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勇者が不死身すぎてつらい  作者: kurororon
第1部 勇者が不死身すぎてつらい
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最終話 後編 悪魔はどこへ行くのか

 目が覚めた俺は、まず両手の指を動かしてみた。

 問題無し。

 続いて足の指。問題無し。視覚もはっきりとしている。

 肉体はどうやら仮死状態から無事復帰出来たようだ。

 俺は目をつむり、思いだそうとする。仮死状態になる前の、自分の日々。そして――

 脳に増設された拡張記憶装置、そこから想起される記憶の数々。

 異世界に転送した俺の人格のコピーが体験した、ろくでもない時間。

 それはこの世界にいる本物の俺に、しっかりと刻み込まれていた。

 魔王との、あの2年間が。


 元の世界に戻った俺は、2日ほど転送施設でリハビリを行うこととなった。

 異世界で2年間を過ごす間、俺の身体は仮死状態にされていた。仮死状態にする理由は人格のコピーとの統合時における記憶の連続性のうんたらかんたららしいが、つまりは「寝ている間に異世界に行ってた」ということにすれば心が納得できるということらしい。納得だ。

 仮死状態になっていた時間は約1週間。そんなに長く寝ていれば肉体が上手く動かせなくなっても当然なわけで、平常通りの動きを取り戻すためのリハビリと心身の異常に関する検査は必須となっている。面倒なことだが、俺は俺で元の世界に戻って来た実感を得るための時間は欲しかったわけで。まぁ、なんというか助かったというか。

 やっと元の世界に戻って来たというのに、どうにも生きている実感が湧かないもんでねぇ。


 リハビリから解放される直前に、俺の処遇が決定した。

 魔王のいた異世界で俺が行ったこと。大魔王と女神という強大かつ稀有な2つの魂を捕獲したこと。そして自衛のための武力を無理矢理行使したこと。

 大魔王と女神の魂を捕獲したことは大きな成果とされた反面、武力……村正を使用したことはやはり問題視されたようだ。

 それらが総合的に評価された結果、賞与の大幅な増額と1か月の停職処分が下された。

 アメとムチの両方を受けたわけだが、俺にとっては1か月も仕事を休めるわけだから両方アメだと言えた。上の連中もそのつもりなのかも知れない。

 なんにせよ、俺は1か月の休暇を満喫することとなった。


 1週間ぶりのニュース。目を引くものは無い。

 ゲーム。飽きる。

 本……はあっちの世界で充分読んだ。

 映画。テレビ。ネットワーク上の様々なコンテンツ。異世界でも制作活動が行われているそれらはあまりに膨大な数が存在し、その情報量に嫌気が差す。

 友人との会話。2年ぶりの会話は、相手にとっては1、2週間ぶり程度。話が少しだけ、噛み合わない。

 思い出す、魔王との会話。

 ……やめよう。もう会えないかもしれない奴のことを考えるのは。




 ある日の昼間、俺は海に近い公園を歩いていた。空には僅かな雲があるだけで、日差しが多少眩しく感じる。異世界での技術開発により世界は目まぐるしく変化して行くのだが、緑の芝生や外灯、ベンチや噴水で構成された公園の風景は自然物同様に変化が少ない。そして海は、あっちの世界で見たのと全く変わらない。

 それが何故だか、とても落ち着く。

 俺は樹の下にあるベンチに腰掛ける。木陰によって日光が遮られ、視線の先には揺らめく水面が見える。あっちの世界では部屋に引きこもってばかりで、風景をゆっくりと眺めたことはさほど無かった。この世界よりもずっと、自然が身近にあったはずなのに。


 それ以上の何かが、あの世界にはあったのだろう。


 やっと帰ってきた元の世界。だが俺は、この世界に馴染めずにいる。認めたくないが、居心地の悪さを感じていた。

 そもそも俺が悪魔になったのは、この世界に飽きていたからでは無かったか。技術や情報が個々の人間の価値を失わせるほどに溢れ返り、自分が死んだとしても人格をコピーした疑似人体が代わりに生きてしまうほどの世界。

 決して到達し得ない神の万能性に向かって、人類が着実かつ無駄に歩き続ける煉獄。俺ごときの持つ可能性など、既に大量生産が可能である地獄。

 だから俺は逃げ出した。自分の価値を、自分の唯一性を手にするために。未開にして、未知の存在のいる異世界へ。

 この世界に無い可能性を、探究するために。


 だが、異世界でも大して変わりは無かった。


 俺を召喚する者は皆、誰かが作ったようなシナリオに沿って生きていた。

 俺との契約の末に勝とうが負けようが、生きようが死のうが、さほど意味などない。正義が勝とうが悪が勝とうが、どこかで見たようなグッドエンディングかバッドエンディングを見せられるだけだ。

 全ては異世界の人間を創造した存在、クリエイターと呼ばれる連中の想定内。人類の世界ですら俺の価値は消え失せそうだというのに、それ以上の技術を持つ奴らの世界で俺が意味を持つことなど、あるはずが無かったのだ。

 俺の存在も、悪魔の契約も、異世界では予想された分岐を左右する要素に過ぎない。ゲームのような異世界で、ゲームのようにシナリオが選ばれるだけ。

 何の意味も、無い。


 なのに。

 魔王との日々が無意味だったとは、どうしても思えない。

 最初は確かに、よくある勇者と魔王の対立だった。だが魔王は、もっと大きなことを考えていた。そしてそれは、実現不可能な夢だったはずだ。

 悪魔の知識がそれを可能にしたのか。いや、そんな単純な話では無い。他の異世界で俺を召喚した奴らとは、魔王は明らかに違った。クリエイターとかいう連中の枠組みを越えて、勇者に立ちはだかる魔王という役割を逸脱した。

 何故、そんなことになったのか。

 

「悪魔さん」


 声を思いだす。俺を呼ぶ声。

 悪魔と呼ばれても、俺は人類の、何の価値も無い1人に過ぎない。

 何も、出来ない。


 何も、出来なかったのか。

 本当に何も出来なかったのか。

 いつもの部屋のいつものタタミの上で、いつも3人でくだらないことを考えるだけで。

 だがそれがあったからこそ、大魔王と女神を倒すことが出来たのではないか。あのバカは俺と話す中で、色々なことを得ようとした。俺の中にある、異世界に無い何かを引き出そうとした。

 夢を果たしたのは、その結果ではないのか。


 俺の価値は、あのバカによって証明されていたのだ。あのバカが、あの魔王が、世界をメチャクチャにする最前線に俺を引きずり込んだから、俺に意味が生まれた。


 価値とは世界が見出すものでは無い。価値とは、誰かが見出すものなのだ。


 そして俺も、見出してしまったのだろう。1人の魔王の、その先にある可能性を。きっとあの世界は今も、魔王の手によって変化しているはずだ。

 この世界に比べ100倍の速度で、魔王の世界は変わって行く。きっと、手が届かないほどに遠くに行ってしまう。だが、人類はその距離を越えることが出来る。俺の価値を信じる者と再び会うことは、決して不可能などでは無い。

 きっとまたいつか、会える。


 俺はベンチから立ち上がる。

 魔王と再会する日がいつかは、分からない。

 でも魔王と同じく俺に価値を見出す存在が他にいるかもしれない。それはこの世界かもしれないし、異世界かもしれない。どこでもいい。だが、誰でも良いわけじゃない。俺が価値を見出せる存在じゃなきゃ、駄目だ。

 そんな奴、なかなかいないだろうが。


 俺は、歩き出す。

 休暇が終われば、また異世界に召喚されるだろう。

 その先で用意されたシナリオにうんざりするのか、それともそれを破壊するバカに会うことになるのか。

 少し、楽しみだった。


 期待しよう。

 良き出会いと、良き可能性に。

 そして、また会える日に。


 



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