2部 勇者が不条理すぎてつらい
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第6話 悪魔は書を捨てて街に出るのか

「……暇だ」


 いつもの部屋のいつものタタミの上で、俺は読んでいた本を置いて寝転がった。

 この世界に戻って来て早一週間。昨日今日は魔王も王妃も俺の持ってきた本を読むのに夢中らしく、ほとんど顔を合わせていない。というかアイツら俺じゃなくて俺の持ってくる本が目当てだったんじゃね? この世界に戻った初日の宴会で本のお披露目タイムみたいなのもあったし。私の本が目当てだったのね、いやらしい!

 ヒメは驚いたことに学校に行っているらしく、そうなると話し相手がいないわけで。顔見知りの魔族がいないわけでは無いが、俺のように暇では無いだろうし、かと言ってあのメイド2人組なんか呼んでしまうと疲労感が半端無さそうである。何か兄弟の家に転がり込んだけどやること無くて穀潰し扱いされている親戚のおじさんの気分だ。これはマズい。

 俺は立ち上がり、靴を履いて部屋から出る。今回この世界で行うべき俺の仕事は、簡単に言えば世界を改善するための知識を提供することである。それを適切に行うためにはこの世界の現状について知る必要があり、つまり外に出ての情報収集が必要なのだ。城下町っぽいのもあるみたいだし、今のうちに遊びに違う視察に行くべきだろう。

 見つかると何かと厄介そうなメイドの姿が無いことを確認しながら、俺は大広間を抜け外に繋がる廊下を進む。そして、開放されている大扉から外に出た。


 目の前には跳ね橋があり、その下で水面が夏の日光を反射していた。ヒメと城内に入った初日にも感じたが、やはり跳ね橋にしても水が張られた堀にしても、以前より広くなっている。勇者という外敵がいなくなってから増築したということは、恐らく見た目の問題なのだろう。そもそもあの魔王、勇者が来る前に跳ね橋上げたこと一度もねぇし!! 意味無いんじゃねぇかこのお堀!

 いまいち納得の行かない気分の中、俺は周囲を見回す。


 門番らしき男が、椅子に座ってぐっすり寝ていた。


「……」


 俺は無言で跳ね橋を渡ることにした。

 あの門番、日陰とはいえこの暑い中よく寝れるなぁ……


「……ハッ!? 起きてません!!」


 門番が急に立ち上がり、自白した。どうやら俺が跳ね橋に体重をかけた音で目覚めたようだ。まったくこの城の奴らは性格を除けば優秀だぜ!


「おはよう」

「あっ、おはようございます悪魔さん。お出かけですか?」

「ああ。そっちは昼寝か」

「昼寝ですね。平和だから昼寝が出来る。逆に言えば昼寝をしていれば平和ということです」


 それ平和なのはお前の頭だけだからね。


「別に寝てても俺は構わんが、叱られないのか?」

「こちら側の門からはほとんど人が来ませんからね、この城」


 門番が力強く自分の存在価値の無さを強調した。


「大体、魔王もなんで堀を広げるなんて無意味なことを……」

「やだなぁ、無意味じゃないですよ悪魔さん。いざという時に敵の侵入を防げるでしょ?」

「敵って誰だよ」

「地上の人間たちに決まっているじゃないですか」

「…………」

「悪魔さん?」


 そんな当り前のことに気付いてなかったよ俺ぇぇぇ……

 魔王の最大の敵は勇者だが、女神信仰の強い国が軍隊で攻めてくる可能性についても前に魔王が語っていた覚えがある。勇者がいない今、それらの国が勇者に頼らず自国の軍を使ってくる可能性は高くなっているかもしれない。そのため城の守りを強固にするのは合理的だと言える。疑ってスマン、魔王。


「いや、何でもない。そうだな、確かに地上の人間を警戒するのは間違っていない」

「ですよね。でもよくよく考えると、氷魔法で水を凍らされたら意味ないと思うんですよこの水堀」

「……だな」

「だから敵の侵入を防ぐというのは建前で、実は見栄えが良いから水堀を拡張したんじゃないかな、って考えているんですよ」

「…………」


 いかん、どっちだか分からなくなってきた。あのバカ一石二鳥とか好きだから、両方を狙っている可能性が一番高いけど。


「まぁ、どうでもいいことだろ。とりあえず俺は街に行くぞ」

「わかりました。ではこちらは平和を守る活動に戻ります!」


 再び椅子に座って眠る準備を始めた門番を放っておいて、俺は改めて跳ね橋を渡り始めた。


 跳ね橋を渡り切ると、石畳が城門から城下町へと続いていた。かつて道の両側に広がっていた林は2階建てくらいの木造建築物に変わっており、ある程度の活気が城門前からも伺えた。歩みを進め城下町の入口まで来ると、周囲の家々からの生活音や道端で話し込んでいる近所の奥さん方らしき人々の声が聞こえて来る。

 入口を越え、町に入る。この世界では城の中にいる時間がほとんどだったから、このような市井(しせい)の営みの中に踏み入るというのは新鮮な体験であった。この城下町に住んでいる人々は城で働く者やその家族なのだろうか。恐らく魔族以外は住んでいないと思うが確か孤児院を作るとか前に言っていたから、そこには地上の人間の子どもも住んでいるのかも知れない。まぁ俺には巨人以外の魔族と人間の違いがわからないからどうでも良いことなのだが。もっと魔界の者らしく角とか生やせばいいのに。

 そのようなことを考えながら道を進んでいると、何やらヒソヒソと小声で話し合う奥様方が散見された。はは~ん、これはアレだな、不審者を見る目だな。こういう時は走って逃げずにゆっくりと何気なく立ち去るのが一番だろう。この町に警察がいるかどうかは知らないが、せっかくの散歩を邪魔されるわけにはいかないので目立たないようにしなくては。

 俺は家々の間を慌てず焦らず進んでいった。なんか道にいる色んな人に見られたり、さらには家の2階から俺を見る人まで出てきたので正直ダッシュで逃げたかったけど、我慢して冷静を装った。

 うん、胃が痛い。


 ようやく人目の少ない場所に辿り着き、俺は一息つく。噴水のある広場の隅、木陰の下にあるベンチと思われる長方形の石に腰掛け、ぼーっと辺りを眺める。

 ……元の世界でも何故か昼間から公園でぼーっとしてる謎のオッサンとかいたな。まさか異世界でそんな立場になるとは思わなかった。

 俺は止めどなく水を出し続ける噴水を見つめる。魔王城の中に大浴場があることからも近くに豊かな水源があることは想像できたが、水道網も相当整っているのかもしれない。科学力はともかく、魔力を用途に合わせて変換する魔術とそれを道具の形で使う魔術装置の技術については魔王たちも相当なものが使える。金属加工技術もあるため、耐久性に長けた水道管がそこらの地中に張り巡らされていても不思議は無いだろう。この世界の他の町がどうなっているかは知らないが、もしかしたらこの町はかなり快適な生活環境が整っているのかもしれない。

 噴水の先、少し遠くに市場らしきものも見える。魔王城には交易本部があるがそれはこの町とは反対方向であり、それを考えると大きな市場では無いと想像できた。商業を中心とした町を作るならそもそも交易本部の方角に作るべきであるし、やはりこの町はあくまでも居住に重点を置いた町なのだろう。それでも魔界と地上の様々な交易品が集まる魔王城の城下町であるのだから、市場の品揃えは期待できるだろう。それを想像したら少しお腹が空いてきた。市場で何か食べ物でも……

 

「……」

「どうしたのじゃ、悪魔殿」

「いや、よく考えるとこの世界のお金って持ってなかったな、って」

「少しなら私のお小遣いを使っても良いのじゃよ」

「流石に子どもにおごってもらうのは情けないな……じゃなくて」


 俺はいつの間にか右隣に座っていた少女を見る。ヒメが少し見上げる感じで、俺の顔を見つめていた。


「何でいるのじゃ」

「ついさっき悪魔殿の姿を見かけてのう。こっそり後ろに回って座ったのじゃ」

「よく物音を立てずに座れたもんじゃのう」

「これでも魔王の娘じゃぞ? 魔法を上手く使えば容易いことじゃ」


 ヒメが腰に手を当て、えへん、といった感じで胸を張る。


「なるほど、なかなかやるのじゃ」

「悪魔殿、さっきから何で私と同じような話し方をしているのじゃ?」

「気にするな。ところで、学校はどうした?」

「もう今日の勉強は終わったのじゃ。帰って悪魔殿の持ってきた本でも読もうかと思っていたのじゃ」


 お前ら親子そろって俺の本が目当てですか。そうですか。


「悪魔殿は何をやっていたのじゃ?」

「ちょっと気分転換に散歩だ。この城下町は俺が前にいた時には無かったからな」

「この町は学校で勉強する者や城で働く者、あとその家族が住んでおるのじゃ。小さい町じゃから、みんな顔見知りで仲良しなのじゃよ」


 顔見知りだからといって仲良しとは限らないと思うが、それなりに平和な町なのだろう。というか問題を起こすとあのバカが顔を突っ込んできそうだからみんな大人しくしているのかもしれない。無意識に恐怖政治が行われている可能性はゼロじゃないな。


「ヒメは友達とかいないのか?」

「もちろんいるのじゃぞ。最近は学校以外ではなかなか遊ぶ機会が無いのじゃが、同じくらいの年の友達が孤児院に何人かいるのじゃ」

「遊ぶ機会が無いのは……身分が違うからか?」

「うん? それは関係無いのじゃが、孤児院の者は小さい子の面倒を見なければならぬし、私は魔王の娘として勉強をしなければならぬのじゃ。お互いやらなければならないことが増えるお年頃なのじゃ」

「そうか……」


 それこそ身分の違いの現れでは無いかと思えたが、本人が気にしていない以上は指摘するだけ野暮というものだろう。いずれは全く違う道を歩むとしても、この楽しい時期にそのようなことを考える必要は無い。


「……少し人通りが増えてきたか」


 夕方が近づく噴水広場には通行人がまばらに見え、こちらを見て何やら(いぶか)し気な目をする者もいたが、それぞれ用事があるらしくすぐに通り過ぎて行った。うん、不審者としては居心地が悪い。


「そろそろ帰るか……金も無いし」

「あっ、ちょっと待って欲しいのじゃ悪魔殿!」


 ヒメが急に立ち上がり、手を振り出した。何、警察でも呼んでるの!? 逃げた方が良いかな、俺。いや話せばきっと分かってくれるはずだ。冷静になれ、冷静に。

 冷静になってヒメが手を振る方向を見ると、同じく手を振りながらこちらに歩いて来る人影があった。

 落ち着いた感じの、10代後半くらいに見える女性。ファンタジー世界の町民らしい牧歌的なワンピースを着ており、肩に付かない程度の長さがある明るめの茶髪が歩みに合わせて揺れていた。

 

「こんにちは、ヒメちゃん」

「こんにちはなのじゃ。えっと……マナ!」

 

 ん? もしかして今、友人の名前を度忘れしたのかこの子!?


「マナ……ああ、そういうことですね」


 女性は俺を見て何かを察したらしく、微笑んで一礼した。


「初めまして悪魔様。私はマナと呼んでください」


 なんかまた、名前を覚えないといけない女が増えた。

 

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