第24.4話 魔王と悪魔はやっちまうのか
生には必ず意味があると思う。だが、他者の生に意味を見出せるとは限らない。
ならば聖なる頂点の生存には、果たしてどれほどの意味があるというのか。
いつもの部屋のいつものタタミから遠く離れた地、魔界。大魔王と戦った時と同様、魔王とその部下たちは女神の居場所が見える高台に陣地を築き、戦いの準備を進めていた。
「あれが女神のいる塔か……」
高台から見える円柱型の塔は少々くすんだ象牙色をしており、装飾から見るに7階層のようだ。まぁ、どうせこれから壊れるからどうでもいいが。
「最上階に女神様がいて、結界を張ってるんだ。だから魔物や魔族は5階くらいまでしか上がれないんだけど、特に問題は無いだろうね」
「だろうな」
程無くして、女神の塔から人影が出てくる。うん、なんかこの光景デジャブだわ。
周囲を見回しても大砲やら魔術装置やら水晶板やら、大魔王との戦いで使用したのと同じ物が用意されている。女神との戦いも大魔王の時と同じ戦法で行くとは聞いていたが、ここまで何もかもが同じだと不安を感じざるを得ない。
「なぁ、大魔王戦と何か違うことはしないのか?」
「しないよ。だって女神様がどういう攻撃をしてくるのか、わかんないし」
「分からないのかよ」
「女神様と戦ったのって、大魔王様くらいだからねー」
大魔王が死ぬ前に聞いとけば良かったんじゃね?
「だから大魔王様を倒した最強戦術で行くのが正解だよ」
「最強か。大きく出たな」
「この世界で最も強い存在を倒したんだから、最強に決まっているよ」
魔王が微笑みながら言った。コイツはコイツなりに、大魔王への敬意を今も忘れていないのでは無いか。
そんな気がした。
「魔王様、女神の塔5階への爆縮魔力結晶兵器の配置、完了致しました」
魔王の部下が報告に来た。陣地にいる他の魔族たちも、魔王の方を向いている。
「いよいよ最後の戦いの始まりか」
「そうだね」
「で、最後の戦いに相応しい開戦の言葉はあるのか?」
「うん」
魔王は自身を見る部下たちを見回し、こう言った。
「みんな! ボクらはついに、魔族の宿敵である女神との戦いに挑む!」
真剣な眼差しで魔王の言葉を聞く部下たち。魔族として、この戦いに参加出来ることは名誉であるはずだ。きっとそれぞれの胸に、それぞれの誇りを抱いてこの場に立っているのだろう。
「ここまで来れたのも、全ては悪魔さんのおかげだ! というわけで、まずは悪魔さんに感謝しよう! ありがとう、悪魔さん!」
魔王に続き、周囲の魔族たちが一斉に「ありがとう悪魔さん!」と大声で言いやがった。オイ、これかなり恥ずかしいんだけど。嫌がらせか?
「そして開戦の言葉は、悪魔さんに述べてもらおうと思う! みんないいよね!?」
歓声が上がる。
ああ、間違いない。これは嫌がらせだ。
「じゃあ悪魔さん、どうぞ!」
「ふざけんな」
魔王にはそう返したものの、魔王の部下たちは俺の言葉をじっと待っている。
その面々をよく見ると、若返ったまんまの爺様がいた。あとヒゲのマスターも。ってか城でよく見る連中ほとんどいるじゃん。同じ建物に住んでいるんだから、ありがたみも何も無いだろお前らっ!
「えーと……」
「悪魔さん、はやく」
コイツ最後までムカつくなー。
「……悪魔である俺が言いたいことは、ひとつだけだ」
「なになに?」
先生! 開戦の言葉を邪魔するウザい人がいます!
「お前ら」
魔王を無視し、俺はわざと不機嫌そうな声で言った。
そして、こう続けた。
「女神を、殺せ」
俺がそう言った瞬間、一同がちょっと引き気味の表情になった。魔王も若干引き気味である。
あれ? やっちゃったか俺。
「悪魔さん……こわいね」
反応に困っている様子の魔王が感想を述べた。なんかもう、色々台無しになった感じである。俺か? 俺が悪いのか!?
「と、というかここまで来たら言葉でどうこう言っても仕方ないだろ!! さっさと女神を倒して帰るぞっ!!」
その言葉に、魔王の部下一同がぎこちない笑みを浮かべだした。これ「女神との戦いで悪魔が述べた言葉」とかいう感じで後世に残ったりしないよな? 残ったら死にたくなりそうだよ俺は!
「あー……もういいや、後は頼む、魔王」
「素晴らしい開戦の言葉だったよ、悪魔さん!」
魔王の頬に俺の右ストレートが直撃した。
「ふべぇ!?」
変な声を出しながら倒れる魔王! その手から転がり落ちる、小型の魔術装置!
「あ」
魔王が「やっちゃった」と同じ意味の声を出した。もしかしてそれって……
「みんな、伏せて!」
魔王のその言葉で陣地にいる全員が伏せたのは、地面に落ちた衝撃で魔術装置のスイッチが入ったのとほぼ同時だった。
そして次の瞬間、女神の塔の方向から耳を裂くような爆発音と暴風が襲い掛かる。
「ちょっと簡単に入りすぎだろそのスイッチ!! バッカじゃねぇのかっ!?」
吹き荒れる風の中で俺は文句を言ったが、多分聞こえて無いだろう。爆縮魔力結晶兵器の余波が治まるまで、俺たちはじっと伏せ続けた。
「いやぁ……まさかこんな形で女神様との戦いが始まるなんてね……」
風が止んだ後、魔王が苦笑いを浮かべながら言った。
「ふざけすぎたんだよ、お前が」
「うん、そうだね。でも、始まった以上はしっかりやるよ」
俺と魔王は立ち上がり、女神の塔があった方角を見る。
「やっぱりこの程度じゃ倒せないね」
塔があった場所には小さなクレーターと、その中心に立つ人影だけが見える。
「予想通りではあるな」
「ねぇ悪魔さん。ボクを殴ったお詫びとして、女神様の魔力を調べてくれないかな?」
「……仕方ない」
俺はサングラス型の計測装置を異次元収納装置から取り出し、装着する。そして、女神の魔力を確かめる。
「……ん?」
「どうしたの?」
「いや……女神の魔力が、大魔王と比べて明らかに弱いんだよ」
「あー……やっぱりそうなのかな」
「何か心当たりがあるのか?」
俺は計測装置を仕舞いながら、魔王に尋ねる。
「うん。女神様本人に聞かないと分からないけどね」
「魔王様っ!」
「おおっと!?」
魔王の部下が突然大声を出したので驚いちゃう俺。かっこわるい。
「大砲と魔術装置の調整完了! 問題ありませんっ!」」
その言葉に辺りを見渡してみると、伏せていたはずの連中がいつの間にかてきぱきと作業を行っていた。大魔王との戦いの時もそうだったけど、やる気ありすぎるな部下の皆さんは!
「よし。それじゃあ、行ってくるよ」
魔王が俺と部下に背を向け、女神の方へ向かう。ついに、最終戦闘が……
「あっ! 忘れてた! 悪魔さん、大魔王様との戦いで使ったっていう遠くの光景を水晶板に映す装置、ちょっとボクにも見せて欲し」
「さっさと行けっ! 女神を倒した後で思う存分見せてやるから!」
「はーい。仕方ないなぁ」
緊張感が無さすぎる……
魔王が十分に遠ざかるのを確認して、俺は監視用ドローンを異次元収納装置から出し、起動させる。手早く設定を行うと陣地の各所に配置された水晶板に映像が映り、魔王の部下たちがその近くに集まる。こいつら、やる気あるのか無いのか分からなくなってきたぞ!
何にしても、準備は整った。俺の役目はもう、見届けるだけなのだ。




