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勇者が不死身すぎてつらい  作者: kurororon
第2部 勇者が不条理すぎてつらい
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第4話 悪魔は幸運なスケさんなのか

「おふぅ~……」


 広々とした浴槽に浸かり、身体を伸ばす。無駄に広い風呂があるのはこの城の数少ない美点である。俺や魔王が使う風呂は城で働く魔族が使う共同風呂とは分かれているため、湯も綺麗だし静かだ。ぶっちゃけ疲れたからこのまま寝てしまいたい。でもこの後、宴会があるからそういうわけにもいかない。


「にしても……」


 俺は風呂の天井を見つめながら、あの不穏な存在について考える。

 勇者。俺と魔王が滅ぼした、女神の傀儡。魔王が言っていた勇者は、俺たちがかつて滅ぼしたそれとは全くの別物のはずだ。大元の女神は既に倒され、その魂は研究対象として俺たち悪魔の管理下にある。

 だからこの世界に再び勇者が現れたとしても、それは名ばかりの自称勇者に過ぎないはずだ。以前のような不死身の勇者ではない。そう考えるのが自然なはずだ。

 俺は目を閉じて、魔王との会話を思い出す。




「勇者が現れた?」

「うん」

「俺たちが倒した奴か?」

「違うと思う。もしそうなら、もっと被害が出てるよ」


 魔王はテーブルの上に置かれていたお茶に口をつけ、「にがっ」と言った。大事な話をしてるはずなのに気が抜けるわ!


「女神はもうこの世界にいない。新しい勇者が現れるとしたら、それは勇者を名乗っているだけだ」

「ボクもそう思うんだけど、それにしては不自然なんだよね」

「不自然?」

「勇者を名乗っている人間は1人じゃないし、しかも地上の色々な場所で目撃されているんだ」

「勇者を名乗る集団がいるということか?」

「それなら分かりやすいんだけど、集団で行動しているわけじゃないみたいだし、そういう集団の噂は人間の商人からも聞いてない。それに1年前は勇者を名乗る人間なんてどこにもいなかったのに、ここ最近で急に増えたことも気になるね」

「意図的なものを感じるが、人間たちが何らかの目的で名乗っているとは考えにくいというわけだな」

「そういうわけだね」

「女神が人間たちに何か仕込んでいたのか?」

「その可能性もあると思う。だけど今更動き出すとは考えにくいし、この時期を狙って活動を始めたのだとしたら、もっと別の存在の仕業だと思うんだ」

「この時期ってなんだ?」

「悪魔さんが戻ってくる時期だよ」


 その言葉に、俺はあるものを連想した。女神を含め、この世界全てを作り出した存在。異世界における、創造者(クリエイター)


「……この世界の外にいる存在が原因だと、お前は思っているのか」

「今のところ、それが一番有力だよね」

「だとしたら、目的はなんだ」

「悪魔さんへの仕返しかな。もしこの世界を作った人がいるなら、大魔王様と女神様の魂を奪った悪魔さんを放ってはおかないでしょ」

「そもそも大魔王と女神を倒すと言ったのはお前だし、俺は多少手助けをしただけだ。恨まれる覚えはない」

「いやいや。悪魔さんがいなかったら大魔王様も女神様も倒せなかったから、やっぱり悪魔さんが一番嫌われてると思う。それにボクはこの世界の人だけど、悪魔さんは別の世界の人だしね」


 異世界への介入は常にその世界への影響を考慮する必要があった。大魔王と女神が消え失せてもこの世界の存続には影響が無いからこそ、俺は魔王の誘いに乗りあの2人の魂を収奪した。だが、それがこの世界を作った者に許容できる行為であったかは分からない。

 この世界は今も継続している。しかし、光と闇の象徴が争い合う世界では無くなった。そのことを、この世界の創造主たるクリエイターがどう思っているのか。

 その答えは、本人に直接聞くしか無いだろう。




「……ん?」


 脱衣所の方から物音が聞こえ、俺は目を開ける。誰かが脱衣所にいるようだが、替えの衣服でも用意してくれているのだろうか。この風呂を使うのは魔王か王妃、もしくはヒメだけだろうから、浴場に入ってくることは無いだろう。魔王に関しては入ってくる可能性も無くはないがそうなったら全力で逃げる。全裸で。

 あるいは許嫁同士は混浴をするとかいう誤った知識をヒメが信じていたりするかもだが、そんなアホなことはあるわけないだろう。

 そして、浴場の出入り口である木製の扉が開いた。


「…………」


 タオルのようなもので裸体の前面を隠したヒメが、おずおずと入ってきた。

 アホだった。


「……何してんの?」

「あ、あの、あく、悪魔殿の世界では想い人同士が、その、一緒の風呂に入る『幸運なスケさん』という慣習が……」

「ねぇよ、そんなの」

「な、ないのかっ!? ないのか、そうか……」


 大体『幸運なスケさん』って誰だよ。ラッキースケさんって。


「一応聞くが……それもマンガの知識か?」

「マ、マリアから教わったのじゃ!」


 あのメイド、いたいけな少女を(はずかし)めやがって……


「俺の世界では基本的に入浴は男女別だ。それと、あのメイドの言うことはあまり信じないでくれ」

「うぅ……わかったのじゃ……」


 恥ずかしさと情けなさのためか、俯いてしまうヒメ。第一印象は天真爛漫で堂々としているように見えた彼女だが、むしろ周りに気を遣っているタイプなのかもしれない。魔王の一人娘として、それなりに苦労しているのだろうか。


「……あの、悪魔殿」

「なんだ」

「は、恥ずかしい……のじゃ……」

 

 俯いた状態から上目遣い気味に俺を見て、ヒメが言った。両腕でタオルを抑え、よく見ると微かに震えている。多分、俺がじっと裸を見つめているからそうなっているんだろうね!

 

「すまん。風呂の隅っこで後ろ向いとくから、身体でも洗ってろ」

「うん……ありがとう、なのじゃ」


 安堵したヒメの声は、彼女がただの13歳の少女であることを俺に感じさせた。まだ幼さの残る少女と一緒に風呂にいるということを意識してしまった俺は、少し気恥ずかしい気分になりつつも大人しく風呂の隅に移動した。




「すまぬのじゃ、悪魔殿……」


 お湯に入ったヒメの声が、背中越しに聞こえた。


「何か謝ることがあったか?」

「私は悪魔殿の許嫁として、その……悪魔殿に尽くさなければならぬのに、それなのに……」

「いや、むしろ安心した」

「な、なにがじゃ?」

「ちゃんと恥じらいがあって、落ち込みもする。そういう所にだな」

「悪魔殿は、情けない許嫁だと思わないのか?」

「思わないな。というより、何の躊躇(ちゅうちょ)も無く混浴をするような奴とは絶対結婚しない」

「そうか……それは、ちょっと嬉しいのじゃ」


 ブクブクという音が聞こえる。さてはお湯の中で息を吐いてますなヒメ様。ところでヒメの髪の毛はロングのはずなんだけど、入浴中はどうまとめているのだろうか。やべぇ振りむいて確かめたい。


「悪魔殿は私と許嫁だと聞いて、どう思ったのじゃ」

「……まぁ、驚きはしたがあの魔王ならやりかねないことだと思ったな」

「嫌じゃ……ないのか?」

「……嫌とまでは行かないな。困ったことだとは思っているが」

「嫌じゃないのか……そっか……」


 またブクブクが聞こえる。子どもですか貴女は。子どもだったわ。


「そっちこそどうなんだ。知らない男と許嫁なんて、複雑なんじゃないか」

「正直、私は結婚とかまだよくわからないのじゃ……でも、悪魔殿のことは父上からも母上からも聞いていたし、母上が似顔絵を描いてくれたから顔もよく知っていたのじゃ」

「ふむ」

「実際の顔は似顔絵よりさらに冴えなかったのじゃが」

「悪い、ちょっとだけ怒っていいかな」

「それでも私が知っている男の中で、一番安心できるのは悪魔殿なのじゃ。知らない男の人と結婚するよりは、悪魔殿と結婚したい。今日、その気持ちが正しいとわかったのじゃ」

「買い被りすぎな気もするけどな」

「悪魔殿は凄い男なのに、自分を誇るようなことは言わない。父上の言った通りじゃな」

「父親とはいえ、あんまりアイツの言うことを鵜呑みにするなよ」

「でも父上や母上の言葉通り、悪魔殿は信頼できる男だと感じたのじゃ。父上の言うことは間違って無いと思うのじゃよ」

「……そうでも無いと思うけどな」

「そんなこと無いと思うのじゃ」


 しばしの間、お互いに沈黙した。許嫁の件については、のらりくらりと誤魔化していくしか無いだろう。万が一結婚なんてことになったら、一生元の世界に帰れそうにないし。その覚悟、ナシ!


「……あの、悪魔殿。聞きたいことがあるのじゃが」

「聞きたいこと?」

「私が生まれる前の父上と母上は、どんな人だったのじゃ?」

「どんな人と言われると…………今と同じじゃね?」

「どういう風に毎日を過ごしていたのじゃ?」

「2人とも本読んで変なものや新しいものを作って……あとタタミの上でだらけて、コタツにも入ってたな。それと、人前で膝枕してたな」

「……思った以上に今と同じなのじゃ」


 娘が生まれているのにまるで成長していない! あと合間合間に勇者を殺してたけどそこは女の子に聞かせる話ではないので伏せておこう。


「なんでそんなことを聞くんだ?」

「私が生まれたせいで、父上と母上がやりたいことをやれていなかったら、なんか嫌だな、って思ったのじゃ」

「子どもに遠慮する親じゃねぇよ、あの2人は」

「そう……じゃな」

「それよりも、お前が気を遣い過ぎる方が心配だ。もっとワガママな子どもでいいんだぞ」

「私は魔王の娘じゃ。姫君らしく立派な人間になる努力をすることが、私のワガママじゃ」

「それならまず、のじゃのじゃ言うのをやめてみたらどうだ」

「こ、この喋り方はお姫様の(たしな)みなのじゃ! 悪魔殿の世界でもそうじゃろ!?」

「もちろん違う」

「ち、違うのか……これも……」


 落胆した声が聞こえ、なんか悪いことした気になってきた俺。


「でもこれは気に入っているから、やめたくないのじゃ……」

「それならまぁ、無理にやめなくても良いか。ワガママでいいと言ったのは俺だしな」

「本当か!? 悪魔殿は優しいのじゃ!」

「だけど試しにのじゃを使わないで喋ってみてくれ」

「えーと、あ、悪魔殿は優しい……ね?」

「やっぱそっちの方がいいな!」

「な、なんじゃ!? どっちなのじゃ!」

「お前の好きな方でいいだろ。他人の好みなんて気にするな」

「うー……」


 ブクブクという泡の音。ヒメのいじけた様子を想像して、口元が緩んでしまう。

 

 まぁ、こういう相手も悪くは無いか。


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