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勇者が不死身すぎてつらい  作者: kurororon
第1部 勇者が不死身すぎてつらい
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第23話 魔王の準備は万全なのか

 戦いはそれまでの準備によって勝敗が決まるという考えがある。戦争であれば兵の数、物資の量、武器の質、拠点の安定性など、様々な要因を戦いの前から整えておく必要があり、それらが相手よりも劣っているのであれば奇襲や奇策によって戦況を覆すしかない。

 だが、戦いの最中にそのような奇抜かつ有効な発想が思い浮かぶようなことはまず在り得ず、大抵は開始時の優劣が終了時の勝敗に直結する。逆転というのは相手の失敗によって起こるのが通常であり、自分のひらめきや天才性で起こせるなどと考えるべきではないのだ。

 ならば、強大な敵に勝つにはどうすればいいのか。答えは当然、相手の弱点を狙うこと。どんな相手であろうと弱点はあり、それを狙い撃ちするための準備を行えば良い。弱点を見つけそれを攻略する策を考えるのは難しいことではあるが、戦闘中に奇策を思い付くよりはずっと容易である。幸運でなくとも天才でなくとも、それは可能なことなのだ。

 だからバカでも、神々を討てる。



 いつもの部屋のいつものタタミの上。俺は魔王に渡された紙の資料に目を通しながら、ドス黒い飲み物をすすっていた。どうも俺の持ってきた本に書いてあった飲み物を再現したもので、豆を焙煎した砕いて煮出した汁らしい。つまりコーヒーだ。味もまずいコーヒーだし。俺の持ってきた本のせいでこの世界にまずい飲み物が新たに生まれた!


「あ~、そこそこ」


 一方、テーブルを挟んで俺の対面に座っている魔王は姫様に肩を揉んでもらっていた。金髪の青年と白髪の美少女なのに、タタミの上だから庶民的に見える。凄いな肩もみ。


「悪魔さんが持ってきた本に書いてあった疲労回復法は効くね~」


 俺の持ってきた本のせいでこの世界がメチャクチャになっちゃう気がしてきた。


「なぁ、それよりここに書いてある……」

「姫、今度は後ろからぎゅーって抱きしめて」


 姫様は膝立ちの姿勢から、包み込むように魔王を抱きしめる。


「あぁ、胸が当たって……」

「魔王さん」

「いいねぇ……」

「魔王さーん」

「もうちょっとだけこのまま……」

「話聞けよ金髪エロ豚野郎」

「なっ……!?」


 失礼な、と言いたげに怪訝な表情を浮かべた魔王。流石に「豚野郎」は無視出来なかったか!


「エロ豚じゃないよ~」

「そうだな。話聞け」

「仕方ないなぁ……」


 魔王がテーブルに身を乗り出す。姫様はいつの間にか魔王から離れており、正座の姿勢を取って微笑んでいた。この人、ゲームだったら絶対黒幕キャラだわ!


「そもそも、お前が疲れるような出来事なんてあるのか?」

「連日、魔導石に魔力を入れてるからね。そりゃ疲れるよ~」

「そうか。その魔導石のことなんだが」


 俺は資料をテーブルに置き、そこに書かれている項目を指差す。


「この高純度魔導石384個って、どのくらいの魔力になるんだ?」


 魔王から渡された資料。そこには大魔王との戦いに用いる物資の名前と個数が詳細に記載されてあった。しかし、それだけじゃ分からないことが多すぎるわけで。


「30個で勇者の全魔力くらいだから、勇者13人分だね」


 13人の勇者と戦う大魔王! 想像したら大魔王がすごい格好良い!


「これは全部大魔王との戦いに使うのか? 女神との戦いの分は?」

「まずは大魔王様を全力で倒すのが先決だね。女神様との戦いの前に使った魔力は充填する予定だし」

「そんな余裕あるのか?」

「そこに書いてある魔導石以外にも魔力は貯蔵してるから、大丈夫だと思う」

「ふむ……」


 多少不安だが、大魔王と女神の魔力は共に勇者の数倍程度であり、魔導石の量はこれで十分だと言える。だが、気になる点は他にもある。


「爆縮魔力結晶兵器……9個だけか?」

「確実に作れるのはね。多分10個になると思うよ」

「10個か……足りるかどうかは難しい所だな」

「余るよりはいいでしょ?」

「そう考えることも出来るが……足りない場合は面倒だな」


 仮に大魔王を倒すのに爆縮魔力結晶兵器を6個使用したとする。そうなると同等の魔力を持つ女神に対しても6個は必要と考えられ、明らかに個数が不足する。5個以内で大魔王を倒せなければ女神との連戦は難しいだろう。


「悪魔さんの見立てだと、何個くらいあれば良いの?」

「検出できる魔力だけじゃなく相手の耐久力も関係するからな……多ければ多いほど安心としか言えない」

「だったら1か月後までに作れた分で行くしかないよ。時間は無限じゃないし、そもそも期限を決めたのは悪魔さんだし」

「それを言われるとな……まぁ、心配してもキリが無いか」


 よし、次の項目! 小型テレフォン10個!


「……」

「どうしたの悪魔さん?」

「いや、思い出した」


 テレフォンとは、通信機のことだった。いつも忘れるんだよこの名称!


「小型テレフォンって大きさどのくらいだ?」

「このくらい」


 魔王が右手の親指と人差し指で輪を作る。


「小さいな」

「音を送る機能しか無いからね。ボクの指示を後方の支援に伝えるためのものだから、最小限の機能で邪魔にならない大きさにしたよ」


 そういうのを軽く作っちゃう辺り、魔王軍の技術開発陣はやはり優秀である。というか怖い。盗聴器とかすぐにでも開発されてしまうぞ!


「大きさは良いとして、10個もいるのか?」

「壊れる可能性はあるでしょ?」

「確かにな。壊れたら新しいのを魔導石と一緒に飛ばすのか」

「うん。タイホーと自動追尾魔術装置を使ってね」


 俺は大砲と自動追尾魔術装置の個数を確認する。小型の大砲が4門、大型の大砲が2門。自動追尾魔術装置は誘導側の装置が10個、飛行側の装置が50個。


「大砲を大小2種類用意する理由は?」

「1度に大量の魔導石を飛ばす場合や武器を飛ばす場合に大きい方を使うよ」

「なるほど」

「でもそんなにまとめて飛ばすことは無いと思うから、使わないかも」


 納得を賠償してくれ。


「まぁ、それはそれとして……自動追尾魔術装置の個数からすると、支援は50回までか」

「正確に狙う場合はそうだね。でも魔導石は10個単位で1度に送るから、50回も飛ばせれば十分だよ」

「そうなるのか。それで、一番気になっていたんだが……」


 俺は資料のある項目を指差す。


「ムラサーマ3本ってなんだよ」

「ムラサーマは悪魔さんの持ってきた本に書いてあった伝説の魔剣を再現したものだよ」

「…………村正のことかーーーーっ!!」


 あれ? これなんか同じようなことが前にあった気がする。デジャブ?


「魔導鉄……高純度魔導石ほどじゃないけど魔力を溜められる金属から作った剣で、防御魔法を破って相手を斬ることも出来るんだよー」

「大魔王や女神相手に通用するのか、それ」

「魔力を十分に減らせていればね」

「最後に使う感じか……」


 不意にカチャッ、という物音が聞こえた。資料から顔を上げると、陶器のポットを持った姫様が立っていた。


「黒いお茶のおかわり持ってきてくれたんだね、姫」


 魔王の言葉に姫が頷く。コーヒーを黒いお茶って呼ぶのは新鮮な表現だ!


「まだまだ疑問はあるが、ひとまず休憩か」


 姫が黒いお茶のおかわりを注ぐ。あと1か月、果たしてどのような結末が待ち構えているのか。


「姫~、肩揉んで~」


 姫様はポットを置いて、魔王の背後に移動した。子どもとお母さんかお前らは。


「あ~~」


 肩を揉まれ、声を漏らす魔王。それを見ながら、俺は黒いお茶をすする。

 あつい。


「効くな~」


 馬鹿面の魔王。楽しげな姫様。あと1か月の時間。

 あと1か月だけの、時間。


 ホントまずいな、このお茶は。

 

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