第24.005話 子は父を討ち果たすのか
「いやいや、やっぱり凄いね爆縮魔力結晶兵器は」
魔王が他人事のように言った。破壊の光は再び大魔王の周辺をクレーターへと変貌させていた。
「全くですな」
若返っている爺様も頷く。
「ただ私としては、その力から瞬時に逃れることの出来る魔王様の超高速化も凄まじきものだと思います」
確かにその通りである。この世界における最高の威力が爆縮魔力結晶兵器ならば、最高の速度は魔王の超高速化である。その両方を駆使することで、ようやく大魔王と戦えているのだ。
「あの……悪魔さん?」
疑問符が露骨に現れすぎている魔王の表情。
「何か気になることでもあるのか?」
「この人、誰?」
魔王は爺様を指差して言った。
「爺様」
「はい、爺様です」
いつもより外見年齢が20歳は若返っている爺様がにこりと笑う。
「…………え、どういうこと?」
流石の魔王も動揺している。すげぇな爺様の若返りドッキリ。
「秘薬によって若さを取り戻しましたもので。とはいえ、一時的なものでしょうな」
「秘薬って……あの死ぬほど凄い危ないマズいやつ!?」
そんなマズいのかよ、若返りの秘薬。
「はい、苦心して1か月ほど飲み続けました」
「えぇ……ちょっとそれは凄すぎるよ爺様……よく生きてるね……」
さっきから「凄い」連発しすぎじゃねぇかこの金髪。
「恐らく、寿命は縮みましたな」
不敵に笑う爺様。笑い事じゃねぇ気もするけどね!
「それよりも魔王様、まだ戦いは終わっておりませぬぞ」
「うん、そうだね」
そう言って魔王は大魔王のいるクレーターの方へ向き直る。
「ねぇ悪魔さん」
「何だ」
「大魔王様の魔力って、後どのくらい残ってるかな?」
「知らん」
「ちょっと調べてみて」
こいつはまた人を便利に使おうとして!
「そういう戦闘の協力は出来ないんだが……」
「知識の一種だと言えなくもないでしょ?」
「屁理屈を言うなよ……仕方ない、今回はサービスだ」
俺は異次元収納装置からサングラス型の計測装置を取り出し、装着する。
「悪魔眼鏡だね」
もうそういう勝手なネーミングにいちいち反応しないからな!
「大魔王の魔力は……」
クレーターの方を見ると、まだ強い魔力が計測された。どうやら大魔王はまだ生きているようだが……
「……かなり弱っている、とだけ言っておこう」
そう言って俺はサングラス型計測装置を外す。自分で言うのもなんだけどサングラス似合わないんすよ。
「ありがとう悪魔さん。いよいよ攻勢に出れそうだね」
「そろそろお前の攻撃魔法も効きそうってことか?」
「それは効かないと思うけど、例のアレなら効くと思う」
「例のアレ?」
「例のアレ、持ってきて!」
魔王が大声で部下に命じる。どうでもいいけど例のアレで意味が通じるのかよ。
「魔王様、例のアレってなんですか!?」
通じてねぇじゃん。
「ムラサーマのことだよ~」
「あっ、はい、すぐお持ちします!」
ムラサーマ……村正をパクった例のアレか。うん、例のアレだな。
魔王の部下が持ってきた物は鞘に収まったままの剣。鞘の装飾は和風テイストで、刀身にも多少反りがあるようだ。デザインもパクリなわけね!
「ありがとう。これで大魔王様にも傷を負わせられるよ」
そう言って魔王が剣を抜く。刃は磨かれ光沢を見せているが、その色は多少黒が強く、灰色に近い。
「ムラサーマねぇ」
「魔導鉄を鍛錬して作ったから、魔力を加えれば威力を増すんだよ。強度を高めるのには苦労したみたい」
魔王に握られたムラサーマが、ぼんやりと紫色の光を放つ。魔力による発光なのだろうか。
「魔力で威力を高めるってことは……超高速化と併用は出来ないのか?」
「そういうことになるね。でも斬る時だけ使わなければ良いだけだよ」
「それで大丈夫なのか?」
「たぶんね」
相変わらず適当だな、お前は。
「じゃあ、行ってくるよ」
魔導石と自動追尾魔術装置の誘導を行うブローチ型の装置を補充した魔王が、刀を掲げながら笑顔で言った。それを魔王の部下たちや爺様が力強い視線で見送る。
一瞬で消える魔王。水晶板に映る大魔王の目の前に、消えた魔王が現れる。どうでもいいけど監視用ドローンの耐久度すげぇな。『火山の火口にも潜れます!』みたいなキャッチコピーが付いてた商品だけどマジっぽいな。誰向けの商品だよ。
『やはり……凄まじい力だな』
『それに耐えられる大魔王様も恐ろしいと、私は思いますが』
『当然であろう……?』
大魔王が笑う。だが、その顔には間違いなく疲労の色が見える。
『本当に、流石です大魔王様』
『貴様は……その剣で我を倒せるとでも?』
『やってみないと分かりませんが、やるだけやってみます』
『来い……見せてみよ、示してみよ、滅ぼしてみよ』
『行きます……!』
両手で刀を握りしめた魔王は、大魔王の振り下ろした腕が当たるよりも早く、その姿を消した。そして大魔王の足元に超高速化で移動し、大魔王の脛に斬撃を入れる。
『ぐっ……!』
苦痛に顔を歪める大魔王。効果は、ある。
魔王は二度三度、斬り付ける。大魔王も足で魔王を払い除けながら、火炎を地面に向かって吐いた。
無駄な足掻きだった。
攻勢に回った途端、執拗なまでに接近し、足元での戦いを行う魔王。守勢の時とは違い、魔法による攻撃を大魔王が使えば自らも巻き込まれかねない。かといって、威力の弱い攻撃では魔王を倒すことが出来ない。そうなると打撃攻撃と魔法を組み合わせるくらいだが、大魔王と比べて身体が小さく超高速化も使える魔王には命中しない。
もはや、攻防は一転した。あとは大魔王の耐久力次第だった。
再生能力も魔族の頂点に相応しいものなのか、大魔王の傷はすぐに塞がり始める。打撃と火炎も魔王に当たりはしないものの、同じ傷口に連続して攻撃が与えられることを防ぐ役には立っていた。
それでも、新しい傷は増えて行く。大魔王の両足は無残な程に傷だらけとなり、血塗れになって行く。その血の色は、意外にも赤黒かった。
『小癪な……!』
大魔王がどんなに振り払おうとしても、魔王は超高速化と防御魔法を駆使して足部を攻め続ける。最も攻撃を当てやすく、最も反撃を避けやすい箇所。どれほどのダメージを与えられているのか分からないが、この調子ならいずれは……
だが、完全に一方的とは行かないようだった。大魔王の全身から真っ赤な気のようなものが発される。肉体強化の魔法か何かだろうか。
それに対し、魔王は大魔王の傷口に右手を突き入れ、叫んだ。
『カンスペ!』
その言葉の直後、大魔王から発生していた気が霧散する。打消魔法は、どうやら攻撃魔法だけでなく肉体強化の魔法にも作用するようだ。そうなると、大魔王は魔法による防衛がほぼ不可能だと言える。魔王が防衛に利用した魔法の数々は、攻撃の継続にも有用なわけだ。
刀による一撃一撃はさほど威力があるわけでも無いだろう。だが、確実に効果はある。爆縮魔力結晶兵器、長時間の防戦。全ては太刀傷を負わせるだけの消耗を大魔王に強いるためのものだった。大魔王はついに膝を突き、魔王はその膝に向かって刀で斬り込む。直後、大魔王の右腕が虫を追い払うように振るわれたが、そんなものが当たるわけは無かった。
攻撃は止まない、防御は無意味。後はそれぞれが、どこまで状態を保てるかなわけだが……
『魔導石10個、発射!』
水晶板に見入っていた魔王の部下たちが、その指示で自らの職務に戻る。大魔王は独りで耐え続けるしかないが、魔王は部下たちと共に攻め続けることが出来る。
一方的、圧倒的、決定的。己の中にある絶対的な力で戦った大魔王と、己の外にあった未知数の力で戦った魔王。強い者が勝つのではない、強い力を使える者が勝つのだ。たとえ脆弱な心身を持とうとも、それを補って余りある力を使うことは、可能なのだ。
大魔王の敗因は、力を求めなかったことだ。地上を狙うという役割に捕らわれ、それ以外の高みを望まなかった。その怠惰が、この結果だ。
増えて行くばかりの傷、止まることの無い斬撃。ついに大魔王は立つことが出来なくなり、地に倒れる。仰向けになった大魔王に魔王が飛び乗り、心臓の付近に刀を突き入れる。縦に斬り付け、横に切り払い、一瞬だけ魔導石の回収のため超高速化で移動し、再び刀を突き入れる。斬り、払い、突き。何度も、何度も、何度も。
倒れた大魔王の両手、大型の暗黒球が左右に1つずつ出現する。これまでの魔法攻撃から予想するに、最大の攻撃。捨て身覚悟の一撃。その暗黒球は魔王を追跡するだろうが、その魔王は己の心臓の上にいる。当たれば自らもただでは済まない。
いや、違う。大型の暗黒球が分裂し、小型ながらも無数の暗黒球へと変化する。なるほど、これならば魔王だけを攻撃できる。暗黒球は魔王を追尾するため、打消魔法でしか回避が不可能であり、そしてこの数を一気に打ち消すことは出来ない。しかし、超高速化を連続で使用しながらの打消魔法ならば、魔王は対処しきれるだろう。
ところが、魔王は攻撃を止めない。回避に移るどころか、心臓付近よりやや下の、大魔王の腹部に斬り込んでいる。一体、何を考えているのか。
大魔王の両手から、一斉に暗黒球が放たれる。魔王は回避しない、腹部の傷へと手を突っ込み、傷口を広げようとしている。どうするつもりだ?
そして、衝突。暗黒球は大魔王の上腹部に殺到し、真っ黒い爆発を連続させる。魔王は超高速化で回避したのか? それとも何か別の方法で防御したのか?
爆発が終わり、水晶板には上から見た大魔王の肉体が映っている。大魔王の身体は暗黒球の攻撃で焼け焦げたように爛れ、上腹部の傷口は目を覆いたくなるほどに酷い有様だった。そして魔王の姿は、他の場所を映している映像にも見られない。
何処だ。
大魔王の上腹部が、奇妙に動く。傷口から、何かが出ようとしている。
「まさか……」
泥から這い出るように、赤黒く、おぞましい生命が大魔王の傷口から現れる。血で汚れた魔王の姿。金髪も、端正とか美形とか言えなくもないような顔も、服も、手足も、何もかも。
大魔王の身体へ潜り、攻撃を全て大魔王自身に受けさせ、同時に内部も破壊する。怪物的な発想と行為。俺の頭の中によぎる、邪悪というイメージ。だが、アイツは魔王だ。敵は大魔王だ。そしてこれは、魔王が大魔王を超える戦いだ。
この瞬間、間違いなく魔王は、魔なる頂点に立っていた。
『悪魔さん』
魔王の声が聞こえる。いつもと同じ声。水晶板に映る怪物の中身は、さほど変わっていないらしい。
『終わったから、魂の回収頼むよ』
もはや抵抗する力の無い大魔王の上で、新たな頂点が戦いの終わりを告げた。




