第24.006話 魔王は王の責務を果たせるのか
様々な荷物を持った魔王の部下たちと共に、俺は高台の陣地から大魔王と魔王のいる地点へと向かう。手に持った金属の棒、魔術装置テレフォンからは大魔王と魔王の会話が聞こえてくる。
『見事だ……金屑の王よ』
大魔王の声は、明らかに弱々しい。戦いの決着は確かなようだ。
『光栄です』
『認めねばならぬようだな……悪魔の持つ価値を……』
『その通りです。ですが、悪魔に知恵を借りたとはいえ貴方を倒したのは紛れも無く、この世界に眠っていた力です。そのような力をより多く見つけることが出来れば、いずれ我々が悪魔に匹敵する可能性もあるかも知れません』
魔王の言葉に、俺は思わず笑んでしまう。この世界が追いつける程、俺たちの進歩は遅くねぇんだよ。
『魔族は……これからどうなる……?』
『確かなことは言えませんが、貴方と魔王たちを失ったことで動乱が起こると思われます。しかし、いずれは新たな魔王が各地で生まれることでしょう』
『やはり貴様は支配する気が無い、ということか……』
『私は自分の領地と領民だけで精一杯です。魔族全ての王として相応しい者は、貴方が最初で最後だと思います』
『ならば……魔族の王として、貴様に最後の命令を与える』
『なんでしょうか?』
『王としての責務を果たせ……』
その言葉に、魔王が絶句したように感じた。
『かつて貴様の祖父……我が金屑の王と名付けた者は、滅びゆくはずだった弱き魔族たちを導き、その力を束ね王となった……その名を継いだ貴様が、混迷する者たちの導き手となるのだ……』
『……はい』
『弱き者が強き者に淘汰されるは道理であるが……我は、眷属が無駄に死ぬことを望まぬ……』
『大魔王様……やはり貴方は、偉大な王だ。もしかしたら、戦わずとも私の言葉を聞き入れ、共に世界の価値を探求することも出来たかも知れません……』
『ふん……それは在り得ぬ……我が野心は、我が命……この世に出でた時より抱き続けた支配の願望を捨てることなど、出来ぬのだ……』
そう、それが異世界の存在だ。異世界に生きる者は皆、役割を全うしようとする。それが普通であり、役割を超えたことを望む者など滅多にいない。
いない、はずなんだけどな。
俺は倒れた大魔王の足先に辿り着く。魔王は反対側、大魔王の頭の方にいる。魔王の部下たちが準備を始める中、俺は大魔王の身体を回り込み、魔王の元へ向かう。
「来たね、悪魔さん」
魔王の声が直接聞こえる距離に来たので、俺は手に持っていたテレフォンを投げ捨てる。
「なんて姿だよ、まったく」
魔王は全身が血塗れで、正直近寄りたくない。一方の大魔王は両目を閉じ、苦しげに呼吸を繰り返していた。
「お前が……悪魔か……」
大魔王が目を閉じたまま言った。
「ああ。そこの魔王にそそのかされて無駄な知識を与えすぎたバカな悪魔だ」
「そんな自虐的にならなくても……」
これは自虐ではなく自嘲と言うべきものだぞ、血生臭い人。
「貴様に1つ……聞きたいことがある」
「何だ、大魔王様」
「我を生み出したのは……誰だ……?」
……そう来たか。
「大魔王様を生み出した者?」
なんか隣に興味津々な邪魔者がいるから言いたくは無いが……
「……その正体は、俺たち悪魔も把握してはいない。ただ、悪魔よりも高度な技術を持った何者かであるのは確かだ」
「その者たちが我を生み出したと……」
「恐らく、アンタと女神の両方を、だ」
「ならば……女神と我の戦いも、その者たちによって仕組まれたものか……?」
「だろうな」
「……気に入らぬな」
大魔王の表情が僅かに険しくなる。自分が何者かの意図で動かされていたと知れば、そりゃ不愉快にもなる。
「だが、その何者かの思惑通りにはならなかったようだな。アンタは女神の力では無く、自分が生み出した妙な存在のせいで倒れたのだからな」
「あんまり大魔王様の前で変なこと言わないで欲しいんだけど……」
「とにかく結果的に、アンタは仕組まれた世界の形を変えることが出来た。その点では、女神なんかよりずっと偉大だと思うんだが」
「どうでも良いことだ……自らが何者かの道具であることに気付けなかった愚かさは、決して変わりはせぬ……」
「……そうか」
俺が何を言おうとも、大魔王の救いにはならないだろう。大魔王が与えられた役割に従って生き続けたのは、紛れも無く事実なのだから。
「魔王様、準備が整いました」
魔王の部下が報告にやって来た。どことなく、怯えて緊張している様にも見える。
「うん。早速始めよう」
部下は逃げるように去り、そしてしばらくの後、大魔王の身体が仄かに赤く光り出した。
「何を……している」
「貴方の魔力を魔導石へと移しているのです。女神との戦いにおいては、貴方の魔力で女神を抑え付けなければ勝機はありませんので」
「周到なことだ……良いだろう、我が魔力、全て持って行け……」
「畏れ入ります。それと、悪魔さん」
「ああ、分かっている」
俺は異次元収納装置から魂を奪うための捕獲器を出し、地面に置く。真鍮に良く似た、くすんだ黄金色の容器。手で持つには大きすぎる、俺が持つ最大の捕獲器。滑らかな曲面を持ち、金魚鉢のような形状をしているこの捕獲器は、神々と呼ばれる者の魂さえ捕えることが出来る。容量も充分に大きく、大魔王と女神の魂を保持したとしてもまだ余裕があるだろう。ただその大きさと作動準備のため咄嗟に使用することは難しく、大抵の場合はより小型の捕獲器を使う方が適切だと言えるだろう。
俺は捕獲器の作動準備を行い、大魔王は抵抗する素振りも無く魔力を吸い取られ続ける。そして魔王は、死に行く大魔王の顔をじっと見つめていた。
やがて大魔王が放っていた赤い光が弱まり、魔王は大魔王の頬に触れる。
「最後に……何か言い残すことはありませんか」
魔王の言葉に、大魔王は生気の失われた顔で微笑んだ。
「後は……任せたぞ……」
その言葉を噛み締めるように、魔王は顔を伏せて沈黙する。そしてしばらくの後、こう言った。
「悪魔さん、お願い」
俺が捕獲器を作動させると、捕獲器上部に小さな穴が開く。同時に、大魔王の心臓付近から浮かび上がった魂が光の糸となって解かれ、捕獲器の穴へと吸い込まれる。その光の奔流は神秘的でもあったが、速さの変わらぬ魂の流れは機械的にも見えた。
数分後、偉大なる存在はその遺体だけを残し、この世界から消え失せた。
「終わったね~」
血塗れの魔王が身体を伸ばしながら言った。いいからお前はさっさと身体をキレイにしろ。
「まだ女神が残っているだろ」
「うん。でも、どうにかなる気がしてきたよ」
大魔王が倒せたのだから、同等の力を持つ女神も倒せる可能性は高い。楽観的になるのも仕方ないことだろう。
「それよりも悪魔さん」
「何だ?」
「大魔王様を生み出した人たちって」
「そのことについてはもう何も言わん。そもそも、本来ならこの世界で言うべき知識じゃ無いんだ」
「でも悪魔さんたちより技術があるって……」
やっぱりコイツのいる前で話すんじゃなかったな……
「何も言わんぞ」
「うん、分かったよ。だけどもしかしたら、悪魔さんが魂を集めているのって大魔王様を生み出した人の正体を知りたいからじゃないかな、って」
相変わらず、妙に鋭いなコイツは。
「……さあな。勝手に想像しろ。」
「想像するよ。いつか、教えてくれるまでね」
「教えねぇよ」
魔族の頂点は倒れた。魔界はこれから大きな変革期を迎えるだろうが、そんな先のことは俺の知ったことでは無い。魔王や他の魔族がどうにかすべき問題だ。
俺にとって大事なのは、残る最後の頂点。
女神。
最後の敵は、変化する世界を大人しく受け入れてくれるだろうか。




