第24話 魔王は開戦の狼煙を上げるのか
死は無意味だと思うことがある。だが、別れは決して無意味では無いはずだ。
ならば魔なる頂点との決別には、果たしてどれほどの意味があるのだろうか。
いつもの部屋のいつものタタミの上から、一体どれほど遠い場所にあるのか。魔王城最深部にある魔法陣の先にある世界。大魔王と魔族の領地であり、女神が破滅の侵攻を抑え付けている地に、俺は立っている。
魔界。空は雲が微塵も無いにも関わらず薄い灰色で、弱い日差しに照らされた大地は荒れ果てている。今いる高台の陣地にも、そこから見える大魔王の城周辺にも、植物は見えない。しかし遠くには森も見え、緑の全く存在しない世界というわけでは無いようだった。
「悪魔さんも少しは手伝ってくださいよ~」
背後で魔王の部下が愚痴をこぼした。
「俺は知識を与える以上のことはしない契約だ」
格好良く言ったが、面倒臭いのもある。振り返って様子を見てみると、魔王の部下たちが高台を掘って構築した防御陣地に大砲や魔術装置を配置していた。作業の人数は巨人族を数人含めた40人程度。大魔王や他の魔王に気付かれないよう直前まで大規模な陣地構築を行わなかったため、突貫工事になっているのは仕方の無い所だろう。
俺は大魔王の城へと向き直る。高台からどうにか見下ろせるその城は高い岩山を削り出したような外観をしている。実際、岩山を加工して作った城なのかもしれない。大魔王が魔界と魔族の始祖である以上、その拠点が自然物であっても不思議は無い。そしてあの城には現在、大魔王と全ての魔王が集結している。はず。
「上手くやっているだろうな……」
どうにも不安は拭えない。そもそも大魔王や他の魔王とこちらの魔王の関係について、俺が知っていることはあまりにも少ない。良好とは言えないことは分かっているが、そうなるとこちらの魔王が招集したからといってそれに応じるとは限らないわけで。不安要素は挙げればキリがない。
しばらくして、大魔王の城から人影が出てきた。巨人族2人と他4名。先頭に立つ者は錆色と言える赤茶色のマントを羽織っている。
「終わったか……」
再び俺は振り返る。大砲や魔術装置の設置は大体済んでいるようで、調整の段階に入っているようだった。この調子であれば魔王が戻る前には準備が整うと思われる。
「問題は他の魔王が帰る前に攻撃できるかどうかだな……」
「大丈夫だよ~」
「うおっ!?」
いつの間にか横に立っていたマント姿の魔王に本気で驚いた俺。さっき大魔王の城から出て来た所だろお前!?
「まさか……超高速化か」
「さすが悪魔さん、察しが良いね」
超高速化の魔法は強力な反面、消費する魔力も多いはずだ。それを使わなければならない程に時間が無いということか?
「急がないと間に合わないのか」
「そういうわけじゃないけど、身体を慣らしておかないと不安だったんだよね。超高速化の魔法は感覚の違和感がすごいから」
「そうか……強力な魔法だけに肉体への負荷も相当なんだろうな」
「そうだね」
「で、首尾は?」
「首尾って?」
「他の魔王たちはちゃんと集まっているのか?」
「ああ、それね。一応魔王としてのボクの権威も失墜してなかったみたいで、他の魔王5人全員集まってくれたよ。それで、勇者を牢に捕えたから近いうちに大魔王様の前に連れてくる、って言っといたよ」
「口から出まかせだな」
「本当に連れて来られるのかとか、逃げられるのではないかとか、散々なことを言われたよ~」
想像に難くない!
「まぁ、どうせ死んじゃう人たちの発言だしね。気にしない気にしない」
やはりこの男、思考がかなりヤバい。
「ただ、大魔王様は何か察していたみたい。堂々とした人だから、何もしないとは思うけどね」
「大丈夫かよ」
「大丈夫だよ」
そう答えた後、魔王は陣地全体を見渡した。その表情はどこか満足げだ。
「感慨深いね」
「どの辺りが?」
「祖父様や父上と同じくらい、ボクも慕われているんだな、って」
「慕われている、か……」
爆縮魔力結晶兵器という切り札はあるものの、大魔王という絶対的な存在に刃向かうことは恐ろしいことのはずだ。それでも魔王に付いて来ている部下たちは、確かに魔王を信頼しているのだろう。
「何か言ってやったらどうだ」
「そうだね……」
準備は既に終わったのか、多くの部下が魔王と俺を見つめている。魔王はマントを広げ、声高に言った。
「みんな! 次のお給料は弾むよ!」
歓声が陣地に広がる。魔王と共に城を出た数人も喜びの声を上げながら高台を登って来る。うん、盛り上がってるけどなんか違う!
「もう少し格好良いこと言えないのかよ……」
「え、ダメかな」
「歴史に残る戦いになるとか考えた上で、もっかい」
「うーん……」
魔王はしばし考える仕草をし、そして口を開いた。
「みんな、ボクらがこれから戦うのは偉大なる魔族の始祖、大魔王様だ。そんな相手に勝てるのか、疑問に思っている人も多いと思う」
部下たちは真剣な顔で魔王の言葉を聞き始める。普段のふざけ半分な態度とは違う、臣下としての姿がそこにはあった。
「そして大魔王様と女神を倒した後にある、豊かな世界。それを確信している人は多くないと思う。つまり、ボクらは勝負に出ていると言えるね。だけど今日に至るまで、ボクらが成し遂げて来た成果は確かなものだ」
魔王は一呼吸置き、一際大きな声でこう言った。
「だから今日の戦いも、確かな成果にしよう。これから待つ未来も、確かな成果にしよう。ボクらならきっと、それが可能だ」
部下たちが頷く中、魔王は拳を高く掲げた。
「証明しよう、ボクらの可能性を」
巻き起こる拍手。荒れ地に響く喝采の中、魔王は満足げに微笑み、俺の方を向いた。
「どう?」
「……今の一言が無かったらまあまあって所だ」
「それなら良かった」
そう言って、魔王はマントを脱ぎ捨てた。マントの下はポケットの多いシャツで、明らかに各ポケットには何かしら物品が入っている。その中の1つから魔王は小さな魔術装置を取り出し、陣地にいる部下に向けて突き出すように示した。
「これは大魔王様の城に仕掛けた3つの爆縮魔力結晶兵器の作動装置。今からこれを使って、大魔王様の城を攻撃する。それが開戦の合図だよ」
魔王は魔術装置のスイッチらしきものに指をかけ、続けて言う。
「みんな、耳を塞いで伏せてね」
部下たちが一斉に伏せ、耳を塞ぐ。俺も慌てて耳を両手で塞ぎ、姿勢を低くした。
「じゃあ、行くよ!」
次の瞬間、俺の遥か背後で生じた轟音が両手を貫いて耳の中へと響き、突風が背中を襲う。吹き飛ばされた小石や砂利が身体に当たり、砂埃で目を開けることすら出来ない。
しばらくの後、破壊の残響が弱まる。目を開いてみると、陣地の中がわりと酷いことになっていた。大砲も魔術装置も砂を被り、魔王の部下の多くがまだ縮こまって震えていた。
「おい、もしかして初っ端から大失敗なんじゃないか?」
「大丈夫だよね、みんな! 大丈夫だったら手を上げて!」
魔王の呼び掛けに、弱々しくもほぼ全員が拳を上げて答えた。よく訓練された連中である。
「それで大魔王城は……」
俺は大魔王城の方を見た。爆心地からは巨大な煙雲が上がり、その切れ間からは大きなクレーターしか見えない。建築物の形跡など、そこには存在しなかった。
「これ……もう終わったんじゃ?」
「まだだよ」
魔王がそう言うので、俺は目を凝らして煙に隠れたクレーターを確かめる。
何かが、立っている。
「そんな上手くは行かないということか」
「予想通りだから、問題無いよ」
「魔王様! 大砲内の砂塵は除去が完了、また各魔術装置の動作も問題ありません!」
1人の部下が魔王に報告する。ってか作業速いなお前らは!
「わかった。それじゃあ、ボクは大魔王様の所に行ってくる。みんな、支援お願いね」
部下たちが姿勢を正し、背中を向けた魔王を見送る。
「悪魔さんも、頼むね」
そう言い残し、魔王は高台から降りてゆっくりとクレーターへと歩いていく。魔王が辿り着くまでには爆発による煙も消えているのだろうか。
「さて、と……」
俺は陣地へと分け入り、あらかじめ設置を頼んでおいた水晶板のある場所へと向かう。
「準備できているか?」
俺は水晶板を拭いていた魔王の部下に尋ねる。
「はい、大丈夫です。でもこれを使う魔術装置なんてありましたっけ?」
「魔術装置じゃない」
俺は水晶板に触れる。いつもの部屋にある物より大きく、透明度は低い。映像を映すには充分すぎる程である。
「じゃあ、やるか」
俺は異次元収納装置から監視用のドローン一式を取り出す。対象の地点や物体に対し、様々な角度から監視を行う複数の自動飛行機械群。俺はそれらを作動させて空中へと飛ばし、設定を始める。監視対象は魔王と大魔王の戦闘が行われるであろう、あのクレーター。記録される映像が水晶板にも映写されるよう、他の機器も組み合わせて使う。
「なんですか、それ」
魔王の部下が聞いてくるが無視する。映像の記録は大魔王との戦闘において俺の助力が無いことを証明するためのものだが、ついでなので戦闘状況を知るためにも利用する。それが助力に当たるかどうかは微妙な所であるが、大きな懲罰には値しないだろう。
やがて映像が水晶板に映り、魔王の部下たちが感嘆の声を上げる。お前ら、自分たちの仕事に集中しろよ。
水晶板に映るのは、煙が弱まったクレーターの全容。その中心に立つ巨大な影、そしてそれに対峙する、小さな姿。
戦いが、幕を開けようとしていた。




