第19話 悪魔は彼女を作らないのか
調整というものは大事である。より良い結果のためには適切な量や配置が必要なことも多く、それを目指す労力は惜しむべきでは無いだろう。たとえそれが、自身の欲求を押さえつけることになろうとも。
……頑張って我慢してるんだよ。
いつもの部屋のいつものタタミの上のいつものコタツ。その四角いコタツの一辺に2人で入り、そのまま寄り添って寝てしまっている魔王と姫様。入室と同時にそれを目撃する俺。
「……はぁ」
俺が来ることは予想しているはずなのにバカップル的な行動を取るバカップル。その姿にはついつい溜め息をこぼしてしまう。とは言え最近は魔王と姫様が2人だけで過ごせる時間も少なく、たまにはこのようなイチャイチャも許すべきなのだろう。愛する人と過ごす満ち足りた時間は、きっと魔王の力を高めてくれるはずだ。
「まったく……」
頭を掻きながら、俺は部屋の入口からコタツへと向かう。魔王と姫様は共に穏やかで幸せそうな寝顔で眠っている。こいつらを起こすような奴は、鬼や悪魔と呼ばれても仕方ないだろう。
「でもやっぱちょっとムカつくわっ!!」
俺はそう言いながら魔王の背中に蹴りを入れるっ!!
「ぐはぁ!?」
不意打ちに目を覚ます魔王! 姫様も続いて目を覚ます!
「突然何するの悪魔さん!! 鬼なの!? 悪魔なの!?」
「悪魔だっての!!」
「それにしても爆縮魔力結晶兵器だっけ? あれの完成から1か月くらい経つけどまだ実験しないのか?」
コタツに潜りながら俺は尋ねる。正面には魔王、左方向には姫様。俺のいる前でコタツの一辺に2人で入るような真似はさせないぞ!
「ああ、うん」
なんか怒ってね? まぁ、姫様の方は完全に不機嫌な様子であるが。
「実験しない理由は2つあるんだ。1つは船の購入に手間取っているから。もう1つは爆縮魔力結晶兵器に改良の余地があるから」
コタツで寝ている所を蹴り起こされたくらいで怒るとは、器の小さい魔王である。同じことされたら俺もブチ切れるけどさ。
「買える船が無いのか?」
「うん。なんか景気が良いみたいで、船を手放す人が少ないみたい」
「そうなのか。魔王が地上に来ているってのに、暢気な人間たちだな」
「どうも遠くの土地にある食材や鉱石を高値で買い取ってる人たちがいるみたいで、それを運ぶのに船を使っているんだって。迷惑な話だよね」
「……なぁ」
「なに?」
「食材や鉱石を高値で買い取ってるのって、お前じゃん」
「…………あ」
気付いていなかったらしい。
「まさか自分で自分の首をしめてたなんて……」
そう言って仰向けに寝転がる魔王。そりゃ気力も無くなるわな。
「安物なら金の力で買い取れるんじゃないか?」
「安い船だと故障が怖いんだよね。実験の途中で船が動かなくなったりしたら大変だよ」
「まぁな。ある程度の頑丈さは欲しいな」
「あともう少し時間がかかるかもね……こんなことなら船を作るための技術を悪魔さんの本から学んどけば良かったよ」
「後悔しても仕方ないだろ。自分たちで作れないなら、他人が作ったのを手に入れるしかない」
「そうだね。売ってくれる人が現れるのを気長に待つよ」
それを聞いた俺の脳内に「盗めば?」という言葉が思い浮かんだ。というか魔王ならまずそれを考えるべきである。この男、自分が悪役であることを忘れてないか?
「……それで、爆縮魔力結晶兵器の改良ってのは?」
俺は話題を変えた。悪役の自覚が無い魔王ってのも良いと思ったから。決して、魔王に悪いことをさせようとすると左にいる可愛い女の子が鬼のような形相で怒りだすのが想像できたからでは無い。無いんだぞ! これ以上姫様の逆鱗に触れるとよく分からない食材で出来たよく分からない味のよく分からない料理を食べさせられるかも知れないのが怖いわけないじゃん悪魔なんだし!
「爆縮魔力結晶兵器の改良はね、正確には爆縮魔術装置の改良って言うべきかな」
「魔力結晶を魔力に変換するための装置だったな」
「うん。占い博士のおかげでとりあえずは作れるんだけど、魔力への変換効率はまだまだ上げられるみたい。だから船を手に入れるまでの時間で改良するよ」
「時間を無駄には出来ないわけだ」
「それもあるけど、魔力への変換効率は本当に重要なんだよ。魔力結晶は貴重だから、量が限られているし」
「ということは、爆縮魔力結晶兵器の大量生産は出来ないってことか」
「そうだね。今の所は6個くらいしか爆縮魔力結晶兵器は作れない。あと5か月で採掘される魔力結晶の量を考えても、10個が限界かな」
「そうなると、確かに威力を上げることは重要だな」
「そういうことだね。占い博士にはまだまだ頑張ってもらうことになるね」
占い博士、過労死しないよな……
「どうでもいいけど……確か占い博士って、モテたいから未来予知魔法を覚えたんだよな」
「うん」
「モテるどころか働く量を増やされるなんて、不憫な奴だ……」
「それなんだけどね、占い博士に最近恋人が出来たんだよ」
「はあああぁぁぁぁぁ!?」
思わず大声を出してしまった。どういうことだよオイ。
「えっとね、占い博士が大変だから身の回りの片付けとか食事の用意とかをしてくれる人を女性陣の中から募集したんだ。それに立候補してくれた人と仲良くなって、今じゃ付き合っているみたい」
男嫌いなイメージのあったこの城の女性陣であるが、どうやら一部には奇特な女性もいたらしい。いやはやまったく。
「そうかい。そりゃよかったなぁ」
「なんで悪魔さん不機嫌そうなの?」
「そりゃ……」
こっちは恋人を作るのを我慢しているのに幸せになりやがって畜生、みたいな感じであるのだがそんなの格好悪すぎて言えるか!
「恋人が出来ないから嫉妬してるの?」
だいたいあってる。
「悪魔さん、恋人作ればいいのに」
「だから前にも言ったかもしれないが、情が移って元の世界に帰りづらくなるのが嫌なんだよ」
「帰らなきゃいいじゃない、元の世界に」
「阿呆か……」
「悪魔さんの世界がどんなのかは知らないけど、この世界よりもずっと良い場所なの?」
「……」
良い場所、なのだろうか。そもそも良い場所であったなら、俺は悪魔となって異世界に来るような道を選ばなかったんじゃないか。
「いや、そういう問題では無いな」
「どういう問題なの?」
「何と言うか……元の世界にいる時こそ、本当の自分なんだよ」
「それじゃあ今の悪魔さんは、本当の悪魔さんじゃないの?」
「……自覚は無いが、そうらしい」
「自覚が無いんじゃ、どっちでもいいんじゃない?」
「……」
恋人がどうこうの話から、妙な方向に行ったもんだ。今の俺は、本当の俺じゃない。そのはずなのに、それを実感できていない。元の世界にいた時の自分と、この世界にいる時の自分。その違いが、はっきりしない。
それでも、違うはずなんだ。
「だとしても……俺は、元の世界に帰らないといけない」
「……そっか」
何かを察したのだろう。魔王はどこか物悲しげな声色でそう言った。
「それじゃあさ、もし悪魔さんがこの世界に留まることになったら」
「ならねぇよ」
「恋人を用意してあげるよ」
「勝手に用意するな」
「とびっきりの、世界一くらいの女の子を用意するよ。あ、世界一は姫だから、世界で2番目くらいだね」
「恥ずかしい台詞を混ぜるな。あと女の子といっても18歳以上で頼む」
「任せておいてよ」
魔王が微笑む。横を見ると、姫様もいつの間にか穏やかな表情を見せている。俺がこの世界に留まることが、そんなに嬉しいんかよ。
「……言っとくが、本当に元の世界に帰るんだからな」
「わかってるよ」
わかってねぇな、こいつは。
分かって、無いんだよ。




