第24.002話 戦いの地は崩れ落ちるのか
戦いに愉悦を覚え始めたかのように見える魔王。それに対し大魔王は静かに直立し、敵の姿を見据えていた。
大魔王の口元が微かに、かつ素早く動く。それに呼応し、大魔王の周囲で地面が崩れ始めた。
『おっと』
魔王は足元に走った亀裂を冷静に避ける。大魔王を中心点として広がる地割れ、それに伴う地盤の沈下。それらは爆心地であるクレーターの外縁を越え、陣地に迫る程の広範囲に波及して行く。当然ながら魔王はその範囲から逃れることが出来ず、悪化した足場に足を取られる。それでもその眼は逸らすこと無く、大魔王の次なる一手に注意を向けていた。
そして一瞬、大魔王が震えたかに見えた。その震動は大魔王から足元の地面、足元の地面から崩壊した地面全体へと一気に伝わり、そして――
『おわっ!?』
「なんだオイ!?」
現象の真っ只中にいる魔王も、外からそれを見る俺と魔王の部下たちも、一斉に驚きの声を上げた。地面の沈降した全ての範囲において急激な隆起が発生し始め、地盤が高々と突出して行く。手でバネを引っ張りそれを離した反動と言うべきか、それとも一度押しつぶした物体を下から突き上げたと言うべきか。とにかく、魔王の立つ地面は瞬時に低から高、不安定から危険へと変貌した。その高さは陣地のある高台よりは低く断崖とは言えないものの、亀裂がそこら中に走っており、衝撃などによって崩れる可能性が容易に想像できた。
足場の変化で乱れた体勢を魔王が整えるよりも早く、業火が駆け抜ける。大魔王が放った炎は正確に魔王を貫き、魔王は防御魔法によって己の身を守った。間一髪、ダメージは受けずに済んだようである。一方で魔王の立つ地面は無残に焼け焦げ、崩れ始めている。
足場の崩落に巻き込まれる前に魔王は別の足場へと飛び移り、そして、大魔王の光弾が無数に襲い掛かる。
『くっ!』
超高速化を使ったのだろう、攻撃の着弾点からかなり離れた位置に魔王が移動していた。回避したとは言え、足場の悪さによって移動量が制限されている様子が水晶板越しにも感じられた。
広範囲に渡り足場を悪化させることでの移動力低下。魔王の超高速化に対する大魔王の戦法は、地の利を得るだけのものと言える。だがお互いの攻撃が通用せず、長期戦が予想されるこの戦いにおいて、地の利を得ることは有利であることを意味する。
「これは……どうなるかな」
大魔王の攻撃は超高速化で避けることが出来るが、この状態では回避に時間がかかり、超高速化の時間は長くなるだろう。それに伴う魔力の消費は陣地からの物資発射で補うしかないが、それもこの地面の状態では物資の回収に手間取るだけで無く、弾丸が地面を削り地中に潜ってしまう可能性すらある。
浮遊する魔法を使えば足場の悪さに捕らわれることは無いが、超高速化は他の魔法と併用が出来ない。使い分けたとしても魔力の消費が増えることは避けがたい。もっと根本的な対処をしない限り、こちら側の不利は覆らないだろう。
『レビテエショ……』
微かに苦渋の色を感じさせる声で、魔王が浮遊魔法を使う。崩れそうな地面を離れ、空中を少しずつ昇る。超高速化を使わずして大魔王の魔法を防ぐつもりのようだが、大丈夫なのか。
大魔王は再び無数の光弾を放つ。防御魔法は火炎や冷気を防ぐが、この光弾を防ぐことは出来ない。回避も防御も難しい状態で、魔王はどう対処する?
『マホ……カカーンッ!!』
魔王が気合を入れて魔法を唱えると、周囲に半透明のバリアが出現した。
「それがあったか!!」
思わず声を上げてしまった俺。大魔王の光弾はその半透明のバリアに弾かれ、一部は大魔王の方へ向かって行く。自分が放った攻撃を逆に喰らい、大魔王が苦々しい表情を浮かべた。
マホカカーン。魔法を反射する魔法。相手の攻撃を利用することで攻防一体となり、魔力も節約される。魔力の消費量を如何に減らすかが重要となっている現状において、これほど適した魔法も無いだろう。
『マホカカーン!! マホカカーン!!』
連打される大魔王の魔法を跳ね返し続ける魔王。跳ね返される魔法は次第にある一点、大魔王の足元へと集中して行く。
「なるほど……」
魔王だけでなく、大魔王の足場も先ほどの隆起で悪化している。大魔王の足場を崩し、その動きを封じようという魂胆なのだろう。
『フーバッハ!』
大魔王の火炎弾を防御魔法で防いだ魔王。どうやら、反射魔法で防ぐには強力すぎる魔法だったようだ。反射出来ない程に強い魔法でも、火炎や冷気ならば防御魔法で防げる。だが、それ以外の場合は……
「いや……もう1つあったな」
大魔王の目の前で、暗黒の球体が形成されて行く。どう見ても強力な闇の魔法である。反射は難しいだろうし、防御できる属性にも見えない。魔王は攻撃に備えてか、宙から地面に降りていた。
大魔王の前から発射された暗黒球は、その周囲にある大気や地面を震わせながら魔王へと迫る。速度はさほど速く無く、超高速化を使わなくとも避けられるように見えた。
魔王は念のためだろうか、超高速化を使って暗黒球の進路から離れる。すると暗黒球は舵を切ったかのように、魔王の方へと進路を変化させた。
「追尾弾か……」
追尾の魔法は物資輸送の弾丸にも魔術装置の形で使われており、大魔王が似たような魔法を使えても不思議は無い。あの暗黒球は防御も、反射も、回避も不可能な、必殺の一撃なのかも知れない。
だが、違う。
『カン……スペッ!』
魔王の指先から青い気体のようなものが噴出し、暗黒球を取り巻く。そして次の瞬間には、暗黒球がその気体と混ざり合いながら消失を始めた。
「あれが打消魔法か……」
打消魔法、カンスペ。強力な魔法ですら打ち消し、無効化する。その分消費する魔力も大きいらしいが、今回の攻撃に関しては使うのが当然だろう。
流石の大魔王も渾身の一撃を無効化されたことに驚きの表情を隠せない様子だった。そしてその隙を突き、魔王が大魔王に迫る。
『ティルウェイ!』
魔王が爆発魔法を唱え、大魔王の足元で閃光が発生する。4分割された水晶板の映像は光だけを映すものもあれば、大魔王から距離を取る魔王の姿を映すものもあった。最初に爆発魔法を使った時と違い、大魔王と魔王の距離が十分に離れているということだろう。
『魔導石20発射準備。準備完了後、即発射』
全ての映像が正常に戻るよりも早く、魔王が指示を出す。状況が安定する前であるが、少しでも優位な内に魔力の補給をしたいということなのか。その判断が正しいかどうかは分からないが、魔王の部下たちは命令通り発射準備を整えている。
閃光の収まった水晶板には大きな穴が映り込んでおり、その中心には大魔王の姿が見える。爆発魔法により大魔王の下の地面は完全に崩落したらしく、そこに佇む姿は無様にも思えた。
大魔王は胸の前で両腕を交差させ、勢い良く左右に開く。それと同時に強烈な旋風が巻き起こり、大穴を広げるように隆起した地盤を吹き飛ばして行く。その風は魔王のいる場所にまで及び、その足場を崩す。
『レビテエショ!』
浮遊魔法で落下を抑え、崩れた地面にゆっくりと着地する魔王。それとほぼ同時に、大砲から弾丸が発射される。一方の大魔王は両腕を広げ、さらに旋風を発生させる。
吹き荒れる強風、1回、2回、3回。隆起した地面はほとんどが崩落し、後には瓦礫の山のような光景が残った。足場はなおも悪いが、回避や弾丸の着地に支障をきたす程では無くなったと思われる。
強風に流されながら、弾丸が地面に落下する。魔王は風に飛ばされぬよう姿勢を低くしながら弾丸に近づき、指輪状の魔導石20個を取り出す。使用済みの魔導石を投げ捨て、新しい魔導石を指にはめる。20個全てを指にはめるのは難しかったのか、いくつかは服のポケットに入れた。
魔力の供給が済んだ魔王が、風に押されながらも大魔王に向かって歩き出す。仕切り直された戦いが、次なる局面を迎えようとしていた。




