第17話 魔王はなんか飛ばすのか
物事には限度がある。たとえば雪合戦の雪玉の中に石を仕込むようなことは、限度を超えた行為であると言える。
……言えるんだよ。
限度を超えたイタズラはもはやイタズラではない。無自覚な暴力である。イタズラを行う者は、己の行為についてよく考える必要があると言えるだろう。
だが、俺の近くにいるバカは良く考えないタイプのバカで……
いつもの部屋のいつものタタミの上のいつものコタツ――ではない。今日は魔王に呼ばれ、魔王城の屋上に来ていた。俺と魔王、姫様はそれぞれコートやら毛糸の帽子やらの防寒着を身にまとい、冬の寒空の下で高所の冷たい風に吹かれていた。罰ゲームか。
「さむいね~」
魔王がしみじみ言ったがそれならこんな所に呼ぶな馬鹿野郎。
とはいえ、魔王城の屋上に上がったのは初めてなので新鮮な気持ちも多少はある。城の周囲には林が広がっているが、遠くの方にはぼんやりと水平線も見え、魔王城の近くにも海があったのかと驚いている自分もいた。
……1年以上過ごしてるのに本当にひきこもってただけなんだな、俺。
「さて、さっさと実験して部屋に戻ろ~」
そう言って魔王は俺が見て見ぬふりをしていた怪しい鋼鉄の塊をいじくる。筒状の鉄塊に車輪が付いた……どうみても大砲である。横にはご丁寧に砲弾だと思われる鉄球まで置いてある。ファンタジー世界とはいえレトロにも程があるというか、実の所デザインセンスは皆無なんじゃないか魔王軍。魔術装置も見た目はただの筒や板だったりと工夫が無いし、こりゃもう美術部でも作ろうぜ。
「よし、準備完了。悪魔さん、これ何だかわかるよね?」
「美術部と言えばヌードデッサンだよな」
「……?」
魔王は首を傾げ、姫様は冬の寒風より冷たい視線で俺を見ている。
「……ごめん。大砲だよな、それ」
ごまかす。
「うん。タイホー」
もういいよそういうエセ発音は。
「これを使えば鉄球とかを遠くに飛ばすことが出来るんだよ」
「知ってる。火薬を使った兵器だろ」
「火薬は作り方よく分からなかったから使ってないよ」
冷蔵庫やコタツを作れる奴らが木炭と硫黄と硝石の混合物を作れない謎。
「爆発を起こせればいいわけだから、火薬は魔術装置で代用したよ。筒の中で爆発を起こして、その爆発で球を飛ばす。原理は簡単だよね」
「この世界には今まで大砲は無かったのか?」
「うん。だって重い鉄の球を飛ばすより魔法で攻撃した方が強くて楽でしょ?」
「……んじゃなんでこれ作ったんだ?」
「攻撃用じゃなくて、物を飛ばすために使いたいんだよ。これで魔導石の入った鉄の容器とか飛ばすことが出来れば、遠くから物を渡せるわけでしょ?」
前に新型の魔導石について魔王と話した時、大魔王や女神を倒すために必要な大量の魔導石は魔王自身が持つのではなく、遠距離から投げて補給すべきであるという結論に達した。それを実現するための大砲というわけだ。
「それで、この大砲はちゃんと砲弾を飛ばせるのか?」
「それをこれから実験するんだよー」
そう言って、魔王が大砲に手を当てる。
「大きな音が出るから、2人とも耳を塞いでね~」
慌てて耳を塞ぐ姫様と俺。魔術装置による爆発がどれほどの音を出すのかは分からないが、大砲に防音加工とか絶対してないだろうしなコイツ!
「んじゃいくよ。せーの」
魔王の声と同時に、俺は一層強く耳を塞いだ。
そして次の瞬間、爆音。身体の内部にまで振動が伝わって心臓に悪いな!
大砲は爆発の反動で後退しつつも鉄球を発射し、それは遠く林の奥へと飛翔して行った。
「結構飛んだな……」
鉄球の落下地点で鳥たちがざわめきながら飛び立つ。高所からの射撃とはいえ、相当な飛距離である。ライフリングだとかの火砲技術は全く使って無いだろうに、凄いな魔術装置による爆発。
「どうかな、これで物を飛ばせるかな?」
「まぁ、出来るだろうな。問題はちゃんと目標地点に着弾するかどうかだが」
「その点については問題無いよ。ほら」
魔王は何やら金属製のブローチをコートのポケットから出し、俺の服に取り付けた。
なんだろうか。ずいぶん前にこれと同じようなことをされた気が……?
「見ててね~」
魔王が鉄球を大砲に入れ、砲口をほぼ真上に向ける。
「それじゃ全然飛ばないだろ」
俺はツッコミを入れながら耳を塞ぐ。直後、大砲が轟音を発して鉄球を打ち上げた。
「一体これに何の意味が……」
鉄球は上昇しながらゆっくりと林に向かって……いや、むしろ城の方向に戻って来てる……!?
「ちょっと待った。あの鉄球、発射した方向とは反対に向かっているぞ?」
「うん」
「……」
金属製のブローチ。鉄球。過去に魔王城であった嫌な記憶。
――自動追尾魔術装置。
「思い出したっ!! あの鉄球、さては自動追尾するんだろ!? このブローチを!」
「そうだよ。思い出してくれたんだ~」
魔王が嬉しそうに言うがそんな暢気してる場合じゃねぇよ!! 上昇した鉄球がミサイルのごとく俺に向かって降って来るんだぞっ!? 死ぬって!!
「くそっ、こうなったら!!」
鉄球が落下へと転じる中、俺は急いでブローチを外す。
「こうだっ!」
外したブローチを魔王に付けようとする俺だったが、バカはひらりと身をかわす。
「悪魔さん、危ないよ~」
「危ないのはお前だ! ヤバいぞっ!」
時間が無い。姫様は状況を分かっているのだろう、俺と魔王からかなり距離を取ってニコニコしてる。ケガする恐れが無くて一安心だけどアンタやっぱり腹黒だろ!
「くそ、これしかないか!」
俺は走りだし、屋上の縁へ向かう。そこから見える下の地面に、ブローチを投げつける――と見せかけて、魔王に向けて投げつけた。
「あ」
魔王が呆気にとられた表情を見せた瞬間、重力で加速した鉄球がカーブを描きながら魔王を押しつぶした。粉塵と共に、魔王城の屋上にいい感じのクレーターが出来た。
「よっしゃあ!!」
追尾機能の付いた砲弾という恐ろしい技術であったが、それを逆に利用しての報復。自分の機転によって得た勝利、その余韻が胸に広がる。
……何してんだ、俺たち。
「マ、マダイ……」
押しつぶされたバカが回復魔法を唱える。
「大丈夫か?」
「一応ね……」
起き上がった魔王に姫様が駆け寄る。優しいなぁ、姫様。さっきまで命の危機に直面してた俺を見て微笑んでたけどね。
「とにかく、自動追尾できるのなら狙った目標地点への着弾は容易だな。よかったな」
「よくないよ……ちょっと死ぬかと思ったよ……」
「お前がやってお前が喰らったんだからな。自業自得だ」
「うん……反省する」
「にしても、今回はちょっとやりすぎじゃないか?」
「死ぬようなケガをした時の悪魔さんがどんな道具や技で復活するのか見たくって……」
知的好奇心で人を殺そうとしたバカの顔面に俺の肘打ちが炸裂した。




