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勇者が不死身すぎてつらい  作者: kurororon
第1部 勇者が不死身すぎてつらい
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第25話 悪魔はさよならするのか

 別れは悲しいものでは無いと、俺は思う。

 だから、さよならだ。



 いつもの部屋のいつものタタミの上から少し離れた、城の外。夏空の下、3人で歩く道は午前だというのに暑く、左右に生えた木々が日差しを妨げていなければ魔王の城へと引き返していたかも知れなかった。


「なんでこんな暑い中、外出する羽目になったんだ……」


 俺が愚痴るのを聞き、魔王が笑った。


「悪魔さんがそんな暑そうな格好しているのが悪いんだよ」

「いや、一応正装で行こうと思って……」


 俺の今の格好は真っ黒いスーツである。人間の姿をしている悪魔としては、これ以上無い程の正装。威圧、厳粛、誠実、他にも様々な印象を与える効果が黒いスーツには期待される。格好というものは、人と接する上での重要な要素である。

 一方の魔王は白い半袖シャツに茶色い長ズボンという、どうみても村の若者Aといった恰好であった。そして姫様に至っては白いワンピースに麦わら帽子と、もはや別の世界の人間と言うべき風体であった。お前ら、自分たちが今現在この世界の頂点に立っている存在であることを忘れちゃいないかね?


「もうその服脱いじゃえば~?」


 忘れてるね、絶対自分たちの重要性忘れてるねこのバカ!


「っていうか、見てて暑苦しいよ~」


 姫様が魔王の言葉に頷く。いやいや着てる俺はもっと暑いんだよっ!!

 くそ、こうなったら――


「……上着だけは脱ぐか」


 妥協しよう。こいつらと張り合えば余計暑くなる。大人の対応が出来るようになったな、俺。

 スーツの上着とネクタイを異次元収納装置へとしまい、暑さが多少和らぐ。結局、最後まで俺たち3人には威厳が無いわけか。


「で、だ」

「うん」

「いいのか、このまま進んで」


 俺はちらりと、姫様の方を見る。夏の日差しを浴びれば焼け焦げてしまいそうな白い肌と、着ているワンピースと同じくらい白い髪。生まれながらの特質による幻想的な容姿であるが、それを忌むべき姿と捉えていた場所が、かつて存在していた。


「大丈夫だよ」


 魔王はにこやかに言った。俺たちが今進んでいる道の先には、魔王が滅ぼした村の跡地がある。魔王が唯一人間たちを虐殺した場所であり、姫様が長い間地下牢に囚われていた場所。魔王と姫様にとって、訪れたい場所では無いはずだ。

 だがどうやら、魔王は俺との別れをその場所で行うつもりのようだ。

 一体、そこに何があるというのか。




「これは……」


 前に来た時は村の残骸があった場所。だが、今は多くの石材や木材がそこかしこに積まれ、所々に建物の土台らしきものが見えた。多くの魔族や巨人族がそれらの間で作業をしており、汗を流しながら一所懸命に働く彼らの姿はとても――暑苦しかった。


「この暑い中で工事作業をやらせるなんて、お前は悪魔かっ!!」

「悪魔は悪魔さんでしょ……?」


 そうだけど、そういうことじゃねぇ。


「それに、お昼ごろになったら作業をやめる予定だよ。暑すぎて倒れちゃったら大変だもん」

「当たり前だ。で……」


 俺は改めて目の前に広がる工事現場を見渡す。石材の量や頑丈そうな土台から、建築しているのはただの家屋では無さそうだった。村を再建するとか、そういう単純なことでは無いのだろう。


「何を作ろうとしてるんだ、お前は」

「学校だよ」

「学校?」


 一瞬、意味が分からなかった。だが、すぐに合点がいった。


「なるほど、確かにお前らしいな。世界を滅ぼせる存在を倒した後は、世界を良くするための方策を実行するってわけか」

「だいたいそんな感じだね。さすが悪魔さん」


 魔王が嬉しそうに微笑む。心と心が通じる以心伝心といった感じでなんかやだ。


「ボクは大魔王様が言った通り、この世界はこれからどんどん混沌としていくと思うんだ。魔界は勢力争いが激しくなるだろうし、地上もボクが武力以外で勢力を広げれば色々な考えが生まれると思う。女神様を信仰しなくなる国も現れるだろうし、国同士の戦争も起きると思うんだ」

「戦乱の時代か」

「そうなるかもしれないし、ならないかもしれない。それに貧困や食料不足、疫病、他にも色々な問題が出てくると思う。これから世界は、大変なことといっぱい向き合わないといけないだろうね」

「それでお前は、学校を使ってそれらの問題にどう立ち向かうんだ?」

「ボクが作ろうとしているのはね、勉強する意欲と十分な才覚がある人なら魔族でも人間でも関係無く学ぶことの出来る学校なんだ」

「ほう」

「世界に山積みの問題を解決するには、それこそ世界中の知恵が必要だと思う。もちろん、悪魔さんから貰った知識が一番役に立つと思うけど、それをこの世界の問題解決のために応用させることのできる人たちも必要なんだ」

「お前と部下たちでは不足なわけだな」

「ボクや部下のみんなだけじゃ、やっぱり世界は支えきれないよ。色んな人が学校で勉強して、それを故郷で活かすことが問題解決に繋がることも多いと思うしね。あと、学校で勉強する中で魔族と人間が友好的になれればすごく良いことだよね」

「種族を越えた学友か。確かにそれは良いな」

「学校を出て、遠く離れても、いざとなったら助け合える関係。そういうのがたくさん生まれれば、きっと多くの問題が解決できるよ。世界が混沌に飲み込まれても変わらない知識や、変わらない友情はあると、ボクは信じたいんだ」

「そうか……」


 魔王の語ることは理想論かもしれない。だが、実際にそれで解決出来る問題も少しは存在するだろう。新しい問題が次々と生まれる中、少しずつ問題を克服する。それが、人間というものなのだ。


「難しいかな」

「難しかったらやめるのか?」

「まさか」


 魔王が笑う。ここに作られる学校は、きっと魔王の新たな夢なのだろう。


「それと、孤児院も作ろうと思うんだ。姫の希望でね」

「姫様の?」


 俺は姫様の方を見る。麦わら帽子の下、姫様が微笑む。


「戦争や貧しさで、親と離ればなれになる子どもは増えると思う。奴隷商人に売られる子どもも多くなるかも。だけどその中にはすごく頭の良い子もいると思うし、何より見捨てたくは無いんだよね」

「全員を救うことは出来ないぞ」

「悔しいけどね。それでも、少しは助けたい。ちゃんと勉強して貰って、未来を作って欲しい」

「未来、ね」


 未来。それは可能性の先にあるもの。より良い未来は、より良い可能性を発見し、それを実現させた先にある。自然現象、人々、とにかく多くのものから、そんな可能性を探さなければならない。

 魔王はそれを分かっているのだろう。ならば、もう何も心配は無い。

 俺がこの世界でやるべきことも、もはや存在しない。


「まぁ、お前らなら大丈夫じゃねぇの?」

「まだまだわからないけどね。だけど、がんばるよ」

「そうだな」


 俺は異次元収納装置を呼び出し、左手を入れた。そして、作動させる。

 自分の世界に帰るための機能を。


 俺の左手の先に現れた、洋風の扉。見た目はただの扉だが、実体は世界を越えるワームホールのようなものである。この扉の先に、俺たち悪魔が過ごす異世界がある。


「さよなら……なのかな?」

「ああ、さよならだ」

「……みんな!」


 魔王が大声を出すと、工事作業の音が止まる。そして俺と魔王、姫様を囲むように魔王の部下たちが集まってきた。


「……なんか恥ずかしいな」


 周りの奴らをよく見ると、工事をしていた連中だけじゃなくて城にいるはずの料理長や酒場のヒゲマスター、若返ってたのが老人に戻っている爺様、勇者が来たことをよく報告しに来てた魔王の部下、爆縮魔力結晶兵器の開発に貢献した占い博士、他にも見たことのある顔が勢揃いしていた。


「お前、こっそり全員を集めただろ」

「うん。みんなで悪魔さんを見送りたかったからね」

「やめろよ、恥ずかしい」

「最後くらい、いいでしょ?」

「まったく……」


 こういうの苦手なんだよ……


「そういえば、姫が悪魔さんに渡したいものがあるんだって」

「渡したいもの?」


 姫様は頷き、俺や魔王を囲んでいる連中の方へ向かう。そして1人の女性魔族からなにやら黒いものを受け取り、戻って来た。


「それは……」


 姫様が両手で差し出したもの。黒い帽子。つばの広い、布で作られた帽子。暑い夏でも寒い冬でも使えそうな、きっと手作りであろう帽子。


「この帽子を俺に?」


 姫様が微笑んで頷く。この帽子は親愛の証であり、感謝の証であるのだろう。この2年間、魔王だけじゃない、姫様とも多くの時間を一緒に過ごした。姫様も俺の持ってきた本から知識を得て、魔王とは別の形でそれを応用した。

 俺は魔王だけでなく、姫様や、魔王の部下にも影響を与えていたのだろう。そして彼らが、俺をどう思っているのか。それは、あまり考えなかった。

 どうあっても、俺は帰るのだから。


「……被ってみていいか?」

「いいよ」


 魔王が答えるが、お前に聞いてるんじゃねぇよ。姫様の方はそんな魔王の言動に笑いつつ、肯定の頷きを返す。

 俺は帽子を頭に乗せ、向きを調整する。頭の大きさを測らせた記憶はないが、ぴったりの大きさだった。


「似合うか?」

「うん、似合わないね」


 魔王が答えるが、だからお前に聞いてるんじゃねぇよ!!


「似合うか、姫様」


 姫様は魔王の言動に笑いつつ、否定の首振りを返す……って似合わないんかーい!!


「似合わねぇのか、オイッ!?」


 俺の言葉に、周囲の連中も笑顔で頷く。


「くそっ、二度と被らないからなっ!!」


 俺はそう言って帽子を脱ぎ、異次元収納装置に突っ込む。捨てねぇけど、被らねぇぞ!!


「大切にしてね、悪魔さん」

「まったく……」

「あっ、そういえば悪魔さん、まだ城の地下に悪魔さんが持ってきた本がいっぱい残っているみたいなんだけど……」

「重要な書物は全部回収したし、翻訳機も返してもらった。お前の所に残すのは俺たちの世界ではゴミ同然の、単なる古本だ」

「それでもボクたちにとっては未知の知識がたくさん詰まった、すごく貴重なものだよ?」

「だったら自分たちの力でそれを解読して、有効に使って見せろ。いつか俺がこの世界に来た時に、驚かせるくらいにな」

「いつ頃、戻って来てくれるかな?」

「数百年後か、下手したら数千年後だろうな。最悪の場合、もう来れないかもしれないが」

「長生きするつもりだし、悪魔さんのことは子孫に語り継ぐつもりだから、安心していいよ」

「何を安心するんだか……」

「絶対に、悪魔さんには世界で2番目に可愛い女の子を紹介してあげるから!」

「そういえばそんなこと言ってたな!? ってか紹介しなくていいっての!! 自分の世界で結婚相手見付けるし!」

「えー。この世界にずっといればいいのにー」

「そう思える世界が次来るまでに出来てたら考えてやる! 無理だと思うけどな!」

「すごい難しいと思うけど、それでも頑張るよ。きっと、良い世界になってる」

「無茶はするなよ」

「姫やみんなと一緒なら、大丈夫だよ」

「……そうだな」


 日差しの下、熱気の中、僅かな沈黙が漂う。語ろうと思えば、きっといつまでも語り合うことは出来るだろう。それでも区切りがついたのならば、前に進まなければならない。


「じゃあ、またな」

「うん、またね」


 再会を約束する、魔王の返答。周囲からも「また会いましょう」「元気で」「必ず帰ってきて下さいね」「次はもっとエロい本を」などといった声が聞こえた。なんか感動のシーンをぶっ壊そうとしてる奴がいないか?

 俺は背を向け、扉のドアノブを掴み、開ける。その先は、暗黒の虚空だ。


「ねぇ、ボクと姫もその扉の先に」

「お前はこの世界で頑張れよ!? まぁ、数万年後くらいにはこの先に行ける権利が与えられるかもしれねぇけど……」


 俺はつい振り返って、魔王に言葉を返してしまう。


「本当?」

「未来のことはわからないけどな」

「そうだね。だから、頑張るんだ」

「そうだな」


 俺は再び背を向け、今度こそ帰るために足を踏み出す。右足が、この世界と扉の先の境目を踏んだ。


「本当に、必ず帰って来てね、悪魔さん!」


 返事はしない。約束は出来ない。でも――

 両足が扉の先に入り、背後で扉が閉まる。




 もうあの世界は、無限に等しい程の彼方にある。俺だけの力では、二度と訪れることは出来ない。

 だが魔王は、一度俺を召喚した。一度出来たことならば、もう一度出来るかも知れない。あの世界にはもう悪魔が関心を示す魂は無いかも知れないが、それに代わる何かが見つかる可能性は決して皆無では無い。魔王がそれを見つければ、俺と魔王が再会することも十分にあり得る。


 可能性は、存在する。だから、前に進む。

 

 帰ろう。

 俺は、俺の世界に。


 

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