第24.001話 魔王は大魔王と拮抗するのか
『我に……勇者と女神以外で、戦いを挑む者がいるとしたら……』
陣地の各所に配置されたテレフォンから、威圧感のある重低音が響き渡る。水晶板に映るのは魔王と、巨人族以上の巨体を持った青黒い肌の人型。2本の捻じれた角が頭から伸びるその姿は、まさに魔の象徴。
大魔王。魔族の始祖にして、魔界の統治者。倒すべき2つの頂点の、片一方。
『お前だと思っていたぞ……金屑の王よ……』
金屑の王。恐らく、魔王の持つ称号か何かだろう。
『流石にこの程度で倒せるとは思っておりませんでしたが、予想以上に効果が無かったようですね』
魔王の声。ってか敬語使えたのかお前っ!?
『一瞬とは言え、我を超える魔力を発動させるとは……称賛に値すると言えよう』
『光栄です。ところで、他の魔王の方々は……?』
『分かっておろう……己が身も守れぬような王など、分不相応であったな……』
『そうですか。残念ですね』
『心にも無いことを言う……』
大魔王の声は、どこか楽しげである。殺されかかったのに楽しんでいるとは、さすがに大物である。
「あの悪魔さん、このモニターって別の方向から見たの映せたりしないんですか?」
「は?」
背後にいる魔王の部下Bが何か言ったが、意味がちょっと分からない。現在水晶板に映っているのは魔王と大魔王を斜め上から撮っているものだが……
「ああ、こういうことか」
俺は機器を操作し、他のドローンが撮っている映像に切り替える。背後で「おおー!」と驚きの声が上がった。うるせぇ。
「悪魔さん、別の方向からのも!」
俺はさらに別のドローンからの映像に切り替える。
「悪魔さん、色んな方向からのを同時に映したり出来ないんですか!?」
「無茶言うなよ……出来るけど」
俺が機器を操作すると水晶板の画面が4分割され、別々の角度から撮られた4つの映像が同時に映った。
「すげぇ!」
「悪魔さんコレどうなってるんですか!?」
「複数の場所の映像を1つの水晶板に映す……これは使える……」
後ろがホントうるさいんすけど。
「悪魔さん! あっちの水晶板にも映像映してください!」
「あっちのって……」
魔王の部下Cが指差す方を見ると、俺の目の前にあるのとほとんど同じ水晶板が置いてあった。というか、陣地の色んな場所に同じような水晶板があるんですけど。
「ちょっと待った。なんでこんなに水晶板あるんだよ」
「魔王様が予備をいっぱい用意しとけって言ってましたので。悪魔さんが別の世界の凄い道具を使うかも知れないとかで」
「……俺、アイツに水晶板のこと言ったっけ?」
「私が報告しておきましたので」
余計なことを!!
仕方なく全ての水晶板に4分割した映像が映るよう設定する俺。面倒くせぇ!
『……だと?』
設定作業している間に魔王と大魔王の会話が進んでるし! ちょっと聞きたかったのに!
『そうです。私は貴方と女神を倒した後に世界を支配する気など、毛頭ありません』
よかった、何の話をしているのか大体わかる。
『ならば……貴様が望むものは何だ?』
『絶対の支配が無い世界だからこそ生まれる、私の想像の範疇を超えた産物です』
『絶対者無き世界……脆弱な者たちが争い、混沌が満ち溢れ、いずれは全てが腐敗し無価値となる……そのような世界が貴様の望みだと言うのか?』
『その通りです。ですが大魔王様、私は全てが無価値になるとは思いません。僅かだとは思いますが、私や貴方、そして女神の支配下では生まれることの無い、新たな価値も現れると考えています』
『その価値を手に入れるのが、貴様の望みか……』
『はい』
『だが……そのような物が生まれようとも、万物の流れに飲まれ埋没するのみだ……』
『そうなる前に、我々が見つけ出します。弱き者たちを集め、強き力を得る。貴方が金屑の王という名を授けてくれた我が一族の姿勢は、それを可能とするものです』
『それは貴様の驕りに過ぎぬ……』
『そうかも知れませんし、違うかも知れません。どちらにしろ、貴方を倒せないようでは誤りであったと言えるでしょう』
『ならば……言葉では無く、力で示して見せるべきだな……』
『もちろん、そのつもりです』
しばしの沈黙。魔王と大魔王の問答からは、異なる理念で世界を捉える者たちの意思が垣間見られた。大魔王には大魔王なりの、確固とした考えがあるようだ。そしてお互いの考えが平行線を辿るのならば、言葉を交わすのは時間の無駄だろう。
そうなれば、戦いは最早避けがたい――
――次の瞬間、大魔王の右腕がその巨体からは想像不可能な速度で振り下ろされていた。
「速っ!?」
俺と周りにいる魔王の部下たちが一斉に驚く。ってか魔王一撃で死んだんじゃないか!?
巻き上がる粉塵の中、間髪入れずに大魔王が息を吸い込み、激しい火炎を口から周囲の地表に吐き出した。マジで口から炎とか吹雪とか出せるのかよ!? ちょっと俺の知ってる魔族と格が違いすぎないか?
『フーバッハ!』
アホの声がテレフォンから聞こえる。水晶板にも大魔王の火炎を弾く球状の空間と、それを展開する魔王の姿が映っている。
「生きてるか……」
大魔王の掌から巨大な火球が現れ、魔王へと発射される。だがそれも展開された防御魔法が弾き散らす。割と格好良い光景になっているんだが、こんなことならフーバッハとかいう気の抜ける名前を許すんじゃ無かったよ!
そんなことを考えている間に、大魔王の右腕がまたしても魔王へと振り下ろされた。よく見ると、大魔王の指からは禍々しい爪が伸びている。拳に粉砕されるだけで無く、爪に切り裂かれることも注意すべきじゃないか……?
魔王は打撃を回避したが、大魔王はすぐに左腕で地面を薙ぎ払った。予想以上の速さで行われている攻防。流石に多少の焦りを感じたのか、俺の周囲にいた魔王の部下たちも大砲の付近で動き始めた。結果オーライだなこりゃ!
大魔王の薙ぎ払いを飛び上がって回避した魔王。すげぇジャンプだなおいっ!? お前がそんな動けるの今まで知らなかったぞ!? だがそれより待った、空中に逃げたということは……
すかさず、大魔王の拳が空中の魔王を狙って突き出される。方向転換不可能、回避不可能の空中。致命的なミス――
『レビテエショ!』
どこかで聞いたような言葉を発した直後、魔王が大気を蹴飛ばしてさらに上へと上昇した。レビテエショ……魔王はかなり前に空中へ浮く魔法を使っていた気がするが、それの応用なのか。大気を足場として利用できるのであれば、移動範囲は格段に広がる。
大魔王は自身の上空へと上がった魔王に対し、再び息を吸う。また火炎の息か!?
『ティルウェイ!!』
大魔王の攻撃よりも早く、魔王が叫んだ。ティルウェイ。魔王が勇者相手に使った強力な爆発呪文。確か使った本人すら爆発に巻き込まれる威力だったはずだが……その距離で大丈夫かよ。
対する大魔王も、口から白銀の暴風を噴き出す。恐らくは超低温の息。そして魔王の放った爆発魔法と大魔王の噴き出した白銀が、爆心地の上空で激突する。
閃光に覆われる水晶板。明るさは徐々に和らぎ、大魔王の姿を映す。ドローンへの影響は無い様だが、肝心の魔王の姿は……
『魔導石10、発射用意』
魔王の声がテレフォンから聞こえて来た。どうやら無事らしい。大魔王の方も
火傷どころか閃光で目をやられた様子すら無く、魔王の姿を探している。
『こちらです、大魔王様』
大魔王の背後、爆心地の外側にいた魔王が立ち上がり、自分から居場所を教えた……ってバカなのかアイツは?
即座に、振り向いた大魔王が放った無数の光球が魔王を襲う。超高温でも超高熱でも無さそうだが、どうやって防御……いや、違う。既に回避している、魔王は既に大魔王の背後に回っている!
『遅いですね』
相手を挑発するような言葉。大魔王は振り向き様に右腕で空中を薙ぎ払う。その軌跡が光の刃となり、魔王を両断しようと飛来した。
だが、遅い。
『無駄です』
魔王はまたしても、大魔王の死角に移動している。超高速化の魔法を使うことによる回避。大魔王を惑わせ、魔力を消費させる方法としてはかなり有効である。魔王も大量の魔力を使うが、その補給手段は整っている。
『魔導石、発射』
魔王が小声で言い、俺の左方から「発射っ!!」という掛け声が聞こえた。
直後、破裂音と共に大砲から弾丸が発射される。以前は球体だったが、現在は空気抵抗を考慮したのか、先端の尖った細長い形状である弾丸。その中には自動追尾魔術装置と物資を入れる容器が搭載されているため、遠距離から魔王のいる地点への物資輸送が高精度で行える。
弾丸が着弾するまでの間、大魔王の魔法と魔王の超高速化による攻防が幾度か続いた。そして魔王は上空を見上げ、降下する弾丸を確認する。
大魔王の手が、弾丸を握ろうとしていた。
一瞬、魔王が大魔王の手と弾丸の間に現れ、次の瞬間には弾丸を抱きかかえて地面を転がっていた。超高速化の連続使用によって、大魔王よりも早く弾丸を手にしたのだろう。そのために使用した魔力は相当なものであろうが、補給できる魔力はそれよりもずっと多いはずだ。
魔王は弾丸の側面にある蓋を外し、10個の指輪型高純度魔導石を素早く回収した。
焦りながらも笑う。そんな戦士の表情を、魔王は浮かべていた。




