第24.403話 魔王は万が一を考えていたのか
爆縮魔力結晶兵器を搭載した2発の砲弾が着弾する直前、俺の隣に魔王が現れた。超高速化による退避、もはや常套手段となっているな。
「じゃあ、いくね」
魔王が爆縮魔力結晶兵器の作動装置を手に持ち、そのスイッチを入れる。俺が慌てて伏せたすぐ後に、大きな爆発音と風圧。砂嵐が高台にあるこの陣地にまで吹き荒れる。
治まる嵐。爆心地からはまだ煙が昇っているが、魔王の部下たちは早くも砂を被った大砲等の清掃作業に入っている。もう慣れたもんだな。でも何か嫌だよ破壊兵器の運用になれた連中とか!
「ねぇ悪魔さん、これで女神様を倒せたと思う?」
「ないだろ」
「だよねー」
部下の持ってきた魔導石と自分の持っている使用済み魔導石を交換しつつ、魔王は半笑いで言った。いやいや笑ってる場合じゃないから。
「それで、何か倒すための手はあるのか?」
「今の状況で倒すには超高速化を使って回避と攻撃を同時に行うのが最善だけど、たぶん女神様が勇者を回復するのに使う魔力の方が少ないと思う。だからこっちが先に魔力切れになるね」
「だったらどうする?」
「第2作戦に変更するべきだね」
第2作戦?
「なんだそれ?」
「あれ? 悪魔さんに説明してなかったっけ?」
意外、といった顔で魔王がこちらを見た。知らねぇよ。聞いてねぇよ。言えよ。
「……で、その第2作戦ってのはどういう作戦なんだ?」
「ボクの魔力を使って、大魔王様が女神様を封印するために作った結界を維持する」
「ああ」
「その間にみんなが逃げる」
「うん?」
「それで数か月くらい爆縮魔力結晶兵器とか魔導石とかを量産して、再戦を挑む」
「……」
「それが第2作戦だよ」
……いやいやちょっと待てオイ。
「つまり、逃げるってこと?」
「逃げるんじゃなくて戦術的撤退だって、悪魔さんの世界の本には書いてあったよ?」
くだらねぇ屁理屈まで俺の世界から学ぶんじゃないよ!!
「ってか数か月ってことは、俺が帰るの遅くなるってことか!? さてはお前、わざと説明しなかっただろその作戦!」
「うん」
しれっと言ったので魔王の脳天にチョップを直撃させた。
「痛いよ悪魔さーん」
「ふざけんな。他に手は無いのかよ」
「無理だね。勇者が蘇らなければどうにかなったかもしれないけど、勇者と女神様で攻防を分担しちゃってる現状では、ボクらに勝ち目は無いよ」
勇者がいなければ女神は攻撃手段に乏しく、用意した魔導石で十分だったかもしれない。
勇者さえ、蘇らなければ。
「……俺のミスか?」
「悪魔さん、何か失敗したの?」
「油断はしていた……女神が別の世界にまで干渉出来るとは想像すらしていなかった」
「悪魔さんでも予想出来なかったなら、防ぎようが無いよね。誰のせいでもないよ」
「そうは言っても……」
「第2作戦で特に苦労するのは数か月間も結界を維持しないといけないボクと、数か月間も帰るのが遅くなる悪魔さんだよ。ボクは気にしないから、悪魔さんが自分を責める必要は無いと思うよ」
「……すまない」
「いいんだ」
魔王は微笑む。許された、いや、そもそも怒ってすらいなかったのだろう。女神が何かしら奥の手を用意していることを想像していたからこそ、魔王は第2作戦なんてものを考えていたのだ。魔王にとって、この事態は予想の範疇なのだ。
俺は自分が帰ることばかり、考えていたのに。
「それで、その大魔王が作った封印の結界ってのは大丈夫なのか」
「もちろんだよ。それがあったから女神様は塔の周辺から出ることが出来なくて、勇者に任せるしか無かったんだから」
「お前の魔力で維持できるのか?」
「魔導石の補給があれば、1年はどうにかなると思う。すごいやりたくないけど」
そりゃそうだ。
「でも、しかたないよね」
観念した様子の魔王の笑みに、俺は少しだけ、罪悪感を覚えた。
魔王が見つめる先。爆縮魔力結晶兵器の爆心地では既に煙が消え、女神の武具を身に付けた勇者が立っていた。
「やっぱり倒せなかったね」
「だな」
勇者はゆっくりと歩き出す。この高台に、向かって。
「……本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫なはずだよ。なにせ大魔王様自らが作った結界だからね」
「ふむ……」
だが勇者の歩みは、結界の妨害など眼中に無いように見える。
まさか、何か対策が……
「……なぁ、女神は結界の外に出れないんだよな」
「うん」
「だったら女神が変化した武具を装備した勇者も、結界の外に出れないよな」
「そうだね」
「じゃあ女神の武具は結界の中でしか使えないのか?」
「……そうなるね」
「おかしくないか?」
俺の言葉に、魔王は思案する仕草を見せる。そしてしばらくの後、こう告げた。
「悪魔さん……後は頼むよ」
「は?」
俺は魔王の方を見た。だが、既にいない。勇者の方を見る。魔王がいた。いつの間にか新しい剣を握り、勇者の首を斬り落としていた。
「まさか……」
勇者は首を無くしたことも気にせず、陣地の方角へと走りだす。走っている最中に首から上は徐々に無から半透明、そして元通りの実体に戻る。女神による転送と回復の魔法によるものだろうが、一種の妖怪にしか見えない。
魔王は再び超高速化を使い、勇者の前面に立ちはだかる。勇者が振り降ろした剣を三度目の超高速化でかわし、その腕を剣で斬る。跳ね跳ぶ勇者の右腕、だが走る速度は緩まない。勇者に痛覚など、もはや無いのだ。
右腕と剣を転送、回復しながら、勇者と女神は走り続ける。そして、剣を振り上げ、何もない空間へと斬り付けようとした。しかし魔王が勇者の右腕を抑え、斬撃を止め……いや、盾で突き飛ばされたぞ!? 避けろよ!
虚空に振り下ろされる剣。直後、勇者たちと魔王がいる地点から静電気のような光が発せられる。その光は2つに分かれ、女神の塔があった場所を中心とした円周上を駆け抜けて行った。
「これは……そういうことか」
大魔王による封印の結界から出ることの出来ない女神。当然、その結界を破壊する方法を考えていたはずである。勇者の武具となったのは勇者を強化するだけでなく、自らが剣となり結界を破るためでもあったのだ。
『第3作戦、開始!!』
魔王の大声が、テレフォンから陣地全体に響き渡る。
『全員、即座に撤退!! みんな、急いで!!』
陣地にいる魔王の部下たちがざわめき出す。撤退? 第3作戦? 第2作戦とも違う別の作戦か?
魔王の部下たちは近くにある物資を持ち、魔王と勇者のいる方向とは逆方向に向かって駆け出す。一部の部下は大砲を操作し、砲弾を発射させてから撤退を始めた。そして次第に、陣地にいる人数は減って行く。
残ったのは俺と、爺様だけになった。
「逃げないのですか?」
若返っている爺様が歩み寄り、俺に尋ねた。いや、逃げるも何も……
「第3作戦って何だ?」
「御存じないのですか?」
本気で驚いた顔をする爺様。だから説明してもらってないんだよあのバカにさぁ!
「第3作戦とは、魔界を放棄することで女神を封じるものです」
「……は?」
「大魔王様が施した封印を破られた今、もはや我々魔族に女神を止めることなど出来ないのです。出来ることがあるとすれば、可能な限りの領民を地上の世界へと避難させ、魔界と地上を結ぶ転送陣を破壊することだけでしょう」
「魔界ごと女神を封じるってわけか……」
「はい、その通りです」
「魔王はどうする気だ?」
「全領民が避難するまでは女神の足止めを行い、避難が完了した後に地上へと退避する予定になっております」
「魔王の領地にいる全員が避難するまで、魔王が耐えられると思うか?」
「……」
爺様は答えない。どこか困ったような、誤魔化しているような、そんな微笑みを浮かべるだけだ。
つまり、無理だということだ。
「お逃げください」
「爺様、アンタは俺が勇者や女神ごときに倒されると思っているのか?」
「……ならば、私もご一緒させて頂けませんか」
「アンタは魔王の代わりに指揮を執る役目があるだろう。それにここにいても、邪魔なだけだ」
「その通りですな……王を残して去るなど、やりたくはありませんが」
「それでも、やるんだよ。それがアイツの、あのバカの命令じゃないのか?」
「本当に、仰る通りです。私がここに残った所で、何の意味も無いのでしょう」
「ああ」
何の意味も無い。それは知識を与えること以外はこの世界に何も出来ない、この俺も同じことだ。
俺がここにいても、何の意味も無い。
「それでは悪魔様、私は避難します」
「分かった」
「……魔王様のこと、どうか頼みます」
「……」
俺は、何も出来ない。何かをすることは、許されていない。
爺様が去り、陣地には俺だけが残った。
魔王は勇者の頭部や、腕や、足を斬り、遠くへと投げ捨てる。時には四肢と首を同時に切断し、別々の場所に捨てることまでした。
だが、無意味だった。切り離した勇者の身体と女神の装備はすぐに元通りとなり、魔王に襲い掛かる。死が肉体と精神の断絶だとすれば、今の勇者にそれは起こりえない。女神の加護により、肉体と精神は決して分かたれず、一か所に集まる。
完全な不死身。それは祝福なのか。それとも、呪いなのか。
どちらにしても、魔王の力で太刀打ち出来るものではない。魔王と勇者が戦う戦場の付近には魔王の部下たちが撤退する前に飛ばした砲弾が見え、そこには魔導石などの補給物資が入っていると思われる。だが、それらを用いたとしてもどれだけ持つのだろうか。
全領民の避難。それは魔王の領地にいない、他の魔王の領地に生きる魔族たちを見殺しにすること。それでも、時間は足りないだろう。全領民が地上に逃げるまでに何日かかる? 魔王が勇者を足止めできるのは、あと何日、いや、あと何時間だ?
魔界は、滅ぶ。魔王も、死ぬ。地上と魔界の通行を破壊したとしても、女神がそれを戻せないとは限らない。
勝敗は決した。逆転などない。魔王は勇者と女神に勝てず、俺はただ、魔王が敗れるのを見届けるだけである。
俺は悪魔として、この結末を受け入れなければならない。俺が悪魔である限り、それしか無いのだ。この世界の運命に手を加えることなど、許されないのだ。
――反吐が出る。
『悪魔さん……』
手元にあるテレフォンから聞こえる、小さな声。俺を呼ぶ、魔王の声。
『聞こえてるかな……』
聞こえているさ。




