第18話 魔王は海の男になるのか
細かいことを気にしないことも時には大事である。完璧を実現することが困難である以上、重要でないことについてこだわらないのは当然のことである。
しかし何が重要であるかは個々人で異なり、ある者にとっては効率的な省略であっても別の者にとっては手抜きに見えることもある。誰もが納得するような労力の振り分けというのは微妙な問題なのだろう。
とりあえず、そういう細かい問題は気にしない方がいいんじゃね!
いつもの部屋のいつものタタミの上のいつものコタツでいつもの3人。ああ、いつもと同じだ。全員起きてくるのはいつもより3時間以上遅かったが。
「それにしても昨日は楽しかったな」
「うん……まぁね」
昨日。新年を祝う祝賀会、いやパーティーと言う方がこの世界に似合っているだろう。そのパーティーで大いに盛り上がり過ぎ、はしゃぎ過ぎ、飲み過ぎ、遊び過ぎ、寝過ぎた。ぐっすり寝て二日酔いもだいぶ冷めてきたが、興奮はまだ冷めやらない。
一方の魔王は、なんか冷めてる。
「流石に巨人族同士の格闘試合は迫力あったな。魔法やら魔術やらには無い、単純な力強さってのも良いもんだ」
「そうだね……」
やっぱなんかテンション低いな魔王。二日酔い冷めてねぇのか?
「役に立ちそうで役に立たない魔法選手権も面白かったな。個人的には昨日の夕食を思い出す魔法は使えると思うんだが」
「うん……」
「料理対決も普段あんまり見れない女の戦いって感じで良かったな。姫様も参加すれば良かったのに」
俺の言葉に、姫様は微笑みながら首を左右に振った。ちなみに姫様や料理長は審査員だった。格が違うということなのか。
「あとは将棋大会も地味なわりに盛り上がったな。まさか姫様があんなに苦戦するとは、未来予知魔法ってのも応用が利くな」
将棋大会の決勝戦は天才とも言うべき姫様と、爆縮魔力結晶兵器の開発に重宝されている未来予知魔法の使い手、通称占い博士の対決であった。姫様の深い読みに対し、占い博士は未来予知で勝てる指し手を探すという、まるで人間と人工知能の対決のような接戦が繰り広げられた。結局魔力が切れた占い博士が敗れ、魔王軍初代名人は姫様となった。
「大食い対決は巨人族が圧倒的かと思ったけど、料理長すごかったな」
厨房を取り仕切る料理長は料理を作るのも食べるのも一流らしい。食の魔人だわあの人。
「そういえば爺様も久々に見たな。普段何やってるんだ、あの人」
「魔界の方で頑張ってるよ。ウチの魔王軍では最古参だから、ボクがいなくても爺様がいれば魔界の領地にいるみんながちゃんと働いてくれるんだ」
「なるほどね」
爺様は人望もかなりあるのだろう。今の魔王がこれだから爺様いなかったら魔王軍崩壊してたかもな!
「それよりあれだ、最後のフォークダンスはもうメチャクチャだったな!」
「踊る相手をどんどん変えるってのは新鮮だったけど……危うく魔王城が壊れる所だったよ」
実際、ダンス会場となった大広間の柱は1本折れた。はしゃぎ過ぎだな魔王軍!
「何にしても、楽しかったしみんなの息抜きにはなっただろう」
「そうだね。ボクも楽しかったし、もう少し規模が小さいなら毎年やっても良いんだけどね……」
相変わらず意気消沈と表現しうるくらい元気の無い魔王。マジでどうした。
「なぁ、何か気に入らないことでもあったのか?」
「うん……ちょっとね」
「何だ?」
「……お金使いすぎなんだよね」
溜め息をつく魔王。確かに昨日のパーティーでは食事やら酒やらイベントの賞品やらで大金を使っているような気はする。だが、それは気にするほどのことなのだろうか。
「どうせ金の使い道なんて無いんだろ」
「あったんだよね……」
姫様が「そうだったんですか!?」とでも言いたげな様子で反射的に魔王を見た。姫様も知らないお金の使い道とは一体……
「何を買うつもりだったんだ?」
「……船」
船?
「船なんて買って何に使うんだよ」
「今開発してる爆縮魔力結晶兵器あるよね」
「ああ」
現状は字面が格好良い兵器だが、最終的にドカーンとかボバーンみたいな名前になるんじゃなかろうか。
「あれが完成したとして、陸地の上で使用実験するのは危険だと思うんだ」
「危険というか、かなりの範囲が焼け野原になりそうだな」
「だから、実験するなら海の上がいいと思うんだよね」
「そのための船か」
「うん。海の上ならお魚さんたちくらいしかいないしね」
お魚さんたち大迷惑!
「本当なら最新の帆船を買うはずだったんだけど、昨日使いすぎたから古い船で我慢しないといけないみたいなんだよね……」
「それでも実験には支障ないだろ?」
「実験だけじゃなくて船旅もしてみたかったんだ……」
お前、あと半年以内に大魔王と女神を倒せるようにならないといけないこと忘れてね?
「近くの小島に停泊して探検したり、地図に無い島を探して1日中青い海を進んだり……素敵だよね」
夢見る少年みたいな目で語る魔王。ちょっとキモい。
「でもまぁ、むしろ良かったんじゃないか……」
「なんで!?」
俺の言葉に魔王が不満げな声を上げる。
「多分実験で船が損傷するからな。安物でいい」
「そうなの?」
「多分。無駄な出費にならなくて良かったな」
「でもやっぱり最新のが良かったよ。新しいの欲しかったよ~」
駄々をこねる魔王くん。最新の船を買ってご満悦の魔王が爆縮魔力結晶兵器の爆風で船をぶっ壊しちゃって途方に暮れる姿もちょっと見たかったな!
「大体、まだ爆縮魔力結晶兵器が完成するとは限らないわけで……」
その時、ピーピピ、ピーピピ、と妙な電子音みたいなものが聞こえた。
「なんだこの音」
「あ、これはどこからか連絡が来た合図だよ」
そう言って魔王は立ち上がり、テレフォンを取りに行く。新型は欠点が克服されまくってていいなぁ……
「はいはい魔王さんですよ」
コタツに戻らないまま通話を開始する魔王。あのー、通話先の声がここまで聞こえないんですけどー。
「えっ! 本当に!?」
魔王が嬉しそうな声色で驚く。おい、俺が聞こえる距離で通話しろお前ら。
「それじゃあ早速準備しないとね。忙しくなるよ~!」
そう言って魔王はテレフォンを置き、コタツに戻る。何があったんだよオイ。
「ついに出来たよ、悪魔さん」
「出来たって……まさか」
「うん、そのまさかだよ」
「爆縮魔力結晶兵器の完成だよ」
……新年会の翌日くらい部下を休ませてやれよ。




