第3話 悪魔とヒメはどうして許嫁なのか
「うーん、やっぱりこの3人でいると落ち着くよね」
あの後、色々あって――いやマジで色々あって、ヒメとメイド2人は部屋から退出し、今はいつもの部屋のいつものタタミの上に俺と魔王と元・姫様の王妃、その3人だけとなった。
王妃の姿は以前と変わらず、白に近い長髪と赤い目を持った神秘的な美少女といった感じだ。しかし以前と同じく、魔王がその膝を枕にしているため台無しとなっていた。というか14年ぶりに再会した人間の前で膝枕してもらってるこの男はどうすればいいんですか?
「それで悪魔さん、聞きたいことがいっぱいあるんだよね」
「まずはお前を殺してからだ」
「ちょっと待って!? いきなり何言ってるの悪魔さん!?」
俺はテーブルに置かれたお茶を一口飲んで、仕切り直すことにした。カップを置いて視線を上げると、微笑んでいる王妃と目が合った。
「少し……大人っぽくなったか?」
俺の言葉に王妃は頷いた。
「ヒメがお腹の中にいた時は、魔法で成長を止めるわけにはいかなかったからね。悪魔さんがいた頃より、少しだけ大人になっていると思うよ」
「なるほどな……」
とは言え、見た目は相変わらず16歳か17歳か。そして13歳の子持ちか。つまり魔王は犯罪者か。
「それでだ犯罪者」
「え、なにそれ格好良い」
よくねぇよ。
「どうしてあのメイド2人組を雇ったんだ?」
「えーと、あの2人を選んだのは王妃なんだよね」
王妃がにこやかな笑みを浮かべている。なんか怖い。
「……どうしてなんだ、王妃」
王妃は服のポケットから手帳らしきものを取り出し、ペンで何やら書き始めた。王妃は声を発することが出来ないため文字で伝えることに不思議は無いのだが、前は俺と魔王のやり取りを楽しそうに見ているだけで俺に直接何かを伝えることはそれほど多くなかった。魔王はともかく、王妃は14年の歳月で精神的に成長したのかもしれない。
そして、王妃が手帳に書いた言葉を俺に見せた。
『面白そうだったからです』
……愉快犯?
「大魔王様と女神様を倒してからさ、ボクも色々と忙しくてあんまり王妃と一緒にいられなかったんだよね。だから王妃が楽しく過ごせるなら、仕方ないかなって思ったんだ」
「他にもっとマシなのいなかったのかよ」
「言動はともかく、魔力は強いし王妃と気が合うし仕事はしっかりやるしで、頼りにはなるんだよね」
さっき片方は仕事中に空中で回転して、もう片方は仕事中に2回ほど転んでたよね?
「それで、あのメイド服と黒髪は……まさか王妃の趣味か」
王妃が力強く頷く。
「なんで?」
王妃が素早く手帳に文字を書き、こちらに見せた。
『可愛いからです』
そうすか。俺も少しわかる。
「王妃は悪魔さんが置いて行った本やマンガをたくさん読んでたからね。悪魔さんの世界の服とか髪型とか気に入ったみたいなんだ」
うんうんと頷く王妃。オシャレに興味があるお年頃なのね。
「まぁ、あの2人のことはひとまず置いておこう。そのうち慣れるかも知れないしな」
「ボクは全然慣れないよ……」
落ち込んだ表情を見せる魔王の頭を、王妃がよしよしと撫でる。子どものように嬉し気な笑みを浮かべる魔王が、気持ち悪いしムカつく。
「そんなことより、なんでお前と王妃の娘、ヒメが俺の許嫁なんだ」
「前に約束したでしょ? 世界で2番目に可愛い女の子を恋人にしてあげるって」
「18歳以上って約束だっただろ!?」
「ごめん、そこまで覚えてなかったよ。でもすぐに成長するから、気にしないで大丈夫だよ」
「気にするわ! だいたい、ヒメの結婚相手ならこの世界の住人の方が良いだろ」
「それなんだけど、この世界の人たちじゃちょっとダメなんだよね……」
「どうしてだ?」
「やっぱりさ、父親として娘には立派な男を結婚相手にしてあげたいでしょ。でも地上にも魔界にも、父親であるボクと同じくらい凄い男の人っていないんだよね」
「はぁ」
「もちろん縁談はいくつかあったけど、人間の大商人の息子も魔族の有力者も、やっぱりボクと比べると見劣りするんだよね」
親バカが転じて自分バカになってる!
「それで思い付いたのが悪魔さんなんだ。悪魔さんならボクと同じかそれ以上の男だし、世界で2番目に可愛い女の子を紹介するって約束も守れる。これ以上無い結婚相手だよね」
「なるほど……それで、本当の理由は?」
「え?」
「お前はいつも最大の理由を隠して、2番目くらいの理由を話すからな」
「さすが悪魔さんだよね。ボクのこと凄いわかってる」
魔王が嬉しそうに笑うので、少し怖気がした。あと王妃が何か思いついたのか手帳にメモしているけど、もしかして今のやり取りをマンガのネタにするんじゃねぇだろうな……
『いいネタ貰いました』
「勘弁してくれ」
文字が書かれた手帳越しに、悪戯っぽい王妃の笑顔が見えた。他人をからかうような言動が出来るということは、それだけ心に余裕があるということかも知れない。
「なんと言うか、王妃は明るくなった気がするな」
『毎日楽しいですから』
手帳に書いた文字を見せながら、王妃は満面の笑みを浮かべた。考えてみれば王妃は魔王という庇護者がいるとはいえ、魔族だらけの城の中では唯一の人間だった。きっと肩身の狭い思いをしたこともあるのだろう。だからこそ彼女はいつも慎ましく、魔王に寄り添っていたのだ。
それが少し変わったように見えるのは、ヒメやあのメイド2人、料理長といった魔王以外の魔族との関係が深まり、自分の居場所を確立したからだろう。魔王の愛人としてではなく、1人の人間として魔族の中で生きる。頼れる相手が増えたことで、彼女は精神的に自立した人間となったのだろう。
「それは……良かったな」
「そうだね。王妃が笑ってくれるのが、ボクはとても嬉しいんだ」
「そうか……まぁ、それはそれとして」
俺はお茶を少し飲み、脱線した話を元に戻すことにした。
「俺とヒメを結婚させたい、本当の理由はなんだ?」
「悪魔さんとの強い繋がりが欲しいからだよ」
「……契約関係だけでは不十分ってことか」
「今の契約は、なんだっけ、交流候補異世界への支援とかそういうのだった気がするけど、それは絶対的なものでは無いよね」
「そうだな」
「悪魔さんとヒメが結婚してくれれば、契約なんて関係無く悪魔さんはヒメを助けてくれると思う。たとえこの世界が滅んでも、ヒメだけは生き残る可能性がある」
「俺はそんな善人じゃない」
「結婚した相手を見捨てるほど悪い人でも無いでしょ」
「……お前の望みはヒメが生きることか?」
「当然でしょ。もちろん悪魔さんがもっと色んなことを教えてくれたり、もっと本をくれることも期待してるけど」
「俺の世界に行きたいとか、そういうことじゃないのか」
「それは悪魔さんに甘えないで自分たちの力で成し遂げたいかな。交流可能異世界だっけ、それになればボクたちが悪魔さんの世界に行ける可能性もゼロじゃないと思うんだ」
「だが、俺たちの世界に来れた奴なんていないぞ」
「絶対に行けないってわけじゃないんでしょ?」
「少しでも可能性があるのなら、お前は諦めないわけか」
「そういうことだね」
魔王は不敵に笑った。膝枕されてる状態じゃなかったら少しは格好が付いたんだけどねぇ。
「だけど俺は結婚するつもりはないし、ヒメの気持ちだってどうなるか分からない」
「確かにヒメが悪魔さん以外の人を好きになる可能性は否定できないよね。でもそうならないかも知れないし、悪魔さんの気が変わる可能性だってあるよね」
「恋愛も可能性の問題か」
「そうかもね。だけどボク自身は運命を信じたいかな」
魔王がちらりと王妃を見ると、王妃が微笑みを返した。このバカップルは俺がいなかった14年間もこんな感じだったのかな……子どもの教育に悪影響が出てないかちょっと心配になって来たぞ!
「だいたい、ヒメが俺の世界に避難しなきゃならない程の事態なんて起こるのか?」
「多分無いとは思うんだけど、万が一を考えるとね」
「万が一、ねぇ」
大魔王と女神という二大神が消えた今、この世界に強大な魂は存在しない。魔王の自惚れを認めたくはないが、この世界に魔王を脅かす程の存在がいるとは思えない。もちろん本人たちの気持ちを無視すれば結婚というのは相当な保険になるが、心配しすぎという感が否めない。
「それにちょっと、気になることもあるしね」
「気になること?」
魔王が王妃の膝枕から頭を上げ、俺と目を合わせる。その瞳には、微かであるが不安げな色が伺えた。
「あのね……」
「勇者が現れたんだ」




