第16話 魔王はヤバいものを作ろうとするのか
この世にはヤバいものがある。制御不可能で危険性のあるものなんかがヤバい。だが本当にヤバいのはそういうものを作る奴かも知れない。
つまりお前はヤバいぞ魔王!
いつもの部屋のいつものタタミの上。テーブルを囲んで俺と魔王と姫様がごろごろ読書してる日常風景。どうでもいいが大魔王とかに怒られないのかコイツ。一応まだ勇者と戦ってることになってるはずだけど成果が出ないことで叱責されるんじゃないのか? それとも大魔王は長生きだから気長なのか? はたまたコイツが全く期待されてないから放置されているのか? たぶん最後のだな。
「ねぇ悪魔さん」
不意に魔王が俺に話しかけてきた。
「どうした放置」
「放置……?」
意味が分からないと言った様子で困惑の表情を浮かべる魔王。ごめん。
「気にするな。で、どうした」
「悪魔さんって、今なにか欲しいものある?」
予想外の質問。あれ? 俺の誕生日ってそろそろだっけ? 違わね?
「なんだ、急に」
「ちょっとね」
笑みを返す魔王だが答えになっていない。マジで誕生日だっけ俺? いやいやこの世界の暦の上でも俺の誕生日全然違う頃だし。そろそろ冬なこの季節じゃないし。
「なにかない~?」
わからん。何故俺にプレゼント? 日頃頑張っている俺にねぎらいの……あり得ない。裏がある。何だ?
「なにか~」
手足をバタバタしだす魔王。だんだんウザくなってきたぞ!
「そうだな……前に酒場のヒゲマスターから聞いた幻の酒ってのは飲んでみたいかな」
「わかったよ! 用意するよ!」
魔王は笑顔で即答した。コイツ絶対何か企んでるな。
「だけど、条件があるんだ」
ほらやっぱり。なんだなんだ。
「これ、なーんだ?」
魔王は懐から水晶のようなものを取り出した。透き通った茶色っぽい色で、大きさは縦長の小石程度。宝石の原石か何かだとは思うが……
「何なんだ、それ」
「だからそれを悪魔さんに答えて欲しいんだよ」
一体何の目的で……
「何か使って調べても良いよ~」
ああ、分かった……お前もその石の正体を知らねぇんだな! それでそれを俺に調べさせようって魂胆だろ!! 小癪!
「さて、どうするかな……」
石の正体を分析して魔王に教えるのは知識の供与に当たるのか否か。この世界に存在しない装置を使うのだから、知識を与える以上の協力をしているとも言える。しかし魔王に今まで与えた本の中にも、この世界に存在しないものを使って解明した知識は多く書かれているはずだ。ならば、知識を与えるものと解釈して良いのではないか。
……別に幻の酒につられたわけじゃ無いんだからね!
「よし、それちょっと貸せ」
「いいよ~」
魔王から石を受け取り、俺はテーブルに背を向ける。そして異次元収納装置から組成分析を行える小型端末を取り出し、石に向ける。
「……後ろから覗くな!」
肩越しにそれを見ようとする魔王がすげぇ鬱陶しい!
結果が端末の画面に表示された。この石の正体は……
「……固体化した魔力の塊?」
「あ、やっぱりそうなんだ!」
魔王がクイズに正解した時のような声を上げた。ある程度予想は付いていた上で俺に確認させたわけか。利用された気分がもう凄いのなんの!
「魔力が放出してるし、魔導石でも無いし、加工しようとすると凄く熱くなるし、これは魔力の塊じゃないかと予想はしてたんだけど大当たりだったね」
「で、これを何に使うんだ?」
俺はテーブルの方に向き直り、魔王に尋ねる。
「うんとね、悪魔さんが持ってきた本の中に『エナジー重いのおんなじの法則』ってのが書いてあって」
ああ、エネルギー質量保存の法則ね。
「それによると重さのある物体をエナジーっていう魔力みたいなのに変換すると凄い量になるんだって!」
うん、E=m×cの2乗ってやつだね。
「だからその石を全部魔力に変えられれば、凄い魔力が出るんじゃないかな」
「それは……どうだろうな」
この世界でその法則は成立しない……わけじゃないが、この石の質量を魔力に変換した所で膨大な量が発生するとは限らない。そもそも魔力はエネルギーと言うより質量の方に近くて……まぁ、色々難しいんだよね。
だが、問題はもう1つ。
「そもそもどうやって石を魔力に変換するつもりなんだ?」
「その方法も悪魔さんが持ってきた本に書いてあったよ。なんか爆縮ってのを使えばいいみたい」
「爆縮?」
「物体の周りで同時に爆発を起こして、力を物体に集中させるんだって。大量の力が加わった物体は圧縮されて高密度になって、それでエナジーに変わるみたいなんだ」
「……」
ちょっと待て。なんかそれ聞いたことあるぞ。質量をエネルギーに変える兵器。圧縮と高密度、それによる臨界状態。それに当てはまる物は――
……アレ? これヤバいもんだよね?
「だけど爆発を一点集中させるのは凄く難しいみたいで、精密な爆発の制御と配置が必要みたい」
「ああ。国家規模の研究だったからな」
「あれ? もしかして悪魔さんの世界でも似たようなの作ってた?」
「まぁ……そうだな」
「でもそうだよね。悪魔さんの世界の本に書いてあったんだから、悪魔さんの世界で実用化してて当然だよね」
実用化というか量産してからほぼ封印だけどな! 危なすぎるんだもん!
「それで悪魔さん、もう1つお願いがあるんだけど」
「なんだ?」
「悪魔さんが今持ってるその石を魔力に変換するために必要な爆発の強さとか制御とか配置とかについて教え」
「断る」
「なんで!?」
「計算作業は知識じゃねぇんだよ!!」
あ、酒はもらえました。
うまかった。




